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中編
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「アリヤーシャ、最期の望みはあるか」
苦い顔をして王太子が言う。
ああ、この時を待っていた。
処刑場は王城から張り出して、城下から見える場所にある。私の処刑をいくつもの瞳が見つめている。ざわざわ、嘲笑、歓び、興奮、退屈そうな雑談。処刑の日はいつも賑わうけれど、今日は特に、元王太子后の処刑を皆が楽しみにしているようだった。
楽しいイベントはできるだけ盛り上げないといけない。
だから処刑場では最期にひとつ、望みを聞く。
もちろん処刑をやめてほしいなんて望みは聞けない。でもそんな無駄な望みをして、無駄なあがきで見物人を楽しませたっていい。
実際のところ、大抵は小さな望みになる。
死ぬ前にお菓子が食べたいだとか、煙草を一本だとか、きちんと化粧がしたいだとか。用意が必要なら処刑日より前に伝えておくものだけれど、私にその必要はなかった。
この場で叶えられることだから。
いえ、この場でしか叶えられないことだから。
「あります。どうか、彼と話をさせて」
私は処刑人を見ながら言った。
彼は大きな剣を持ち、表情を変えずに控えている。その剣が振り下ろされ、首が飛ぶさまをどれだけ見てきたことだろう。
「……ああ、アリヤーシャ。こんなことになって」
「……王太子殿下?」
夫、いえ、元夫が進み出てきて私は首をかしげた。
「しかし罪は償わなければならない。君の愛は嬉しく思うが、それは許されることではないのだ」
「愛?」
殿下が邪魔で彼が見えない。最期の時間を費やすような、実のある話ができるとも思えなかった。
早く、早くどいて欲しい。
「どんな愛でも愛は愛だ。しかし、人を傷つける愛など、到底認められることではない」
「ええ、それでも愛だわ。……あの、殿下」
「なんだ、アリヤーシャ」
「彼と話をさせてください」
私がもう一度言うと、殿下は眉をひそめて理解できないという顔をした。
伝わっていなかったのだろうか。
「私の最期の望みです。愛しい人に、どうか、伝えさせて」
「何を言っている。君の愛しい人とは、俺のことだろう」
「え? まさか! そのような誤解をしていたのですか」
私は驚いたが、ようやく、近ごろのおかしな態度について理解した。妙な猫なで声で話しかけてくるのだ。
死にゆく私への同情でも感じているのかと思っていたが、私が彼を愛していると思ったらしい。どうしてそんな考えに至るのかわからない。
「殿下を愛せていたのなら、幸せだったと思いますわ。いないもののように扱われても、同じ場所にいられるだけで幸せだったのかもしれない。だけど私が愛したのは、別の方」
拘束されている体を思い切り曲げて、邪魔な王太子をなんとか視界から外した。
ああ、やっと見えた。そこにいる。
彼も私を見てくれている。
それだけで幸せ。
私はそれだけでよかったのだから。
「愛しい人。処刑人ロビデス様」
「は……?」
「決して愛してはならない方だとわかっておりました。でもこれが最期。最期なのですから。どうか聞いてくださいませ」
「しょ、けいにん、だと!?」
「あなたが人々に忌み嫌われているのを知っています。誰もわかっていないのだわ。あなたの仕事がどれだけ素晴らしいか。あなたがいなければ、どれだけの人が苦しむことか」
「そっ……んな、ばかな! 処刑人などを、あい、あいしている、だと…っ!?」
「ああ、ロビデス様」
胸の中に思いが溢れれば、邪魔な男の声など聞こえなくなった。あなたのため、すべてはあなたのため。
王家のためなど考えたこともない。
「誰より誇り高い方。あなたにお会いしたかったの。いつでも、何度でも」
だから私は次々に女たちを処刑させた。
本当に、いてくれてよかった。次から次にわいてきて、次から次に王太子は引っかかってくれた。
あの力強い腕から、切っ先は何度も振り下ろされて首を落とした。いつも一太刀、一度だって無様に失敗することはなかった。
彼に処刑されたものは幸せだ。
一瞬にして別の世界に送られる。こんな世界から消えていくのだ。
あとに残される醜い体は、すべて醜いこの世界のもの。きれいなものはすべてきれいな世界に消えていく。
「あなたの仕事がどれだけ素晴らしいことか。この世界の誰も、あなたのような仕事はできない。あなたはこの国で一番大事なお方だわ」
誰だって、いつかはこの世界から消えていくのだから。
一番きれいに送り出してくれる人。
「愛しているわ、あなた。私のようなどうしようもないものでも、天の国に送ってくれる方」
あなたに会いたかったの。
それだけがすべて。
冷たい床の上で暖め続けた、私の希望の光。
「どうか私を処刑して」
私は幸せだった。
「愛しているわ」
苦い顔をして王太子が言う。
ああ、この時を待っていた。
処刑場は王城から張り出して、城下から見える場所にある。私の処刑をいくつもの瞳が見つめている。ざわざわ、嘲笑、歓び、興奮、退屈そうな雑談。処刑の日はいつも賑わうけれど、今日は特に、元王太子后の処刑を皆が楽しみにしているようだった。
楽しいイベントはできるだけ盛り上げないといけない。
だから処刑場では最期にひとつ、望みを聞く。
もちろん処刑をやめてほしいなんて望みは聞けない。でもそんな無駄な望みをして、無駄なあがきで見物人を楽しませたっていい。
実際のところ、大抵は小さな望みになる。
死ぬ前にお菓子が食べたいだとか、煙草を一本だとか、きちんと化粧がしたいだとか。用意が必要なら処刑日より前に伝えておくものだけれど、私にその必要はなかった。
この場で叶えられることだから。
いえ、この場でしか叶えられないことだから。
「あります。どうか、彼と話をさせて」
私は処刑人を見ながら言った。
彼は大きな剣を持ち、表情を変えずに控えている。その剣が振り下ろされ、首が飛ぶさまをどれだけ見てきたことだろう。
「……ああ、アリヤーシャ。こんなことになって」
「……王太子殿下?」
夫、いえ、元夫が進み出てきて私は首をかしげた。
「しかし罪は償わなければならない。君の愛は嬉しく思うが、それは許されることではないのだ」
「愛?」
殿下が邪魔で彼が見えない。最期の時間を費やすような、実のある話ができるとも思えなかった。
早く、早くどいて欲しい。
「どんな愛でも愛は愛だ。しかし、人を傷つける愛など、到底認められることではない」
「ええ、それでも愛だわ。……あの、殿下」
「なんだ、アリヤーシャ」
「彼と話をさせてください」
私がもう一度言うと、殿下は眉をひそめて理解できないという顔をした。
伝わっていなかったのだろうか。
「私の最期の望みです。愛しい人に、どうか、伝えさせて」
「何を言っている。君の愛しい人とは、俺のことだろう」
「え? まさか! そのような誤解をしていたのですか」
私は驚いたが、ようやく、近ごろのおかしな態度について理解した。妙な猫なで声で話しかけてくるのだ。
死にゆく私への同情でも感じているのかと思っていたが、私が彼を愛していると思ったらしい。どうしてそんな考えに至るのかわからない。
「殿下を愛せていたのなら、幸せだったと思いますわ。いないもののように扱われても、同じ場所にいられるだけで幸せだったのかもしれない。だけど私が愛したのは、別の方」
拘束されている体を思い切り曲げて、邪魔な王太子をなんとか視界から外した。
ああ、やっと見えた。そこにいる。
彼も私を見てくれている。
それだけで幸せ。
私はそれだけでよかったのだから。
「愛しい人。処刑人ロビデス様」
「は……?」
「決して愛してはならない方だとわかっておりました。でもこれが最期。最期なのですから。どうか聞いてくださいませ」
「しょ、けいにん、だと!?」
「あなたが人々に忌み嫌われているのを知っています。誰もわかっていないのだわ。あなたの仕事がどれだけ素晴らしいか。あなたがいなければ、どれだけの人が苦しむことか」
「そっ……んな、ばかな! 処刑人などを、あい、あいしている、だと…っ!?」
「ああ、ロビデス様」
胸の中に思いが溢れれば、邪魔な男の声など聞こえなくなった。あなたのため、すべてはあなたのため。
王家のためなど考えたこともない。
「誰より誇り高い方。あなたにお会いしたかったの。いつでも、何度でも」
だから私は次々に女たちを処刑させた。
本当に、いてくれてよかった。次から次にわいてきて、次から次に王太子は引っかかってくれた。
あの力強い腕から、切っ先は何度も振り下ろされて首を落とした。いつも一太刀、一度だって無様に失敗することはなかった。
彼に処刑されたものは幸せだ。
一瞬にして別の世界に送られる。こんな世界から消えていくのだ。
あとに残される醜い体は、すべて醜いこの世界のもの。きれいなものはすべてきれいな世界に消えていく。
「あなたの仕事がどれだけ素晴らしいことか。この世界の誰も、あなたのような仕事はできない。あなたはこの国で一番大事なお方だわ」
誰だって、いつかはこの世界から消えていくのだから。
一番きれいに送り出してくれる人。
「愛しているわ、あなた。私のようなどうしようもないものでも、天の国に送ってくれる方」
あなたに会いたかったの。
それだけがすべて。
冷たい床の上で暖め続けた、私の希望の光。
「どうか私を処刑して」
私は幸せだった。
「愛しているわ」
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