聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ

文字の大きさ
上 下
4 / 12

はいはい、全部お任せ

しおりを挟む
「その他人事のような精神も、いったいどう育てばそうなる。君のことはどうでもいいが私に恥をかかせるな」
「ええ。基本的なマナーは学びましたが、予想外の事態には対応できません。殿下がそのような場面を避けていただければ問題ないです」
「なんだと?」
「まだ貴族のマナーに慣れないので、とでもお口添えいただければそれで充分ですよ。あなたの斜め後ろで大人しくしております」
「何を図々しいことを。なぜ私がお前の不手際を取り繕う必要がある」
「あなたの外面のためだからでしょう。別に私としては殿下の婚約者失格となろうとも、どちらでも構いません」

 馬車に二人きりと聞いたときは運命を呪ったけれど、考えてみれば楽だ。周囲を気にする必要がないから、言いたいことを言えばいい。
 どうせ嫌われてるんだから、仲良くしようなんて思わない。そもそも迷惑かけてきてるのに偉そうだから私も嫌い。聖女らしくと育てられたけれど、大司教様だって「心の中まで自分を偽る必要はない」と言ってくれたのだ。

 私は言いたいことだけ言ったら、近づく伯爵家に再び視線を向けた。そろそろ敷地に入る。前にいた馬車が、大きな門を馬車のままゆっくり通っていった。すごい。
 皆が羨む名画を手に入れた家だ。お金があるんだろうな。
 王太子さえ顔を出しに来るくらいだ。

(難しいことを考えるのはやめよう。楽しみだな、内装とか、料理とか)

 平民のみんなもそういうことには興味津々だ。お貴族様の華麗な生活。

「お前が選んだことだ。私に押し付けるな。押し付けられたところで、お前の良いようにしてやるわけがない」
「選んだことですって?」
「そうだ。聖女などという人身御供を免れるために、父上の話に飛びついたんだろ。こちらは迷惑している」
「じゃあ今すぐ聖女に戻してくださいよ。あなたの起こしたことでしょ。こっちは王家に逆らえるわけがないんだから」

 戻れるものなら戻りたい。選んでなどいない。
 よくもまあ、図々しくとはこちらの台詞だ。自分がやったことの責任くらいは取ってほしい。

「私はやるべきことをやってきた。お前さえ、お前さえいなければ……」
「知らないですよ、やるべきことってなんですか」

 すると殿下は憎々しげに顔をしかめた。たぶん育ちがいいから出来ないだけで、出来たら舌打ちしてただろうな。

「未婚の高位令嬢に縁談を世話した」
「は? ……それはそれは」
「全員にだ! あらゆるつてを使って結びつけた。これでようやくシュナと結婚できるはずだったんだ。おまえさえいなければ!」

 そういえば、と私はリューン様のことを思い出した。
 聖女候補である間から、たとえ候補であっても婚約を予定した相手がいるのは珍しい。あれもこの王子の工作の一貫だったのかもしれない。

「ご苦労さまです。まあ、一手抜けていたってことですね。私関係なくありません?」
「聖女にしがみつくこともできたはずだ。王家にとって教会は、軽く命令できるような存在ではない」
「いや、知りませんよ。初耳です。聖女に選ばれなかった、婚約者になれと言われただけです」

 大司教様は私のことを考えてくれているはずだ。私はそう信じる。もし他の可能性があるなら、ちゃんと私に選ばせてくれたと思う。きっとどうしようもなかったのだ。
 そもそも王家と教会の話だ。私が聖女になっていたとしても、その末端、ただの手足だ。上からの意思を受け取るしかない。

「はっ……どうだか。おまえたち平民は何かというと妬心を向けてくる。贅沢な暮らしをしたいんだろう? 我々はそのぶん、やりたくもない義務を果たしている。そちらこそ自由で羨ましいことだ」
「だったら平民になりたいんですか?」
「そういう阿呆みたいな質問もまるで平民だな。こっちはそうあれと育てられて、そう育った。今更だ」
「平民だってそうですよ」

 なるほど、優秀かどうかはわからないけれど、馬鹿ではないらしい。それなりにやるべきこともやってるんだろう。
 が、やっぱりこっちに八つ当たりされても知ったことではないのだ。

「働かなくても食っていけるお貴族様が羨ましい。そう言いながら、実際貴族になれるとしても、ほとんどの平民はそんなの目指したりしないでしょうよ。私もそうだというだけです」
「おまえの都合など知ったことではない」
「お互い様ですね」

 不毛な話をしているうちに、いつの間にか門をくぐってしまったらしい。入るところを見逃してしまった。
 馬車停めで止まり、先に殿下が降りてエスコートしてくださる。使用人しかいない場でも、外面は保たなければならないらしい。もちろん私もにこやかに馬車を降りた。

「中では、私の指示通りにするように」
「お任せいたしますわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました

言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。 貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。 「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」 それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。 だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。 それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。 それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。 気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。 「これは……一体どういうことだ?」 「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」 いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。 ――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

結婚式後に「爵位を継いだら直ぐに離婚する。お前とは寝室は共にしない!」と宣言されました

山葵
恋愛
結婚式が終わり、披露宴が始まる前に夫になったブランドから「これで父上の命令は守った。だが、これからは俺の好きにさせて貰う。お前とは寝室を共にする事はない。俺には愛する女がいるんだ。父上から早く爵位を譲って貰い、お前とは離婚する。お前もそのつもりでいてくれ」 確かに私達の結婚は政略結婚。 2人の間に恋愛感情は無いけれど、ブランド様に嫁ぐいじょう夫婦として寄り添い共に頑張って行ければと思っていたが…その必要も無い様だ。 ならば私も好きにさせて貰おう!!

処理中です...