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レティシアが街で歩いていた。これは一大事だ。


あの一件からレティシアは社交界に、ひいては俺にも、一切顔を見せなくなった。

昔は「ルーク、ルーク!」と、あんなに慕って後ろ可愛らしく付いてきてくれていたのに。今では顔も名前も覚えてません、って。


先程体験してしまった覆しようの無いその事実に、とてつもなく憤りを感じる。

ティアは思ってた通り、いや、その数倍綺麗に成長していた。


結局家まで送る道中にも、何度かそれらしい会話を試みたが、一切俺の事を思い出す素振りは見られなかった。なんなら屋敷の場所を正確に把握していたことに、若干引かれたくらいだ。

もし彼女が少しでも俺の事を覚えていてくれていたらと、淡い期待を抱いていたが、期待は期待で終わってしまった。

レティシアのなかで俺はその程度だったんだなと、少し寂しく思ったが、これ以上詰め寄るのも、と思い、その屋敷を後にした。


そして、それはある日の事だった。

丁度、薬屋の前を通りかかった。カランコロンと店のベルが鳴り、その扉が開かれた。

「ありがとうございました~」

その扉のなかからから聞こえた声は紛れもなく、彼女のものだった。

ルークは、その声に吸い込寄せられるように、その扉へと入って行った。


「いらっしゃいま……ルークさん、ですよね、お久しぶりです。」

そう言って彼女はあの頃と変わらない無邪気な笑顔を向けてくる。

「たまたま寄ってみたらレティシアが居たんだ。本当に奇遇だね。」

まぁ、分かっていて入ったんけど。

「それで、薬屋にはどんなご用事で?」

「……腰痛を患っている従者のために薬をと思ったんだけれど、どうかな?」

ただ取ってつけたような理由だが、本当に腰を悪くしている従者が居るのは事実なのだし、問題ないだろう。


「それでは………サリクの根なんてどうでしょう?腰痛にも勿論効きますし、疲労回復の効果もあるんですよ!」

「では、それを頂こうかな。」

その薬を紙袋に包んでもらい、支払いを終えた。

「ありがとうございました!」

「………レティシア、また尋ねても良いかな…?」

「もちろんです、またいらしてくださいね。」


その言葉通り、ルークはレティシアが居る時間帯を狙い、この薬屋に足繁く通うようになった。

その度に色々な話を聞かせてもらった。


港町にあるプディングとやらの話、いつも首から提げているブローチの話、そして最近の友人間での流行り等々、本当に色々な話をした。


そんなある日のことだった。

いつもと同様の時間帯に、レティシアがいる店へと足を運び、彼女の仕事の邪魔にならない程度に雑談をしていた。

するとカランコロンとベルが鳴り、来客が見えた。

「あぁ、ニコラウス!いらっしゃい。」

先程の雑談よりも声を1段階上げ、嬉々とした様子が全面に伝わってくる。

確か彼はシュテーデル家のご子息……ニコラウス様では?レティシアとは知り合いなのか?


その彼女の態度でなんとなくは理解していたのかもしれない。


「……そちらの方は?」

「お初にお目にかかります。私、ビルヴォート伯爵家長男の、ルーク・ビルヴォートでございますを」

「街まで来て堅苦しい挨拶は遠慮しておくよ。私はニコラウス、宜しく。」

そう言って2人は共に手を差し出すと、握手を交わした。

「それでは私はこの辺りで失礼致します。」

あまりこの空間に長居したくない、というのが本音だ。


今の彼女の気持ちが何処にあるの分かっている。

それでも、少しでも希望があればと望んでしまうのはいけない事なのだろうか。

そんな事を頭にめぐらせながら、ルークは帰路に着いた。



♢♢♢




ルークは父との話を一段落させた所で、2人紅茶を啜っていた。



「………父上。そう言えば最近レティシアと久しぶりに再会しました。」

本当に突然の切り口に、父もカップに手をかけたまま固まっているようだ。

「おぉ、それは良かった。何処で会ったんだ?」

「街で、それからは何度か彼女の元へ通っています。」

「………ほぉ。まだお前はノイラート公爵令嬢に好意を寄せているのか?」

「まぁ、簡単にに言えばそうですね。」

いざ口に出してみると少しばかり気恥ずかしい。


しばらくの沈黙が続き、伯爵は何かを考えていたかと思うと、突然口を開いた。

「ビルヴォート伯爵家はノイラート公爵家に縁談を持ちかける。」

突然の言葉に思考が停止した。

縁、談…つまり、僕がレティシアと。

「父上!流石に急すぎます。少し考え直してください。きっと向こうは首を縦に振りません!」

「申し込むだけ無駄ではないだろう。それにお前はレティシア嬢を好いているのであろう?」

否定はしない、が。

「レティシアには………」

ルークはその言葉を口に出すことを躊躇し、最終的には口ごもってしまった。

もしかしたら何かの間違いで、このままこの婚約の話が通るかもしれないという一抹の期待が頭を過ぎり、最終的にルークはその提案に頷いたのだった。




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