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目の前で衝撃
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(あら?)
ぼんやり時を過ごしていると、一人の女性が階段を上がってきているのに気づいた。
(伯爵家のご令嬢……にしては圧がないな)
貴族にも上位のものと下位のものがいる。平民からすればどちらも同じだが、じっくりと見ればその差はあきらかにあるのだ。幼い頃からしっかり教育された高位貴族は、見た目の印象から堂々として、所作にも重みがある。
彼女は伯爵家にしては軽かった。
つま先を立てるようにしてひょこひょこと歩く。平民ほど無作法ではないけれど、いたずらをする子供のような雰囲気だった。
ドレスも可愛らしい。高級感はいまいちだが、彼女によく似合っていた。階段を上がるのに合わせて布がひらひら舞い、踊るような足を彩っている。
「こんばんは!」
「……ええ、こんばんは」
名乗りもしない挨拶には、さすがに面くらった。下位貴族でもそれはない。
「あのね、急にごめんなさい。聖女候補だったエミュシカ様ですよね?」
「……はい」
「やっぱり! それでわからなかったんじゃないかと思って! この階段って会場外なので上がってきちゃダメなんですよ。ほら、カーペットの色も違うでしょ? 早く降りたほうがいいです」
「え? ああ、いえ」
「私も前のときに失敗しちゃったんです。ここから見下ろしたら気分いいだろうなって思いますもん。でも、会場は下の階だけなので、人に見つかる前に降りましょ」
私は少し困った。
どうもかなり大胆な方のようだからだ。となると、もしかすると高位貴族の可能性も捨てきれない。
人の名前を聞いておいて名乗らないというアクロバットも、上位ゆえのものかもしれない。
言っている内容は、いちおう親切のようだ。
自分が失敗したから、人には失敗してほしくない。わかる。
でもちょっと押し付けがましい。人の話を聞く気がなさそうだ。
とはいえ無視もできないので、説明しておこう。
「ご心配ありがとうございます。ここで人を待っておりますので、お気遣いなく」
「ええ? こんなところに待たせる人なんてダメですよ! その人も何か間違ってますよ」
あー、それはそう。たぶんそれはそう。
私はなんともいえない微笑みを浮かべてしまった。誰もいないところに放置していくなんて、相手を少しでも心配していたらしないでしょうね。
「ですが、待つように言われておりますので」
「だめですってば!」
「あなた様は離れたほうがよろしいと思います。私はここで壁のようになっておりますわ」
「……」
すると彼女は一瞬だけ表情をなくして、それからちらりと下階を見た。
「見て、エミュシカ様、あれば伯爵家名物のシャンタンケーキよ。製法が秘密だから、他のどの家にも作れないの」
「…………そうなのですか?」
ああ、馬鹿な私。
怪しい、関わってはいけないと思っていながら、ケーキに誘われてしまった。だってケーキよ。たっぷりの砂糖と小麦粉を使った豪華なケーキ。それも特別。アニ姉さま、ごめんなさい。
気づけばふらふら立ち上がり、下階を見下ろしていた。
「エミュシカ様、もっとこちらへ」
「いえ、ここで見えます。ええと……どれがその特別なケー……」
「こっちですよ」
「テーブルの全部見えていますよ。右ですか、左ですか?」
「……」
彼女が苛立ったような顔をした。
あ、うん。
私は瞬間的にまずいなと感じた。そりゃあ、聖女候補しておりましたので、変な輩が近づいてくることもあったのです。優しいふりをして利用しようとするような輩もいたし、からかってやろうなんて人もいました。
だからとっさに、私は一歩引いた。
けれど彼女は背を見せていた。
「え?」
彼女は階段に足を踏み出した、ように見えた。
そのまま。
すとん、と落ちた。
「な……っ!?」
「きゃああああああああ!」
がたがたと人体とハイヒールが階段にぶつかる音、そして遅れて悲鳴が聞こえ、会場は騒然となる。
「だ、誰か、医者を!」
「シュナ嬢!?」
「ああなんてことだ!」
呆然としていた私も駆け寄ろうとして、動きを止めた。
(シュナ嬢、って言った?)
それは殿下の愛する相手の名前だ。思い返してみれば、確かにその人物像にふさわしい女性に思えた。図々しい優しさを持つ、貴族らしからぬ女性。
そんな彼女が私の前で階段から落ちた。
(偶然にはとても思えない……)
ぼんやり時を過ごしていると、一人の女性が階段を上がってきているのに気づいた。
(伯爵家のご令嬢……にしては圧がないな)
貴族にも上位のものと下位のものがいる。平民からすればどちらも同じだが、じっくりと見ればその差はあきらかにあるのだ。幼い頃からしっかり教育された高位貴族は、見た目の印象から堂々として、所作にも重みがある。
彼女は伯爵家にしては軽かった。
つま先を立てるようにしてひょこひょこと歩く。平民ほど無作法ではないけれど、いたずらをする子供のような雰囲気だった。
ドレスも可愛らしい。高級感はいまいちだが、彼女によく似合っていた。階段を上がるのに合わせて布がひらひら舞い、踊るような足を彩っている。
「こんばんは!」
「……ええ、こんばんは」
名乗りもしない挨拶には、さすがに面くらった。下位貴族でもそれはない。
「あのね、急にごめんなさい。聖女候補だったエミュシカ様ですよね?」
「……はい」
「やっぱり! それでわからなかったんじゃないかと思って! この階段って会場外なので上がってきちゃダメなんですよ。ほら、カーペットの色も違うでしょ? 早く降りたほうがいいです」
「え? ああ、いえ」
「私も前のときに失敗しちゃったんです。ここから見下ろしたら気分いいだろうなって思いますもん。でも、会場は下の階だけなので、人に見つかる前に降りましょ」
私は少し困った。
どうもかなり大胆な方のようだからだ。となると、もしかすると高位貴族の可能性も捨てきれない。
人の名前を聞いておいて名乗らないというアクロバットも、上位ゆえのものかもしれない。
言っている内容は、いちおう親切のようだ。
自分が失敗したから、人には失敗してほしくない。わかる。
でもちょっと押し付けがましい。人の話を聞く気がなさそうだ。
とはいえ無視もできないので、説明しておこう。
「ご心配ありがとうございます。ここで人を待っておりますので、お気遣いなく」
「ええ? こんなところに待たせる人なんてダメですよ! その人も何か間違ってますよ」
あー、それはそう。たぶんそれはそう。
私はなんともいえない微笑みを浮かべてしまった。誰もいないところに放置していくなんて、相手を少しでも心配していたらしないでしょうね。
「ですが、待つように言われておりますので」
「だめですってば!」
「あなた様は離れたほうがよろしいと思います。私はここで壁のようになっておりますわ」
「……」
すると彼女は一瞬だけ表情をなくして、それからちらりと下階を見た。
「見て、エミュシカ様、あれば伯爵家名物のシャンタンケーキよ。製法が秘密だから、他のどの家にも作れないの」
「…………そうなのですか?」
ああ、馬鹿な私。
怪しい、関わってはいけないと思っていながら、ケーキに誘われてしまった。だってケーキよ。たっぷりの砂糖と小麦粉を使った豪華なケーキ。それも特別。アニ姉さま、ごめんなさい。
気づけばふらふら立ち上がり、下階を見下ろしていた。
「エミュシカ様、もっとこちらへ」
「いえ、ここで見えます。ええと……どれがその特別なケー……」
「こっちですよ」
「テーブルの全部見えていますよ。右ですか、左ですか?」
「……」
彼女が苛立ったような顔をした。
あ、うん。
私は瞬間的にまずいなと感じた。そりゃあ、聖女候補しておりましたので、変な輩が近づいてくることもあったのです。優しいふりをして利用しようとするような輩もいたし、からかってやろうなんて人もいました。
だからとっさに、私は一歩引いた。
けれど彼女は背を見せていた。
「え?」
彼女は階段に足を踏み出した、ように見えた。
そのまま。
すとん、と落ちた。
「な……っ!?」
「きゃああああああああ!」
がたがたと人体とハイヒールが階段にぶつかる音、そして遅れて悲鳴が聞こえ、会場は騒然となる。
「だ、誰か、医者を!」
「シュナ嬢!?」
「ああなんてことだ!」
呆然としていた私も駆け寄ろうとして、動きを止めた。
(シュナ嬢、って言った?)
それは殿下の愛する相手の名前だ。思い返してみれば、確かにその人物像にふさわしい女性に思えた。図々しい優しさを持つ、貴族らしからぬ女性。
そんな彼女が私の前で階段から落ちた。
(偶然にはとても思えない……)
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