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茶番どうでしょう
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「何があった!?」
私が動けないでいるうちに、奥の部屋から王太子殿下が現れた。早い。突然のことにしては早すぎる気がする。その台詞も陳腐ではないか?
何もかもおかしく思えてくる。
彼はけれど、私をちらりと見ただけですぐに階段の下に目を向けた。
「シュナ!?」
「あっ……ダー、わ、わたし」
「足か!? 階段から落ちたのか?」
「ち、違うの、後ろから……突き飛ばされて……ああっ!」
シュナさんは混乱した様子で、手のひらで顔を覆って首を振った。信じられないことが起こった、とても理解できないという様子だ。
(突き飛ばされた、って言ったわね)
私はため息をつきたくなる。
残念ながら余裕はない。ひやりと背中に汗が伝う。
王太子殿下の婚約者を辞めさせられるのはいいが、階段から人を突き落としたとなれば罪だ。それも貴族家のパーティの最中に。穏便な結果になるとは思えない……。
婚約者の立場を失い、最初の予定に戻ったとしても、人を傷つけたものが聖女を名乗れはしないだろう。いくら聖女がただの役職名だとしても、民衆は許容しないはずだ。
(お先真っ暗ってこと? はは……)
思わず心の中だけでなく笑いそうになったが、口元を引き締めた。正念場だ。
「…………お前」
ああ、素が出ちゃってますよ殿下。
本当に笑いそうだ。外面を忘れた殿下が、愛する人を傷つけられた殿下が、私を睨みあげている。私はというと、どうしたものか、まあ、嘘を言ってもどうしようもない。事実を告げるしかない。
「私はずっとここで待っておりましたし、彼女の背後には誰もおりませんでしたよ。足を滑らせたのでは?」
「そ、んな……っ」
「シュナ……」
ぶるぶると震えるシュナさんを、殿下は両腕で抱きしめました。何者からも守る、そういう意思が感じられます。
私はシュナさんが足首を手で押さえているのを見ました。それに、彼女のドレスの背中に打ち付けた痕が残っているように見えました。
「その様子では、彼女は足から落下して、背中を打ったように見えます。突き飛ばされたのであれば、もっと危険な落下になるのでは?」
「黙れ! 尤もらしい言い訳をつらつらと……!」
「あのっ、なんとか踏ん張ったので足から……」
「そもそもです。私はここで殿下を待っていましたが、名乗りもせずに話しかけてこられたのは何だったのですか?」
「そ、それは、エミュシカ様が入っちゃいけない場所にいたから」
「人を待っているとお伝えしたのに、階段に誘導しようとしていましたよね?」
招待客たちはざわめいているが、今のところ状況を見守ってくれている。あるいは面白い茶番が始まったとでも思っているのかもしれない。
「そんなことしていません! ここは離れたほうが良いって教えてあげて、それから背中を向けたら、ドンって……」
「名乗ってもいないのに、私の名前をご存知でしたよね」
「それは……っ、知ってるに決まっています!」
「恋人の婚約者だと知りながら、どうしてわざわざ近づいたのですか?」
「ど、どんな人か、知っておきたくて……」
「あら? そうだったのですか? ここにいてはいけないと教えに来てくださったわけじゃないんですね」
「それもあります!」
「そうですか」
私は軽く肩をすくめました。
言いたいことはすべて言いました。あとは周囲がどう見るかだけです。殿下は私を好意的に見てくれるはずがないし。
あーあ、どうしようかな。
だいたい相手が王太子って時点で詰んでる気がする。私の味方になったって何の得もないのよね。
目撃者がいたとしても名乗り出ないだろうし、そもそもいないだろう。
「ダー、わたし、あなたがどんな人と婚約したのか、心配で……」
「ああ、君の優しさはわかっている。だが危険なことをした。アレにとって君は邪魔者なのだから」
「そんな、そんなことって、だって、どうせ私達は……っ」
「シュナ……君は優しすぎるんだ。残念だが、悪意のあるものはどこにでもいる」
うん、シュナさんは清々しいくらい殿下に縋っていますね。
殿下がそうとすれば、まあ、そうなってしまうんだろうな。あとはお医者様が来てくれたら、怪我から何かわかるかもしれない。ヒールの様子も見てみたいけれど、近づけそうにないな……。
「ちょっと待ってくれ」
「え?」
人々の中から現れたのは、見た目の若さにそぐわず落ち着いた声色の男性だった。明るい茶色の髪が、会場のきらびやかな光に照らされ金色に見える。
私は困惑して、間抜けなことに口を開いて彼を見つめていた。
私が動けないでいるうちに、奥の部屋から王太子殿下が現れた。早い。突然のことにしては早すぎる気がする。その台詞も陳腐ではないか?
何もかもおかしく思えてくる。
彼はけれど、私をちらりと見ただけですぐに階段の下に目を向けた。
「シュナ!?」
「あっ……ダー、わ、わたし」
「足か!? 階段から落ちたのか?」
「ち、違うの、後ろから……突き飛ばされて……ああっ!」
シュナさんは混乱した様子で、手のひらで顔を覆って首を振った。信じられないことが起こった、とても理解できないという様子だ。
(突き飛ばされた、って言ったわね)
私はため息をつきたくなる。
残念ながら余裕はない。ひやりと背中に汗が伝う。
王太子殿下の婚約者を辞めさせられるのはいいが、階段から人を突き落としたとなれば罪だ。それも貴族家のパーティの最中に。穏便な結果になるとは思えない……。
婚約者の立場を失い、最初の予定に戻ったとしても、人を傷つけたものが聖女を名乗れはしないだろう。いくら聖女がただの役職名だとしても、民衆は許容しないはずだ。
(お先真っ暗ってこと? はは……)
思わず心の中だけでなく笑いそうになったが、口元を引き締めた。正念場だ。
「…………お前」
ああ、素が出ちゃってますよ殿下。
本当に笑いそうだ。外面を忘れた殿下が、愛する人を傷つけられた殿下が、私を睨みあげている。私はというと、どうしたものか、まあ、嘘を言ってもどうしようもない。事実を告げるしかない。
「私はずっとここで待っておりましたし、彼女の背後には誰もおりませんでしたよ。足を滑らせたのでは?」
「そ、んな……っ」
「シュナ……」
ぶるぶると震えるシュナさんを、殿下は両腕で抱きしめました。何者からも守る、そういう意思が感じられます。
私はシュナさんが足首を手で押さえているのを見ました。それに、彼女のドレスの背中に打ち付けた痕が残っているように見えました。
「その様子では、彼女は足から落下して、背中を打ったように見えます。突き飛ばされたのであれば、もっと危険な落下になるのでは?」
「黙れ! 尤もらしい言い訳をつらつらと……!」
「あのっ、なんとか踏ん張ったので足から……」
「そもそもです。私はここで殿下を待っていましたが、名乗りもせずに話しかけてこられたのは何だったのですか?」
「そ、それは、エミュシカ様が入っちゃいけない場所にいたから」
「人を待っているとお伝えしたのに、階段に誘導しようとしていましたよね?」
招待客たちはざわめいているが、今のところ状況を見守ってくれている。あるいは面白い茶番が始まったとでも思っているのかもしれない。
「そんなことしていません! ここは離れたほうが良いって教えてあげて、それから背中を向けたら、ドンって……」
「名乗ってもいないのに、私の名前をご存知でしたよね」
「それは……っ、知ってるに決まっています!」
「恋人の婚約者だと知りながら、どうしてわざわざ近づいたのですか?」
「ど、どんな人か、知っておきたくて……」
「あら? そうだったのですか? ここにいてはいけないと教えに来てくださったわけじゃないんですね」
「それもあります!」
「そうですか」
私は軽く肩をすくめました。
言いたいことはすべて言いました。あとは周囲がどう見るかだけです。殿下は私を好意的に見てくれるはずがないし。
あーあ、どうしようかな。
だいたい相手が王太子って時点で詰んでる気がする。私の味方になったって何の得もないのよね。
目撃者がいたとしても名乗り出ないだろうし、そもそもいないだろう。
「ダー、わたし、あなたがどんな人と婚約したのか、心配で……」
「ああ、君の優しさはわかっている。だが危険なことをした。アレにとって君は邪魔者なのだから」
「そんな、そんなことって、だって、どうせ私達は……っ」
「シュナ……君は優しすぎるんだ。残念だが、悪意のあるものはどこにでもいる」
うん、シュナさんは清々しいくらい殿下に縋っていますね。
殿下がそうとすれば、まあ、そうなってしまうんだろうな。あとはお医者様が来てくれたら、怪我から何かわかるかもしれない。ヒールの様子も見てみたいけれど、近づけそうにないな……。
「ちょっと待ってくれ」
「え?」
人々の中から現れたのは、見た目の若さにそぐわず落ち着いた声色の男性だった。明るい茶色の髪が、会場のきらびやかな光に照らされ金色に見える。
私は困惑して、間抜けなことに口を開いて彼を見つめていた。
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