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『王妃はルアニッチェしかいない。他の女なんて僕のものじゃない。ルアニッチェだけが、僕のものだ。僕が教えたものでできてるんだ。なのにくだらない、穢れた女たちが話しかけてくる。鬱陶しくてならない。僕をわかっているのはルアニッチェだけだ』

 わかりません。
 もちろん、殿下についての知識はたくさんあります。何が好きで、何を好まないか。視線ひとつで、私に何を望んでいるかもわかりました。理解しなければ叱られるのですから、そうなります。
 でも殿下の気持ちを理解できたことはありません。
 理解したいとも思いませんでした。私にとって殿下は、ただの面倒くさい教師なのです。

 この日記を見てからはいよいよ、全く理解できない異人のように感じられました。これを書いたのは本当に殿下なのでしょうか?
 もちろん殿下の筆跡はよく知っています。読んでいるだけで、殿下の言葉が頭に響くほどです。

『仕方ない。バカどもがうるさいので人目がある場所で叱るのはやめよう。大事な時間を無駄にさせられているが、バカをうまく動かしてこそ優秀な王だ。それにしても本当に愚かだ。ルアニッチェの教育より重要なことがあるものか。ルアニッチェは僕の妻だぞ。ルアニッチェの中にもっと僕を植え付けなければ』

 私は鳥肌に震え、急いでページをめくりました。

『なんということだ! 僕が教えていないことをルアニッチェが知っている。何を聞いても答える。許しがたい。裏切りだ、裏切りだ裏切りだ裏切りだ』

 日記帳の中の私にようやく、殿下からの卒業の日が来たようです。殿下の言うことに上手く答え、叱られないように立ち回れるようになったのでしょう。
 それにしても、褒められないにしても、まさかこれほど怒っていたとは思いませんでした。
 この頃の殿下はあまり声を荒らげることがなくなりました。お叱りがなくなったというよりは、より回りくどい、いやらしい言い方になったのです。「君はバカだ」ではなく「それが王妃にふさわしい知性だと?」という具合です。

 きっと周囲に色々と言われたせいなのでしょうね。一応は、婚約者としての体裁を保つようになったのです。
 それほど殿下は、私との婚約を解消したくなかったということです。

(……嬉しくないわ)

 私は日記帳を持つ手が汚れていく気がして、できるだけ触れないように指先で持ちました。

(だいたい、それでどうして愛人がでてきたのよ。ここからお気持ちが移ったということ?)

 考えるとなんだか怒りが湧いてきました。
 義務的な関係だからと、そんなものだろうと諦めていたのです。私を気に入ってくれていたというのなら、いったいどういうことでしょうか。本当に意味がわかりません。

「……はあ」

 私は息を吐いて気持ちを落ち着けました。
 何にせよアルバラート殿下はすでに亡くなっています。終わったことなのです。死は私の怒りよりもずっと重いことであり、死者は敬意を持って送らねばなりません。

『マリーアという女を抱いた。うるさくまとわりついてくるからだ。こうすれば満足だろうと思ったが、予想外にいい体だった。これならまた抱いてやってもいい』

 最低すぎました。
 私はいよいよ触っているのも嫌になり、テーブルに日記を置きました。つまむようにしてページをめくります。

『マリーアはあれをするなこれをするな優しくしろとうるさい。聞く気はなかったが、気まぐれに色々とやっているうちに反応の良い時と悪い時があることに気づいた。閨事にも上手いやり方があるようだ』

 いったい王妃殿下はどうしてこれを私に渡したのでしょうか?
 殿下が私を気に入っていたと教えたかったのでしょうか。でもそれ以上に私は、殿下に対して失望しています。亡くなった方にこんなことを思いたくないので、知りたくなかったです。

『それならばよく学び、ルアニッチェに教えてやらねばならない。本当ならばすぐにでも王城に閉じ込めてしまいたいが、母上も父上もそれは無理だという。こうしている間にもルアニッチェは勝手に学んでいるのだ。俺の知らないことを、俺以外のやつに教えられているかもしれない。ひどい裏切りだ。許しがたい。早くルアニッチェと結婚し、俺だけのものだと教え込まなければ』

『ルアニッチェの何も知らない体を思う。マリーアにするよりずっと丁寧に、全身を舐め回してやろう。撫でて、つねってやろう。どこもかしこも俺だけしか知らないのだ。俺だけが教え込むのだ。ああ、どんな顔をするんだろう。画家に描かせよう、すべてを。一度は優しくして、次はひどくしよう。泣き顔も、悦楽の顔も俺のものだ。早く結婚したい。ルアニッチェ、愛しているよ』

 私は悪寒に耐えられなくなり、急いでページをめくっていきました。
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