3 / 3
後編
しおりを挟む
「な……に……」
王太子は混乱していた。元妻、元王太子妃、処刑されるアリヤーシャ。気に食わない女だった。
地味で暗い目をした女。王太子が何をしようとも、すべて事務的に片付けていく女だ。可愛げのあるはずがない。
だがある日気付いた。なにひとつ身を飾らずとも美しい女なのだった。華美な女たちの中に埋もれて、全く気づかずにいただけだ。着飾ればどれだけ美しいことか。
気付いたときには遅かった。
もはやアリヤーシャは王太子に目を向けない。何をしても心を見せない。王太子もまた、いまさら彼女に優しくなどできなかった。
けれど処刑が決まってから、彼女がようやく愛を見せてくれたのだと思ったのに。
愛人を殺し続けるほど、自分を愛してくれていたのだと知った。そのはずだったのに!
「この俺より、処刑人が良いだと……?」
処刑人に会うために愛人を処刑していたのだ、などと。
あまりの信じがたい光景を認められない。うっとりと、アリヤーシャが愛をささやく。夫であったはずの王太子の眼の前で。彼女はこちらを見もしない。
「そんな、ば、か、な」
アリヤーシャは王太子を見ない。
呆然とする間にも処刑の準備は進み、慣例通りなら罪人をうつむかせるところ、アリヤーシャの望みで上向きにされた。ああ。
最期の瞬間まで、
男の妻であったはずの女は、うっとりと大剣を見上げていた。
そして永遠に手の届かないところへ行こうとしている。
「待」
静止も間に合わず切っ先が落ちる。
だが首が、飛ばなかった。
処刑人ロビデス。
彼は処刑人の家に生まれた。であれば処刑人になるほかない。処刑の腕を磨く他に、人生にやるべきことなどなかった。彼がどのような思いを持つかなど意味がない。彼は心を殺してただ、剣を振るう。
そして正式に処刑人を継いでから、王家の敵を斬り続けた。
いつも一度で首を落とす。その手腕は他の追随を許さぬものであったが、ただひとり、王妃アリヤーシャの処刑においてだけは違った。
高貴なる首は落ちず、王妃は苦しみ悶えた。二度目でさえ落ちきれず、三度目でようやく落ちた首は、恐ろしいまでの苦悶の表情を浮かべていたという。
愛を囁かれたことで手元が狂ったのだろうか。
民たちはそれを悲しくも美しい愛であると語ったり、あるいは家族を王家に処刑された復讐なのだと噂したが、真実はわからない。
ただ、それによって彼は王家から放逐され、どこともしれない野に消えた。
その5年後、民衆が蜂起し、王家のものはみななぶり殺された。処刑ではなく、私刑と言うべきであろう。誰もまともな形を残していなかったようだ。
王太子は混乱していた。元妻、元王太子妃、処刑されるアリヤーシャ。気に食わない女だった。
地味で暗い目をした女。王太子が何をしようとも、すべて事務的に片付けていく女だ。可愛げのあるはずがない。
だがある日気付いた。なにひとつ身を飾らずとも美しい女なのだった。華美な女たちの中に埋もれて、全く気づかずにいただけだ。着飾ればどれだけ美しいことか。
気付いたときには遅かった。
もはやアリヤーシャは王太子に目を向けない。何をしても心を見せない。王太子もまた、いまさら彼女に優しくなどできなかった。
けれど処刑が決まってから、彼女がようやく愛を見せてくれたのだと思ったのに。
愛人を殺し続けるほど、自分を愛してくれていたのだと知った。そのはずだったのに!
「この俺より、処刑人が良いだと……?」
処刑人に会うために愛人を処刑していたのだ、などと。
あまりの信じがたい光景を認められない。うっとりと、アリヤーシャが愛をささやく。夫であったはずの王太子の眼の前で。彼女はこちらを見もしない。
「そんな、ば、か、な」
アリヤーシャは王太子を見ない。
呆然とする間にも処刑の準備は進み、慣例通りなら罪人をうつむかせるところ、アリヤーシャの望みで上向きにされた。ああ。
最期の瞬間まで、
男の妻であったはずの女は、うっとりと大剣を見上げていた。
そして永遠に手の届かないところへ行こうとしている。
「待」
静止も間に合わず切っ先が落ちる。
だが首が、飛ばなかった。
処刑人ロビデス。
彼は処刑人の家に生まれた。であれば処刑人になるほかない。処刑の腕を磨く他に、人生にやるべきことなどなかった。彼がどのような思いを持つかなど意味がない。彼は心を殺してただ、剣を振るう。
そして正式に処刑人を継いでから、王家の敵を斬り続けた。
いつも一度で首を落とす。その手腕は他の追随を許さぬものであったが、ただひとり、王妃アリヤーシャの処刑においてだけは違った。
高貴なる首は落ちず、王妃は苦しみ悶えた。二度目でさえ落ちきれず、三度目でようやく落ちた首は、恐ろしいまでの苦悶の表情を浮かべていたという。
愛を囁かれたことで手元が狂ったのだろうか。
民たちはそれを悲しくも美しい愛であると語ったり、あるいは家族を王家に処刑された復讐なのだと噂したが、真実はわからない。
ただ、それによって彼は王家から放逐され、どこともしれない野に消えた。
その5年後、民衆が蜂起し、王家のものはみななぶり殺された。処刑ではなく、私刑と言うべきであろう。誰もまともな形を残していなかったようだ。
1,050
お気に入りに追加
295
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!
月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。
そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。
新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ――――
自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。
天啓です! と、アルムは――――
表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる