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待つしかない

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<side昇>

「直くん、おいで」

風呂から出てきた直くんをいつものようにラグに座らせて髪を乾かす。

「お風呂でのんびりできた?」

「はい。今日は新しいあひるさんが湯船に浮かんでたので、ついいっぱい遊んじゃいました」

「ふふっ。そっか。遊べてよかった」

艶のある滑らかな髪に触れながら、髪を乾かしていると

「今日……尚孝さんとお話しできてよかったです」

としみじみとした声が聞こえた。

「今日のあの時間を作ってもらえたこと、僕……本当に嬉しかったです」

「うん。それならよかった」

「あとは、一花さんが僕と会ってもらえるか待つだけですね」

「うん。でも、この待つ時間も一花さんはもちろん、直くんにとっても必要な時間だと思うんだ。だから、どれだけ時間がかかっても自分を責めたりしちゃダメだよ」

「はい。わかりました」

「さぁ、綺麗に乾いたよ。疲れたし、今日はゆっくり寝ようか」

「昇さんも一緒に……」

「もちろん、直くんが眠るまでちゃんとそばにいるからね」

そういうと直くんはホッとしたように笑顔を見せた。

可愛いパジャマ姿の直くんをベッドに寝かせて、俺はまだ普段着のままでベッドに身体を滑り込ませる。

いつものパジャマとは違う少し硬めの感触に寝にくいというかと思ったけれど、直くんは気にする様子もなく、いつもの場所に顔を埋めた。

「まだ風呂に入ってないから、臭かったら言って」

「大丈夫です。いい匂いしかしません」

「――っ、そ、そう。それならよかった」

それって俺の匂いそのものが好きって言われてることなんだけど……。
直くんはそれに気づいていないから仕方ない。

だけど、俺にしてみれば好きな相手に自分の体臭がいい匂いだと言われて興奮しないわけがない。

それでも直くんに欲情しているなんてバレてはいけない。
直くんは心から俺のことを信頼して、求めてくれているのだから。

必死に己の欲を制御しながら、直くんをそっと抱きしめ続けた。

「一花さん……」

「んっ?」

「一花さんって……神さまみたいな人なんです……」

「一花さんが、神さま?」

「ぼくも、そんなひとになり、たい、です……」

そういう意味だろうと聞きたかったけれど、腕の中の直くんからスウスウと心地良さそうな寝息が聞こえ始めた。
寝る前のこの言葉を直くんは朝には忘れているだろうな。

一花さんが、神さまか……。

きっと、今日谷垣さんの話を聞いたからだろう。

確かに自分を傷つけた相手を理学療法士に望むなんて、普通は考えられない。
しかも、今は友人として仲良く付き合っているなんて……。
神さまと思っても不思議はないのかもしれないな。

それなら、一花さん……。

直くんの心の枷も解いてあげてほしい。
こんな小さな身体で、母親の起こしたことをずっと悔いている直くんの心の枷を……。

俺はその日が来るのを直くんの傍で待ち続けるだけだ。


<side卓>

「これで一歩前進したな」

ベッドの中で絢斗を抱きしめながら、そういうと絢斗は私の胸元にそっと顔を擦り寄せてきた。

「うん。今回のこと、直くんはもちろんだけど尚孝くんにとってもいいことだったと思うよ」

「そうだな。彼自身も忘れられない出来事をずっと心の中に留めておくのは辛かっただろうからな」

「話し相手がいるだけで気持ちは変わるもんね」

「ああ。とにかく、直くんのことに関してはやるべきことはやったから、あとはあちらの気持ちが整うのを待つだけだ」

たとえ、それが数年かかろうとも、私たちは家族として直くんを支えながら待ち続ければいい。

「卓さん……」

「絢斗……」

どちらからともなく唇を重ねると優しくも甘いキスがどんどん激しさを増していく。
一生離れないと身体に、心に刻み込むように深く絡み合いながらキスを続けた。

苦しげな絢斗の吐息にゆっくりと唇を離すと、絢斗は力の抜けた腕で私に抱きついてくれた。

「本当に、幸せ……」

「ああ、私もだよ」

絢斗は私の言葉に安心したようにスーッと眠りに落ちていった。

少し心が晴れやかになったおかげか、ぐっすりと熟睡した私はのんびりとした朝を迎えていた。

まだ腕の中で気持ちよさそうに深い眠りについている絢斗の寝顔を堪能していると、突然ベッド横のテーブルに置いていたスマホが通知を知らせた。

そっとスマホを手に取り、画面表示を見た途端、私の心が大きく跳ねるのがわかった。

<櫻葉会長 メッセージ一件>

待ち焦がれていたけれど、こんなに早いとは思わなかった。

震える手でメッセージを開くと、

<直純くんのことについて、お話ししたいことがあります。急ぎでは無いので都合のいい時にでも連絡をください>

と書かれている。

急ぎではないと書かれているが、これは良い知らせだろうか……。それとも……。

それでも私は連絡すること以外、考えられなかった。

そして、私は彼に直接電話をかけることにした。
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