1 / 677
僕を、ここに置いてくださいっ!
しおりを挟む
<side磯山>
迫田さんを乗せた車が遠ざかっていく。
直純くんは必死に涙を堪えているが、
「悲しい時は我慢しなくていいんだよ」
と声をかけると、ようやく子どもらしい表情を見せ大粒の涙を流した。
一花くんはもちろん長い間辛い目に遭い、不幸な人生を歩んできたが、この子も可哀想な運命であることに変わりはない。
しかも、親に裏切られ置き去りにされたのはかなりの傷となったことだろう。
なんとかしてやりたいと思うのは私のエゴかもしれない。
だが、目の前で必死に寂しさと戦う子どもの姿には心が揺れ動いてしまう。
「櫻葉さん、少しご相談があるのですが……」
「磯山先生、なんでしょう?」
「直純くんをこのまましばらく私に預けていただけませんか?」
「「えっ?」」
私の言葉に、櫻葉さんだけでなく、征哉くんもまた驚きの表情を向けた。
「磯山先生、本気ですか?」
「もちろんです。正直なところを申しますと、中学生の直純くんを受け入れてくれる児童養護施設をすぐに探すのはかなり難しいのです。母親が養育できないとしても本来ならば父親が養育できる立場にあり、虐待とされているとか経済的に困難であるというわけでもないのですからね。児童養護施設以外にも中高生が大部分を占める施設は児童自立支援施設というものありますが、素行不良の子どもたちが多く入るところですから、直純くんには合わないかと。一朝一夕で見つかるとも思えませんし、その間直純くんの面倒を見る人が必要でしょう?」
「確かにその通りですが……」
「それに、今夜にも一報が入るのでしょう? だったら、尚更ここから動かないほうがいいですよ。ここにいればマスコミに見つかることもないですし、絶対に直純くんには近づけさせません」
そういうと、櫻葉さんは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「磯山先生がそこまで仰ってくださるのでしたら私としては異論はありませんが、その……一緒にお住まいのパートナーさんに一度お尋ねしなくてもよろしいのですか?」
「ああ、それなら問題ありません。彼も教育者ですから、勉学意欲のある子を突き放したりはしませんよ」
絢斗なら絶対にNOとは言わない。
逆に引き取らなかった方が怒りそうだ。
絢斗はそういう人間だと私が一番よくわかっている。
「そう、ですね……磯山先生がよろしいのでしたら、私からは何も。なぁ、征哉くん」
「はい。そうですね。実際、今日すぐに直純くんを受け入れてくれるところは見つかっていませんし」
「それではあとは直純くん自身の気持ちですね。直純くん、どうかな? ここでしばらく一緒に暮らさないか?」
「あ、あの……」
「遠慮しないで本当のことを言っていいんだよ」
彼の前にしゃがみ込み、そう告げると彼は意を決した表情をしながら
「僕を、ここに置いてくださいっ!!」
と言ってくれた。
「これで決まりだな」
そう言って頭を撫でると、ようやく彼はホッとしたように小さな笑顔を見せてくれた。
「磯山先生、櫻葉会長。母にこれからのことを説明しなければいけないので私は先に失礼します」
「ああ、征哉くん。今日はありがとう。偶然だったが、君がいてくれて助かったよ」
一花くんのことが心配なのか足早に帰ろうとする征哉くんに急いでお礼の言葉を告げると、すぐ隣から櫻葉さんが声をかけた。
「ちょっと待ってくれ、征哉くん。車に一花への贈り物を置いてるんだ。それを持って帰ってくれ」
「それなら我が家に来ませんか? 一花も喜びますし、私と母が席を外している間、一緒にいていただけたら安心ですから」
「そうか? なら、お邪魔しようか」
「お邪魔だなんて、いつでも一花に会いに来てくださっていいんですよ」
「そうか、ありがとう。じゃあ、磯山先生、私も失礼しよう。何かあれば連絡してください」
「わかりました。気をつけておかえりください」
そう言って見送ると、部屋の中にしんと静寂が走った。
「あ、あの……」
「緊張しなくていいよ。この事務所の二階が自宅になっているんだ。しばらくはここを自分の家だと思って過ごしてくれたらいい。紹介したい人もいるから、おいで。案内しよう」
彼に手を差し出すと、おずおずと手を伸ばしてくれた。
その手を握り、事務所を出て自宅に戻る。
絢斗はどんな反応を見せてくれるだろうな。
<side直純>
母さんが犯罪者だったと知って辛かった。
母さんのせいで苦しんだ一花さんも、そしてその家族にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
母さんが少しでもその人たちに悪いことをしたと反省して、心からの謝罪をしてくれたら、僕も少しは母さんへの愛情も残ったかもしれない。
でも、事実を突きつけられた母さんは僕の声が聞こえていたのに、僕を見捨てて逃げようとした。
あの時に、ほんのわずか残っていた母さんへの愛情も全て消えてしまった。
パトカーに乗せられていく姿を見ても、何の感情も湧かなかった。
これでもう二度と会わないんだろうなという冷めた気持ち。
家族が壊れてしまったことだけが何よりも辛かった。
日本で仕事ができなくなった父さんが中東に行くことが決まって、僕は日本に置いていかれることになった。
母さんに捨てられた時のような絶望はなかったけれど、それでも一気に両親を失うことは僕にとっては辛いことだった。
でも、その時に優しい手を差し伸べてくれたのは、磯山先生だったんだ。
――ここで一緒に暮らさないか?
そう言ってくれた時の磯山先生の優しい顔。
そして、頭を撫でてくれた時の優しい温もり。
僕は今日のこの日を一生忘れない。
みんないなくなり、磯山先生に連れられて二階にあるという自宅にいく。
その間、ずっと手は握られたままで、なんだかちょっと照れる。
でも自分からは離したくない。
そんな穏やかで心地よい温もりだった。
「絢斗。ただいま」
「卓さん、お帰りなさい……って、この子は?」
「今日からしばらくうちで預かることになった、直純くんだよ」
僕たちを出迎えてくれたのは、優しくて綺麗な顔立ちをした男性。
あれ? パートナーって言ってたけど、そういえば彼って言ってたっけ?
仕事のパートナーってことなのかな?
よくわからないけれど、優しそうだってことだけはわかる。
それでも突然預かるだなんて言われて気を悪くしないだろうか?
緊張しながらも、その人の目を見ながら
「あの、迫田直純です。しばらくお世話になります!」
と頭を下げると、
「ふふっ。直純くんだね。よろしく。私は絢斗。名前で呼んでね」
「えっ、あの……」
いいのかな? と思って、磯山先生を見上げると、
「本人が言っているから名前で呼ぶといいよ」
と笑顔で言ってくれた。
「あ、じゃあ……絢斗、さん……よろしくお願いします」
「――っ、直純くん! 可愛いっ!!」
「えっ? わっ!!」
気づけば、僕は絢斗さんに抱きしめられていた。
「絢斗、直純くんが驚いているぞ」
「あっ、ごめんね。直純くんが可愛くてつい……」
「い、いえ。大丈夫です」
そう答えつつも、僕はなんだか嬉しかった。
だって、さっき頭を撫でてくれた磯山先生と同じ優しい温もりがしたから。
ああ、この人も信じられる。
そう思えたんだ。
「直純くんの部屋に案内しよう。絢斗、あの部屋を使わせていいだろう?」
「うん。大丈夫だよ」
あの部屋ってどこだろう?
ドキドキしながら案内されたのは、なんだかとっても可愛い部屋。
それにとってもいい匂いがする。
「ここ……」
「絢斗の趣味部屋なんだよ。仕事の合間にリースを作ったり、アロマキャンドルを作ったり……その材料を置いているから少し狭いけどね。ベッドもあるからそこを使ってくれたらいい。近いうちに空いている部屋を直純くん用に整えるからそれまでの間だけここで我慢してくれるかな」
「そんな我慢だなんて……っ、僕の前の部屋よりずっとずっと居心地がいいです」
家族で住んでいたあの家は、確かに広くていい家だったけど……僕の部屋のものは全て母さんが整えていてずっと母さんに監視されているような、そんなプレッシャーがあった。
野球やバスケをしたかったけど、習い事は小学生の頃からずっと週二回のそろばんとピアノに英会話、それに書道と進学塾で一週間がほぼ埋まってて運動する時間がなかった。
部屋には大きなピアノが置かれていて、毎日練習するように言われていたし……ピアノ自体は嫌いじゃないけど、朝起きてピアノを見るのは憂鬱になっていた。
あの部屋に比べると、ここはすごく心地良い。
何よりリラックスできる匂いがする。
「ふふっ。リースやアロマキャンドル、作ってみる?」
「良いんですか?」
「もちろん! 興味を持ってくれるのが嬉しいよ」
「じゃあ、絢斗。直純くんを頼むよ。私は食事を用意しておこう」
「わかりました」
磯山先生は優しい笑顔を見せると扉を閉めて出ていった。
二人っきりになって、ちょとドキドキする。
「直純くん、どっちから作ってみる?」
「えっ、あっ、じゃあリースから……」
「オッケー。じゃあ、こっちに来て、好きな材料選んでね」
「わぁ、材料いっぱいですね。リボンとか花とか、葉っぱもいっぱい!」
思った以上にいっぱいあって悩んでしまったけれど、やっと選んだのは大きさのまちまちな真っ白な薔薇の造花。
そして、小さな紫色の木の実みたいなものと緑の葉っぱ。
それにクリーム色のリボン。
「こんな感じでもできますか?」
「良いね! 可愛いのができそう!! その材料をこの土台につけていくんだよ」
土台に、接着剤をつけた葉っぱを巻きつけて、いろんな大きさの薔薇をバランスよく接着剤でくっつけていく。
「楽しいっ!!」
「バランスがとっても良いから見栄えがいいよ! 本当に直純くん、初めて? 上手だよ!」
手放しで褒めてもらえるのがとっても嬉しい。
でも、失敗しないかすっごく集中しちゃうなぁ。
「あ、あの……」
「どうした?」
「いや、あの……これ、弁護士さんの仕事の合間にやってるんですか? どっちも集中するから疲れたりしないですか?」
「えっ? 弁護士?」
あれ?
なんだかすっごく驚いてる。
なんで?
「えっ? だって、先生が絢斗さんのこと、パートナーだって……。それって仕事のパートナーってことですよね?」
「ああーっ、なるほど。そういうことか。ふふっ。パートナーは合ってるんだけどね。仕事のってことではないんだよ。まぁ、似てるけどね」
「似てる? どういうことですか?」
「直純くん、桜城大学って知ってる?」
「はい。もちろんです。将来僕もそこに行けたらなって思ってましたけど……でも、もう無理かも」
「そんなことないよ。大学は行きたい人が行くところだからね。私はそこで教授をしてるんだよ。法学部だから、法律関係ってことで言えば、卓さんとは仕事は似てるかもね」
「えっ? 絢斗さんが……教授?」
思いもかけない言葉に僕は驚きすぎて目を丸くしてしまった。
迫田さんを乗せた車が遠ざかっていく。
直純くんは必死に涙を堪えているが、
「悲しい時は我慢しなくていいんだよ」
と声をかけると、ようやく子どもらしい表情を見せ大粒の涙を流した。
一花くんはもちろん長い間辛い目に遭い、不幸な人生を歩んできたが、この子も可哀想な運命であることに変わりはない。
しかも、親に裏切られ置き去りにされたのはかなりの傷となったことだろう。
なんとかしてやりたいと思うのは私のエゴかもしれない。
だが、目の前で必死に寂しさと戦う子どもの姿には心が揺れ動いてしまう。
「櫻葉さん、少しご相談があるのですが……」
「磯山先生、なんでしょう?」
「直純くんをこのまましばらく私に預けていただけませんか?」
「「えっ?」」
私の言葉に、櫻葉さんだけでなく、征哉くんもまた驚きの表情を向けた。
「磯山先生、本気ですか?」
「もちろんです。正直なところを申しますと、中学生の直純くんを受け入れてくれる児童養護施設をすぐに探すのはかなり難しいのです。母親が養育できないとしても本来ならば父親が養育できる立場にあり、虐待とされているとか経済的に困難であるというわけでもないのですからね。児童養護施設以外にも中高生が大部分を占める施設は児童自立支援施設というものありますが、素行不良の子どもたちが多く入るところですから、直純くんには合わないかと。一朝一夕で見つかるとも思えませんし、その間直純くんの面倒を見る人が必要でしょう?」
「確かにその通りですが……」
「それに、今夜にも一報が入るのでしょう? だったら、尚更ここから動かないほうがいいですよ。ここにいればマスコミに見つかることもないですし、絶対に直純くんには近づけさせません」
そういうと、櫻葉さんは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「磯山先生がそこまで仰ってくださるのでしたら私としては異論はありませんが、その……一緒にお住まいのパートナーさんに一度お尋ねしなくてもよろしいのですか?」
「ああ、それなら問題ありません。彼も教育者ですから、勉学意欲のある子を突き放したりはしませんよ」
絢斗なら絶対にNOとは言わない。
逆に引き取らなかった方が怒りそうだ。
絢斗はそういう人間だと私が一番よくわかっている。
「そう、ですね……磯山先生がよろしいのでしたら、私からは何も。なぁ、征哉くん」
「はい。そうですね。実際、今日すぐに直純くんを受け入れてくれるところは見つかっていませんし」
「それではあとは直純くん自身の気持ちですね。直純くん、どうかな? ここでしばらく一緒に暮らさないか?」
「あ、あの……」
「遠慮しないで本当のことを言っていいんだよ」
彼の前にしゃがみ込み、そう告げると彼は意を決した表情をしながら
「僕を、ここに置いてくださいっ!!」
と言ってくれた。
「これで決まりだな」
そう言って頭を撫でると、ようやく彼はホッとしたように小さな笑顔を見せてくれた。
「磯山先生、櫻葉会長。母にこれからのことを説明しなければいけないので私は先に失礼します」
「ああ、征哉くん。今日はありがとう。偶然だったが、君がいてくれて助かったよ」
一花くんのことが心配なのか足早に帰ろうとする征哉くんに急いでお礼の言葉を告げると、すぐ隣から櫻葉さんが声をかけた。
「ちょっと待ってくれ、征哉くん。車に一花への贈り物を置いてるんだ。それを持って帰ってくれ」
「それなら我が家に来ませんか? 一花も喜びますし、私と母が席を外している間、一緒にいていただけたら安心ですから」
「そうか? なら、お邪魔しようか」
「お邪魔だなんて、いつでも一花に会いに来てくださっていいんですよ」
「そうか、ありがとう。じゃあ、磯山先生、私も失礼しよう。何かあれば連絡してください」
「わかりました。気をつけておかえりください」
そう言って見送ると、部屋の中にしんと静寂が走った。
「あ、あの……」
「緊張しなくていいよ。この事務所の二階が自宅になっているんだ。しばらくはここを自分の家だと思って過ごしてくれたらいい。紹介したい人もいるから、おいで。案内しよう」
彼に手を差し出すと、おずおずと手を伸ばしてくれた。
その手を握り、事務所を出て自宅に戻る。
絢斗はどんな反応を見せてくれるだろうな。
<side直純>
母さんが犯罪者だったと知って辛かった。
母さんのせいで苦しんだ一花さんも、そしてその家族にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
母さんが少しでもその人たちに悪いことをしたと反省して、心からの謝罪をしてくれたら、僕も少しは母さんへの愛情も残ったかもしれない。
でも、事実を突きつけられた母さんは僕の声が聞こえていたのに、僕を見捨てて逃げようとした。
あの時に、ほんのわずか残っていた母さんへの愛情も全て消えてしまった。
パトカーに乗せられていく姿を見ても、何の感情も湧かなかった。
これでもう二度と会わないんだろうなという冷めた気持ち。
家族が壊れてしまったことだけが何よりも辛かった。
日本で仕事ができなくなった父さんが中東に行くことが決まって、僕は日本に置いていかれることになった。
母さんに捨てられた時のような絶望はなかったけれど、それでも一気に両親を失うことは僕にとっては辛いことだった。
でも、その時に優しい手を差し伸べてくれたのは、磯山先生だったんだ。
――ここで一緒に暮らさないか?
そう言ってくれた時の磯山先生の優しい顔。
そして、頭を撫でてくれた時の優しい温もり。
僕は今日のこの日を一生忘れない。
みんないなくなり、磯山先生に連れられて二階にあるという自宅にいく。
その間、ずっと手は握られたままで、なんだかちょっと照れる。
でも自分からは離したくない。
そんな穏やかで心地よい温もりだった。
「絢斗。ただいま」
「卓さん、お帰りなさい……って、この子は?」
「今日からしばらくうちで預かることになった、直純くんだよ」
僕たちを出迎えてくれたのは、優しくて綺麗な顔立ちをした男性。
あれ? パートナーって言ってたけど、そういえば彼って言ってたっけ?
仕事のパートナーってことなのかな?
よくわからないけれど、優しそうだってことだけはわかる。
それでも突然預かるだなんて言われて気を悪くしないだろうか?
緊張しながらも、その人の目を見ながら
「あの、迫田直純です。しばらくお世話になります!」
と頭を下げると、
「ふふっ。直純くんだね。よろしく。私は絢斗。名前で呼んでね」
「えっ、あの……」
いいのかな? と思って、磯山先生を見上げると、
「本人が言っているから名前で呼ぶといいよ」
と笑顔で言ってくれた。
「あ、じゃあ……絢斗、さん……よろしくお願いします」
「――っ、直純くん! 可愛いっ!!」
「えっ? わっ!!」
気づけば、僕は絢斗さんに抱きしめられていた。
「絢斗、直純くんが驚いているぞ」
「あっ、ごめんね。直純くんが可愛くてつい……」
「い、いえ。大丈夫です」
そう答えつつも、僕はなんだか嬉しかった。
だって、さっき頭を撫でてくれた磯山先生と同じ優しい温もりがしたから。
ああ、この人も信じられる。
そう思えたんだ。
「直純くんの部屋に案内しよう。絢斗、あの部屋を使わせていいだろう?」
「うん。大丈夫だよ」
あの部屋ってどこだろう?
ドキドキしながら案内されたのは、なんだかとっても可愛い部屋。
それにとってもいい匂いがする。
「ここ……」
「絢斗の趣味部屋なんだよ。仕事の合間にリースを作ったり、アロマキャンドルを作ったり……その材料を置いているから少し狭いけどね。ベッドもあるからそこを使ってくれたらいい。近いうちに空いている部屋を直純くん用に整えるからそれまでの間だけここで我慢してくれるかな」
「そんな我慢だなんて……っ、僕の前の部屋よりずっとずっと居心地がいいです」
家族で住んでいたあの家は、確かに広くていい家だったけど……僕の部屋のものは全て母さんが整えていてずっと母さんに監視されているような、そんなプレッシャーがあった。
野球やバスケをしたかったけど、習い事は小学生の頃からずっと週二回のそろばんとピアノに英会話、それに書道と進学塾で一週間がほぼ埋まってて運動する時間がなかった。
部屋には大きなピアノが置かれていて、毎日練習するように言われていたし……ピアノ自体は嫌いじゃないけど、朝起きてピアノを見るのは憂鬱になっていた。
あの部屋に比べると、ここはすごく心地良い。
何よりリラックスできる匂いがする。
「ふふっ。リースやアロマキャンドル、作ってみる?」
「良いんですか?」
「もちろん! 興味を持ってくれるのが嬉しいよ」
「じゃあ、絢斗。直純くんを頼むよ。私は食事を用意しておこう」
「わかりました」
磯山先生は優しい笑顔を見せると扉を閉めて出ていった。
二人っきりになって、ちょとドキドキする。
「直純くん、どっちから作ってみる?」
「えっ、あっ、じゃあリースから……」
「オッケー。じゃあ、こっちに来て、好きな材料選んでね」
「わぁ、材料いっぱいですね。リボンとか花とか、葉っぱもいっぱい!」
思った以上にいっぱいあって悩んでしまったけれど、やっと選んだのは大きさのまちまちな真っ白な薔薇の造花。
そして、小さな紫色の木の実みたいなものと緑の葉っぱ。
それにクリーム色のリボン。
「こんな感じでもできますか?」
「良いね! 可愛いのができそう!! その材料をこの土台につけていくんだよ」
土台に、接着剤をつけた葉っぱを巻きつけて、いろんな大きさの薔薇をバランスよく接着剤でくっつけていく。
「楽しいっ!!」
「バランスがとっても良いから見栄えがいいよ! 本当に直純くん、初めて? 上手だよ!」
手放しで褒めてもらえるのがとっても嬉しい。
でも、失敗しないかすっごく集中しちゃうなぁ。
「あ、あの……」
「どうした?」
「いや、あの……これ、弁護士さんの仕事の合間にやってるんですか? どっちも集中するから疲れたりしないですか?」
「えっ? 弁護士?」
あれ?
なんだかすっごく驚いてる。
なんで?
「えっ? だって、先生が絢斗さんのこと、パートナーだって……。それって仕事のパートナーってことですよね?」
「ああーっ、なるほど。そういうことか。ふふっ。パートナーは合ってるんだけどね。仕事のってことではないんだよ。まぁ、似てるけどね」
「似てる? どういうことですか?」
「直純くん、桜城大学って知ってる?」
「はい。もちろんです。将来僕もそこに行けたらなって思ってましたけど……でも、もう無理かも」
「そんなことないよ。大学は行きたい人が行くところだからね。私はそこで教授をしてるんだよ。法学部だから、法律関係ってことで言えば、卓さんとは仕事は似てるかもね」
「えっ? 絢斗さんが……教授?」
思いもかけない言葉に僕は驚きすぎて目を丸くしてしまった。
985
あなたにおすすめの小説
余命半年の僕は、君を英雄にするために「裏切り者」の汚名を着る
深渡 ケイ
ファンタジー
魔力を持たない少年アルトは、ある日、残酷な未来を知ってしまう。 最愛の幼馴染であり「勇者」であるレナが、半年後に味方の裏切りによって惨殺される未来を。
未来を変える代償として、半年で全身が石化して死ぬ呪いを受けたアルトは、残された命をかけた孤独な決断を下す。
「僕が最悪の裏切り者となって、彼女を救う礎になろう」
卓越した頭脳で、冷徹な「悪の参謀」を演じるアルト。彼の真意を知らないレナは、彼を軽蔑し、やがて憎悪の刃を向ける。 石化していく体に走る激痛と、愛する人に憎まれる絶望。それでも彼は、仮面の下で血の涙を流しながら、彼女を英雄にするための完璧なシナリオを紡ぎ続ける。
これは、誰よりも彼女の幸せを願った少年が、世界一の嫌われ者として死んでいく、至高の献身の物語。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる