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懐かしい場所で
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懐かしい。ジーノと初めて出会った日、この庭で二人の時間を過ごした。
野犬に襲われ恐怖に震えるジーノを胸に抱き、東屋で二人だけの楽しい時間を過ごしたんだ。いや、楽しかったのは私だけだろう。ジーノは震えながら私の腕の中で意識を失っていた。
それほどの恐怖を与えてしまい、もっと早く助けてあげられればよかったと後悔もしたがそれでも傷ひとつなく守れたことには安堵していた。
ジーノのことばかり思い出していたからか、私の足は自然に東屋に向かっていた。
ジーノ……。あの日から五年か……。
今頃、私の隣にはジーノの眩しい笑顔があったはずなのにな。
どうして私は一人なのだ?
ユーリさまとこれから会うというのに、ジーノのことばかり思い出してしまって申し訳ないが、場所が悪すぎる。どうしたってジーノのことを考えてしまうんだ。
やはり、この縁談はうまくいかないだろう。きっとユーリさまもそうお思いになるはずだ。
「はぁーーっ」
やりきれない思いがため息となって現れる。
このままじゃいけないなと顔を上げると、少し先からこちらに向かって歩いてくるユーリさまの姿を見つけた。
「やっぱり、歩き方がジーノに似ている」
遠目で見たら本当にジーノが歩いているのではないかと見紛うくらいによく似ている。
ずっとジーノに会いたいという気持ちが見せている亡霊なのかもしれないと思いつつも、勝手に身体が動いていた。
急いで駆け寄って、エスコートをするために手を差し出すと、ユーリさまが花が綻ぶような笑顔を見せてくれた。
ーヴァル! ありがとう。
私が手を差し出すといつもジーノはそう言って笑顔を見せてくれたな。
そんな懐かしい思い出に浸りながら、私たちは東屋の椅子に腰をおろした。
二人で並んで座ったものの、何を話していいのか分からず、ただ時間だけが流れていく。
それでもこの空間に二人でいるのは嫌ではなかった。
穏やかな風が通り過ぎるのを見ていると、隣のユーリさまの小さな声が聞こえた。
「僕……この場所にくると、落ち着くんです」
「そうですか。私もここは懐かしい場所ですよ」
私の言葉になぜかハッとした表情をした気がしたけれど、私とジーノがここでひとときを過ごしたことは誰も知らないはずだ。
「どうかされましたか?」
「いえ。なんでもありません」
「そうですか、あのそれで……今回の、その私との縁談ですが……ユーリさまは本気なのですか?」
「はい。ヴァルフレードさまさえよろしければ、この縁談を進めていただきたいと思っています」
「ですが、先日もお話ししましたが、私はジーノを助けたい一心であの薬を手に入れただけに過ぎません。それが行き場を失い、ユーリさまのお手に渡っただけです。ユーリさまはジーノに申し訳ないと思っておられるかもしれませんが責任を感じられる必要などありませんよ。それに……私は、一生ジーノを愛し続けると誓ったのです。ですから……あっ、ユーリさま、どうして涙を?」
ユーリさまがお優しい方だというのは先日でお会いしたときによくわかった。
だからこそ、せっかく元気になられたのだから、私やジーノに責任など感じずにご自分の人生をお過ごしになればいいと思ったのだ。その思いで、この縁談が白紙になるように伝えたのだが、私の話を黙って聞かれていたユーリさまの目から大粒の涙が溢れるところを見てしまった。
慌ててハンカチを差し出そうとすると、ユーリさまはこちらを見上げた。まるで私に涙を拭ってほしいとでもいうように。その仕草がジーノに似ていてドキッとさせられる。
だからつい涙を拭ってしまった。
それがまるで自分の使命のように感じてしまったのだ。
<sideユーリ(ジーノ)>
ヴァルのジーノへの溢れる愛が伝わってきて、嬉しいと思う反面、このままだとまた離れなくてはいけなくなる。そんな感情で胸がいっぱいになってしまっていた。
ヴァルから涙を指摘されてようやく自分が涙を流していたことに気づいたけれど、素早くハンカチを出してくれたヴァルの姿に無意識に身体が反応してしまった。
びっくりして涙を溜めてしまった時、ソースを唇につけてしまった時、さっとヴァルがハンカチを出してくれていたから、ジーノは顔を上げるだけでよかったのだ。
ヴァルと過ごしたあの日々がジーノにそんな癖をつけてしまっていた。
だからユーリさまの姿になっても無意識に身体が動いてしまったのだろう。ヴァルが少し戸惑いながらも優しく涙を拭ってくれたのを見て、ジーノは嬉しくてたまらなくなっていた。
「ユーリさま。大丈夫ですか?」
「は、はい。ごめんなさい。泣いたりして……」
「いえ。お気になさらず。でも本当にユーリさまが責任を感じられる必要はないのですよ」
「ヴァルフレードさま。僕は助けてもらったから、命をもらったからそのお礼に結婚したいと言っているのでないんです」
「えっ? それではどうして?」
「ヴァルフレードさまとなら、一生をともに過ごしていけるってそう思ったんです」
「そんな私など……ユーリさまほどお綺麗ならこれからたくさんのご縁がありますよ」
「ヴァルフレードさまは、顔や家柄だけを望まれる縁が本当にいいことだと思いますか?」
ジーノの言葉に、ヴァルはハッとした表情を見せた。
野犬に襲われ恐怖に震えるジーノを胸に抱き、東屋で二人だけの楽しい時間を過ごしたんだ。いや、楽しかったのは私だけだろう。ジーノは震えながら私の腕の中で意識を失っていた。
それほどの恐怖を与えてしまい、もっと早く助けてあげられればよかったと後悔もしたがそれでも傷ひとつなく守れたことには安堵していた。
ジーノのことばかり思い出していたからか、私の足は自然に東屋に向かっていた。
ジーノ……。あの日から五年か……。
今頃、私の隣にはジーノの眩しい笑顔があったはずなのにな。
どうして私は一人なのだ?
ユーリさまとこれから会うというのに、ジーノのことばかり思い出してしまって申し訳ないが、場所が悪すぎる。どうしたってジーノのことを考えてしまうんだ。
やはり、この縁談はうまくいかないだろう。きっとユーリさまもそうお思いになるはずだ。
「はぁーーっ」
やりきれない思いがため息となって現れる。
このままじゃいけないなと顔を上げると、少し先からこちらに向かって歩いてくるユーリさまの姿を見つけた。
「やっぱり、歩き方がジーノに似ている」
遠目で見たら本当にジーノが歩いているのではないかと見紛うくらいによく似ている。
ずっとジーノに会いたいという気持ちが見せている亡霊なのかもしれないと思いつつも、勝手に身体が動いていた。
急いで駆け寄って、エスコートをするために手を差し出すと、ユーリさまが花が綻ぶような笑顔を見せてくれた。
ーヴァル! ありがとう。
私が手を差し出すといつもジーノはそう言って笑顔を見せてくれたな。
そんな懐かしい思い出に浸りながら、私たちは東屋の椅子に腰をおろした。
二人で並んで座ったものの、何を話していいのか分からず、ただ時間だけが流れていく。
それでもこの空間に二人でいるのは嫌ではなかった。
穏やかな風が通り過ぎるのを見ていると、隣のユーリさまの小さな声が聞こえた。
「僕……この場所にくると、落ち着くんです」
「そうですか。私もここは懐かしい場所ですよ」
私の言葉になぜかハッとした表情をした気がしたけれど、私とジーノがここでひとときを過ごしたことは誰も知らないはずだ。
「どうかされましたか?」
「いえ。なんでもありません」
「そうですか、あのそれで……今回の、その私との縁談ですが……ユーリさまは本気なのですか?」
「はい。ヴァルフレードさまさえよろしければ、この縁談を進めていただきたいと思っています」
「ですが、先日もお話ししましたが、私はジーノを助けたい一心であの薬を手に入れただけに過ぎません。それが行き場を失い、ユーリさまのお手に渡っただけです。ユーリさまはジーノに申し訳ないと思っておられるかもしれませんが責任を感じられる必要などありませんよ。それに……私は、一生ジーノを愛し続けると誓ったのです。ですから……あっ、ユーリさま、どうして涙を?」
ユーリさまがお優しい方だというのは先日でお会いしたときによくわかった。
だからこそ、せっかく元気になられたのだから、私やジーノに責任など感じずにご自分の人生をお過ごしになればいいと思ったのだ。その思いで、この縁談が白紙になるように伝えたのだが、私の話を黙って聞かれていたユーリさまの目から大粒の涙が溢れるところを見てしまった。
慌ててハンカチを差し出そうとすると、ユーリさまはこちらを見上げた。まるで私に涙を拭ってほしいとでもいうように。その仕草がジーノに似ていてドキッとさせられる。
だからつい涙を拭ってしまった。
それがまるで自分の使命のように感じてしまったのだ。
<sideユーリ(ジーノ)>
ヴァルのジーノへの溢れる愛が伝わってきて、嬉しいと思う反面、このままだとまた離れなくてはいけなくなる。そんな感情で胸がいっぱいになってしまっていた。
ヴァルから涙を指摘されてようやく自分が涙を流していたことに気づいたけれど、素早くハンカチを出してくれたヴァルの姿に無意識に身体が反応してしまった。
びっくりして涙を溜めてしまった時、ソースを唇につけてしまった時、さっとヴァルがハンカチを出してくれていたから、ジーノは顔を上げるだけでよかったのだ。
ヴァルと過ごしたあの日々がジーノにそんな癖をつけてしまっていた。
だからユーリさまの姿になっても無意識に身体が動いてしまったのだろう。ヴァルが少し戸惑いながらも優しく涙を拭ってくれたのを見て、ジーノは嬉しくてたまらなくなっていた。
「ユーリさま。大丈夫ですか?」
「は、はい。ごめんなさい。泣いたりして……」
「いえ。お気になさらず。でも本当にユーリさまが責任を感じられる必要はないのですよ」
「ヴァルフレードさま。僕は助けてもらったから、命をもらったからそのお礼に結婚したいと言っているのでないんです」
「えっ? それではどうして?」
「ヴァルフレードさまとなら、一生をともに過ごしていけるってそう思ったんです」
「そんな私など……ユーリさまほどお綺麗ならこれからたくさんのご縁がありますよ」
「ヴァルフレードさまは、顔や家柄だけを望まれる縁が本当にいいことだと思いますか?」
ジーノの言葉に、ヴァルはハッとした表情を見せた。
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