25 / 39
17.
しおりを挟む
「ティア、ビルヴォート伯爵家からお手紙が来てるのだけれど……最近接点なんてあったかしら?」
「ビルヴォートって…ルークさんのことかしら?」
最近足繁く薬屋に通ってくれている彼のことだろうと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「あら、やっぱりそうだったのね。」
「まぁ、一応……?お母様、ペーパーナイフを貸してくださっても?」
差し出されたペーパーナイフを手に取り、その手紙の封を開けると、そこには1枚の紙が入っていた。
「ええと……私、ルーク・ビルヴォートは、レティシアと婚約したく………ん???えっ!?!?!」
ちょっとまって、頭の処理が追いつかないんですが、えっと……つまり、えっ!?!?!?
”婚約”という言葉に反応したのか、フローラが素早くレティシアの手の中の紙を取り上げた。
そしてその手紙を隅から隅まで読み終えると、母はレティシアを抱きしめた。
「よ”がっだわ”ね”ティア~~!!!!!」
レティシアの母は涙で目を濡らし、鼻水を大いに啜りながら、レティシアに抱きついた。
母は長年レティシアに肩身の狭い思いをさせてしまったと、大変心苦しく思っていた。
そんな彼女にも自分が出来る限りの幸せを与え、最終的には家庭を築き、女として幸せになって欲しいと考えいたのだ。
とは言っても、幼少期にあのような事件があれば、社交界対し良い感情を抱けなくても、仕方がない無いことであろう。
そんな彼女がここ数年で友人の助けもあって、お茶会を開くようになり、友人も増え、終いには公の場へと1歩踏み出したとあれば、その成長に感極まってしまうのは、自然なことなのであろう。
苦節18年、彼女の元に相手の方から婚約の申し入れがあればそれ以上に願うことは無い。それにあのルーク・ビルヴォートとあれば、そう母は思っていたのだ。
そんな心から祝福を送ってくれている母に心温まりながらも、何故か胸に痛みを覚えていた。
今までよりも鋭く、鈍く。
きっとこれは喜ぶべきことなんだと思う。でも何故か素直に喜ぶことが出来ない。
その胸の痛みを奥へ奥へと抑え込むように、レティシアは、母の背を抱く力を強めた。
♢♢♢
「当主様、ビルヴォート伯爵家がお見えになりました。」
従者からのその通達に、本当に決まってしまうのだと改めて実感する。
「あぁ、出迎えに行こうか、ティア。」
「はい、お父様。」
普段通りの笑顔を顔に貼り付け、声が震えないよう、いつも通りに、自然に、返事をする。
そのままに父の後を歩いていくと、心の準備をする間もなく、玄関の扉の前に着いてしまった。
あの夜のパーティーよりも遥かに心は不安定だ。
出来ることならばこの場から逃げ出してしまいたい。でも、最終的に首を縦に降ってしまったのは私だ。やはり、両親の嬉々とした顔には抗えなかったのだ。
そんなレティシアの気持ちとは裏腹に、扉の隙間からは、明るい光が漏れだした。
「おぉ、お待ちしておりましたぞ。」
「お話を受けてくださりありがとうございました、ノイラート卿。」
そう言うと、ノイラート侯爵と今しがた到着したビルヴォート伯爵は手を握りあった。
そこからはあっという間だった。
特に何もしなくても話はどんどんと進んでいった。
隣に座っているルークに右手を握られたが、その手が熱を持つことは無かった。
淡々と、笑顔を貼り付け手首を縦に振る。それが今私が為せる最善なのだと悟った。
ルークさんもきっといい人だろうし、きっとそれなりに上手くやって行ける筈よね。
元より貴族に生まれたからには成さなければいけない義務だったのよ。その義務が降り掛かるのが普通よりも遅くて、ルークさんで、むしろ幸せだったじゃない。
そう自分に必死に言い聞かせ続け、胸元のペンダントに手を当てた。
「……………ア、レティシア………?大丈夫?」
ルークは口元に手を宛て、レティシアにそう囁いた
「えぇ、大丈夫です。ごめんなさい、少し気疲れしちゃったみたい。」
「…………ねぇレティシア。もし………」
ルークが何かを言いかけたが、その言葉に被さるようにビルヴォート伯爵が声を張り上げた。
「やぁ、今日はありがとうございました。式がいつになるのか本当に楽しみだよ。」
そう言ってこちらに笑いかけてきた。
ははは、とレティシアも笑い返した。
そんなレティシアの様子を見るルークも苦笑いを浮かべているようだ。
「よし、今日はこのあたりにして置くか。」
そう言ってノイラート侯爵が手を叩いた。
ビルヴォート伯爵が屋敷に着いてから既に数時間が経過し、西の方に日が傾き始めていた。
そしてレティシア達は、ルーク達を門の外まで見送った。
「ノイラート卿、今日は本当にありがとうございました。」
「いや、こちらこそ。是非また。」
そう言うと、彼らは馬車に乗り込みゆっくりとその車体を進ませて行った。
そんな馬車を後ろ目に、レティシアは首から下げたペンダントを無意識に握りしめていた。
このペンダントって、あの時……………
あぁ、気づいてしまった。
彼といると胸が叫びたいほど苦しくなる理由も、く逃げ出したいほど、鈍く痛くなるの理由も。
もしこの気持ちを告げてしまえば、今更すぎると笑われるだろうか。お母様やお父様に迷惑をかけるだろうか。ルークさんに何と謝っても収まりが着かないだろう。
ルークさん、貴方が思っているよりも、醜い、狡い、どうしようもない女でごめんなさい。
すると、ずっとそばに居てくれた侍女がレティシアのことを思い切り抱きしめた。
「お嬢様、大丈夫です。ユリアはいつでもお嬢様様の味方です。」
彼女の温かさに、レティシアは目を濡らした。
この気持ちは一生胸の奥に閉じ込める事にしよう。
そうすれば誰も傷つかない。
もう私は彼に会えないだろう。欲を言えば、最後に1度でいいからまたあの時みたいに一緒に笑い合いたい。
これで、いいのよね……………
「レティシア様………今日はもうお休み下さい。」
レティシアはユリアの腕の中から抜けると、ベッドに寝転がり、枕に顔を伏せた。
満月が輝く夜、レティシアは引き出しから今までに溜めてきた彼からの手紙を胸に抱き、誰にも悟られないよう声を殺し、1人静かに枕を濡らした。
「ビルヴォートって…ルークさんのことかしら?」
最近足繁く薬屋に通ってくれている彼のことだろうと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「あら、やっぱりそうだったのね。」
「まぁ、一応……?お母様、ペーパーナイフを貸してくださっても?」
差し出されたペーパーナイフを手に取り、その手紙の封を開けると、そこには1枚の紙が入っていた。
「ええと……私、ルーク・ビルヴォートは、レティシアと婚約したく………ん???えっ!?!?!」
ちょっとまって、頭の処理が追いつかないんですが、えっと……つまり、えっ!?!?!?
”婚約”という言葉に反応したのか、フローラが素早くレティシアの手の中の紙を取り上げた。
そしてその手紙を隅から隅まで読み終えると、母はレティシアを抱きしめた。
「よ”がっだわ”ね”ティア~~!!!!!」
レティシアの母は涙で目を濡らし、鼻水を大いに啜りながら、レティシアに抱きついた。
母は長年レティシアに肩身の狭い思いをさせてしまったと、大変心苦しく思っていた。
そんな彼女にも自分が出来る限りの幸せを与え、最終的には家庭を築き、女として幸せになって欲しいと考えいたのだ。
とは言っても、幼少期にあのような事件があれば、社交界対し良い感情を抱けなくても、仕方がない無いことであろう。
そんな彼女がここ数年で友人の助けもあって、お茶会を開くようになり、友人も増え、終いには公の場へと1歩踏み出したとあれば、その成長に感極まってしまうのは、自然なことなのであろう。
苦節18年、彼女の元に相手の方から婚約の申し入れがあればそれ以上に願うことは無い。それにあのルーク・ビルヴォートとあれば、そう母は思っていたのだ。
そんな心から祝福を送ってくれている母に心温まりながらも、何故か胸に痛みを覚えていた。
今までよりも鋭く、鈍く。
きっとこれは喜ぶべきことなんだと思う。でも何故か素直に喜ぶことが出来ない。
その胸の痛みを奥へ奥へと抑え込むように、レティシアは、母の背を抱く力を強めた。
♢♢♢
「当主様、ビルヴォート伯爵家がお見えになりました。」
従者からのその通達に、本当に決まってしまうのだと改めて実感する。
「あぁ、出迎えに行こうか、ティア。」
「はい、お父様。」
普段通りの笑顔を顔に貼り付け、声が震えないよう、いつも通りに、自然に、返事をする。
そのままに父の後を歩いていくと、心の準備をする間もなく、玄関の扉の前に着いてしまった。
あの夜のパーティーよりも遥かに心は不安定だ。
出来ることならばこの場から逃げ出してしまいたい。でも、最終的に首を縦に降ってしまったのは私だ。やはり、両親の嬉々とした顔には抗えなかったのだ。
そんなレティシアの気持ちとは裏腹に、扉の隙間からは、明るい光が漏れだした。
「おぉ、お待ちしておりましたぞ。」
「お話を受けてくださりありがとうございました、ノイラート卿。」
そう言うと、ノイラート侯爵と今しがた到着したビルヴォート伯爵は手を握りあった。
そこからはあっという間だった。
特に何もしなくても話はどんどんと進んでいった。
隣に座っているルークに右手を握られたが、その手が熱を持つことは無かった。
淡々と、笑顔を貼り付け手首を縦に振る。それが今私が為せる最善なのだと悟った。
ルークさんもきっといい人だろうし、きっとそれなりに上手くやって行ける筈よね。
元より貴族に生まれたからには成さなければいけない義務だったのよ。その義務が降り掛かるのが普通よりも遅くて、ルークさんで、むしろ幸せだったじゃない。
そう自分に必死に言い聞かせ続け、胸元のペンダントに手を当てた。
「……………ア、レティシア………?大丈夫?」
ルークは口元に手を宛て、レティシアにそう囁いた
「えぇ、大丈夫です。ごめんなさい、少し気疲れしちゃったみたい。」
「…………ねぇレティシア。もし………」
ルークが何かを言いかけたが、その言葉に被さるようにビルヴォート伯爵が声を張り上げた。
「やぁ、今日はありがとうございました。式がいつになるのか本当に楽しみだよ。」
そう言ってこちらに笑いかけてきた。
ははは、とレティシアも笑い返した。
そんなレティシアの様子を見るルークも苦笑いを浮かべているようだ。
「よし、今日はこのあたりにして置くか。」
そう言ってノイラート侯爵が手を叩いた。
ビルヴォート伯爵が屋敷に着いてから既に数時間が経過し、西の方に日が傾き始めていた。
そしてレティシア達は、ルーク達を門の外まで見送った。
「ノイラート卿、今日は本当にありがとうございました。」
「いや、こちらこそ。是非また。」
そう言うと、彼らは馬車に乗り込みゆっくりとその車体を進ませて行った。
そんな馬車を後ろ目に、レティシアは首から下げたペンダントを無意識に握りしめていた。
このペンダントって、あの時……………
あぁ、気づいてしまった。
彼といると胸が叫びたいほど苦しくなる理由も、く逃げ出したいほど、鈍く痛くなるの理由も。
もしこの気持ちを告げてしまえば、今更すぎると笑われるだろうか。お母様やお父様に迷惑をかけるだろうか。ルークさんに何と謝っても収まりが着かないだろう。
ルークさん、貴方が思っているよりも、醜い、狡い、どうしようもない女でごめんなさい。
すると、ずっとそばに居てくれた侍女がレティシアのことを思い切り抱きしめた。
「お嬢様、大丈夫です。ユリアはいつでもお嬢様様の味方です。」
彼女の温かさに、レティシアは目を濡らした。
この気持ちは一生胸の奥に閉じ込める事にしよう。
そうすれば誰も傷つかない。
もう私は彼に会えないだろう。欲を言えば、最後に1度でいいからまたあの時みたいに一緒に笑い合いたい。
これで、いいのよね……………
「レティシア様………今日はもうお休み下さい。」
レティシアはユリアの腕の中から抜けると、ベッドに寝転がり、枕に顔を伏せた。
満月が輝く夜、レティシアは引き出しから今までに溜めてきた彼からの手紙を胸に抱き、誰にも悟られないよう声を殺し、1人静かに枕を濡らした。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説


王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる