婚約破棄、修道院送り、でも冤罪で謝るのは絶対に嫌。本当に悪いことをしてから謝ろうと思います。

七辻ゆゆ

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……という夢を見た

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 父は言った。

「ユミフィル、殿下に謝るんだ。それはただの意地だ。いいか、殿下に謝罪さえすれば、向こうは満足するんだ。そういうものだ。もはやおまえが本当にその女を虐めたかどうかなど、どうでもいいのだ!」

 父は正しいことを言っているのかもしれない。
 このくらいの不条理は飲み込めと、そうでなければ貴族としていられないと、そう言っているのだ。
 でも私は……。

「お父様、殿下との婚約を破棄して、私を修道院に入れてください」
「なっ……馬鹿なことを! いいか、すでに陛下に婚約の解消は申請している。殿下のあの様子では認められるだろう。だが、あとは殿下も意地なのだ。おまえが大人になって、謝ってやればいいじゃないか」

 言いたいことはわかる。
 ロゼッタさんがどう思おうと問題ではない。殿下が私へ矛先を向けさえしなければ、周囲はいくら殿下が寵愛していても、元平民であるロゼッタさんに従ったりはしないのだ。

 殿下の気持ちひとつ。
 私が謝りさえすれば、少しは落ち着くはずだ。

 でも、何もしていないのに謝ることはできなかった。

「修道院に入れてください。でなければ、殿下のご意向によって、そうなるでしょう」

 私の予想は当たっていた。

「はっ、まさかおまえが不貞をしていたとはな。さんざん友人である俺とロゼッタに文句を言っておきながら……まあ、そうか。自分もそうだから、相手もそうだと思うんだろうな?」
「ふっ」

 あまりにも絶望的な気分の中で、私は笑ってしまった。
 教室で告げられたものだから、周囲にいた生徒も吹き出しそうになっていた。

「まったく、そのとおりですわ。……ただ私は、不貞などしておりませんが」
「まだ言うか!」
「何度も申しますが、してもいないことで謝ったりはしません」
「そうか。醜い嘘つき女め。おまえとの婚約を破棄する!」
「婚約はすでに解消されていますよ」
「は?」
「もはや全く関係のない殿下に対する不貞のため、私は修道院に参ります」

 そうして私は不貞という冤罪を背負わされ、修道院に送られた。
 それ自体はもう、どうでもよかった。というより、もう私は貴族社会にいる自信を失っていた。かといって平民になる自信もなかったから、修道院で良かったのだ。父が援助金を払う限り、餓死するようなことはない。

 父が当主でなくなったらどうかはわからないけれど、そのときはそのときだ。とにかくしばらく、私は静かに暮らしたかった。

「ねえ、あんた、王都のパーティで乱交したんだって? 見た目の割にやるじゃない!」

 けれどそういうわけにもいかなかった。
 私が男漁りを理由に修道院送りになったことは知られていた。修道院には貴族の娘も多くいたので、家族から知ったのだろう。

「違います」

 私は男を知りません、などという品のない話もしたくなかったので、それだけ言った。
 苛立ちもあった。やってもいない罪でどうこう言われるのは、もう我慢がならなかった。それが嫌でたまらなくて、こんなところにまで来たのだ。

「なにさ、お高く止まってさ!」
「ばっかねえ、どうせここに来たら、もうまともな令嬢になんて戻れないわよ」

 私の態度は修道院に押し込まれた女たちの反感をかってしまったらしい。たびたび「かまととぶっちゃって」だとか「さすが経験者は違うわ」などと言われるようになってしまった。

 私は口を閉じ、心の耳を閉じながら、修道院で静かに生活を続けた。
 ときおりひどく虚しいけれど、私を理解しようとしない人を理解しようとは思わなかった。幸いにして修道院ではいくらでもやることがある。早起きし、掃除をし、料理をし、洗濯をし、裁縫をして日々が過ぎていく。

 こうして私は年を取っていった。


 ……という夢を見た。

「えっ?」

 私はやわらかな寝台にいた。きらびやかな天井、懐かしい空気。疲れに似た加齢は私の中から失われていた。
 あの修道院の暮らしとの落差にめまいがする。重苦しい絶望は目覚めた瞬間から薄れ始めていた。

「夢……本当に……夢……?」

 のろのろと身を起こして自分の手を見る。
 雑巾を絞ったこともない、つるりとした手だった。こわごわ鏡を見ればそこにはまだ若い私がいる。

 くたりと腰が抜けてしまった。

「夢……なんだ……そう……そうよね……」

 あんな馬鹿げたことが起こるわけがない。
 それにしても妙に現実的な夢だった。確かに殿下はロゼッタさんに執心しているけれど、私はまだロゼッタさんと話したこともない。

 夢の中でロゼッタさんに呼び出された、あれはいつのことだったかしら?
 そう、少し寝不足だったかもしれない。授業でわからないところがあったから、復習していて……。

「……今日?」

 私は開いたままの教科書を見て、呆然と呟いた。

「……まさかね」
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