166 / 359
心強い存在
しおりを挟む
「それで少し気になることがあるが……」
賢将さんの真剣な表情に、すぐに話の内容を理解した。
「直くんが診察を怖がっていたことですね」
「ああ。日本にいた時も、アフリカでもそんなケースを見たことがあるが、十中八九何かトラウマを持っているに違いない。そのことについて、何か知っていることがあれば教えて欲しい」
絢斗が直くんのことについて話ができた時間はそこまで長くはない。だから、実母に虐待を受けていたことまでは話はできなかったことだろう。今回のトラウマについてその実母が関わっているのか、それとも全く違うところなのかはまだわからないとしか言いようがないが、実母の件については情報を共有しておくべきだろう。
「今回のトラウマとはまた別の話ですが……」
と前置きをして、直くんに関わる全ての話をできるだけ感情を入れずに話をした。
「――ここにきて、体調を崩したことがなかったので、診察にトラウマがあるというのは初めて知りました」
「そうか……それなら、今日私を呼んでくれて正解だったな。目を覚まして病院だったらとんでもないことになっていたかもしれない」
賢将さんの言葉にどきっとさせられる。確かにそうだ。ちょうどいいタイミングで賢将さんが戻ってきてくれてよかった。
「だが、ここで生活を始めて数ヶ月。その間、あの子の身体が体調を崩さずにいられたのは、卓くんの栄養バランスの良い食事と、家族の愛情のおかげだろう。今日の熱はここしばらくの生活とかけ離れた時間を過ごしたからで、誰にでも起こりうることだから心配しないでいい」
「お父さんが戻ってきてくれてよかった。これから直くんが体調を崩してもいつでも診てもらえるね」
「ああ。任せておきなさい。もしどうしても病院にかからなければいけない時は、私が勤めることになっている友人の病院に連れて行こう」
「お父さんの友人で病院を経営しているのは何人か知ってるけど、どの人?」
「ああ。清吾のところだよ。今、私が住んでいるところも清吾の息子が所有しているマンションを借りているだ。病院からは目と鼻の先でかなり便利な場所だよ」
「清吾さんって、倉橋くんのお父さんだね」
「ああ、そうだ。清吾の病院なら安心して直くんを連れて行けるからな」
「うん。そうだね」
倉橋くんは、桜城大学の卒業生で絢斗の親友である皐月くんと私の友人、いやここは親友というべきか、志良堂の教え子でもある。私たちにとっても縁のある人物だ。なんせ、倉橋くんの会社の顧問弁護士は志良堂の息子で私の後輩である安慶名伊織なのだから。
賢将さんが倉橋くんの父上の病院に勤務するのなら、直くんが桜守に入学した後も主治医として登録できる。直くんにとっては心強いに違いない。
「それで直くんのトラウマだが、本来ならそのトラウマとなった理由を知っておいた方が良いんだ。何か方法はないか?」
「それなら私に任せてください。私の全ての人脈を使って、調査してみせます。そして、そこに犯罪が隠れていたとしたら確実に私の手で暴いてみせますよ」
「それは頼もしいな。絢斗はもうしばらくはオンラインでの授業を続けられるんだろう?」
「うん。月に二度くらいは行かなければいけない日も出てくるかもしれないけど、それはなんとかするよ」
「その時は私に言いなさい。私が直くんのそばにいよう。私の家に連れて行っても構わないよ」
「ありがとう。お父さんが直くんをみててくれたら安心だよ。ねぇ、卓さん」
「ああ、そうだな。あれだけ直くんも賢将さんに心を許していたし、直くんを守ってくれる存在が増えたのは嬉しいことだ」
「私はいつでも手を貸すから遠慮なく声をかけてくれ。きっと寛さんも同じことを言うはずだ。だから、卓くん……悪いことは言わない。寛さんにも早く直くんのことを伝えたほうがいい。そうしたら帰国の日を早めてでもすぐに帰ってくるはずだよ。まぁ、少しの文句は覚悟しておいたほうがいいだろうがな」
ニヤリと笑みを向けられて背筋が少しヒヤッとする。確かに冗談抜きで文句は言われるだろうな……。それでも可愛い直くんに会わせれば機嫌もすぐに治るはずだ。
「今夜連絡してみます」
「ああ。そのほうがいい。とりあえず、今日は帰るとしよう。何か急変があれば連絡してくれ。すぐに飛んでくるよ。直くんには私の連絡先とメッセージアプリのIDを教えておいてくれ。ああ、それよりもメモを残しておくほうがいいか。悪い、紙とペンを貸してくれないか?」
絢斗がすぐに立ちあがろうとしたのを制して、私はサッと賢将さんの前に紙とペンを置いた。絢斗はこういう時にすぐにどこの場所だったかを思い出すのが難しいからな。できるほうがやればいい、私は絢斗との生活でそれを身体に叩き込んでいるからこれを苦だと思ったこともないし、むしろ絢斗の手間にならなければいいとさえ感じている。これが一生を共にする夫夫の姿だと私は思っている。
「ありがとう。直くんは好きな動物やキャラクターはあるか?」
「昇くんから貰ったクマのぬいぐるみを大切にしてるよ。それにこの前が初めてのウサギに喜んでた」
「そうか、直くんもウサギが好きなのか。そういうところも絢斗とよく似ているな」
賢将さんは嬉しそうに笑うとさらさらっと紙にウサギとクマの可愛い絵を描き、その下に賢将さんの連絡先とメッセージアプリのIDを書いた。
「これを直くんに渡しておいてくれ」
「うん。直くん、喜ぶと思う」
おじいちゃんからのメモを直くんが喜ばないわけがないからな。
駐車場に向かう賢将さんを今度は二人で見送りに行った。
賢将さんの真剣な表情に、すぐに話の内容を理解した。
「直くんが診察を怖がっていたことですね」
「ああ。日本にいた時も、アフリカでもそんなケースを見たことがあるが、十中八九何かトラウマを持っているに違いない。そのことについて、何か知っていることがあれば教えて欲しい」
絢斗が直くんのことについて話ができた時間はそこまで長くはない。だから、実母に虐待を受けていたことまでは話はできなかったことだろう。今回のトラウマについてその実母が関わっているのか、それとも全く違うところなのかはまだわからないとしか言いようがないが、実母の件については情報を共有しておくべきだろう。
「今回のトラウマとはまた別の話ですが……」
と前置きをして、直くんに関わる全ての話をできるだけ感情を入れずに話をした。
「――ここにきて、体調を崩したことがなかったので、診察にトラウマがあるというのは初めて知りました」
「そうか……それなら、今日私を呼んでくれて正解だったな。目を覚まして病院だったらとんでもないことになっていたかもしれない」
賢将さんの言葉にどきっとさせられる。確かにそうだ。ちょうどいいタイミングで賢将さんが戻ってきてくれてよかった。
「だが、ここで生活を始めて数ヶ月。その間、あの子の身体が体調を崩さずにいられたのは、卓くんの栄養バランスの良い食事と、家族の愛情のおかげだろう。今日の熱はここしばらくの生活とかけ離れた時間を過ごしたからで、誰にでも起こりうることだから心配しないでいい」
「お父さんが戻ってきてくれてよかった。これから直くんが体調を崩してもいつでも診てもらえるね」
「ああ。任せておきなさい。もしどうしても病院にかからなければいけない時は、私が勤めることになっている友人の病院に連れて行こう」
「お父さんの友人で病院を経営しているのは何人か知ってるけど、どの人?」
「ああ。清吾のところだよ。今、私が住んでいるところも清吾の息子が所有しているマンションを借りているだ。病院からは目と鼻の先でかなり便利な場所だよ」
「清吾さんって、倉橋くんのお父さんだね」
「ああ、そうだ。清吾の病院なら安心して直くんを連れて行けるからな」
「うん。そうだね」
倉橋くんは、桜城大学の卒業生で絢斗の親友である皐月くんと私の友人、いやここは親友というべきか、志良堂の教え子でもある。私たちにとっても縁のある人物だ。なんせ、倉橋くんの会社の顧問弁護士は志良堂の息子で私の後輩である安慶名伊織なのだから。
賢将さんが倉橋くんの父上の病院に勤務するのなら、直くんが桜守に入学した後も主治医として登録できる。直くんにとっては心強いに違いない。
「それで直くんのトラウマだが、本来ならそのトラウマとなった理由を知っておいた方が良いんだ。何か方法はないか?」
「それなら私に任せてください。私の全ての人脈を使って、調査してみせます。そして、そこに犯罪が隠れていたとしたら確実に私の手で暴いてみせますよ」
「それは頼もしいな。絢斗はもうしばらくはオンラインでの授業を続けられるんだろう?」
「うん。月に二度くらいは行かなければいけない日も出てくるかもしれないけど、それはなんとかするよ」
「その時は私に言いなさい。私が直くんのそばにいよう。私の家に連れて行っても構わないよ」
「ありがとう。お父さんが直くんをみててくれたら安心だよ。ねぇ、卓さん」
「ああ、そうだな。あれだけ直くんも賢将さんに心を許していたし、直くんを守ってくれる存在が増えたのは嬉しいことだ」
「私はいつでも手を貸すから遠慮なく声をかけてくれ。きっと寛さんも同じことを言うはずだ。だから、卓くん……悪いことは言わない。寛さんにも早く直くんのことを伝えたほうがいい。そうしたら帰国の日を早めてでもすぐに帰ってくるはずだよ。まぁ、少しの文句は覚悟しておいたほうがいいだろうがな」
ニヤリと笑みを向けられて背筋が少しヒヤッとする。確かに冗談抜きで文句は言われるだろうな……。それでも可愛い直くんに会わせれば機嫌もすぐに治るはずだ。
「今夜連絡してみます」
「ああ。そのほうがいい。とりあえず、今日は帰るとしよう。何か急変があれば連絡してくれ。すぐに飛んでくるよ。直くんには私の連絡先とメッセージアプリのIDを教えておいてくれ。ああ、それよりもメモを残しておくほうがいいか。悪い、紙とペンを貸してくれないか?」
絢斗がすぐに立ちあがろうとしたのを制して、私はサッと賢将さんの前に紙とペンを置いた。絢斗はこういう時にすぐにどこの場所だったかを思い出すのが難しいからな。できるほうがやればいい、私は絢斗との生活でそれを身体に叩き込んでいるからこれを苦だと思ったこともないし、むしろ絢斗の手間にならなければいいとさえ感じている。これが一生を共にする夫夫の姿だと私は思っている。
「ありがとう。直くんは好きな動物やキャラクターはあるか?」
「昇くんから貰ったクマのぬいぐるみを大切にしてるよ。それにこの前が初めてのウサギに喜んでた」
「そうか、直くんもウサギが好きなのか。そういうところも絢斗とよく似ているな」
賢将さんは嬉しそうに笑うとさらさらっと紙にウサギとクマの可愛い絵を描き、その下に賢将さんの連絡先とメッセージアプリのIDを書いた。
「これを直くんに渡しておいてくれ」
「うん。直くん、喜ぶと思う」
おじいちゃんからのメモを直くんが喜ばないわけがないからな。
駐車場に向かう賢将さんを今度は二人で見送りに行った。
1,488
お気に入りに追加
2,254
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私は、忠告を致しましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
病弱を演じていた性悪な姉は、仮病が原因で大変なことになってしまうようです
柚木ゆず
ファンタジー
優秀で性格の良い妹と比較されるのが嫌で、比較をされなくなる上に心配をしてもらえるようになるから。大嫌いな妹を、召し使いのように扱き使えるから。一日中ゴロゴロできて、なんでも好きな物を買ってもらえるから。
ファデアリア男爵家の長女ジュリアはそんな理由で仮病を使い、可哀想な令嬢を演じて理想的な毎日を過ごしていました。
ですが、そんな幸せな日常は――。これまで彼女が吐いてきた嘘によって、一変してしまうことになるのでした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる