「つまらない女」を捨ててやったつもりの王子様

七辻ゆゆ

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前編

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「父上! 俺は、あんなつまらない女とは結婚できません!」
「……ほう」

 王はため息をついた。
 謁見の間に飛び込んできたのは、何かと騒がしい息子のエイビルだ。幼い頃はそれも元気の証と考えていたが、昨今では甘やかしすぎたと反省している。

 彼の母親である現王妃は後妻であり、この王子が初めての子であった。そして次期王は先妻の子のいずれかがなるであろうため、厳しい教育はむしろ混乱の元だ。
 そのような状況で、王妃も周囲も、エイビルを義務のないただの「大事な子」として育ててしまった。平民ならそれでよかったのかもしれないが、王子という、誰に叱られるはずもない立場は彼をひたすらわがままにしてしまったのだ。

「ロシュナ侯爵令嬢は優秀で美しい女性だ。決してつまらない女などではない」
「いいえ! 父上はあの女と二人きりで話したことがありますか? 嫌味っぽく笑って、こちらが何を言っても、そうですわね、そのとおりでございます、なんてさ!」
「エイビル、口を慎みなさい」

 頭が痛い。
 謁見の合間であり、今この場に客はいないが、それでも兵士たちはいるのだ。まるで平民のような話しぶりでは、王家の威信も何もあったものではない。

「外に遊びに誘ってやっても断るんですよ!? あんな女と結婚したら、ずーっと部屋で黙ったまんま。そんな人生は嫌です!」
「エイビル。庭を連れ回してドレスを汚したのをもう忘れたのか? 令嬢を連れ出すことは禁止したはずだ」
「でもっ! じっとしてたらつまらないんです。本当につまらない女なんです。会話が続かないし、僕が話を振ってやっても、面白い返事のひとつもしない!」

 王はため息をついた。
 しかし、良いきっかけだとも思った。ちょうど先日、侯爵側からも「エイビル王子とは相性が悪いのではないか」と婚約の解消を打診されている。

「……では婚約を解消するか」
「できるのですか!?」

 エイビルの顔がぱっと輝いた。
 それがどんな意味を持つのか、さっぱりわかってもいないようだ。

 王の後妻である現王妃はさほど高い身分ではない。前王妃の子が王となることが決まっていたので、高位貴族を娶ることは避けたのだ。
 しかし外交のさいに王の隣が空いていては色々とやりづらい。そのために行われた政略的な結婚なので、王妃は身分こそ高くないが賢い女性である。

(であるのになあ。王妃も、子供には甘くなってしまうのだな)

 しかし王妃にほとんど任せてしまった自分の責任でもあるだろう。

「侯爵も、おまえとロシュナ嬢では相性がよくないと考えている」
「相性って! あんなつまらない女と相性がいいなんて、死ぬほどつまらない男でしょうね」
「黙りなさい。婚約を解消するならなおさら、侯爵家を侮辱するのは罪である。いくらおまえが王子でも、なんの咎めもなしとはいかない」
「……わかっています。言い過ぎました」

 エイビルは凄まじく嫌そうに唇を尖らせている。
 はあ、とまた王はため息をついた。

 そしてちらりと、玉座の隣にいるグレイドルを見た。彼はエイビルの弟だが、勉強熱心で、謁見の場によく同席している。
 兄より理知的だと評価されるそのグレイドルが、そわそわしている。王は思わず笑ってしまいそうになりながら聞いた。

「グレイドル、ロシュナ嬢のことはどう思う」
「はい! とても素晴らしい女性です。この国についてはもちろん、他国の流行りごとにまで理解が深い方ですよ。兄上が欠席された席でお話することがありましたが、得難い女性です」
「ふん! おまえらしいおべっかだなグレイドル。そう思うならおまえがあの女と婚約したらどうだ」

 王は、エイビルはだめかもしれないなあ、と考えた。
 空気を読み、察することができないのだ。それでも自分が愚鈍であることを理解していればなんとかなるが、これではとても上に立つ仕事は任せられないだろう。

 一度、王家から引き離し、留学でもさせてみるべきかもしれない。王家の中でぬくぬくしていては、才能も見つけづらいだろう。

「グレイドル、どうだ。おまえがよければ打診してみるが」
「お願いいたします!」

 グレイドルは嬉しそうだ。
 それについてはまあ、よかったのだろう。エイビルとロシュナ嬢の茶会について、王にも報告がいっている。全く会話はなく、ロシュナ嬢は困ったように微笑み続け、エイビルはイライラし続けているようだ。

 一方でグレイドルとの席は、法律から美味しいお菓子の話まで、実に楽しげだったという。
 もともとロシュナ嬢との婚約は二人のどちらでもよかった。侯爵家を継ぐのはロシュナ嬢であるから、王家から婿を迎え、縁ができればそれでよかったのだ。

 兄の方を選んだのは、グレイドルはロシュナ嬢よりひとつ年下だからというだけだ。
 本人たちがそれを気にしないなら、全く問題ではないだろう。

「エイビル、では、おまえは妻は自分で探さなければならない。身を立てる術もだ。それはわかっているのだろうね?」
「もちろんです!」
「……そうか、ならば良かろう」

 現王妃の子である王子たちは、いずれ王家を出ることになるだろう。
 ある程度のものは渡すつもりだが、ひとりで身を立てねばならないのだ。次期王たる兄たちと上手くやっているグレイドルはともかく、エイビルはほとんど何の頼りもなくなる。

 だからこそ、侯爵家の一人娘であるロシュナとの縁を結んだ。婚約当初はエイビルも歓迎していたはずなのだが。

(そもそも侯爵家に入るのだから、選ぶのは向こうなのだ)

 エイビルは嬉しそうにしている。
 彼にしてみれば、自分がロシュナを切り捨てたのだろう。

 選ばれなかったのは自分だと気づきもしていない。あるいはそれは幸せなことなのかもしれない。
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