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(あの女はただ聖女であるというだけで、何の努力もなく、人々から尊敬を受けている)

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「何……? 誰も辞めたがらない?」
「は。どの者も、減給しても構わないから、聖女様のそばに務めさせてくれと」

 王太子は眉を寄せた。
「あの女の何が良いのだ……」
 理解できない。
 あのような言動の者を、どうやって尊敬していられるだろう。

「そもそも世話係は名誉職で、給金は少ないのです」
「……ふむ?」
「ただ、聖女への貢物を受け取れるという慣例があります」
「なんだと?」

 聖女は国の庇護下にあり、無償で民を癒すものだ。
 しかし実際には、民が治療に対して感謝を示し、心ばかりのものを差し出す。

「高価な宝石や美術品が、数日に一度ほどは捧げられるらしく……」
「……なんということだ。慣例だと? どんな理があって、それが世話係に回るのだ」
「かつて貢物が多く、聖女ひとりでは処分に困っていた時代があったようです」
「余るならば国におさめるのが道理だろう。聖女は国が保護しているのだから」

「殿下、それでは国が聖女で儲けることになってしまいます」
 部下の言葉に王太子は眉をひそめた。
「そのようなことはない。聖女の保護のために、少なくない額を払っているのだ」
 警護や世話係、聖女に相応しい生活の面倒を見ている上、治療所の整備運営も行っている。

「わかっております。ですが、そう思われかねないのです」
 聖女は民の信仰を集めるものだ。それを金儲けに使うとなれば、民の反発は計り知れない。
「だからといって……世話係が儲けていいはずがない。そのようなことは禁止せよ。であれば、辞める者も出てくるはずだ」

「はっ。貢物はどうするのですか?」
「高価なものは受け取らぬように」
 好き勝手している貴族から金を吸い上げるチャンスではあるが、何より民の反発は避けるべきだろう。

「しかし貴族にとっては、大したものではないのかもしれません。自分に無理のない範囲での心付けは、大いに行うべきと聖書にあります」
「む……」
 そう言われれば、禁止するわけにもいかないか。

(聖女もそれを利用して私腹を肥やしてきたのだろう)
 世話係に渡すくらいなのだから、当人の腹はあまりに膨らみ、もはや使い所がないのかもしれない。

「……わかった。正式に、聖女のそばに監視役を置くこととする。高価な心付けは換金し、聖女の名のもと施しに回せ。それでいいだろう」
 まがりなりにも聖女を名乗るものが、民への施しに反対はできないだろう。
 もともと、食料などは施しに回されていたはずだ。




 貢物を受け取ることを禁止すると、多くの女が辞職を受け入れた。残った者もどこか不機嫌になり、聖女から距離を取りつつあるらしい。

 予定通りだ。
 王太子は満足した。しかし予想外に腹の立つこともあった。

「おい」
「急いでおりますので」

 城内ですれ違うさい、聖女が世話係に囲まれていない。つまり聖女の顔が見えるのだ。
 くたびれたように面倒そうな、どうでもよさそうな顔の聖女を見送ることになる。

「殿下」
「御前、失礼いたします!」
 護衛は騎士団から特に選ばれた者たちあり、彼らは王子に一応の礼を取り、しかし急いで聖女を追っていく。
 それが聖女を守る彼らの仕事だ。

 わかっているが、忌々しい。
(王子である私より優先することがあるというのか?)
 口に出さない程度の分別はある。権力を振りかざしたところで、尊敬され、讃えられるわけではない。

(あの女はただ聖女であるというだけで、何の努力もなく、人々から尊敬を受けている)
 耐え難いことだった。

 王太子は幼い頃、愚鈍な王子と言われていた。子供にはわかるまいと、褒め言葉に混ぜられた侮蔑で笑う人々。
 実際に教師も匙を投げるほどには、出来が悪かったのだ。

 それでもこうして努力して、王太子として認められるようになった。
 王の子に自由などない。外をろくに知ることもできない。だというのに無知は許されず、どの教師も王家を不快にさせないことに必死で、熱意のかけらもなかった。

 自分の努力を思うほどに、あの聖女が忌々しくてならない。
 怠けているだけで王太子よりも尊敬され、王太子よりも大事にされ、王太子よりも価値があると思われている。

(他国から聖女を呼べばいい。そう、してやる。あの女はいらない)
 民とて優秀な聖女の方がいいはずだ。

 聖女ナターシャの治療では治りが遅い。時間がかかる。優しさがない。
 表立って言われていないが、民の間に不満があることも知っているのだ。
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