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第1章 幼年期

16.幸せな時間

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日が天高く上り照りつける。ジリジリと焼けるような暑さに夏の訪れを感じさせられる。最近では専ら外での活動は控え、丁度よく空調管理をされたテラスが、クーレル家の憩いの場となっている。

ノエルも例に漏れず、テラスに設置されたテーブル、そのうちの一脚に腰掛けたルーベルトの膝の上で、まだあたたかさが残る焼きたてのクッキーを片手に、砂糖をこれでもか、というほどたっぷりと入れた紅茶を啜っている。


「にぃに、僕ね、ぼく、お外でお散歩したいんだ……だめ、かな?」

ノエルはきゅるきゅるとした瞳で自身の頭の上に覗くルーベルトを見上げお願いをした。暑さのせいだけではなく、先日の怪我をした件以降、「ノエルに降りかかる危険は徹底的に排除する」という3人の監督者の方針により、直近では一切の外出を禁止されている。屋敷外ではなく、庭にすら出た回数は片手で数えられる程度だ。そんな今日は、あの一件が終息して、既に2ヶ月が経過していた。

「ノエル……まだ体に何があるかわからないんだぞ?それに最近外は気温が上がっているだろ?熱射病にでもなったらどうするんだ……」

「…………むぅ。」

ノエルは頬を膨らませてルーベルトに抗議したが、「…っぐ、かわっ……!」と唸るだけで首を縦に振らない。

「意地悪してくるるーにぃにはやなの。今からにぃに嫌になるから、お膝いらない!」

そう言ってノエルはルーベルトの膝から降りようとじたばた暴れだした。

「…………っ!じゃ、じゃあノエル、今から屋敷の中を俺と散歩しよう!それじゃあダメかな……?」

ノエルはうーんと考えるポーズをし、しばらくしてくるりと膝の上で半回転し、ルーベルトと向かい合う形になった。

「じゃ、じゃあ僕のお願いいっぱい聞いてくれる?」

「可愛いノエルのためなら勿論聞くよ。」

「じゃあね、まずは僕にちゅってして!」

そう言ってすっと瞳を閉じたノエルに、ルーベルトはそんな可愛いお願いが来るとは予想しておらず、拍子抜けした。勿論のこと、ルーベルトがそんなお願いを嫌がるはずもなく、額、瞼、頬と顔中にキスを落とした。

「やっぱり、ちゅうが1番あったかい気持ちになるからね、やっぱりるーにぃに好き~!」

そう言ってさっきの不機嫌は何処へやら、膝の上でルーベルトと向き合うと、思いっきり抱きついた。

「はぁ……可愛すぎる。ずーっとこのままくっついていようか?」

そんなルーベルトの申し出も非情に、ノエルは膝からよじよじと降り、無事地面に降り立ち、ルーベルトの服の裾を掴むと、「おさんぽ!」と宣言し、意気揚々に歩き出した。


***


ルーベルトとノエルは他愛もない話をしながら、中庭からの光がキラキラと差し込む、日当たりの良い廊下を歩いていた。

「そうえばね、僕昨日ここの廊下で青と黒のちょうちょさんみつけたの!凄いでしょ?なんかね、おっきくて強そうだった!」

「そうか、ノエルは凄いな。今度見つけたら僕にまた教えててくれる?」

「うん!そのときは、急いでるーにぃに呼びに行くね!………あ、でもにぃに学校行ってるからダメだぁ………」

るーにぃにも、ろいにぃにもお昼は学園に行ってるもんね。……僕は何歳になったら学園に行けるのかな?

「ねぇにぃに、僕って何歳になったらにぃに達と一緒に学園に行けるの…?」

「そうだな…学園は8歳…あと3年後だな。残念だけど、僕と一緒には通えないかな、本当に残念だけど」


「どうして……?僕にぃに達と一緒がいい!」


ルーベルトや、ローレンツが通っている王宮付属学園は10歳から18歳までの子供達が剣術、魔法、薬学、などの専門的な知識を身につけることが出来る場所だ。故に、現在5歳のノエルが入学する頃には15歳のルーベルトは既に卒業してしまった後だ。


「どうしても僕は無理なんだ、ごめんね?……癪だけど、ローレンツとは同じ時期に学園に通えるよ。」
「ほんと!」
「あぁ、実に不本意だけれどね。」

「あはは」と言いながらルーベルトは屈んでノエルの頬をむにゅっと挟み、笑いかけた。ルーベルトにつられて自然とノエルも笑いだした。

「ん!分かった。学園じゃなくても僕はにぃに達とはお家でいっぱい会えるもんね!」

「もちろん、ノエルが望むならいくらでもね。さぁ、次はどこへ行こうか、ノエル?」

「んー、図書室いこ!僕前よりも文字が読めるようになったんだよ?今日はぼくがるーにぃにのために沢山本を読んであげる!」

「ふふっ、それは楽しみだね。」

ルーベルトが文字を教えてから、ノエルは文字に強く関心を持つようになった。最初は幼児向けの絵本が主だったが、難しい単語はサポートをしつつだが、最近は青年向けの物語を読める程にまでなった。

また、文字を書くことも好きなようで定期的にルーベルトやローレンツ、ロイスに手紙を寄越すようになった。ルーベルトはもちろん、ノエルから貰った手紙は鍵付きの引き出しに大切にしまってある。

ローレンツは、また今日も一通新しい手紙が貰えるのではないかと胸躍らせ、図書室への道をノエルの小さな手の温かさを感じながら歩むのであった。
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