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はいはい、全部お任せ
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「その他人事のような精神も、いったいどう育てばそうなる。君のことはどうでもいいが私に恥をかかせるな」
「ええ。基本的なマナーは学びましたが、予想外の事態には対応できません。殿下がそのような場面を避けていただければ問題ないです」
「なんだと?」
「まだ貴族のマナーに慣れないので、とでもお口添えいただければそれで充分ですよ。あなたの斜め後ろで大人しくしております」
「何を図々しいことを。なぜ私がお前の不手際を取り繕う必要がある」
「あなたの外面のためだからでしょう。別に私としては殿下の婚約者失格となろうとも、どちらでも構いません」
馬車に二人きりと聞いたときは運命を呪ったけれど、考えてみれば楽だ。周囲を気にする必要がないから、言いたいことを言えばいい。
どうせ嫌われてるんだから、仲良くしようなんて思わない。そもそも迷惑かけてきてるのに偉そうだから私も嫌い。聖女らしくと育てられたけれど、大司教様だって「心の中まで自分を偽る必要はない」と言ってくれたのだ。
私は言いたいことだけ言ったら、近づく伯爵家に再び視線を向けた。そろそろ敷地に入る。前にいた馬車が、大きな門を馬車のままゆっくり通っていった。すごい。
皆が羨む名画を手に入れた家だ。お金があるんだろうな。
王太子さえ顔を出しに来るくらいだ。
(難しいことを考えるのはやめよう。楽しみだな、内装とか、料理とか)
平民のみんなもそういうことには興味津々だ。お貴族様の華麗な生活。
「お前が選んだことだ。私に押し付けるな。押し付けられたところで、お前の良いようにしてやるわけがない」
「選んだことですって?」
「そうだ。聖女などという人身御供を免れるために、父上の話に飛びついたんだろ。こちらは迷惑している」
「じゃあ今すぐ聖女に戻してくださいよ。あなたの起こしたことでしょ。こっちは王家に逆らえるわけがないんだから」
戻れるものなら戻りたい。選んでなどいない。
よくもまあ、図々しくとはこちらの台詞だ。自分がやったことの責任くらいは取ってほしい。
「私はやるべきことをやってきた。お前さえ、お前さえいなければ……」
「知らないですよ、やるべきことってなんですか」
すると殿下は憎々しげに顔をしかめた。たぶん育ちがいいから出来ないだけで、出来たら舌打ちしてただろうな。
「未婚の高位令嬢に縁談を世話した」
「は? ……それはそれは」
「全員にだ! あらゆるつてを使って結びつけた。これでようやくシュナと結婚できるはずだったんだ。おまえさえいなければ!」
そういえば、と私はリューン様のことを思い出した。
聖女候補である間から、たとえ候補であっても婚約を予定した相手がいるのは珍しい。あれもこの王子の工作の一貫だったのかもしれない。
「ご苦労さまです。まあ、一手抜けていたってことですね。私関係なくありません?」
「聖女にしがみつくこともできたはずだ。王家にとって教会は、軽く命令できるような存在ではない」
「いや、知りませんよ。初耳です。聖女に選ばれなかった、婚約者になれと言われただけです」
大司教様は私のことを考えてくれているはずだ。私はそう信じる。もし他の可能性があるなら、ちゃんと私に選ばせてくれたと思う。きっとどうしようもなかったのだ。
そもそも王家と教会の話だ。私が聖女になっていたとしても、その末端、ただの手足だ。上からの意思を受け取るしかない。
「はっ……どうだか。おまえたち平民は何かというと妬心を向けてくる。贅沢な暮らしをしたいんだろう? 我々はそのぶん、やりたくもない義務を果たしている。そちらこそ自由で羨ましいことだ」
「だったら平民になりたいんですか?」
「そういう阿呆みたいな質問もまるで平民だな。こっちはそうあれと育てられて、そう育った。今更だ」
「平民だってそうですよ」
なるほど、優秀かどうかはわからないけれど、馬鹿ではないらしい。それなりにやるべきこともやってるんだろう。
が、やっぱりこっちに八つ当たりされても知ったことではないのだ。
「働かなくても食っていけるお貴族様が羨ましい。そう言いながら、実際貴族になれるとしても、ほとんどの平民はそんなの目指したりしないでしょうよ。私もそうだというだけです」
「おまえの都合など知ったことではない」
「お互い様ですね」
不毛な話をしているうちに、いつの間にか門をくぐってしまったらしい。入るところを見逃してしまった。
馬車停めで止まり、先に殿下が降りてエスコートしてくださる。使用人しかいない場でも、外面は保たなければならないらしい。もちろん私もにこやかに馬車を降りた。
「中では、私の指示通りにするように」
「お任せいたしますわ」
「ええ。基本的なマナーは学びましたが、予想外の事態には対応できません。殿下がそのような場面を避けていただければ問題ないです」
「なんだと?」
「まだ貴族のマナーに慣れないので、とでもお口添えいただければそれで充分ですよ。あなたの斜め後ろで大人しくしております」
「何を図々しいことを。なぜ私がお前の不手際を取り繕う必要がある」
「あなたの外面のためだからでしょう。別に私としては殿下の婚約者失格となろうとも、どちらでも構いません」
馬車に二人きりと聞いたときは運命を呪ったけれど、考えてみれば楽だ。周囲を気にする必要がないから、言いたいことを言えばいい。
どうせ嫌われてるんだから、仲良くしようなんて思わない。そもそも迷惑かけてきてるのに偉そうだから私も嫌い。聖女らしくと育てられたけれど、大司教様だって「心の中まで自分を偽る必要はない」と言ってくれたのだ。
私は言いたいことだけ言ったら、近づく伯爵家に再び視線を向けた。そろそろ敷地に入る。前にいた馬車が、大きな門を馬車のままゆっくり通っていった。すごい。
皆が羨む名画を手に入れた家だ。お金があるんだろうな。
王太子さえ顔を出しに来るくらいだ。
(難しいことを考えるのはやめよう。楽しみだな、内装とか、料理とか)
平民のみんなもそういうことには興味津々だ。お貴族様の華麗な生活。
「お前が選んだことだ。私に押し付けるな。押し付けられたところで、お前の良いようにしてやるわけがない」
「選んだことですって?」
「そうだ。聖女などという人身御供を免れるために、父上の話に飛びついたんだろ。こちらは迷惑している」
「じゃあ今すぐ聖女に戻してくださいよ。あなたの起こしたことでしょ。こっちは王家に逆らえるわけがないんだから」
戻れるものなら戻りたい。選んでなどいない。
よくもまあ、図々しくとはこちらの台詞だ。自分がやったことの責任くらいは取ってほしい。
「私はやるべきことをやってきた。お前さえ、お前さえいなければ……」
「知らないですよ、やるべきことってなんですか」
すると殿下は憎々しげに顔をしかめた。たぶん育ちがいいから出来ないだけで、出来たら舌打ちしてただろうな。
「未婚の高位令嬢に縁談を世話した」
「は? ……それはそれは」
「全員にだ! あらゆるつてを使って結びつけた。これでようやくシュナと結婚できるはずだったんだ。おまえさえいなければ!」
そういえば、と私はリューン様のことを思い出した。
聖女候補である間から、たとえ候補であっても婚約を予定した相手がいるのは珍しい。あれもこの王子の工作の一貫だったのかもしれない。
「ご苦労さまです。まあ、一手抜けていたってことですね。私関係なくありません?」
「聖女にしがみつくこともできたはずだ。王家にとって教会は、軽く命令できるような存在ではない」
「いや、知りませんよ。初耳です。聖女に選ばれなかった、婚約者になれと言われただけです」
大司教様は私のことを考えてくれているはずだ。私はそう信じる。もし他の可能性があるなら、ちゃんと私に選ばせてくれたと思う。きっとどうしようもなかったのだ。
そもそも王家と教会の話だ。私が聖女になっていたとしても、その末端、ただの手足だ。上からの意思を受け取るしかない。
「はっ……どうだか。おまえたち平民は何かというと妬心を向けてくる。贅沢な暮らしをしたいんだろう? 我々はそのぶん、やりたくもない義務を果たしている。そちらこそ自由で羨ましいことだ」
「だったら平民になりたいんですか?」
「そういう阿呆みたいな質問もまるで平民だな。こっちはそうあれと育てられて、そう育った。今更だ」
「平民だってそうですよ」
なるほど、優秀かどうかはわからないけれど、馬鹿ではないらしい。それなりにやるべきこともやってるんだろう。
が、やっぱりこっちに八つ当たりされても知ったことではないのだ。
「働かなくても食っていけるお貴族様が羨ましい。そう言いながら、実際貴族になれるとしても、ほとんどの平民はそんなの目指したりしないでしょうよ。私もそうだというだけです」
「おまえの都合など知ったことではない」
「お互い様ですね」
不毛な話をしているうちに、いつの間にか門をくぐってしまったらしい。入るところを見逃してしまった。
馬車停めで止まり、先に殿下が降りてエスコートしてくださる。使用人しかいない場でも、外面は保たなければならないらしい。もちろん私もにこやかに馬車を降りた。
「中では、私の指示通りにするように」
「お任せいたしますわ」
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