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涙が止まらない

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「あ、あの……」

あまりにも優しい笑顔でどうやって話しかけたらいいのかわからなくなっていると、目の前の彼は僕に

「こんにちは」

と挨拶してくれた。

「――っ!!!」

僕なんかにこんなにも優しく挨拶してくれる人に対して、母さんはなんてことをしたんだろう!
そんな感情が一気に湧き上がっていて、気づけば僕の目から大粒の涙が溢れていた。

「一花さんっ、ごめんなさいっ!! 母さんが酷いことをして本当にごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!」

僕は床に手をついて座り込み頭を下げた。
涙のせいで彼の顔が見えないけれど、それでも必死に謝り続けた。
こんなことで許されるなんて思ってない。
だけど、謝罪せずにはいられなかった。

溢れてしまってどうしようもない涙が床に溜まっていく。

それでも止められなかった。

すると、

「直純くん……顔をあげて」

と優しい声が聞こえてくる。
僕は恐る恐る顔を上げた。
すると涙で視界がぼやけている僕に向かって、何かが勢いよく飛び込んできた。

「わっ!」 

何がなんだかわからないけどもふもふとした何かが僕の腕の中にいる。
慌てて袖で涙を拭ってみた。

「えっ、ウサギ?」

なんでここにウサギ? 本物?
あまりの驚きに涙すら止まってしまい、パチパチと瞬きすると僕の目から溢れた涙がウサギさんの顔にポトっと落ちた。
ウサギさんはそれを気にする様子もなく舌で顔についた涙を舐めとると、そのまま僕の顔についたままになっていた涙もぺろぺろと舐め始めた。

「わっ、くすぐったいっ!!」

初めての感覚に驚いていると、

「ふふっ。グリは直純くんのこと気に入ったみたい。ねぇ、そんなところにいないで、こっちにきて。話をしよう」

とクスクス笑いながら、一花さんが僕を誘ってくれた。

いいのかな……と思ったけれど、

―― 一花くんは、心にないことを言う子じゃないんだ

尚孝さんに言われた言葉を思い出して、一花さんのすぐ近くにある椅子に座った。

それでも不安で戸惑っていると、

「そんなに怯えなくて大丈夫だよ。僕はね、君に怒る気持ちなんて何もないんだ」

と言ってくれた。

しかも

「これ、使って」

と綺麗なハンカチを差し出されて、お礼を言ってそれを受け取ると優しい香りがした。

僕の涙なんかで汚すのが勿体無いくらい綺麗なハンカチだったけれど、涙で汚れた顔を見せ続けるよりはマシかもしれない。
さっと顔を拭ったけれど、そこからどうやって話しかけていいのかわからなくて悩んでしまっていた。

すると、一花さんは自分の座っているすぐ横に置いてたスマホを手にして、

「ねぇ、これ見て……」

と待ち受け画面を見せてくれた。


待ち受けは自分の大切な写真を貼り付ける場所だと教えてもらったから、僕のスマホの待ち受け画面は新しい家族みんなで撮った写真。

一花さんの待ち受けは、古い家族写真みたいだった。
綺麗で優しそうな人が可愛い赤ちゃんを抱っこして、隣に幸せそうな笑顔の男性が女性を赤ちゃんを包み込むように抱きしめているのが見える。

これってまさか……。

「この写真を撮ったすぐ後に、僕は誘拐されたんだって」

「――っ!!!」

こんなにも幸せそうな家族を、壊したんだ……母さんは。

ああ、本当になんてとんでもないことをしたんだろう。
自分の親だと言うのが恥ずかしい。

あんな謝罪なんかで許される問題なんかじゃなかったんだ。

一花さんになんて言えばいいのかもわからない。
何も言えずに身体を震わせていると、

「こっちの写真も見て」

ともう一枚の写真を見せられる。

今度は誰だかすぐにわかった。
それには仏壇の前で笑顔を浮かべる一花さんと櫻葉さんが写っていたから。

仏壇の前にある写真はさっき一花さんを抱っこしていた女の人の写真。
一花さんのお母さんは亡くなってしまったんだ。
一花さんに再会する前に……。
ずっと会いたかっただろうに、母さんのせいで……。
もう一生会えないんだ。

ああ、本当にもう許されちゃいけない。

そう思ったのに、一花さんはその写真を見ながら、

「ねぇ、僕……笑ってるでしょう?」

と優しい声で尋ねてきた。

「えっ……」

戸惑う僕をよそに一花さんは他にも写真があるよと次々にアルバムの写真を見せてくれる。

「どの写真の僕も笑ってるでしょう? 僕ね、今すごく幸せなんだ。パパたちと会えるまでの日々はもちろん辛いこともいっぱいあったけど、今が幸せすぎて全部忘れちゃった。だから、直純くんは何も気にすることないんだよ」

その言葉に僕はまた涙が止まらなくなっていた。
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