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復讐はちゃんとしておりますから、安心してお休みください、陛下

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「フィ……フィオネよ、すまな……かった……」
「まあ、どうなさいましたの?」

 わたくしは首をかしげ、困ったように微笑んで陛下の枕元に跪きました。
 長い病のために陛下はすっかり衰え、話をすることも難しくなっているようです。もしかすると今日か、明日にでも、その魂は天に召されるのかもしれません。

 その前にお呼びいただけて、本当に良かった。

「おまえには……ひどい、こと、を……ゆるしてくれ」
「ふふ」

 わたくしはついつい笑みが漏れてしまいました。

「陛下、お気が弱くなっておいでなのですね。今更になって、地獄に落とされるのが恐ろしくおなりかしら?」
「……」
「それとも、最後にわたくしに優しいことを言って、自分はいい夫だったと信じて死にたいのかしら?」

 はふ、はふ、と陛下は言葉が告げられないでいるようです。
 必死のさまに、これはもう、本当に最期のときなのかもしれません。でも、もう少し頑張ってくださらなければ。

「そう……もう、20年前のことですわね。わたくしは16で陛下の妻となりました。希望も不安もありましたけれど、まさか初夜の床で『おまえを愛することはない』と言われるなんて、思ってもいませんでしたわ」

 わたくしはゆっくりと語りながら、枕元にあった水の入ったグラスを、陛下の口元に持っていきました。
 喉を潤した陛下は少しだけ落ち着いた様子です。わたくしはその口元を拭いて差し上げます。

 このようなことは侍女や看護師の仕事なのですが、いまはこの場に誰もいません。陛下が人払いをしたのです。わたくしに謝るところなど見せたくなかったのでしょうね。
 であれば罪の意識も墓場まで持っていくべきでしょうに。
 あいかわらず中途半端で、どうしようもない方です。

「すまなかった……あのときの私は、ニリーナに狂っていたのだ」
「そうでございますね。美しくお優しいニリーナ様。……ふふっ」

 どうしても笑いが漏れてしまいます。
 陛下の、あの頃は王太子であった殿下のご寵愛のお方。殿下はニリーナ様を愛し操を立て、わたくしとの初夜を拒絶したのです。

「陛下のお言葉の通り、誰にでもお優しい方でしたわ。本当に」
「あれは……っ、優しいなど、という……」
「いいえ。お優しい方でしたわ。ふふ、どなたにも別け隔てなく、愛を分け与えておりましたものね」

 わたくしを拒絶してまで愛したニリーナ様は、護衛騎士のひとりと駆け落ちしました。そして彼女の捜索は、多くの貴族男性が私財を投じて手伝ったそうです。
 たくさんの男性に慕われていたのですね、羨ましいことです。騎士たちの中でも彼女は「誰にでも優しくしてくれる」と評判だったとか。

「ですがニリーナ様の書き置きをご家族が隠したために、陛下はわたくしをお疑いになった。あれは、悲しいことでございましたわ」
「フィオネ……ああ、すまない……すまない……」
「わたくしを怒鳴りつけた陛下は、ニリーナを返せ、おまえの望みはこれなのだろう、とわたくしを……」
「どうかしていたのだ! あんな、あんなことを……」
「力任せに犯されたわたくしは傷つき、シーツは血に塗れ、」
「ああっ、ああ!」
「あの時、たまたま城に聖女様がいらしていなければ、死んでいたかもしれないと言われましたわね」
「フィオネ……っ」

 陛下はぶるぶると震えながら、ただわたくしに謝っておられます。
 わたくし自身はあまり記憶がないのですが、血の海の中にあるわたくしは、ずいぶん壮絶な姿だったそうです。己のしたことでわたくしが今にも死のうとしている。そのさまは、大事に育てられた陛下にはとても受け入れがたいものであったようです。

「ふふ、ふふ、ジェーロモが聞いたらどう思うかしら。あなたはわたくしが強姦されて生まれた子よ、なんて言ったら」

 ジェーロモはわたくしの子、大事な大事な愛しい子です。いまは王太子という立場であり、陛下になにかあれば次の王となります。
 その日は近いでしょう。
 ジェーロモにはすでに妻、わたくしからすれば可愛い義娘もいて、孫も二人生まれております。三人目も義娘のお腹の中に。

 何も不安に思うことはなく、だからわたくしは微笑むのです。

「や、やめてくれ……っ」
「ご心配なさらないで。そんな嘘を言っても、何も楽しくないですもの」
「嘘……そう、そうだ、おまえは私の妻なのだから、強姦など……」
「ジェーロモの父が強姦魔なんて、ふふ、ありえませんわ」
「ああ、そうだとも……」
「あの子の父親は、あなたとは似ても似つかない、高潔な方なのですもの」

「は……?」

「ふふっ、ふふっ、だから何も謝る必要はないのですわ、陛下。もうわたくしは、復讐を終わらせているのですもの」
「……」
「その上こうして、真実を教えてさしあげられる機会もくださるなんて! ありがとうございます、陛下」

 口をぱくぱくと動かして、陛下は何を言われているか理解しかねているようでした。わたくしは丁寧に説明してさしあげます。

「強姦されたあとには、あなたを確かにお恨みしましたのよ? でも、同時に復讐のチャンスだと気づきましたの。あの日、わたくしは妊娠する可能性の低い日でした。ですから聖女様に癒やしを受けてすぐに、毎日、毎日、あの方と交わったのですわ。ええ、あの頃はまだ、王城にいたあの方、ディスクリオ様と……」

 わたくしはうっとりと、あの蜜月の日々を思います。
 血の海にいるわたくしの姿がトラウマになったのか、陛下はわたくしに近づきませんでした。もとよりわたくしは放置されておりましたから、周囲にいるのは実家からつれてきた者たちだけ。

「ディスクリオ様はとても情熱的で、でも、わたくしを傷つけることなく愛してくださいましたわ。陛下に強姦されたことなんて、本当にただの暴力だったと教えていただきましたのよ。愛し、愛されて触れ合うことがどれだけ素晴らしいか……」

 ジェーロモを身ごもってからは、お会いすることもままならなくなりました。第三王子であったディスクリオ様は、そのあと城を出て政略結婚なさいました。

「最後の女になれなくとも、わたくしは幸せでしたわ。貴族に生まれて、愛し愛されるなど奇跡的なことですものね。おまけにあの方とのお子を王様にしてくれるんだもの。嬉しいわ、陛下。贈り物もろくにくださらなかったけれど、わたくしはこれだけで充分」

 すると陛下が声をあげようとするので、わたくしはさっとその口を塞ぎました。

「さあ、もう充分ですわ、陛下。おやすみなさいませ」
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