3 / 5
なぜそんなことを言う!?
しおりを挟む
「兄さんは一つのことに夢中になるとすごくてね。周りも見えなくなるから貴族家当主としては致命的だけど、やるべきことを見つけたらどこまでも突き詰めて成果を出してくれる……そんな人だった」
「……そうね。人の話を聞かないことも、ひっくり返せば真っ直ぐな人だったのね」
「ほんと……困った人だったよ」
「ユアン」
「ごめん、めでたい日なのに、亡くなった人の話を」
「いいえ、大事なことだわ」
「亡くなった……?」
弟の目に光るものを見つけた。
そう、ミイに出会うまでは、俺の一番の理解者は弟だった。一番の理解者であって、一番の邪魔者だったのだ。
そして唯一の俺の弟だった。ユアン。おまえに何も残すことなく、俺は死んでしまったのか?
もちろんただの夢だ。
馬鹿げた夢だ。だが夢であっても弟の涙には胸が痛んだ。かつては慰めてやっていた、かわいい弟だった。
早く目を覚まして、シェリアとの婚約を破棄し、ミイを迎えに行くのだ。ガルコス殿下がミイを守ってくれている。待っていてくれる。
ミイは笑って言ったのだ。
『私には殿下がいるから大丈夫よ。あなたにはもう頼まないから。ごめんね、頼む相手を間違えちゃって』
「うっ……!」
頭が痛くなった。
ズキズキとする側頭部を押さえる。
「ぃ、っぎ」
痛みが強くなった。剥き出しの傷口に触れたようだった。思わず離したてのひらが、血に染まっている。
「あ……あああ?」
どういうことだ。どういう……。
「……ありがとう、シェリア。大丈夫、僕も両親も納得してる。あれだけ殿下に逆らったら、いつかはああなっていただろう」
「そうね。貴族なら王家の恐ろしさを知ってる」
「なまじ気に入られてしまったせいで、兄さんには見えなかったんだろうな。あの人の恐ろしさが」
「ええ。……私達は上手くやっていかなければ」
「もちろんだ。シェリア、僕は君と幸せになる。王家の望む通り、兄さんのことは、最初からいなかったことにして」
「ガルコス……殿下……?」
これも馬鹿げた妄想だった。あの人は恐ろしくなどない。理想を語り合ったのだ。友人なのだ。
しかしぶるぶると体が震えた。嘘だ。
「祝福してくれた!」
そのはずだ。
友情をこめた本当の祝福だ。殿下がミイを自分のものにしたがっていたなんて、ひどく品のない勘ぐりだ。そんな噂はあったが、俺は信じなかった!
気安い関係だからだ。
冗談なんていくらでも言い合っていた。たとえば……。
『婚約おめでとう。君の友情には心から感謝する。どうか私のかわりにミイを守ってくれ。もちろん、君自身からもね』
まるでミイが自分のものであるかのような言葉に、なんと答えたのだったか?
そうだ、もちろん、ミイを大事に愛します。ミイにひどいことなんてしませんと。
『そうか。ありがとう、私たち二人のために』
まだそんなことを言うから笑ってしまった。ミイも笑って言った。
『ほんとうにありがとう。私と殿下のために』
それにはさすがに俺は苦笑して「まるで君たちが結婚するみたいじゃないか」と言った。
すると二人は眉をひそめて「大きな声でそんなことを言わないでくれ」と言うのだ。秘密のことは小声で、ひそやかに、上品に行わなければ。君は私の友人だろう?
「でん、か……」
愕然とする。殿下は何を言っていたのだろう。そもそも、なんだったか、どうしてミイと婚約したのだろう。
もちろんミイが俺を好きだと言ったからだ。俺だけが頼りだと……お願いだと……そして、二人のために……二人? ミイと俺だ。ミイと俺だ、そうだろう!?
それにミイと口づけをした!
だがミイは急に怖い顔をして出ていった。そして、そのあとだ、俺とミイの婚約が破棄されたと一方的な通告を受けた。更にシェリアとの婚約が決まっていたのだ。
ガルコス殿下は、ミイと自分のことは気にせずシェリアと結婚して伯爵家を継ぐようにと言った。その表情は固く、とても友人である俺に向けるものではなかった。
『君は彼女と結婚して伯爵家を継ぐべきだ。ずっと友人でいてくれた君への、これは温情だ。わかるだろう?』
「殿下がそんなことを望むわけがない。だから、きっと……シェリアが家の力を使って……」
殿下までをも脅すとは、なんという恐れも知らぬ傲慢な女だ。しかし顔を合わせればまるで淑女のように猫を被っているのだから腹が立つ。結婚しなければ命が危ないなどと俺を脅してきた。
どれほど罵倒しても、困ったように笑うだけなのだ。
「……そうね。人の話を聞かないことも、ひっくり返せば真っ直ぐな人だったのね」
「ほんと……困った人だったよ」
「ユアン」
「ごめん、めでたい日なのに、亡くなった人の話を」
「いいえ、大事なことだわ」
「亡くなった……?」
弟の目に光るものを見つけた。
そう、ミイに出会うまでは、俺の一番の理解者は弟だった。一番の理解者であって、一番の邪魔者だったのだ。
そして唯一の俺の弟だった。ユアン。おまえに何も残すことなく、俺は死んでしまったのか?
もちろんただの夢だ。
馬鹿げた夢だ。だが夢であっても弟の涙には胸が痛んだ。かつては慰めてやっていた、かわいい弟だった。
早く目を覚まして、シェリアとの婚約を破棄し、ミイを迎えに行くのだ。ガルコス殿下がミイを守ってくれている。待っていてくれる。
ミイは笑って言ったのだ。
『私には殿下がいるから大丈夫よ。あなたにはもう頼まないから。ごめんね、頼む相手を間違えちゃって』
「うっ……!」
頭が痛くなった。
ズキズキとする側頭部を押さえる。
「ぃ、っぎ」
痛みが強くなった。剥き出しの傷口に触れたようだった。思わず離したてのひらが、血に染まっている。
「あ……あああ?」
どういうことだ。どういう……。
「……ありがとう、シェリア。大丈夫、僕も両親も納得してる。あれだけ殿下に逆らったら、いつかはああなっていただろう」
「そうね。貴族なら王家の恐ろしさを知ってる」
「なまじ気に入られてしまったせいで、兄さんには見えなかったんだろうな。あの人の恐ろしさが」
「ええ。……私達は上手くやっていかなければ」
「もちろんだ。シェリア、僕は君と幸せになる。王家の望む通り、兄さんのことは、最初からいなかったことにして」
「ガルコス……殿下……?」
これも馬鹿げた妄想だった。あの人は恐ろしくなどない。理想を語り合ったのだ。友人なのだ。
しかしぶるぶると体が震えた。嘘だ。
「祝福してくれた!」
そのはずだ。
友情をこめた本当の祝福だ。殿下がミイを自分のものにしたがっていたなんて、ひどく品のない勘ぐりだ。そんな噂はあったが、俺は信じなかった!
気安い関係だからだ。
冗談なんていくらでも言い合っていた。たとえば……。
『婚約おめでとう。君の友情には心から感謝する。どうか私のかわりにミイを守ってくれ。もちろん、君自身からもね』
まるでミイが自分のものであるかのような言葉に、なんと答えたのだったか?
そうだ、もちろん、ミイを大事に愛します。ミイにひどいことなんてしませんと。
『そうか。ありがとう、私たち二人のために』
まだそんなことを言うから笑ってしまった。ミイも笑って言った。
『ほんとうにありがとう。私と殿下のために』
それにはさすがに俺は苦笑して「まるで君たちが結婚するみたいじゃないか」と言った。
すると二人は眉をひそめて「大きな声でそんなことを言わないでくれ」と言うのだ。秘密のことは小声で、ひそやかに、上品に行わなければ。君は私の友人だろう?
「でん、か……」
愕然とする。殿下は何を言っていたのだろう。そもそも、なんだったか、どうしてミイと婚約したのだろう。
もちろんミイが俺を好きだと言ったからだ。俺だけが頼りだと……お願いだと……そして、二人のために……二人? ミイと俺だ。ミイと俺だ、そうだろう!?
それにミイと口づけをした!
だがミイは急に怖い顔をして出ていった。そして、そのあとだ、俺とミイの婚約が破棄されたと一方的な通告を受けた。更にシェリアとの婚約が決まっていたのだ。
ガルコス殿下は、ミイと自分のことは気にせずシェリアと結婚して伯爵家を継ぐようにと言った。その表情は固く、とても友人である俺に向けるものではなかった。
『君は彼女と結婚して伯爵家を継ぐべきだ。ずっと友人でいてくれた君への、これは温情だ。わかるだろう?』
「殿下がそんなことを望むわけがない。だから、きっと……シェリアが家の力を使って……」
殿下までをも脅すとは、なんという恐れも知らぬ傲慢な女だ。しかし顔を合わせればまるで淑女のように猫を被っているのだから腹が立つ。結婚しなければ命が危ないなどと俺を脅してきた。
どれほど罵倒しても、困ったように笑うだけなのだ。
360
お気に入りに追加
581
あなたにおすすめの小説

姉妹差別の末路
京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します!
妹嫌悪。ゆるゆる設定
※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました
毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作
『魔力掲示板』
特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。
平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。
今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

押し付けられた仕事は致しません。
章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。
書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。
『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる