聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ

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証拠

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「僕は見ていたよ。彼女はその場所から動いていない」
「は……?」
「彼女はシュナ嬢と会話をしている間も、そのあとも動いていないよ。シュナ嬢はひとりで階段に向かったようだ。突き飛ばすには少々遠いんじゃないかな」

 そして殿下も、唖然とした様子で口を開き、彼を見ています。
 それからシュナさんを見ました。

「えっ、嘘です、違います……」
「まあ、距離があるから、彼女が何もしていないというほどはっきりは見ていないが。離れていたのは確かだ」
「見間違いです! 私は確かに、後ろから背中を強く押されて……」
「それなんだが、さきほど彼女も言っていたが、君は足から落ちて背中を打ち付けていただろう? 強く背中を押された落ち方には見えなかったよ」

 彼の言葉に周囲が唸った。私が言ったときよりも、あきらかに説得力があったらしい。少し悔しく思うけれど、これは。
 彼は……そんなに高い立場の人間なの?

「……シュナ?」

 驚いたことに、殿下でさえシュナさんに不審そうな目を向ける。

「ど、どうしてそんな目で見るの! 本当よ、本当なの、信じて」
「シュナ、落ち着いて。嘘だとは言っていない。ただ、叔父上は公正な方だ」
「おじ、うえ?」
「……父の弟の、ルカルロ叔父上だ。シュナ、疑っているわけではない。ただ、正確な動きを教えてほしい。……まず、君はエミュシカ嬢に近づいて会話した」
「え、ええ……そう……会話を……だって、あそこに、いた、から……」

(ルカルロ叔父上、陛下の弟……)

 シュナさんをしっかり抱きしめながら、殿下が話を聞き出そうとしている。私はじっとルカルロ殿下を見つめた。いや、王籍を外れたなら殿下ではないのかな。

「女性に失礼だとは思うが……」

 ルカルロ殿下は困ったような顔で言い出した。

「ちょうど触れているようだから聞きたい。ダーヴァリッド、彼女の背中は柔らかいのではないか?」
「は? 何、を……シュナ、これは……!?」

 全く何を言い出すのかと思ったけれど、ダーヴァリッド殿下が驚愕の声をあげた。シュナさんの背中を、その手がいくらか乱暴にまさぐっている。

(ああ……なるほど)

 いつも抱きしめている殿下ならわかるのだろう。
 そこには恐らく、クッションになりそうなものが着込まれていた。どうりで階段にぶつかった痕がはっきり残っていたはずだ。

(階段を落ちるなんて怖いものね。傷跡が残るかもしれないし)

 下にしっかり着込んでいれば少しは安心だ。医者に見られるかもしれないが、まさか人のいる場で脱がされるはずもない。貴族の医者などいないのだから、ことが公になることはないはずだった。

(皮肉なことね。殿下が抱きしめなければ、わからなかった)

 彼女が階段から落ちる予定で、しっかり準備してきたなんて。
 いえ、もしかすると階段から落ちるつもりはなかったのかもしれない。たとえば私の前で転んでみせれば、突き飛ばされたと言い張れる。けれど、私は誰もいない階段の上にいたものだから。

「どういうことだ、シュナ……!」

 怒りよりも、すがりつくような声だった。苦笑する。殿下はシュナさんの計画を全くご存じなかったようだ。それは気の毒なことだ。
 もっとも、私にとっては幸いだった。彼らが信頼に満ちた関係で共犯者だったら、私には全くなすすべもなかっただろう。

「なにを言ってるの、ダー? ただ今日は少し肌寒かったから……」
「ダンスのために夜会に来ていると言ったじゃないか。着崩れるからできるだけ軽い衣装がいいと」
「……」
「シュナ……なぜだ。なぜ信じてくれなかった。君を必ず妻にすると言っただろう。そのために……」
「だって」

 シュナさんが諦めたように微笑んだ。

「だって、ダーは王子様だもの。わるいことは、わたしのほうが向いてるよ」
「悪いことなど……」

 殿下が気まずそうにうつむいた。する気だったんだろうな。私をどうにかするために、なんでもやってやるつもりだったんだろう。
 ちゃんと意思疎通してれば共犯者になったはずだ。色々と残念な話に思う。

「あーあ。……いい夢だったなあ」

 シュナさんが微笑みながら泣き始め、殿下はどうすることもできないでいる。
 私は自分への脅威は消えたと判断して、二人から目をそらした。ゆっくりと、幽霊のように静かに階段を降りて、ルカルロ殿下のもとに向かう。

 彼は少し視線をうろつかせている。
 逃げるかと思ったが、そうではないらしい。私は彼の前にがつんと立って、にこりと微笑んだ。
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