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父の幸せ
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「中谷くん、今戻ったよ」
新海さんと役所に行って事務所に戻ってきた私は、デスクにいた中谷くんに声をかけた。
「先生、おかえりなさい。新海さんも、お疲れさまでした」
中谷くんの顔がほんのり赤く染まっていたのは、私の隣にいる新海さんを見たからだろう。
どうやら中谷くんも新海さんへの思いはすっかり自覚しているようだな。
二人にはもう憂いはなくなった。
これからどうなるか二人次第だが、ゆっくりと時間をかけて家族になろうと思っていますとはっきりと言ってくれた新海さんの言葉は明らかに自信満々だった。
ここははやく二人っきりにさせてあげよう。
「私は今から出るから、中谷くんも今やっていることが終わったら今日は上がっていいよ。施錠だけしておいてくれ」
「は、はい。わかりました」
今の時間なら、櫻子くんのお迎えの時間まで少しの間、二人の時間を過ごせるはずだ。
「それじゃあ、新海さん。中谷くんをお願いします」
「はい。お任せください」
笑顔の新海さんに見送られ、私は一度自宅に戻った。
私服に着替えて地下駐車場に行き、絢斗たちがいる賢将さんとこれから父が暮らすことになるマンションに向かった。
途中引越し祝いに、ワインとノンアルコールシャンパン、それにケーキを買った。
これなら絢斗も直くんもパーティーを楽しめるだろう。
来客用の駐車場に車を止めるとすぐに中からコンシェルジュが出てきた。
「磯山さま。ようこそお越しくださいました」
「もうみんな揃っているかな?」
「はい。お昼頃に皆さまお越しになりました」
それなら昼食を食べ終わって、直くんは昼寝をしている頃かもしれないな。
玄関チャイムで起こすのは忍びない。
私は父にメッセージを送った。
<今、マンションに着きました。直くんはお昼寝中ですか?>
即座に既読がつき、返信が来た。
<私が今から降りる。そこで待っていてくれ>
やはりお昼寝中だったようだな。
コンシェルジュに迎えがくることを告げ、ロビーで待っていると父がやってきた。
「もう片付けは終わりましたか?」
「ああ、もう整っているよ。それより少し話がある」
父の神妙な様子に少し違和感を覚えつつも、談話室に移動した。
ここでの会話は決して外に漏れ聞こえることはない。
「何かあったんですか?」
「私たちが暮らしてたあの家で、直くんが……沙都に会ったそうだ」
「えっ? 母さんに?」
父からの突拍子もない話に思わず面食らったが、冗談を言うタイプではない。
「あの、詳しい話を聞かせてもらえますか?」
そこから父は直くんから聞いた話を私にも教えてくれた。
「沙都は、私があの家に一人で住み続けていたのを心配していたようだ。今回、賢将さんと一緒に暮らすことになったのを喜んでくれていたようだよ」
「そう、なんですね……」
そこまではっきりとした内容なら、直くんの白昼夢というわけでもなさそうだ。
あの子は本当に心から素直で優しい良い子だから、母も会いに出てきたのかもしれない。
直くんのような孫ができるのを夢みていたところがあったからな。
「だが、時々はあの家に一緒に来てくれとも話していたそうだ。きっと楽しい時間を共に過ごしたいんだろう。だから、クリスマスは沙都のためにも思いっきり楽しむとしよう」
「そうですね」
「例のサンタクロースには連絡をして承諾をもらったよ。話をしたら想像以上にノリノリになっていたからクリスマスまでに賢将さんも含めて何度か打ち合わせをして臨むつもりだ」
父がこれほどまでにやる気になると思わなかったが、それも全て直くんを喜ばせたい一心なのだろう。
そして喜ぶ直くんを見て、一緒に喜んでくれる母を見たいのだろう。
たとえ自分に姿が見えなくても、母の言葉を伝えてくれる直くんがいる。
それだけで父は幸せなのかもしれない。
母が亡くなって十数年……。
ずっと一人で悲しみを堪えていた父に現れた希望の光。
みんなが幸せになれるように、私も協力するとしよう。
「それじゃあそろそろあがろうか。絢斗くんも待っている」
「そうですね。そういえば今日の夕食は?」
「賢将さんが引越しそばを作ると言っていたよ。そばだけだと昇には足りないだろうから、天ぷらもたくさん揚げると言っていたぞ」
「それは楽しみですね」
一緒に部屋に上がると、すぐに絢斗が出迎えてくれた。
「卓さん、お疲れさま」
「絢斗も引越しの手伝い、疲れたんじゃないか?」
「ううん。私、何もしてないよ。一緒にいただけ」
絢斗はそういうが、父や賢将さんにとって絢斗と直くんと一緒に過ごせただけで幸せなんだろう。
もし片付けが終わっていなくても最初から二人にやらせるつもりはなかったんだろうからな。
「事務所のほうは大丈夫だった?」
「新海さんの件が全て解決したよ」
「えっ! よかった! ずいぶん早かったね」
「だから、あとは二人に任せてきた。今頃二人で仲良く過ごしていると思うよ」
その言葉に絢斗は満面の笑みを見せる。
「近いうちにいい知らせが聞けるかもね」
本当にそうなればいい。
櫻子くんのためにも……。
新海さんと役所に行って事務所に戻ってきた私は、デスクにいた中谷くんに声をかけた。
「先生、おかえりなさい。新海さんも、お疲れさまでした」
中谷くんの顔がほんのり赤く染まっていたのは、私の隣にいる新海さんを見たからだろう。
どうやら中谷くんも新海さんへの思いはすっかり自覚しているようだな。
二人にはもう憂いはなくなった。
これからどうなるか二人次第だが、ゆっくりと時間をかけて家族になろうと思っていますとはっきりと言ってくれた新海さんの言葉は明らかに自信満々だった。
ここははやく二人っきりにさせてあげよう。
「私は今から出るから、中谷くんも今やっていることが終わったら今日は上がっていいよ。施錠だけしておいてくれ」
「は、はい。わかりました」
今の時間なら、櫻子くんのお迎えの時間まで少しの間、二人の時間を過ごせるはずだ。
「それじゃあ、新海さん。中谷くんをお願いします」
「はい。お任せください」
笑顔の新海さんに見送られ、私は一度自宅に戻った。
私服に着替えて地下駐車場に行き、絢斗たちがいる賢将さんとこれから父が暮らすことになるマンションに向かった。
途中引越し祝いに、ワインとノンアルコールシャンパン、それにケーキを買った。
これなら絢斗も直くんもパーティーを楽しめるだろう。
来客用の駐車場に車を止めるとすぐに中からコンシェルジュが出てきた。
「磯山さま。ようこそお越しくださいました」
「もうみんな揃っているかな?」
「はい。お昼頃に皆さまお越しになりました」
それなら昼食を食べ終わって、直くんは昼寝をしている頃かもしれないな。
玄関チャイムで起こすのは忍びない。
私は父にメッセージを送った。
<今、マンションに着きました。直くんはお昼寝中ですか?>
即座に既読がつき、返信が来た。
<私が今から降りる。そこで待っていてくれ>
やはりお昼寝中だったようだな。
コンシェルジュに迎えがくることを告げ、ロビーで待っていると父がやってきた。
「もう片付けは終わりましたか?」
「ああ、もう整っているよ。それより少し話がある」
父の神妙な様子に少し違和感を覚えつつも、談話室に移動した。
ここでの会話は決して外に漏れ聞こえることはない。
「何かあったんですか?」
「私たちが暮らしてたあの家で、直くんが……沙都に会ったそうだ」
「えっ? 母さんに?」
父からの突拍子もない話に思わず面食らったが、冗談を言うタイプではない。
「あの、詳しい話を聞かせてもらえますか?」
そこから父は直くんから聞いた話を私にも教えてくれた。
「沙都は、私があの家に一人で住み続けていたのを心配していたようだ。今回、賢将さんと一緒に暮らすことになったのを喜んでくれていたようだよ」
「そう、なんですね……」
そこまではっきりとした内容なら、直くんの白昼夢というわけでもなさそうだ。
あの子は本当に心から素直で優しい良い子だから、母も会いに出てきたのかもしれない。
直くんのような孫ができるのを夢みていたところがあったからな。
「だが、時々はあの家に一緒に来てくれとも話していたそうだ。きっと楽しい時間を共に過ごしたいんだろう。だから、クリスマスは沙都のためにも思いっきり楽しむとしよう」
「そうですね」
「例のサンタクロースには連絡をして承諾をもらったよ。話をしたら想像以上にノリノリになっていたからクリスマスまでに賢将さんも含めて何度か打ち合わせをして臨むつもりだ」
父がこれほどまでにやる気になると思わなかったが、それも全て直くんを喜ばせたい一心なのだろう。
そして喜ぶ直くんを見て、一緒に喜んでくれる母を見たいのだろう。
たとえ自分に姿が見えなくても、母の言葉を伝えてくれる直くんがいる。
それだけで父は幸せなのかもしれない。
母が亡くなって十数年……。
ずっと一人で悲しみを堪えていた父に現れた希望の光。
みんなが幸せになれるように、私も協力するとしよう。
「それじゃあそろそろあがろうか。絢斗くんも待っている」
「そうですね。そういえば今日の夕食は?」
「賢将さんが引越しそばを作ると言っていたよ。そばだけだと昇には足りないだろうから、天ぷらもたくさん揚げると言っていたぞ」
「それは楽しみですね」
一緒に部屋に上がると、すぐに絢斗が出迎えてくれた。
「卓さん、お疲れさま」
「絢斗も引越しの手伝い、疲れたんじゃないか?」
「ううん。私、何もしてないよ。一緒にいただけ」
絢斗はそういうが、父や賢将さんにとって絢斗と直くんと一緒に過ごせただけで幸せなんだろう。
もし片付けが終わっていなくても最初から二人にやらせるつもりはなかったんだろうからな。
「事務所のほうは大丈夫だった?」
「新海さんの件が全て解決したよ」
「えっ! よかった! ずいぶん早かったね」
「だから、あとは二人に任せてきた。今頃二人で仲良く過ごしていると思うよ」
その言葉に絢斗は満面の笑みを見せる。
「近いうちにいい知らせが聞けるかもね」
本当にそうなればいい。
櫻子くんのためにも……。
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