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ジーノの葬儀を終えた後から、ヴァルの顔から笑顔が消えた。いや、笑顔だけじゃない。全ての表情を失ってしまったようだった。一切の感情を失い、毎日ヴァルは喪服を着続け、両親とも必要最低限の言葉も交わさず、食事も摂らずただただ廃人のように部屋であの椅子に座ったまま時がすぎるのを待っていた。まるで命が潰えるのを待つように……。その姿を見るのがたまらなく辛い。
(ヴァルに幸せになって欲しかったのに。僕のせいでこんな目に遭わせてしまった)
最初こそ、ヴァルの気が済むまで好きなようにやらせてやろうと言っていたアゴスティーノ公爵だったけれど、一週間をすぎる頃には、どんどん痩せ細っていくヴァルの姿に危機感を感じたようで、無理やりにでも水分を摂らせ食事を食べさせていた。けれど本人には生きる気力というものが何も感じられず、ほんの少しの食事で早々と部屋に戻ってしまう。
「お前はこのアゴスティーノ家の跡取りなのだぞ! わかっているのか?」
「跡取りなど関係ない! もう、私のことなど、いないものと思ってください。ジーノのいない人生など、私には生きている価値もない」
「ヴァルフレード!!」
「ああもう! 放っておいてくれ!!」
アゴスティーノ公爵がどれだけ怒鳴りつけても、情に訴えてもヴァルは部屋から出ようとしない。ジーノはそんなヴァルの姿に心を痛めていた。
(このままじゃいけない! もし、ヴァルに万が一のことがあって、アゴスティーノ家を継がないなんてことになったら公爵家の存続に関わる。それくらいアゴスティーノ家にとってヴァルは大切な存在なんだ。僕の責任なんだから、僕がなんとかしなきゃ!!)
ジーノはヴァルのそばから離れ、空に向かった。本来なら一度門前払いを食らった魂は、再び神に導かれるまで天国の門に近づくことはできない。けれど、ジーノの必死な思いが伝わったのか、ジーノの魂は無事に天国の門へ辿り着くことができた。ジーノはその門の前で頭を垂れた。
「神さま! お願いです!! 僕の話を聞いてください!! 神さま!! 聞いてくださるまで、僕はここから離れません。お願いです、神さま!!」
ジーノはどこまでにも聞こえるような大声で何度も神に呼びかけた。それからどれほど叫び続けただろう。
突然光がジーノの魂を照らしたかと思ったら、
――ジーノ。未練を断ち切って、中に入る覚悟ができたか?
穏やかな声が頭上に降り注いだ。
「神さま! お願いします! ヴァルのために力を貸して欲しいのです!! 僕はそれまで中に入ることはできません」
――そうか、やはりな。そろそろ来ることだと思っていた。だから、お前をここまで戻してあげたのだ。
(そうか、僕がここまで来られたのは神さまのお導きがあってこそか。それなら僕の願いを聞いてくれるかもしれない)
ジーノは一抹の期待を胸に神さまに届くように大声で語りかけた。
「神さまはなんでもお見通しなのですね! それなら、神さま! ヴァルとアゴスティーノ公爵家のために僕の望みを叶えてください!!」
――其方の望みはなんだ?
「ヴァルに幸せになってほしい、それだけです」
――幸せに、な……。だが、あやつの幸せはジーノ、お前と生涯を共にすることだ。自分だけが生き存えることなど望んでいない。ジーノのいない世界であやつは幸せになどなれないのだぞ。
「そんな……っ。でも、それならヴァルがこのまま命を落とすのをただ黙って見ていろと仰るのですか? それでは僕の未練は一生消えません!」
ーふむ。それは困ったな……。それならば、ジーノ……お前に二つの選択肢をやろう。必ずどちらかを選ぶのだ。良いか?
二つの選択肢……それが一体どういう内容であるのか、ジーノには全く想像もつかない。けれど、神さまがジーノとヴァルのために考えてくださったのなら、それを断ることはジーノの頭にはなかった。
「はい。わかりました。それで、その選択肢とは一体なんですか?」
ーひとつ目はジーノ、お前が直ちにヴァルフレードへの未練を断ち切ってこの天国の門を潜り、予定通りジーアレス王国の姫として生まれ変わることだ。ただし、この門を潜ったと同時にジーノとして過ごしてきた今までの記憶は全て消え、新しい人間として生きていくことになる。
(僕があのジーアレス王国の姫に? ヴァルとの全ての記憶を失くして? 僕を失って辛い思いをしているヴァルのことも全て忘れて自分だけが新しい人生を歩むなんて……そんなの自分が許せない)
ーそして、もうひとつの選択肢は……このシェルレク王国の現国王の末弟の息子であるユーリ・ディアンジェロと代わって生きていくことだ。
(ユーリさまと、代わって生きていく?)
神さまからの思いがけない選択肢にジーノはすぐに理解することができなかった。
(ヴァルに幸せになって欲しかったのに。僕のせいでこんな目に遭わせてしまった)
最初こそ、ヴァルの気が済むまで好きなようにやらせてやろうと言っていたアゴスティーノ公爵だったけれど、一週間をすぎる頃には、どんどん痩せ細っていくヴァルの姿に危機感を感じたようで、無理やりにでも水分を摂らせ食事を食べさせていた。けれど本人には生きる気力というものが何も感じられず、ほんの少しの食事で早々と部屋に戻ってしまう。
「お前はこのアゴスティーノ家の跡取りなのだぞ! わかっているのか?」
「跡取りなど関係ない! もう、私のことなど、いないものと思ってください。ジーノのいない人生など、私には生きている価値もない」
「ヴァルフレード!!」
「ああもう! 放っておいてくれ!!」
アゴスティーノ公爵がどれだけ怒鳴りつけても、情に訴えてもヴァルは部屋から出ようとしない。ジーノはそんなヴァルの姿に心を痛めていた。
(このままじゃいけない! もし、ヴァルに万が一のことがあって、アゴスティーノ家を継がないなんてことになったら公爵家の存続に関わる。それくらいアゴスティーノ家にとってヴァルは大切な存在なんだ。僕の責任なんだから、僕がなんとかしなきゃ!!)
ジーノはヴァルのそばから離れ、空に向かった。本来なら一度門前払いを食らった魂は、再び神に導かれるまで天国の門に近づくことはできない。けれど、ジーノの必死な思いが伝わったのか、ジーノの魂は無事に天国の門へ辿り着くことができた。ジーノはその門の前で頭を垂れた。
「神さま! お願いです!! 僕の話を聞いてください!! 神さま!! 聞いてくださるまで、僕はここから離れません。お願いです、神さま!!」
ジーノはどこまでにも聞こえるような大声で何度も神に呼びかけた。それからどれほど叫び続けただろう。
突然光がジーノの魂を照らしたかと思ったら、
――ジーノ。未練を断ち切って、中に入る覚悟ができたか?
穏やかな声が頭上に降り注いだ。
「神さま! お願いします! ヴァルのために力を貸して欲しいのです!! 僕はそれまで中に入ることはできません」
――そうか、やはりな。そろそろ来ることだと思っていた。だから、お前をここまで戻してあげたのだ。
(そうか、僕がここまで来られたのは神さまのお導きがあってこそか。それなら僕の願いを聞いてくれるかもしれない)
ジーノは一抹の期待を胸に神さまに届くように大声で語りかけた。
「神さまはなんでもお見通しなのですね! それなら、神さま! ヴァルとアゴスティーノ公爵家のために僕の望みを叶えてください!!」
――其方の望みはなんだ?
「ヴァルに幸せになってほしい、それだけです」
――幸せに、な……。だが、あやつの幸せはジーノ、お前と生涯を共にすることだ。自分だけが生き存えることなど望んでいない。ジーノのいない世界であやつは幸せになどなれないのだぞ。
「そんな……っ。でも、それならヴァルがこのまま命を落とすのをただ黙って見ていろと仰るのですか? それでは僕の未練は一生消えません!」
ーふむ。それは困ったな……。それならば、ジーノ……お前に二つの選択肢をやろう。必ずどちらかを選ぶのだ。良いか?
二つの選択肢……それが一体どういう内容であるのか、ジーノには全く想像もつかない。けれど、神さまがジーノとヴァルのために考えてくださったのなら、それを断ることはジーノの頭にはなかった。
「はい。わかりました。それで、その選択肢とは一体なんですか?」
ーひとつ目はジーノ、お前が直ちにヴァルフレードへの未練を断ち切ってこの天国の門を潜り、予定通りジーアレス王国の姫として生まれ変わることだ。ただし、この門を潜ったと同時にジーノとして過ごしてきた今までの記憶は全て消え、新しい人間として生きていくことになる。
(僕があのジーアレス王国の姫に? ヴァルとの全ての記憶を失くして? 僕を失って辛い思いをしているヴァルのことも全て忘れて自分だけが新しい人生を歩むなんて……そんなの自分が許せない)
ーそして、もうひとつの選択肢は……このシェルレク王国の現国王の末弟の息子であるユーリ・ディアンジェロと代わって生きていくことだ。
(ユーリさまと、代わって生きていく?)
神さまからの思いがけない選択肢にジーノはすぐに理解することができなかった。
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