聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ

文字の大きさ
上 下
6 / 12

目の前で衝撃

しおりを挟む
(あら?)

 ぼんやり時を過ごしていると、一人の女性が階段を上がってきているのに気づいた。

(伯爵家のご令嬢……にしては圧がないな)

 貴族にも上位のものと下位のものがいる。平民からすればどちらも同じだが、じっくりと見ればその差はあきらかにあるのだ。幼い頃からしっかり教育された高位貴族は、見た目の印象から堂々として、所作にも重みがある。

 彼女は伯爵家にしては軽かった。
 つま先を立てるようにしてひょこひょこと歩く。平民ほど無作法ではないけれど、いたずらをする子供のような雰囲気だった。

 ドレスも可愛らしい。高級感はいまいちだが、彼女によく似合っていた。階段を上がるのに合わせて布がひらひら舞い、踊るような足を彩っている。

「こんばんは!」
「……ええ、こんばんは」

 名乗りもしない挨拶には、さすがに面くらった。下位貴族でもそれはない。

「あのね、急にごめんなさい。聖女候補だったエミュシカ様ですよね?」
「……はい」
「やっぱり! それでわからなかったんじゃないかと思って! この階段って会場外なので上がってきちゃダメなんですよ。ほら、カーペットの色も違うでしょ? 早く降りたほうがいいです」
「え? ああ、いえ」
「私も前のときに失敗しちゃったんです。ここから見下ろしたら気分いいだろうなって思いますもん。でも、会場は下の階だけなので、人に見つかる前に降りましょ」

 私は少し困った。
 どうもかなり大胆な方のようだからだ。となると、もしかすると高位貴族の可能性も捨てきれない。
 人の名前を聞いておいて名乗らないというアクロバットも、上位ゆえのものかもしれない。

 言っている内容は、いちおう親切のようだ。
 自分が失敗したから、人には失敗してほしくない。わかる。
 でもちょっと押し付けがましい。人の話を聞く気がなさそうだ。

 とはいえ無視もできないので、説明しておこう。

「ご心配ありがとうございます。ここで人を待っておりますので、お気遣いなく」
「ええ? こんなところに待たせる人なんてダメですよ! その人も何か間違ってますよ」

 あー、それはそう。たぶんそれはそう。
 私はなんともいえない微笑みを浮かべてしまった。誰もいないところに放置していくなんて、相手を少しでも心配していたらしないでしょうね。

「ですが、待つように言われておりますので」
「だめですってば!」
「あなた様は離れたほうがよろしいと思います。私はここで壁のようになっておりますわ」
「……」

 すると彼女は一瞬だけ表情をなくして、それからちらりと下階を見た。

「見て、エミュシカ様、あれば伯爵家名物のシャンタンケーキよ。製法が秘密だから、他のどの家にも作れないの」
「…………そうなのですか?」

 ああ、馬鹿な私。
 怪しい、関わってはいけないと思っていながら、ケーキに誘われてしまった。だってケーキよ。たっぷりの砂糖と小麦粉を使った豪華なケーキ。それも特別。アニ姉さま、ごめんなさい。

 気づけばふらふら立ち上がり、下階を見下ろしていた。

「エミュシカ様、もっとこちらへ」
「いえ、ここで見えます。ええと……どれがその特別なケー……」
「こっちですよ」
「テーブルの全部見えていますよ。右ですか、左ですか?」
「……」

 彼女が苛立ったような顔をした。
 あ、うん。
 私は瞬間的にまずいなと感じた。そりゃあ、聖女候補しておりましたので、変な輩が近づいてくることもあったのです。優しいふりをして利用しようとするような輩もいたし、からかってやろうなんて人もいました。

 だからとっさに、私は一歩引いた。
 けれど彼女は背を見せていた。

「え?」

 彼女は階段に足を踏み出した、ように見えた。
 そのまま。
 すとん、と落ちた。

「な……っ!?」
「きゃああああああああ!」

 がたがたと人体とハイヒールが階段にぶつかる音、そして遅れて悲鳴が聞こえ、会場は騒然となる。

「だ、誰か、医者を!」
「シュナ嬢!?」
「ああなんてことだ!」

 呆然としていた私も駆け寄ろうとして、動きを止めた。

(シュナ嬢、って言った?)

 それは殿下の愛する相手の名前だ。思い返してみれば、確かにその人物像にふさわしい女性に思えた。図々しい優しさを持つ、貴族らしからぬ女性。
 そんな彼女が私の前で階段から落ちた。

(偶然にはとても思えない……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

お姉様に恋した、私の婚約者。5日間部屋に篭っていたら500年が経過していました。

ごろごろみかん。
恋愛
「……すまない。彼女が、私の【運命】なんだ」 ──フェリシアの婚約者の【運命】は、彼女ではなかった。 「あなたも知っている通り、彼女は病弱だ。彼女に王妃は務まらない。だから、フェリシア。あなたが、彼女を支えてあげて欲しいんだ。あなたは王妃として、あなたの姉……第二妃となる彼女を、助けてあげて欲しい」 婚約者にそう言われたフェリシアは── (え、絶対嫌なんですけど……?) その瞬間、前世の記憶を思い出した。 彼女は五日間、部屋に籠った。 そして、出した答えは、【婚約解消】。 やってられるか!と勘当覚悟で父に相談しに部屋を出た彼女は、愕然とする。 なぜなら、前世の記憶を取り戻した影響で魔力が暴走し、部屋の外では【五日間】ではなく【五百年】の時が経過していたからである。 フェリシアの第二の人生が始まる。 ☆新連載始めました!今作はできる限り感想返信頑張りますので、良ければください(私のモチベが上がります)よろしくお願いします!

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

処理中です...