ひとりぼっちになった僕は新しい家族に愛と幸せを教えてもらいました

波木真帆

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協力してほしい

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<side賢将>

直くん……私に素直に甘えて来てくれて可愛かったな。
本当に絢斗の幼い頃を見ているようだった。

あんなに可愛く素直ないい子が、虐待されていたなんて……。しかもその虐待が母親だけではない可能性がある。あの時、診察という言葉に確かに身体を震わせた。

絢斗からは直くんに対しての大まかな話を聞いていたが、それ以外にもまだまだ私の知らない事実があるのだろう。

さらっと説明されただけでも辛い内容だったのに、直くんはどれほどの重荷の中で生活をしていたのだろうか……。想像するだけで辛くなる。せめてもの救いは卓くんと絢斗に引き取られたことだろう。そして、昇という存在を得られたことも大きかっただろう。卓くんからどんな話を聞いたとしても、私は直くんを守り続けると誓うよ。

卓くんが都合をつけて話に来ると話をしていたから、てっきり午後かと思っていたが予想に反して、彼は午前中に我が家にやってきた。そのことによほどの話なのだろうと推測した。

あらかじめ部屋番号を教えていたおかげで、スムーズに私の部屋までやってきた卓くんをすぐにリビングへと案内した。

「コーヒーでいいかな?」

「ありがとうございます」

私に出してくれたのと同じようにブラックコーヒーを淹れて目の前に置くと、彼はいただきますと一言告げてコーヒーに口をつけた。

「このコーヒーは香りからして珍しいですね。でもすごく美味しいです」

「ああ。アフリカでよく飲んでた豆でね、日本ではあまりおいていないんだが、清吾の息子が慣れたものがいいだろうとわざわざ用意しておいてくれたんだ。おかげで日本に帰って来てからもアフリカでの日々を思い出せるよ」

「賢将さんにとってアフリカでの日々はいい思い出なんですね?」

「もちろん、人の命がかかっているから辛い日もあったが、笑顔もたくさん見てきた。決して思い出したくない日々ではないよ。このコーヒーはその日々を忘れないようにしてくれるんだ」

「そういう時間は必要ですね。本当に美味しいです」

卓くんは私の気持ちを慮ってそう言ってくれたとしても、飲み慣れないはずのこのコーヒーを否定しないでくれたことは嬉しかった。

<side卓>

「私のことはさておき、そろそろ本題に入ろうか」

珍しくも美味しいコーヒーを半分ほど味わった後で、早速賢将さんから話が切り出された。話ができる時間は二時間ほどしかないのだから、しっかり話しておかないとな。

「はい。直くんの母親が誘拐幇助で逮捕されましたが、その被害者の子どもがあの櫻葉グループのご子息だったんです」

「えっ? 本当に?」

賢将さんが驚くのも無理はない。あの時、身代金の要求こそなかったが誘拐の可能性が十分にあるということで大きな騒ぎにはならなかった。誘拐された赤ちゃんの安全を最優先にしたのだ。けれど、櫻葉グループの会長夫人である麻友子さんが亡くなったことで、財界ではその騒ぎを知らないものはいなかった。賢将さんも財界に多数の知り合いがいてその話は伝え聞いていたことだろう。

「その子が18歳になって貴船コンツェルンの未知子さんと出会ったことで、誘拐事件が明るみになり、直くんの母親は逮捕されることになったのです」

「そうか……赤子で誘拐された子が生きていたのか……」

「はい。ですが、本当に奇跡としか言いようがないほど、ひどい状態でした。18歳だというのに今の直くんほどの体格で、しかも未知子さんを庇って交通事故にも遭っていたため、一生歩けないほどの傷を負っていたんです。直くんは自分の母親が犯罪を犯しただけでなく、その子の人生を奪ってしまったことにひどく心を痛めていました」

「直くんには何の責任もないが、素直な子だからそう思えなかったのだろうな……。それでどうなった?」

「つい先日、その子と直接会う機会を設けてもらい、無事に和解しました。賢将さんにも写真が送られてませんでしたか?」

「写真? ああ、直くんと一緒に映っていたあの子か……。何の説明もなかったから、てっきり同級生との写真だと思っていたが、そうか……あの子が……。確かにあの子は18には見えんな。だが、直くんとは心から打ち解けあっているように見えた」

「はい。あの子は、一花くんというんですが、未知子さんの息子の征哉くんと夫夫として生活していますよ」

「そうなのか!」

「はい。実は明日、家族でその二人の結婚式に招かれていまして……直くんも喜んでいます。だから、昨夜熱を出して心配で賢将さんに往診をお願いしたんです」

あれだけ楽しみにしている一花くんと征哉くんの結婚式に参加できないなんてことになったら、落ち込むどころの騒ぎじゃないからな。しかも直くんだけ留守番させるわけにはいかないから、みんなでキャンセルするしかなかっただろう。

「そうか、だが大事にならなくてよかった。今日はすっかり熱も下がっていただろう?」

「はい。昨夜は夕食も食べられていましたし、大丈夫です。それで、もう一つ賢将さんのお耳に入れておきたいこと……というより、協力をお願いしたいことができたんです」

「協力? なんだ?」

「これを聞いていただけますか?」

私は昇からもらった音声データを再生させた。

その言葉が進むにつれて、賢将さんの表情に怒りが見えてきた。それはそうだろう、幼い子への猥褻行為。医師として、いや、人間として絶対にしてはいけないことだ。

「この医師を見つけ出し、しっかりと罪を償わせたいんです」

「もちろんだ! こんなやつ、同じ医師だなんて名乗らせたくもない!! 清吾に話をしてもいいか?」

「はい、お願いします!」

「悪いが、そのデータを私にももらえないか?」

「はい、すぐに」

その場で賢将さんのスマホにあのデータを送るとすぐに確認して頷いていた。

「明日は結婚式に参加するんだったな?」

「はい。少し遠いので、そのまま近くの保養所に泊まらせてもらって近くを観光してから日曜日の夕方に帰宅する予定にしています」

「そうか、直くんと週末を楽しんできてくれ。おそらく週明けにはこの件の報告ができると思う」

「ありがとうございます!」

成瀬くんの手を煩わせることなくすぐに見つけ出せるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませていた。
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