上 下
1 / 22
第一章

最大の不幸

しおりを挟む
<ハドリー・エリク・ウェインライト>

「はぁーっ。ジョセフ、どうしても今日のパーティーを欠席するわけにはいかないか?」

これで何度目のため息だろう。
なんとかパーティーに行かずに済む方法はないものかと、ノロノロとシャツのボタンを閉めながらこの家の筆頭執事であり、私の世話役であるジョセフに声をかける。

「何度仰られても答えは変わりません。旦那様も、今宵こそお相手を見つけるようにと仰っておいででしたでしょう? 今日のために新調なさったジャケットがあちらで出番を待っていますよ」

私の気持ちなど疾うに理解しているというのに、この無情な言葉。
ラックにかけられた真新しい豪華なジャケットが目に入るだけで、父上からの結婚の期待の強さが見えて、はぁーっとまた大きなため息が漏れる。

「私が女性どころか、他人に興味を持たぬことなどお前が一番よくわかっているだろう。無理に結婚相手を決めたとて、その者との間に子を作る気もなければ、愛することもできぬ。みすみす白い結婚となることは分かりきっているというのに……。なぁ、ジョセフ。これは私の力ではどうすることもできないのだよ。わかるだろう?」

「ハドリー様。ご心配なさらずともこの世には運命のお方は必ずいらっしゃるものです。社交の場に出なければ、運命のお相手にも出会うこともございませんよ。さぁ、ご準備をなさってください」

ジョセフは最後にはいつもこういうが、成人して10年。
数々のパーティーに参加させられたが、誰一人運命を感じる相手など現れなかったではないか。
そもそも私に近づいてくる者など、ウェインライト公爵家の名前に惹かれているだけにすぎない。
そんな相手にどんな運命を感じろというのだ。
もう運命の相手に出会うことなど疾うの昔に諦めている私にとっては、パーティーなど苦痛以外の何ものでもない。
はぁーっと一際大きなため息を吐きながら、諦めて襟を正した。


私はハドリー・エリク・ウェインライト。28歳。デヴィア王国ウェインライト公爵家嫡男で次期当主となる男だ。
王家の血を受け継ぐ由緒正しい家柄に生まれ、恵まれた容姿と体格、そして頭脳も武術も申し分ない。
パーティーに出れば誰しもが私を羨望の眼差しで見つめる。
だが、私にはこのウェインライト公爵家の名前も何もかも重荷でしかない。

なんせ私は誰にも関心を持てないのだ。
私に取り入ろうと声をかけてくる者の上辺だけの称賛も煩わしくて仕方がない。

この世に生まれたことを不幸だと思ったことはないが、こんなにも人に羨まれる存在として生まれたことは、誰も愛することができない私にとって最大の不幸であったかもしれない。

とはいえ、今夜の王家主催のパーティーに行きたくないと駄々を捏ねてみても本当に欠席するわけにはいかないことは、私が何よりも知っている。
それでも言わずにはいられなかったのだ。

「はぁーーっ」

幸せが逃げていきそうな大きなため息の中、重い身体を引きずりながら、ウェインライト公爵家の紋章のついたジャケットに身を包み、パーティーの行われる城へと向かった。

今宵もまた、上っ面な賛辞に辟易する無意味な時間が流れるはずだった、その時までは……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 毎日をテキトーに過ごしている大学生・相川悠と年上で社会人の佐倉湊人はセフレ関係 身体の相性が良いだけ 都合が良いだけ ただそれだけ……の、はず。 * * * * * 完結しました! 読んでくださった皆様、本当にありがとうございます^ ^ Twitter↓ @rurunovel

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

【完結】我が侭公爵は自分を知る事にした。

琉海
BL
 不仲な兄の代理で出席した他国のパーティーで愁玲(しゅうれ)はその国の王子であるヴァルガと出会う。弟をバカにされて怒るヴァルガを愁玲は嘲笑う。「兄が弟の事を好きなんて、そんなこと絶対にあり得ないんだよ」そう言う姿に何かを感じたヴァルガは愁玲を自分の番にすると宣言し共に暮らし始めた。自分の国から離れ一人になった愁玲は自分が何も知らない事に生まれて初めて気がついた。そんな愁玲にヴァルガは知識を与え、時には褒めてくれてそんな姿に次第と惹かれていく。  しかしヴァルガが優しくする相手は愁玲だけじゃない事に気づいてしまった。その日から二人の関係は崩れていく。急に変わった愁玲の態度に焦れたヴァルガはとうとう怒りを顕にし愁玲はそんなヴァルガに恐怖した。そんな時、愁玲にかけられていた魔法が発動し実家に戻る事となる。そこで不仲の兄、それから愁玲が無知であるように育てた母と対峙する。  迎えに来たヴァルガに連れられ再び戻った愁玲は前と同じように穏やかな時間を過ごし始める。様々な経験を経た愁玲は『知らない事をもっと知りたい』そう願い、旅に出ることを決意する。一人でもちゃんと立てることを証明したかった。そしていつかヴァルガから離れられるように―――。  異変に気づいたヴァルガが愁玲を止める。「お前は俺の番だ」そう言うヴァルガに愁玲は問う。「番って、なに?」そんな愁玲に深いため息をついたヴァルガはあやすように愁玲の頭を撫でた。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが

ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク 王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。 余談だが趣味で小説を書いている。 そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが? 全8話完結

処理中です...