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「お母様、薬草を取りに行ってきます!」

「暗くなる前には帰ってきてね。それと絶対に危ないことはしちゃダメよ?いいわねティア?」

「もちろん分かってます!ではお母様、行ってきます。」


彼女はは母にそう告げると扉を開き、いつも使っているバスケットを片手に、家を出た。

「やっぱりここの空気が1番澄んでいるわ。」

指に飛んでいた鳥を乗せ、バスケットに入れていたパンをひと欠片ちぎり与えると、彼女はふわりと微笑んだ。


彼女はレティシア・ノイラート。この王都の中で最も田舎な……良く言えばのどかな領地で、大商家として名高い、ノイラート侯爵家が長女である。

ノイラート家は古来より、街に流通している多くの商品を担っていると言っても過言ではないほどの大きな商家なのだ。


彼女はそんなのどかな土地に生まれ落ちて18年。侯爵家の娘でありながら、社交界には滅多に顔を出さず、ほとんどをこの領地で過ごしている。

社交界に顔を出さないことからものすごい難病なんだとか、悪魔と契約しているだとか、いい噂から悪い噂まで、色々な噂話があちらこちらで出回っている。

その実際の理由は、

 

”普通の人とは異なる瞳を持っているから” である


とは言っても、常日頃から瞳の色が異なる訳では無い。レティシアは、陽光や月光をあびるとその琥珀色の瞳を碧色へと色を変えてしまうのだ。


そんな変わった瞳を持って産まれたレティシアも、幼い頃は至って普通に社交界へ顔を出していた。

それが何故表舞台に顔を出さなくなったのか、少し昔話をしようと思う。





♢♢♢

 


瞳の色が月光や陽光によって変化する、と言うのは全くもって前例が無く、どんな書物にも記されていない、極めて特異なものであった。


それはレティシアが産まれた日。



「瞳の色が……………」

侍女がその瞳を見た途端、思わず声を漏らした。


レティシアはまだ日も明けない深夜に、この世に生まれ落ちた。

出生時は母と良く似た琥珀色の綺麗な瞳であった。

しかし、日が完全に登りきった朝、侍女がレティシアの顔を覗き込んでみると、うっすら開いた瞼から覗く瞳は、父のものと酷似した碧色の瞳であった。

「お、奥様……これは………」

傍に仕えていた侍女が訝しげな顔で、恐る恐るといった様子で口を開いた。

「………すっごくいいじゃない!!!ティアちゃんは瞳の色が変わるのね、しかも私達2人の瞳の色にそっくりよ?」

「そ、そうです……ね?」

問いを投げかけられた侍女は、頭に疑問符を浮かべながらも、そう返答を返した。

一方でレティシアの母であるフローラは、ゆりかごの中で心地よさそうに眠るレティシアに頬を擦り寄せ、幸せだと言わんばかりに唇に弧を描き、目を伏せている。



「……はぁ、本当に奥様には敵いませんわ。とりあえず、当主様に急ぎ伝えてまいりますので一旦退出させて頂きます、が、くれぐれもベッドから立ち上がらないでくださいね!絶対ですからね!」

そう言い残し、侍女が出て行くと同時にその扉から小さな来訪者が現れた。

「アル、起きたのね。こちらへいらっしゃい?」

手招きされるままに、レティシアの兄であるアルフレートは、ベッドの上へとよじ登った。


「この子がぼくのいもーと?」

「そうよ、レティシアって言うの。頭を優しく撫でてあげて。」

アルフレートがその頭を優しく撫でると、レティシアの口の端がきゅうっと上がった。

「レティシアかわいいね、おかあさま。」

「そうね、私に似て凄く可愛い。」


「………………。」

アルフレートは何を言おうか悩んでいるのか、苦い顔をしている。

「こういう場合はそうだね、って言っとくものよ、アル。」


フローラはアルフレートとレティシアの頭を撫でながら囁いた。

「アルはお兄ちゃんだから、レティシアを大切に、大切に守ってあげるの。何があっても私達はレティシアの味方で居てあげるの。良い?」

「うん、やくそくするよ!」

するとアルフレートはフローラの前に小指を突き出し、にんまりと笑った。





♢♢♢




「ささやかな催しではあるが、皆楽しんで行ってくれ。」

主催者からの挨拶が終わると、止まっていた人々の足が動き出した。

そう、今日は王家主催のパーティーが開催されているのだ。

そのパーティーにノイラート家も一家総出で参加していたのだった。


当主を筆頭に、色々な方に挨拶をして回った。そして、どれくらいが経っただろうか、主催者がパンパンと、2度手を鳴らし、口を開いた。

「今日はここに集ってくれた事に感謝する。存分に楽しめただろうか。ここで1つ余興として、最近遠方との貿易の中で手に入れたこの、『投影機』を披露したいと思う。」

彼が指を1つパチンと鳴らすと、その部屋が一瞬の間に暗転された。

突然のことに場内がざわめいた。

「皆、安心してくれ、演出の内だ。」
 
その一言で場内のざわめきはピタリと止み、静寂が訪れた。

そして再度、指を鳴らすとその一言天井には数え切れないほどの美しい星々が映し出された。


「おかぁさま、お空があるよ。」

「そうね、ティア。凄く綺麗ね。」


そのような反応を見せているのはレティシア達ばかりでは無く、他も同様であった。


その美しい光景に完全に気を取られていたのだ。場内は一切陽の光が差さない暗転。もちろんの事、レティシアの瞳は碧から琥珀へと変化していた。

暗闇の中で、まして、星々に気を取られている中ではそのレティシアの瞳に関心を抱く者などそういないであろう。

だが、その暗転が解けた時は、どうだろうか。


そしてその時間は終わり、兵達により、次々にカーテンが開けられた。

近くにいた、レティシアと同い歳くらいの令嬢だろうか。その感動を今すぐにでも誰かに伝えたいとばかりにレティシアの方を振り返った。

「ねぇ、レティシアさま!さきほどの………ひぃぃいっ!目、目が!!」

その悲鳴に近いような声に、耳を傾けない人の方が少ないだろう。一斉にレティシアの目へと視線が集められた。

突然差した陽光に、まだ調節できていないようで、レティシアの瞳は琥珀と碧に揺れている。


すると、どこからともなく声が上がった。

「気味が悪い。」


その言葉は、幼いレティシアの心を傷つけるには充分過ぎるほどに鋭利であった。

その言葉を皮切りに、あちらこちらから声が上がり始めた。

そんな得体の知れない存在を遠巻きに恐怖の目で見るのはしょうが無い、至って自然なことなのであろう。


それからと言うもの、公の場に顔を出せば、良い顔をされず、レティシアをまるで忌み嫌う対象かのように避け、終いには影でありもしない悪口を言われる始末であった。

段々と悪い噂だけが独り歩きし、レティシアは多くの人々に煙たがられることが日に日に増えて行った。


5歳の秋、そんな日に日に笑顔を失って行ったレティシアを見かね、両親の勧めめもあってか、社交界に顔を出すことが完全に無くなった。

つまり、領地から出ることが無くなったという事た

ここまでが、レティシアがこの領地に籠る理由と言う訳である。



さて、長くなってしまったが、昔話はこの位にしておくことにしようか。












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