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僕を、ここに置いてくださいっ!
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<side磯山>
迫田さんを乗せた車が遠ざかっていく。
直純くんは必死に涙を堪えているが、
「悲しい時は我慢しなくていいんだよ」
と声をかけると、ようやく子どもらしい表情を見せ大粒の涙を流した。
一花くんはもちろん長い間辛い目に遭い、不幸な人生を歩んできたが、この子も可哀想な運命であることに変わりはない。
しかも、親に裏切られ置き去りにされたのはかなりの傷となったことだろう。
なんとかしてやりたいと思うのは私のエゴかもしれない。
だが、目の前で必死に寂しさと戦う子どもの姿には心が揺れ動いてしまう。
「櫻葉さん、少しご相談があるのですが……」
「磯山先生、なんでしょう?」
「直純くんをこのまましばらく私に預けていただけませんか?」
「「えっ?」」
私の言葉に、櫻葉さんだけでなく、征哉くんもまた驚きの表情を向けた。
「磯山先生、本気ですか?」
「もちろんです。正直なところを申しますと、中学生の直純くんを受け入れてくれる児童養護施設をすぐに探すのはかなり難しいのです。母親が養育できないとしても本来ならば父親が養育できる立場にあり、虐待とされているとか経済的に困難であるというわけでもないのですからね。児童養護施設以外にも中高生が大部分を占める施設は児童自立支援施設というものありますが、素行不良の子どもたちが多く入るところですから、直純くんには合わないかと。一朝一夕で見つかるとも思えませんし、その間直純くんの面倒を見る人が必要でしょう?」
「確かにその通りですが……」
「それに、今夜にも一報が入るのでしょう? だったら、尚更ここから動かないほうがいいですよ。ここにいればマスコミに見つかることもないですし、絶対に直純くんには近づけさせません」
そういうと、櫻葉さんは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「磯山先生がそこまで仰ってくださるのでしたら私としては異論はありませんが、その……一緒にお住まいのパートナーさんに一度お尋ねしなくてもよろしいのですか?」
「ああ、それなら問題ありません。彼も教育者ですから、勉学意欲のある子を突き放したりはしませんよ」
絢斗なら絶対にNOとは言わない。
逆に引き取らなかった方が怒りそうだ。
絢斗はそういう人間だと私が一番よくわかっている。
「そう、ですね……磯山先生がよろしいのでしたら、私からは何も。なぁ、征哉くん」
「はい。そうですね。実際、今日すぐに直純くんを受け入れてくれるところは見つかっていませんし」
「それではあとは直純くん自身の気持ちですね。直純くん、どうかな? ここでしばらく一緒に暮らさないか?」
「あ、あの……」
「遠慮しないで本当のことを言っていいんだよ」
彼の前にしゃがみ込み、そう告げると彼は意を決した表情をしながら
「僕を、ここに置いてくださいっ!!」
と言ってくれた。
「これで決まりだな」
そう言って頭を撫でると、ようやく彼はホッとしたように小さな笑顔を見せてくれた。
「磯山先生、櫻葉会長。母にこれからのことを説明しなければいけないので私は先に失礼します」
「ああ、征哉くん。今日はありがとう。偶然だったが、君がいてくれて助かったよ」
一花くんのことが心配なのか足早に帰ろうとする征哉くんに急いでお礼の言葉を告げると、すぐ隣から櫻葉さんが声をかけた。
「ちょっと待ってくれ、征哉くん。車に一花への贈り物を置いてるんだ。それを持って帰ってくれ」
「それなら我が家に来ませんか? 一花も喜びますし、私と母が席を外している間、一緒にいていただけたら安心ですから」
「そうか? なら、お邪魔しようか」
「お邪魔だなんて、いつでも一花に会いに来てくださっていいんですよ」
「そうか、ありがとう。じゃあ、磯山先生、私も失礼しよう。何かあれば連絡してください」
「わかりました。気をつけておかえりください」
そう言って見送ると、部屋の中にしんと静寂が走った。
「あ、あの……」
「緊張しなくていいよ。この事務所の二階が自宅になっているんだ。しばらくはここを自分の家だと思って過ごしてくれたらいい。紹介したい人もいるから、おいで。案内しよう」
彼に手を差し出すと、おずおずと手を伸ばしてくれた。
その手を握り、事務所を出て自宅に戻る。
絢斗はどんな反応を見せてくれるだろうな。
<side直純>
母さんが犯罪者だったと知って辛かった。
母さんのせいで苦しんだ一花さんも、そしてその家族にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
母さんが少しでもその人たちに悪いことをしたと反省して、心からの謝罪をしてくれたら、僕も少しは母さんへの愛情も残ったかもしれない。
でも、事実を突きつけられた母さんは僕の声が聞こえていたのに、僕を見捨てて逃げようとした。
あの時に、ほんのわずか残っていた母さんへの愛情も全て消えてしまった。
パトカーに乗せられていく姿を見ても、何の感情も湧かなかった。
これでもう二度と会わないんだろうなという冷めた気持ち。
家族が壊れてしまったことだけが何よりも辛かった。
日本で仕事ができなくなった父さんが中東に行くことが決まって、僕は日本に置いていかれることになった。
母さんに捨てられた時のような絶望はなかったけれど、それでも一気に両親を失うことは僕にとっては辛いことだった。
でも、その時に優しい手を差し伸べてくれたのは、磯山先生だったんだ。
――ここで一緒に暮らさないか?
そう言ってくれた時の磯山先生の優しい顔。
そして、頭を撫でてくれた時の優しい温もり。
僕は今日のこの日を一生忘れない。
みんないなくなり、磯山先生に連れられて二階にあるという自宅にいく。
その間、ずっと手は握られたままで、なんだかちょっと照れる。
でも自分からは離したくない。
そんな穏やかで心地よい温もりだった。
「絢斗。ただいま」
「卓さん、お帰りなさい……って、この子は?」
「今日からしばらくうちで預かることになった、直純くんだよ」
僕たちを出迎えてくれたのは、優しくて綺麗な顔立ちをした男性。
あれ? パートナーって言ってたけど、そういえば彼って言ってたっけ?
仕事のパートナーってことなのかな?
よくわからないけれど、優しそうだってことだけはわかる。
それでも突然預かるだなんて言われて気を悪くしないだろうか?
緊張しながらも、その人の目を見ながら
「あの、迫田直純です。しばらくお世話になります!」
と頭を下げると、
「ふふっ。直純くんだね。よろしく。私は絢斗。名前で呼んでね」
「えっ、あの……」
いいのかな? と思って、磯山先生を見上げると、
「本人が言っているから名前で呼ぶといいよ」
と笑顔で言ってくれた。
「あ、じゃあ……絢斗、さん……よろしくお願いします」
「――っ、直純くん! 可愛いっ!!」
「えっ? わっ!!」
気づけば、僕は絢斗さんに抱きしめられていた。
「絢斗、直純くんが驚いているぞ」
「あっ、ごめんね。直純くんが可愛くてつい……」
「い、いえ。大丈夫です」
そう答えつつも、僕はなんだか嬉しかった。
だって、さっき頭を撫でてくれた磯山先生と同じ優しい温もりがしたから。
ああ、この人も信じられる。
そう思えたんだ。
「直純くんの部屋に案内しよう。絢斗、あの部屋を使わせていいだろう?」
「うん。大丈夫だよ」
あの部屋ってどこだろう?
ドキドキしながら案内されたのは、なんだかとっても可愛い部屋。
それにとってもいい匂いがする。
「ここ……」
「絢斗の趣味部屋なんだよ。仕事の合間にリースを作ったり、アロマキャンドルを作ったり……その材料を置いているから少し狭いけどね。ベッドもあるからそこを使ってくれたらいい。近いうちに空いている部屋を直純くん用に整えるからそれまでの間だけここで我慢してくれるかな」
「そんな我慢だなんて……っ、僕の前の部屋よりずっとずっと居心地がいいです」
家族で住んでいたあの家は、確かに広くていい家だったけど……僕の部屋のものは全て母さんが整えていてずっと母さんに監視されているような、そんなプレッシャーがあった。
野球やバスケをしたかったけど、習い事は小学生の頃からずっと週二回のそろばんとピアノに英会話、それに書道と進学塾で一週間がほぼ埋まってて運動する時間がなかった。
部屋には大きなピアノが置かれていて、毎日練習するように言われていたし……ピアノ自体は嫌いじゃないけど、朝起きてピアノを見るのは憂鬱になっていた。
あの部屋に比べると、ここはすごく心地良い。
何よりリラックスできる匂いがする。
「ふふっ。リースやアロマキャンドル、作ってみる?」
「良いんですか?」
「もちろん! 興味を持ってくれるのが嬉しいよ」
「じゃあ、絢斗。直純くんを頼むよ。私は食事を用意しておこう」
「わかりました」
磯山先生は優しい笑顔を見せると扉を閉めて出ていった。
二人っきりになって、ちょとドキドキする。
「直純くん、どっちから作ってみる?」
「えっ、あっ、じゃあリースから……」
「オッケー。じゃあ、こっちに来て、好きな材料選んでね」
「わぁ、材料いっぱいですね。リボンとか花とか、葉っぱもいっぱい!」
思った以上にいっぱいあって悩んでしまったけれど、やっと選んだのは大きさのまちまちな真っ白な薔薇の造花。
そして、小さな紫色の木の実みたいなものと緑の葉っぱ。
それにクリーム色のリボン。
「こんな感じでもできますか?」
「良いね! 可愛いのができそう!! その材料をこの土台につけていくんだよ」
土台に、接着剤をつけた葉っぱを巻きつけて、いろんな大きさの薔薇をバランスよく接着剤でくっつけていく。
「楽しいっ!!」
「バランスがとっても良いから見栄えがいいよ! 本当に直純くん、初めて? 上手だよ!」
手放しで褒めてもらえるのがとっても嬉しい。
でも、失敗しないかすっごく集中しちゃうなぁ。
「あ、あの……」
「どうした?」
「いや、あの……これ、弁護士さんの仕事の合間にやってるんですか? どっちも集中するから疲れたりしないですか?」
「えっ? 弁護士?」
あれ?
なんだかすっごく驚いてる。
なんで?
「えっ? だって、先生が絢斗さんのこと、パートナーだって……。それって仕事のパートナーってことですよね?」
「ああーっ、なるほど。そういうことか。ふふっ。パートナーは合ってるんだけどね。仕事のってことではないんだよ。まぁ、似てるけどね」
「似てる? どういうことですか?」
「直純くん、桜城大学って知ってる?」
「はい。もちろんです。将来僕もそこに行けたらなって思ってましたけど……でも、もう無理かも」
「そんなことないよ。大学は行きたい人が行くところだからね。私はそこで教授をしてるんだよ。法学部だから、法律関係ってことで言えば、卓さんとは仕事は似てるかもね」
「えっ? 絢斗さんが……教授?」
思いもかけない言葉に僕は驚きすぎて目を丸くしてしまった。
迫田さんを乗せた車が遠ざかっていく。
直純くんは必死に涙を堪えているが、
「悲しい時は我慢しなくていいんだよ」
と声をかけると、ようやく子どもらしい表情を見せ大粒の涙を流した。
一花くんはもちろん長い間辛い目に遭い、不幸な人生を歩んできたが、この子も可哀想な運命であることに変わりはない。
しかも、親に裏切られ置き去りにされたのはかなりの傷となったことだろう。
なんとかしてやりたいと思うのは私のエゴかもしれない。
だが、目の前で必死に寂しさと戦う子どもの姿には心が揺れ動いてしまう。
「櫻葉さん、少しご相談があるのですが……」
「磯山先生、なんでしょう?」
「直純くんをこのまましばらく私に預けていただけませんか?」
「「えっ?」」
私の言葉に、櫻葉さんだけでなく、征哉くんもまた驚きの表情を向けた。
「磯山先生、本気ですか?」
「もちろんです。正直なところを申しますと、中学生の直純くんを受け入れてくれる児童養護施設をすぐに探すのはかなり難しいのです。母親が養育できないとしても本来ならば父親が養育できる立場にあり、虐待とされているとか経済的に困難であるというわけでもないのですからね。児童養護施設以外にも中高生が大部分を占める施設は児童自立支援施設というものありますが、素行不良の子どもたちが多く入るところですから、直純くんには合わないかと。一朝一夕で見つかるとも思えませんし、その間直純くんの面倒を見る人が必要でしょう?」
「確かにその通りですが……」
「それに、今夜にも一報が入るのでしょう? だったら、尚更ここから動かないほうがいいですよ。ここにいればマスコミに見つかることもないですし、絶対に直純くんには近づけさせません」
そういうと、櫻葉さんは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「磯山先生がそこまで仰ってくださるのでしたら私としては異論はありませんが、その……一緒にお住まいのパートナーさんに一度お尋ねしなくてもよろしいのですか?」
「ああ、それなら問題ありません。彼も教育者ですから、勉学意欲のある子を突き放したりはしませんよ」
絢斗なら絶対にNOとは言わない。
逆に引き取らなかった方が怒りそうだ。
絢斗はそういう人間だと私が一番よくわかっている。
「そう、ですね……磯山先生がよろしいのでしたら、私からは何も。なぁ、征哉くん」
「はい。そうですね。実際、今日すぐに直純くんを受け入れてくれるところは見つかっていませんし」
「それではあとは直純くん自身の気持ちですね。直純くん、どうかな? ここでしばらく一緒に暮らさないか?」
「あ、あの……」
「遠慮しないで本当のことを言っていいんだよ」
彼の前にしゃがみ込み、そう告げると彼は意を決した表情をしながら
「僕を、ここに置いてくださいっ!!」
と言ってくれた。
「これで決まりだな」
そう言って頭を撫でると、ようやく彼はホッとしたように小さな笑顔を見せてくれた。
「磯山先生、櫻葉会長。母にこれからのことを説明しなければいけないので私は先に失礼します」
「ああ、征哉くん。今日はありがとう。偶然だったが、君がいてくれて助かったよ」
一花くんのことが心配なのか足早に帰ろうとする征哉くんに急いでお礼の言葉を告げると、すぐ隣から櫻葉さんが声をかけた。
「ちょっと待ってくれ、征哉くん。車に一花への贈り物を置いてるんだ。それを持って帰ってくれ」
「それなら我が家に来ませんか? 一花も喜びますし、私と母が席を外している間、一緒にいていただけたら安心ですから」
「そうか? なら、お邪魔しようか」
「お邪魔だなんて、いつでも一花に会いに来てくださっていいんですよ」
「そうか、ありがとう。じゃあ、磯山先生、私も失礼しよう。何かあれば連絡してください」
「わかりました。気をつけておかえりください」
そう言って見送ると、部屋の中にしんと静寂が走った。
「あ、あの……」
「緊張しなくていいよ。この事務所の二階が自宅になっているんだ。しばらくはここを自分の家だと思って過ごしてくれたらいい。紹介したい人もいるから、おいで。案内しよう」
彼に手を差し出すと、おずおずと手を伸ばしてくれた。
その手を握り、事務所を出て自宅に戻る。
絢斗はどんな反応を見せてくれるだろうな。
<side直純>
母さんが犯罪者だったと知って辛かった。
母さんのせいで苦しんだ一花さんも、そしてその家族にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
母さんが少しでもその人たちに悪いことをしたと反省して、心からの謝罪をしてくれたら、僕も少しは母さんへの愛情も残ったかもしれない。
でも、事実を突きつけられた母さんは僕の声が聞こえていたのに、僕を見捨てて逃げようとした。
あの時に、ほんのわずか残っていた母さんへの愛情も全て消えてしまった。
パトカーに乗せられていく姿を見ても、何の感情も湧かなかった。
これでもう二度と会わないんだろうなという冷めた気持ち。
家族が壊れてしまったことだけが何よりも辛かった。
日本で仕事ができなくなった父さんが中東に行くことが決まって、僕は日本に置いていかれることになった。
母さんに捨てられた時のような絶望はなかったけれど、それでも一気に両親を失うことは僕にとっては辛いことだった。
でも、その時に優しい手を差し伸べてくれたのは、磯山先生だったんだ。
――ここで一緒に暮らさないか?
そう言ってくれた時の磯山先生の優しい顔。
そして、頭を撫でてくれた時の優しい温もり。
僕は今日のこの日を一生忘れない。
みんないなくなり、磯山先生に連れられて二階にあるという自宅にいく。
その間、ずっと手は握られたままで、なんだかちょっと照れる。
でも自分からは離したくない。
そんな穏やかで心地よい温もりだった。
「絢斗。ただいま」
「卓さん、お帰りなさい……って、この子は?」
「今日からしばらくうちで預かることになった、直純くんだよ」
僕たちを出迎えてくれたのは、優しくて綺麗な顔立ちをした男性。
あれ? パートナーって言ってたけど、そういえば彼って言ってたっけ?
仕事のパートナーってことなのかな?
よくわからないけれど、優しそうだってことだけはわかる。
それでも突然預かるだなんて言われて気を悪くしないだろうか?
緊張しながらも、その人の目を見ながら
「あの、迫田直純です。しばらくお世話になります!」
と頭を下げると、
「ふふっ。直純くんだね。よろしく。私は絢斗。名前で呼んでね」
「えっ、あの……」
いいのかな? と思って、磯山先生を見上げると、
「本人が言っているから名前で呼ぶといいよ」
と笑顔で言ってくれた。
「あ、じゃあ……絢斗、さん……よろしくお願いします」
「――っ、直純くん! 可愛いっ!!」
「えっ? わっ!!」
気づけば、僕は絢斗さんに抱きしめられていた。
「絢斗、直純くんが驚いているぞ」
「あっ、ごめんね。直純くんが可愛くてつい……」
「い、いえ。大丈夫です」
そう答えつつも、僕はなんだか嬉しかった。
だって、さっき頭を撫でてくれた磯山先生と同じ優しい温もりがしたから。
ああ、この人も信じられる。
そう思えたんだ。
「直純くんの部屋に案内しよう。絢斗、あの部屋を使わせていいだろう?」
「うん。大丈夫だよ」
あの部屋ってどこだろう?
ドキドキしながら案内されたのは、なんだかとっても可愛い部屋。
それにとってもいい匂いがする。
「ここ……」
「絢斗の趣味部屋なんだよ。仕事の合間にリースを作ったり、アロマキャンドルを作ったり……その材料を置いているから少し狭いけどね。ベッドもあるからそこを使ってくれたらいい。近いうちに空いている部屋を直純くん用に整えるからそれまでの間だけここで我慢してくれるかな」
「そんな我慢だなんて……っ、僕の前の部屋よりずっとずっと居心地がいいです」
家族で住んでいたあの家は、確かに広くていい家だったけど……僕の部屋のものは全て母さんが整えていてずっと母さんに監視されているような、そんなプレッシャーがあった。
野球やバスケをしたかったけど、習い事は小学生の頃からずっと週二回のそろばんとピアノに英会話、それに書道と進学塾で一週間がほぼ埋まってて運動する時間がなかった。
部屋には大きなピアノが置かれていて、毎日練習するように言われていたし……ピアノ自体は嫌いじゃないけど、朝起きてピアノを見るのは憂鬱になっていた。
あの部屋に比べると、ここはすごく心地良い。
何よりリラックスできる匂いがする。
「ふふっ。リースやアロマキャンドル、作ってみる?」
「良いんですか?」
「もちろん! 興味を持ってくれるのが嬉しいよ」
「じゃあ、絢斗。直純くんを頼むよ。私は食事を用意しておこう」
「わかりました」
磯山先生は優しい笑顔を見せると扉を閉めて出ていった。
二人っきりになって、ちょとドキドキする。
「直純くん、どっちから作ってみる?」
「えっ、あっ、じゃあリースから……」
「オッケー。じゃあ、こっちに来て、好きな材料選んでね」
「わぁ、材料いっぱいですね。リボンとか花とか、葉っぱもいっぱい!」
思った以上にいっぱいあって悩んでしまったけれど、やっと選んだのは大きさのまちまちな真っ白な薔薇の造花。
そして、小さな紫色の木の実みたいなものと緑の葉っぱ。
それにクリーム色のリボン。
「こんな感じでもできますか?」
「良いね! 可愛いのができそう!! その材料をこの土台につけていくんだよ」
土台に、接着剤をつけた葉っぱを巻きつけて、いろんな大きさの薔薇をバランスよく接着剤でくっつけていく。
「楽しいっ!!」
「バランスがとっても良いから見栄えがいいよ! 本当に直純くん、初めて? 上手だよ!」
手放しで褒めてもらえるのがとっても嬉しい。
でも、失敗しないかすっごく集中しちゃうなぁ。
「あ、あの……」
「どうした?」
「いや、あの……これ、弁護士さんの仕事の合間にやってるんですか? どっちも集中するから疲れたりしないですか?」
「えっ? 弁護士?」
あれ?
なんだかすっごく驚いてる。
なんで?
「えっ? だって、先生が絢斗さんのこと、パートナーだって……。それって仕事のパートナーってことですよね?」
「ああーっ、なるほど。そういうことか。ふふっ。パートナーは合ってるんだけどね。仕事のってことではないんだよ。まぁ、似てるけどね」
「似てる? どういうことですか?」
「直純くん、桜城大学って知ってる?」
「はい。もちろんです。将来僕もそこに行けたらなって思ってましたけど……でも、もう無理かも」
「そんなことないよ。大学は行きたい人が行くところだからね。私はそこで教授をしてるんだよ。法学部だから、法律関係ってことで言えば、卓さんとは仕事は似てるかもね」
「えっ? 絢斗さんが……教授?」
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