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大事な思い出

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地下駐車場からロビーを通らずに直接部屋に行けるルートが存在する。
久代さんを今はまだ誰にも見せたくなくて、今日はそのまま部屋に連れて行った。

エレベーターで自分の階まで上がり、扉が開くともう外は自宅の玄関だ。

「えっ? もうお家ですか?」

「ええ。専用のエレベーターなんです」

「せん、よう?」

「さぁ、中にどうぞ」

「えっ、あ、はい」

まるで小動物のようにビクビクしながらエレベーターを降りる久代さんが愛おしくてたまらない。

地下駐車場にあるエレベーターは部屋ごとに存在し、指紋認証を突破しないと動かない。
自宅と共有スペースである一階、そしてこの地下駐車場の階にしか止まらないのでセキュリティ上、かなり安全だ。

あまりの驚きに声も出ないのか、久代さんは茫然としながら靴を脱ぎ、私のエスコートに無意識についてくる。
本当に可愛い。

玄関とリビングとの間の扉を開けると、

「えっ……」

久代さんの声が聞こえたと思ったら、小さな口をぽかんと開けて、その場に立ち止まってしまった。

「どうかしましたか?」

「えっ、あっ……あの、すごく、広くて……びっくりして……」

「大丈夫ですよ、すぐに慣れますから。何か飲み物を淹れますからここに座っていてください」

「は、はい。ありがとうございます」

広いリビングに合うように、少し大きめのソファーを入れているが久代さんはそれにちょこんと座り、キョロキョロと周りを見ている。まだ落ち着かない様子だが、これからだな。

キッチンで何を淹れようか考えて、悩んだ挙句私と同じコーヒーを淹れることにした。
それでも少し体調が気になったからミルクたっぷりのカフェオレに決めた。

自分用のコーヒーを落としながら、久代さんのミルクを火傷しないような程よい温度になるように温めた。
少し前に周平さん経由で浅香さんからもらった、イリゼホテルのクッキーの詰め合わせがあったのを思い出して、それもトレイに載せた。

リビングに戻ると、さっきと同じ姿勢のまま久代さんが座っているのが見える。
早く緊張を取り除いてあげたい。

久代さんからほんの少しだけ離れたところに腰を下ろし、目の前にカップを置いた。

「これ……」

「ミルクが多めのカフェオレです。甘くしているので、気持ちが落ち着きますよ」

心が弱っている時には甘いものが癒してくれると知っていた。

「――っ、ありがとうございます」

久代さんは少し手を震わせながら、そのカップをとった。両手で包み込むように持ち、フーッ、フーッと少し冷ますとゆっくりと口をつけた。

「おいしぃ、です」

「よかった」

そう言いつつも、久代さんの目がほんのりと潤んでいることに気づいた。

「何か、このカフェオレに思い出、でも?」

「えっ? あ、はい。そう、ですね……大事な、思い出です……」

「よかったら聞かせてもらえませんか?」

「えっ、でも……」

「久代さんのことが知りたいんです」

私の言葉に一瞬驚きの表情を見せたものの、久代さんはふわっとした優しい笑顔を向けた。

「真壁さんに聞かれると、なんでも話したくなりますね」

「それって……」

「やっぱり優秀な警察官さんですね。隠せないです」

「――っ!!」

一瞬私が特別なのかと思ってしまった。
でも警察官、だからか……。
少しショックを覚えたものの、今は私の知らない久代さんのことを知るほうが大事だ。

久代さんはもう一度カップに口をつけてカフェオレを飲むと、ゆっくりと口を開いた。

「昔……生きることを諦めたことがあって……」

「えっ?」

「驚きますよね。でも、本当なんです。気づいたら遮断機を潜って線路に入ろうとしていて……寸前で誰かが腕を引っ張ってくれて死なずに済みました。それがしゃ、八尋さんとの出会いでした」

「――っ!!!」

久代さんの命を救ったのが崇史さんなのか……。
まさかそんな繋がりがあるなんて思っていなかった。
だから久代さんは崇史さんに好意を持った?
今も忘れられない大事な思い出の相手が崇史さんだなんて……。
久代さんがそこまで思っているというのに、崇史さんはさっさと家を出ていくなんて本当に酷い人だ。

もう私は、久代さんが語ってくれている思い出も耳に入らないくらい、頭の中が崇史さんへの嫉妬でいっぱいになっていた。

「――べさん? すみません、話……つまらなかったですよね」

「い、いいえ。そんなことないですよ。良い、思い出ですね」

「はい。八尋さんのおかげで私はもう一度人生を頑張ろうと思えたんです。結局会社は無くなってしまいますが、それでも自分のしてきたことは無駄じゃなかったって思いたい。真壁さんにこうしてお話ができて、そんなふうに思えるようになりました。真壁さんのおかげです……」

「久代さん……」

「このカフェオレ、とっても美味しいです」

久代さんは私を見ながらカフェオレを飲むと、可愛らしい笑顔を見せてくれた。
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