聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ

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ハッピーエンド!

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「ふあーっ! 疲れた!」
「ぐあっ」
「あ、ごめんなさい、いたのね!」

 帰宅・即ベッドに飛び込んだところ、先客を押し潰してしまった。大司教様こと、最近ではルカルロ様と呼ぶようになった夫だ。
 そもそもこの部屋はもともとルカルロ様のものだった。一応、婚姻したという形を整えるために同居している。

「どうしよう、どこか痛い?」
「いや、問題ない……」
「そう。良かった!」
「……うむ」

 どうせこんなことは初めてでもないのだった。私がぎゅっと抱きしめても、ルカルロ様はもはや嫌がらない。惰性かもしれないし、そのくらい疲れているのかもしれない。

「お疲れ様」
「それは、君だろう。どうだった」
「物資はちゃんと行き渡ってる。ただ、小規模の奪い合いはやっぱり起こってるし、闇市場も生まれかけてる」
「……そうか。こちらはエグラーデ子爵の協力を得られた。あちらにも思惑はありそうだが、ひとまずこの調子なら、三ヶ月先までの物資は問題ない」
「よかった! ありがとうルカルロ様!」
「とんでもない。私こそが感謝するべきだ、聖女エミュシカ」
「ふふっ」

 嫌がられないので私はそのままルカルロ様の胸に頭を押し付けた。

「これでしばらくは休めるだろう。……ひどい顔だ」
「ルカルロ様もね。おじいちゃんになってるよ」
「ははっ」

 こんな軽快な笑い声も久々に聞いた。
 ルカルロ様らしくないほどだけれど、そのくらい喜んでいいだろう。

 マーカーナ山の噴火が軽いものですんだのは何よりの幸運だった。ダーヴァリッド殿下の協力を得て備蓄を蓄えたけれど、噴火が大規模になれば間に合わない計算だった。
 それ以外にもルカルロ様と私はとにかくなんでもかんでもやって回った。噴火予測を出し、備蓄を呼びかけ、農地に灰がかかったらできるだけ早く排除することと通達した。また、隣国から災害に強い作物も輸入、植え付けを奨励した。

 この程度のことしかできなかったと、肩を落としながらその日を迎えたけれど、必死に走り回ったことは無駄ではなかったようだ。もちろん良いことばかり言われたわけではないけれど、備蓄に助けられた民にはよく感謝された。

 まだ災害は落ち着いたわけではないけれど。
 さすがにしばらく休みたい!

「エミュシカ、こら、エミュシカ」
「んん、なあに」
「寝るなら私は退こう」
「いやよ」

 気持ちよく寝ようと思っていたのに、ごそごそされてはたまらない。私はいよいよぎゅっとルカルロ様を抱きしめた。
 うん。
 抱きしめがいのあるしっかりした体だ。こうして触れ合うまでわからなかったけれど、全く大司教様という体ではない。聞けば幼い頃は王子として剣術もたしなんでいたそうだ。優秀だったんだろう。

 優秀なだけ、困ったんだろうなあ。
 王家は世襲だし、王の子が次の王になるのが普通だ。若い王弟を邪魔だ、危険だと思う人がいるんだってことは、貴族社会をそれほど知らない私でも想像できる。

 ダーヴァリッド殿下も優秀だったけど、あれだから、周りは思うところもあったんだろうな。彼は災害対応への協力が評価され、いまでもシュナさんとの結婚を望んでいる。
 シュナさんはというと、離婚して修道院に入ったらしい。なかなかの展開だ。だから殿下にもチャンスがあるといえばあるけれど、それはそれで難しい。離婚歴のある王妃というだけでも前例がないのだ。

 でも一直線な殿下は、やっぱり私は嫌いになれないのだ。
 また連絡取れなくなってたのに、ことがほぼ落ち着いた頃になって協力を持ちかけてきた実家とかよりは。いや、もうちょっと早かったらね、嬉しかったんだけど。今まで聖女の実家として報奨金もらってたのが終わりになるから、危機感持ったのかな……。まあ、こちらも都合よく使わせてもらうけども。

 うん、ごたごた他人のことは今はともかく。

「ルカルロ様がいてくれて、よかった」

 大司教様として彼がいてくれたから、私もここにいられる。嬉しくて体を押し付けてしまうのだ。

「エミュシカ、気持ちは、嬉しい、がっ……」
「なにか問題が?」

 だって夫だもの。

「……む。しかしな、聖女の意味が変わればこの婚姻の意味もなくなる。君は好きな相手と婚姻……」
「好きなルカルロ様と結婚できて幸せです」

 ルカルロ様はなんとも困ったような顔をした。
 私は笑う。

 聖女という、胡散臭いばかりの肩書に「災害対応責任者」という身分を与えるという話になっている。同時に災害対応のための部署をつくるのだ。
 そうなれば聖女は仕事だ。教会に住む必要はない、というより、どこにでも移動できる方がやりやすい仕事だ。結婚の実質的な制限がなくなる。

「……ね、ルカルロ様、嘘をついたでしょう?」
「うん?」
「見ていたなんて嘘ね?」
「……っ」

 ルカルロ様ははっと目を見開き、気まずそうに眉を寄せた。

「……知っていたのか」
「気づきます。誰も見ていなかったもの。ましてルカルロ様に見られてたら、絶対に気づきます」
「そうか。すまない。君の信頼を裏切るような行為だった」
「ふふっ」

 私は絶対に離さないよう腕に力を入れて、彼の耳元で言ってやった。

「誠実な大司教様が、私のために嘘をついてくれた。それだけ思ってくれるなら、それが恋でなくても私は良いと思うんです」
「……そんな素晴らしいものではないよ。嘘は嘘、僕はシュナ嬢と同じことをした」
「だって、私のことを信じてくれたんでしょう?」
「それは……そうだ。しかし君をすべて知っているわけでもない……」
「私もルカルロ様を信じています。とても。誰よりも」

 抱きしめた体は動かない。岩のように動かない。私は少し不安になって、彼の胸に耳を押し当てた。
 鼓動が早い。
 うん。
 まさに脈ありというやつだ。自分を励ましていく。

「だから、ルカルロ様がとんでもなく嫌なのでなければ、このまま夫婦でいたいです」
「……そうか」
「よろしくおねがいします」
「……君の趣味はいささかおかしいと思う。こんなおじさんを」
「おじいさんかと思ってたら、すごく若いから詐欺だとは思いました」
「む」
「趣味の悪い女は嫌いですか?」

 するとルカルロ様は難しい顔になった。もしかしたらこの顔は照れているのでは、と最近思ったりする。なんといっても同じ時間を、必死に過ごしてきた間柄なのだ。

「…………嫌いではない」
「ふふっ」

 私はたまらず笑って、可愛い夫をしっかり抱きしめた。

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