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征哉くんの苦悩と素晴らしい提案

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<一花よりも幸せな日々を過ごしていたからといって、それが彼のせいではないことはわかっていました。一花よりも幼い彼に犯人たちへ向けるはずの憎しみを向けてしまうことがどれだけ大人げないことか……。それでも自分の感情を制御できなかったのは、一花の苦しみも櫻葉夫妻の苦しみもどこにもぶつけられないことがわかっていたから。そんなやり場のない怒りを幼い直純くんに向けてしまっていたことは申し訳なく思っています>

彼の苦悩がよく感じられる。
この子は悪くないとわかっていても、どうしても堪えきれない怒りを出さずにはいられなかったんだろう。
それに気づいてくれただけでも今は十分だ。

<一花が実の父親である櫻葉さんと無事に対面を果たし、そして、母親の麻友子さんのお墓にも挨拶ができ、ようやく人並みの幸せを感じられたことで、自分の中で直純くんに対して持っていた蟠りのようなものが消えつつありました。それでもこちらから連絡することは躊躇ってしまったのですが、つい先日、直純くんと会って話をしてきたと母から告げられました。その内容に衝撃を受けたのです>

そうか……未知子さんが。
直純くんと一花くんをいつか会わせたいと仰っていたが、こんなにも早く動いてくれたのだな。

<一花を誘拐する見返りに実行犯の女から渡された金で、何不自由なく生活しているとばかり思っていた彼が、実の母から虐待に遭っていたという事実に耳を疑いました。あの日、母親の犯罪を知って嫌悪感を露わに糾弾していた姿を見ると、どうしても虐待されていたとは想像にもできませんでした。けれど、ずっと母親が正しいと洗脳され続けていた直純くんにとって、母親が犯罪者だということを理解した瞬間、感情が一時的に爆発してしまったのだと母から説明を受けて、私もそのようなことが有り得るのだと言うことを思い出しました。そして、洗脳はその一時的な感情だけでは全て解けることがないということも理解しています>

あの時の直純くんの姿は彼にはそのように見えていたのだな。
きっと怒りと憎しみで正常な判断ができていなかったのだろう。
普段の征哉くんならきっと、直純くんの異常さにも気づいていただろうがそれができなかったのは一花くんの盲目な愛だろうか。

<一花も、そして直純くんもどちらも酷い大人たちに不幸を強いられてきた被害者であることに変わりはなかったのだとようやく気づきました。その上で、なんの蟠りを持たずに一人の人間として直純くんと話をしてみたいと思ったのです。いつの日か、母が希望するように一花と直純くんを会わせられるように。そのために直純くんと話をする時間を作っていただこうと思ってご連絡差し上げました>

征哉くんは大人として気持ちを切り替えることもできるだろうが……。
父親から別れを告げられたばかりの直純くんに、征哉くんと会わせるのは忍びない。
直純くんの心が持つかも心配だ。

<けれど、まだ虐待の傷も癒えず、母親の洗脳も完全に解けたわけではない直純くんに、敵方であった私とこんなにも早く対面させることは磯山先生の本意ではないでしょう。ですから、先に一度谷垣くんと直純くんを会わせていただけないでしょうか? きっと彼ならば、一花に罪悪感を持つ者同士、直純くんも本音を語れるのではないかと思うのです。もちろんこれは谷垣くん自身も了承の上でのお話です>

あの谷垣くんが、直純くんと……。
なるほど。確かに彼ならば、一花くんの罪悪感に苦しむ直純くんを一番理解できるかもしれない。

私は征哉くんの提案を受け入れ、直純くんとの対面の場を用意することにした。

土曜日の午後なら、私も昇も何かあればすぐに対処ができる。

「絢斗……征哉くんからこういう提案が来ているのだが……」

谷垣くんと一花くんとの関係については前もって話をしておいたから、絢斗はその話に

「うん、いいんじゃないかな。誰かに思いを伝えられることで直くんだけじゃなくて、谷垣さんも気持ちが楽になると思うし、どちらにとってもいいことだと思うよ」

と喜んで賛成してくれた。

「征哉さんもいい提案をしてくれたね」

「おそらくこれは彼の秘書の志摩くんからの提案だと思うよ」

「えっ? そうなの?」

「ああ、志摩くんは谷垣くんの恋人だそうだから」

未知子さんにちらっと聞いたことがある。
だから、谷垣くんはきっと志摩くんの愛があったから立ち直るのも早かったのかもしれないと思っていたんだ。

「そっか、そうなんだ。じゃあ、その日はきっと志摩くんも一緒だね」

「んっ? ああ、そうだな。きっとそうに違いない」

志摩くんが愛しい恋人を一人でここに来させるわけがないからな。
昇にもこのことは話しておくことにするか。

私は征哉くんにメールを送り、パソコンを閉じた。
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