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第1章 幼年期

3.災厄の元凶

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先月、我が家に新しい命が芽吹いた。

ベリーブロンドの髪に琥珀色の目を持った、とても可愛らしい男の子である。


何となく、この1ヶ月間のエルメンガルドの様子から察してはいたが、ここまでノエルのことを毛嫌いするとは思ってもみなかった。


ノエルが誕生してからの約1ヶ月間、エルメンガルドは最低限の用事の際だけ部屋を出るが、それ以外では自室に引きこもり続けている。

本来ならば部屋を訪ね、心配の一言や二言を告げるのが夫婦として、夫としての”当たり前”なのだろうが、そんなことをする気も起きない。無理やりな婚約、そして強制的に結婚まで推し進められた結果の、上辺だけの関係で、誰がそこまでの心遣いを出来るというのだろうか。

もちろんエルメンガルドが嫌いだからと冷遇するだとか、そんなことをするつもりは一切ない。それなりの対応をしてきたつもりだ。ノブレス・オブリージュ。自信が貴族としての責務を果たす必要がある事は重々理解しているつもりだ。

現にセラフィーヌ公爵から言われた通りに子は成した。実際にエルメンガルドも子を成すことを望んでいたはずだ。ただエルメンガルドも俺と同じく、あの子、ノエルにリーゼルの影を見ているのだろう。彼女にとってはもちろん、悪い意味で。

そんな私達の上辺だけの関係を知ってか知らぬか、息子達もエルメンガルドのことを母と呼ぶことは無かった。恐らく彼らもリーゼルとエルメンガルドを同じ”母親”として扱いたくなかったのだろう。


クーレル家に一切歓迎されてはいない状況ではあるが、書類上はクーレル侯爵夫人。最低限は仲を取り持つために、週に数回程度は彼女の自室を訪れ、会話をするようにしていた。
だが最近になって彼女は今までよりも、露骨にノエルを嫌悪する色を出して来た。

昨日、彼女は自分付きの侍女に「産後のストレスが溜まっているので、子供の鳴き声を聞きたくない。」「ノエルを部屋に近づかせるな。」という旨の伝言を侍女伝いに寄越した。

確かに産後のストレスは、少なからずあるかも知れないが、ノエルだけを名指しで近づけたくないと言うのがどうにも引っかかる。

このままの態度の彼女を放置すればいずれ何かしらの問題を引き起こすことは間違いないだろう。
ロイスは重い腰をあげて彼女の自室を尋ね、説得を試みることにした。


***


コンコンコン___

長い廊下にノックの音が響く。

「エルメンガルド、私だ。入ってもいいか?」

「はい、どうぞお入りください。」

ガチャリと重たい扉を開けると、そこにはベッドで上体を起こしたエルメンガルドが本を読んでいた。

「私の部屋までお出向き下さりありがとうございます!嬉しいですわ。」

「…こちらこそ。突然尋ねて申し訳ない。……ここ最近滅多に部屋を出ている姿を見ないが体調は大丈夫なのか?」

「はい、順調に良くなっております。あと少ししたら体調も完全に回復すると思いますし、…自室からも出られそうですわ。」

「……そうか。それとノエルの事だが、あの子が生まれてからあまり君は面会していないよな?」

私がノエルという言葉を口にした瞬間、彼女は明らかに顔を顰め、彼女は重たい口をゆっくりと開いた。


「……はい、そうですね。まだ体調が良くないので。」

親はすぐにでも子に会いたいと願うものでは無いのだろうか?少なくともリーゼルは……比べたって仕方ない、止めよう。


「もし良ければ来月、家族揃っての食事会でもどうだろう?君の体調の回復と……大分時間が経ってしまったがノエルの誕生の祝いを兼ねて。」

私は出来るだけやんわりとノエルとエルメンガルドの面会を促した。すると、

「………まぁ!お気遣いありがとうございます。来月、楽しみにしていますわ!」

全く予想していなかった、とても色良い返事が返ってきて、面食らった。

「……そ、そうか。いい返事が聞けて良かったよ。では、体にはくれぐれも気をつけて。私は執務に戻るね。」

そうして私は部屋を後にしてしまったのだ。
その言葉の裏で彼女が、ある計画を立てていたことに気づかぬまま。


***


執務に戻るとは言ったが、実際に私が向かっているのは執務室などでは無い。ノエルの顔をみるために、彼が眠る部屋へと早足で向かっている。
しばらく足音を鳴らし、目的の部屋のドアに手をかける。

普段はローレンツやルーベルトが代わる代わるその部屋を訪れ、ノエルの顔を覗き込んでいるのが通例と殺っているが、今は何も物音がしない。

ドアにピタリと耳をあてがってみると、部屋の中から「すぅ…すぅ…」と、可愛らしい音が小さく鳴っていた。

ロイスは自然と口角をあげ、その部屋の扉を静かに開けてみると、案の定、部屋の真ん中にあるノエルの寝ている籠を囲むように、探していた愛しい3つの音源があった。

傍にいた乳母が口元に人差し指をあてがってこちらににこりと微笑んできた。

「ノエル様の寝ている籠に腕と頭を預けたままおふたりとも寝てしまったので毛布をかけておきましたよ。ふふっ、本当に可愛らしいですね。」

そっと近づき覗き込むと、ノエルがルーとロイの指をしっかりと握りこみ、ルーとロイはノエルの眠る籠を双方から抱き込むようにして寝ていた。


「……本当に私の息子たちは可愛くて困るな。」

そのあまりにも可愛らしい光景を眺めるだけで日々積もっている疲れが全て吹っ飛んだような気がした。

やはり執務をほっぽり出してこの部屋を訪れたのは正解であった。恐らく執務室で待機している彼らには後で怒られるのだろうけれど。

ロイスは顎に手を添え、本気で腕利きの画家を呼び、今の風景を絵に収めてもらおうか悩み始めた。
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