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「だってあなたは結局、奥様のものなんだもの」
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「ラーミア」
「……あら」
まるで悪戯が見つかったかのように、ラーミア様は肩をすくめて微笑んだようです。きっと少女のようにきらきらと瞳を輝かせているでしょう。
「なぜ、そんなことを……」
クリフト様が暗い顔で言いました。
私も緊張して彼の言葉を待ち、笑っているのはラーミア様ばかりです。もっとも私の存在は、お二人の知るところではありませんが。
「なぜって?」
まさかわかっていないわけではないでしょう。ラーミア様は不思議そうに言って、上目遣いにクリフト様を見ました。
視線も向けずにぽとりと、ラーミア様の手から財布が落ちて、もとの上着の中に戻ります。
クリフト様は恐れたように一歩を退きました。
華奢なラーミア様がクリフト様に危害を加えることは難しいでしょう。それなのに、その美しさのせいでしょうか。それとも、ラーミア様が盗みを働くような人である、と知っているせいでしょうか。クリフト様は怯えを隠せていません。
ラーミア様は大胆に距離を詰めます。決して下品な動きではないのです。ゆったりとした足運びに、ふわりと衣が踊りました。
「金は十分に渡しているはずだろう!」
美しく可憐な恋人に、クリフト様は声をあげました。使用人が駆けつけるほどではありません。けれど確かに乱れた声でした。
ついさきほどのことでした。
ラーミア様は先日と同じようにクリフト様の上着から財布を取り、そして、お金を抜こうとしたところで、クリフト様が戻ってきたのです。
クリフト様はそうとわかっていて、彼女を咎めるつもりだったのでしょう。
けれどラーミア様は、まったく困る様子も見せないのです。
「お金……? そうね、きちんと貰っているわ」
「だったらなぜ……!」
理解できないとクリフト様は大きく首を振りました。あるいはその勢いで、ラーミア様を引き離したいようにも見えました。
「なぜって、それとこれとは別の問題でしょう」
「別……?」
「だって」
「うあっ」
クリフト様は押されるまま、ソファに押し倒される形になりました。その膝に、すとんと、華奢な人が腰をおろします。
「あなたから貰えるものは、なんだって貰いたいの」
ぞくりと、私は背筋が震えるのを感じました。
ラーミア様の、甘い声。きっとクリフト様は、至近距離でラーミア様の微笑みを見ています。クリフト様も震えていました。
(ああ、なんて)
私は胸を押さえました。
(なんて悪い、いけない、美しい……ひと……)
耳障りのいい抑揚をつけているのに、感情というものの見えない声で、甘く囁くのです。この方は何を考えているのでしょう? わかりません。わからないから、いっそう魅力的なのです。
「あ……与えてなど、いない、君が、勝手に奪ったんだ! それは……罪だ」
「そうなの?」
不思議そうな声でした。いいえ、わかっていないはずがないのです。ラーミア様は何も知らない貴族のご令嬢ではないのですから。
「そうだ、君は、行動をあらためなければ……」
「あなたがくれたんじゃ、なかったの?」
「……」
悲しげなような、すねたような声に、クリフト様が何も言えなくなったようでした。
「嬉しかったのに。違ったの?」
「ちが……」
「そう。違ったのね……」
「……!」
離れていこうとしたラーミア様の背を、クリフト様の腕が引き止めました。何も考えていない、衝動のような動きでした。
ラーミア様は切なそうに息を吐き、少し困ったように身を捩りながら、結局、クリフト様に体を擦り寄せました。
「ねえ、あなたから貰えるものは、なんだって貰いたいの」
同じ言葉を、今度はクリフト様の耳元で言います。囁くように。けれど天井裏の私にも聞こえるくらいに、はっきりとした言葉でした。
「だってあなたは結局、奥様のものなんだもの」
は、と息を呑む音が聞こえました。
クリフト様と、そして私の喉からです。お二人を見ていた私はすっかり私自身を忘れていましたので、急に舞台に引っ張り上げられたような、ひどく気まずい気持ちになったのです。
「そ……な……」
「そうでしょう? 神前で誓いをたてたんでしょう?」
「彼女とは、ただの……家同士の利益の結婚だ」
そうです。私は思わず頷きました。
私とクリフト様の間に、愛などというものはまったくありません。お二人の間で話題になることすら、ひどい間違いであるように思います。
「……あら」
まるで悪戯が見つかったかのように、ラーミア様は肩をすくめて微笑んだようです。きっと少女のようにきらきらと瞳を輝かせているでしょう。
「なぜ、そんなことを……」
クリフト様が暗い顔で言いました。
私も緊張して彼の言葉を待ち、笑っているのはラーミア様ばかりです。もっとも私の存在は、お二人の知るところではありませんが。
「なぜって?」
まさかわかっていないわけではないでしょう。ラーミア様は不思議そうに言って、上目遣いにクリフト様を見ました。
視線も向けずにぽとりと、ラーミア様の手から財布が落ちて、もとの上着の中に戻ります。
クリフト様は恐れたように一歩を退きました。
華奢なラーミア様がクリフト様に危害を加えることは難しいでしょう。それなのに、その美しさのせいでしょうか。それとも、ラーミア様が盗みを働くような人である、と知っているせいでしょうか。クリフト様は怯えを隠せていません。
ラーミア様は大胆に距離を詰めます。決して下品な動きではないのです。ゆったりとした足運びに、ふわりと衣が踊りました。
「金は十分に渡しているはずだろう!」
美しく可憐な恋人に、クリフト様は声をあげました。使用人が駆けつけるほどではありません。けれど確かに乱れた声でした。
ついさきほどのことでした。
ラーミア様は先日と同じようにクリフト様の上着から財布を取り、そして、お金を抜こうとしたところで、クリフト様が戻ってきたのです。
クリフト様はそうとわかっていて、彼女を咎めるつもりだったのでしょう。
けれどラーミア様は、まったく困る様子も見せないのです。
「お金……? そうね、きちんと貰っているわ」
「だったらなぜ……!」
理解できないとクリフト様は大きく首を振りました。あるいはその勢いで、ラーミア様を引き離したいようにも見えました。
「なぜって、それとこれとは別の問題でしょう」
「別……?」
「だって」
「うあっ」
クリフト様は押されるまま、ソファに押し倒される形になりました。その膝に、すとんと、華奢な人が腰をおろします。
「あなたから貰えるものは、なんだって貰いたいの」
ぞくりと、私は背筋が震えるのを感じました。
ラーミア様の、甘い声。きっとクリフト様は、至近距離でラーミア様の微笑みを見ています。クリフト様も震えていました。
(ああ、なんて)
私は胸を押さえました。
(なんて悪い、いけない、美しい……ひと……)
耳障りのいい抑揚をつけているのに、感情というものの見えない声で、甘く囁くのです。この方は何を考えているのでしょう? わかりません。わからないから、いっそう魅力的なのです。
「あ……与えてなど、いない、君が、勝手に奪ったんだ! それは……罪だ」
「そうなの?」
不思議そうな声でした。いいえ、わかっていないはずがないのです。ラーミア様は何も知らない貴族のご令嬢ではないのですから。
「そうだ、君は、行動をあらためなければ……」
「あなたがくれたんじゃ、なかったの?」
「……」
悲しげなような、すねたような声に、クリフト様が何も言えなくなったようでした。
「嬉しかったのに。違ったの?」
「ちが……」
「そう。違ったのね……」
「……!」
離れていこうとしたラーミア様の背を、クリフト様の腕が引き止めました。何も考えていない、衝動のような動きでした。
ラーミア様は切なそうに息を吐き、少し困ったように身を捩りながら、結局、クリフト様に体を擦り寄せました。
「ねえ、あなたから貰えるものは、なんだって貰いたいの」
同じ言葉を、今度はクリフト様の耳元で言います。囁くように。けれど天井裏の私にも聞こえるくらいに、はっきりとした言葉でした。
「だってあなたは結局、奥様のものなんだもの」
は、と息を呑む音が聞こえました。
クリフト様と、そして私の喉からです。お二人を見ていた私はすっかり私自身を忘れていましたので、急に舞台に引っ張り上げられたような、ひどく気まずい気持ちになったのです。
「そ……な……」
「そうでしょう? 神前で誓いをたてたんでしょう?」
「彼女とは、ただの……家同士の利益の結婚だ」
そうです。私は思わず頷きました。
私とクリフト様の間に、愛などというものはまったくありません。お二人の間で話題になることすら、ひどい間違いであるように思います。
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