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突き飛ばす

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 そのまさかだった。
 ひどく懐かしい気分で学園に登校すると「話したいことがあります!」とロゼッタさんがやってきたのだ。
 私もこの機会にきちんと話しておこうと、二人きりで空き教室に。

「……そんな」

 そう、夢の中と同じだ。

 どうしよう。
 呼び出しを断ることはできる。でも、夢と同じことにはならないと、行けば確かめられる。

 いえ、バカね、夢は夢、現実とは関係ないわ。
 でも、だとしたら断る理由もない。ロゼッタさんには一度話をしなければ。でも。

(もし本当に夢のとおりになったら?)

 やってもいないことで謝罪を要求される。
 何もしていないのに、誰もが私を悪女のように見ている気がした。あんな思いは二度としたくない。

(そんなの耐えられない。もし、もし、そうなったら……覚悟を決めなきゃ)

 私は夢の中ではなかった強い緊張を持ちながら、ロゼッタさんと対峙した。私は……何を言ったんだっけ?
 緊張のせいかろくに思い出せない。思い出せなくて当たり前だわ、夢なんだから。

 馬鹿な私、現実なのよ、これは。

「ね、ユミフィル様、話の内容、わかるでしょ? 愛されてもいないのに王子様の婚約者でいるなんて、虚しくないですかぁ?」

 ロゼッタさんの言葉で泣きそうになってしまった。
 少なくとも、ロゼッタさんの性格は夢と同じものらしい。

「……望んだ婚約ではないわ」
「ふうん? じゃあ早く破棄できるように手伝ってあげますねぇ! 王子さまが愛するのはこの私、ロゼッタだって、みんなに教えてあげましょうよ!」

 私が先に切り出さなかったせいか、前のときとは少し違う言葉。
 でも中身は同じだった。

 ああ、ロゼッタさんが大きく息を吸い込む。

 私に冤罪を着せようとして。

(……許せない!)

「えっ、ちょ……っ!?」

 私は思い切り、ロゼッタさんを突き飛ばした。

「うぁっ、んぎゃっ!」

 前の時より汚い悲鳴をあげて、ロゼッタさんは床におかしな姿勢で倒れ、頭を打ち付けたようだ。
 私は少しびっくりした。夢の中で「突き飛ばされた罪って?」と思ったけれど、本当に危険なことなのね。勢いよく倒れるのだから、確かにそうだわ。

「どうした!?」
「ロゼッタ!?」

 夢と同じに、バカ王子とその側近が飛び込んできた。それがあまりに夢の通りだったので、私はまた泣きそうになった。
 なんてことだろう。
 私、預言者にでもなったのかしら。それともこちらが夢?

 いいわ、もう。
 どうせろくでもない人生なのだもの。

「あっ、ああっ、ユ、ユミフィル様がいきなり……っ、突き飛ばしてきて!」

 これは夢で聞いた言葉とは少し響きが違っているけれど、当然だろう。
 だって本当に私が突き飛ばしたのだから。
 これが自然な訴えなのでしょうね。

「そうよ。私がロゼッタさんを突き飛ばしたの。むかついたから」
「なっ……!」
「……き、きさま」

 なぜかロゼッタさんは絶句して、殿下も一瞬言葉を失ったようだ。望み通りのことが起こったのに、あの茶番はやらないのね。
 いいえ、望み通りだから、かしら。

 人間の口は文句を言うためにあるって言うものね。都合通りにことが運んでいるときに、わざわざべらべら話したりはしないのかもしれない。

「なんということを! ロゼッタに、」
「ごめんなさい」
「謝れ!」

 言われる前に私は心から謝罪した。
 だって私が突き飛ばしたのだから、謝るわよ、いくらでも。

「本当にごめんなさい。突き飛ばすのがこんなに危ないなんて思っていなかったわ。ロゼッタさん、すごい変な格好で倒れたから、もしかしたら手足を痛めているのではないかしら?」
「なっ、こっ……」
「頭も打っていたし、早く医務室に連れて行った方が良いですよ」
「……!」
「ほかに、なにか?」

「あ、謝ればいいってものではないでしょうっ!」
「そうかしら? でも、謝るしかできないからごめんなさいね。治療費が必要になったら当家に連絡を頂きたいわ?」
「お金で解決なんて……」
「そうね、お金の話じゃなかったわね。本当にごめんなさい、危ないのがわかったから、突き飛ばすなんてもうしないわ」

 ロゼッタさんは口をぱくぱくさせながら赤い顔をしている。大丈夫かしら?
 私はわだかまりなくロゼッタさんにへりくだることができた。だって突き飛ばした私が完全に悪いのだもの。

「殿下、やっぱりロゼッタさんは立ち上がれないのじゃないかしら?」
「……ロゼッタ! すぐに医務室へ運ぶ!」
「あっ、う、うんっ、ありがと……」

 私はそれを見送って、口の中でさきほど言った言葉を繰り返した。

「突き飛ばすなんて、もうしないわ」
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