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招かれざる客

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「団長、お客さまがお見えです」

午前の訓練を終え、休憩に入ろうと訓練場を出たタイミングで入り口の警備をしている新人騎士に声をかけられた。

「何? 私に客?」

今の私には訪ねてくる者などいないはずなのだが、一体誰だ?

「はい。団長のお母上だと仰っておられます」

「母上? まさか……」

父の後妻か?
だが、騎士団への入団が決まり、決別の挨拶で最後に会ったっきり10年以上も音沙汰もなかったというのに、今頃あの女が私に一体何の用があるというのだろう。

しかも、私は騎士団入団と共にレオパルトの名は捨てたし、父も二年前に病気でこの世を去り、レオパルト家は義弟が後継となったのだから、もはや私とは全く縁もなくなったはずだ。

それなのに、あの女が母親だと名乗って私を訪ねてくるなど一体どういうつもりなのだろう?
このまま追い返したいが、どんな理由訪ねてきたかは気になる。

仕方がない。
会って話を聞くだけだ。

「団長、お断りいたしましょうか?」

「いや、大丈夫だ。客人用の応接室に案内してくれ」

「承知しました」

先に騎士を帰し、気が重く感じながらも私も応接室に向かおうとすると、

「団長。私もお供します」

とマクシミリアンが駆け寄ってきた。

「なんだ、聞いていたのか?」

「申し訳ありません。話が終わるまでと思って待機していたのですが聞こえてしまいました。お母上がお越しとか?」

「母ではない。父の後妻だ。私はレオパルトの名はとっくに捨てたし、もう縁もゆかりもない相手だ。そもそも十年以上も会っていないしな」

「そうなんですね。そんな人が今頃わざわざここにまでやってくるのは気になりますね」

「ああ、だから話を聞くだけ聞いてみようと思っただけだ。心配はいらない」

「わかりました。では、そばで控えています。相手が何もしない間は静かにしていますから。女性と二人だと何か言い出したら面倒なことになりますからね」

確かにそれはそうだ。
ここはマクシミリアンの言う通りにしておこうか。

「じゃあ、頼む」

マクシミリアンの優しい笑顔に助けられながら、私はあの女の待つ応接室に足を運んだ。

扉を開けたままにして中に入ると、相変わらず趣味の悪いドレスを身につけているあの女の姿が目に入った。

「ヴェルナー! 久しぶりじゃない! 元気にしていた?」

ニコニコととってつけたような笑顔で近づいてくるのが気持ち悪い。

「なんの御用でしょうか。あなたにそのように馴れ馴れしく話しかけられるような関係ではありませんが」

感情なく冷たく言い放つと、女はチッと舌打ちしながら、

「相変わらず可愛げがないのね。だからあんたのこと嫌いだったのよ!」

とぶつけてきた。

「気が合いますね、私もあなたのことは大嫌いでしたよ」

「本当にムカつくわね!」

「そんなムカつく私の元にどうしてわざわざ来たんですか? あなたが望んだように父が亡くなったあと、あの子が後を継いだのでしょう? それでいいじゃないですか」

「ふん。あんたも知ってるんでしょう? あの子が騙されて財産をほとんど奪われてしまったのは」

「ああ、そのことですか。ええ、財産を失ったのは知ってましたよ。ですが、騙されたのではないでしょう? 婚約者がいる身でありながら、他の女性に手を出して婚約破棄となった慰謝料と請求されただけですよね。しかも手を出した女性は複数いたそうじゃないですか。それも女性たちには婚約者の存在は隠していたというのだから相手方からも慰謝料を請求されて当然ですよね。本来なら詐欺罪で逮捕されてもおかしくない案件ですよ。それを慰謝料だけで済んでよかったと思うべきではないですか?」
  
「うるさいわね! そんなことはどうでもいいのよ! 仮にもあんたと血のつながった弟が困っているのよ。そこは兄として助けるべきでしょう! 私もあの子ももう明日食べるものさえ困っているの! それなのに、あんたは騎士団の団長にまでなってるっていうじゃない! 団長ならかなりの高給取りのはずでしょう? あんた一人で使えないだろうから私たちが使ってやるって言ってんのよ! あんたの給料を私たちによこしなさいよ!」

はぁー。
本当に話が通じない。
私が助ける義理も何もない。

「もう話になりませんね。帰ってください。そしてもう二度と私の前に顔を出さないでください」

「そんなこと言っていいの? 私がここで大声を出して襲われたって訴えたら、あんたの今の地位も全て終わるのよ。そんなことをされたくなかったら、さっさとお金渡しなさいよ!」

女がそう凄んできたところで、マクシミリアンが入ってきた。

「きゃっ! いきなり何よ!」

「恐喝まがいの言葉が聞こえましたので、念のために入らせていただきました」

「何、聞いてたの? そんなの失礼じゃない!」

「申し訳ありませんが、余計なトラブルを生まないための決まりです」

「くっ――! 私はただ家族として、ヴェルナーに助けて欲しいと頼みに来ただけよ。騎士団の団長ともあろうものが救いを求めにやってきた人を見殺しにしていいっていうの? それは人としてどうかしていると思わない?」

いや、そもそも家族でもないし、あの女に人としてどうこうなんて語られたくもない。
だが、話せば話すだけ気分が悪くなる。

「わかりました。手助けを求めていると仰るなら、私が団長の代わりに手を貸しましょう」

「えっ! 本当に?」

女の顔がパッと満面の笑みに変わる。

「マクシミリアン! お前がそんなことをしなくていい!」

「ヴェルナー、せっかくこの人が助けてくれるって言ってるんだから余計なことを言わないで! でもあんた、お金持ってるの?」

「ちょ――っ、失礼だろう!」

「だって助けてくれてもお金ないんじゃ意味ないじゃない」

女はバカにしたように笑いながら、マクシミリアンを見た。

「大丈夫ですよ。私の実家は侯爵家ですから、私の父に頼んでおきましょう」

そういうと、マクシミリアンは騎士帽をさっと脱ぎ去り熊耳を見せた。

「えっ……実家、って……まさか、べ、ベーレンドルフ、侯爵家……」

「ええ、ご存知でしたか? すぐに迎えに行かせますね」

マクシミリアンがにっこりと笑顔を見せると、女は一気に顔を青ざめさせた。

「あ、あの……も、もう結構ですから。ヴェ、ヴェルナーもごめんなさいね。もう二度と来ないから!」

早口でそう捲し立てると、転びそうな勢いでバタバタと駆け出していった。

「なんだ? あれは?」

「さぁ? せっかく助けると言ったんですけどね。よっぽど父の名が怖かったんでしょうか?」

優しい笑顔を向けてくれるマクシミリアンを見ていると、なんだかホッとする。
さっきまでの気持ち悪さが嘘みたいだ。

「団長。部屋に戻って休みましょうか。休憩時間が終わってしまいますよ」

「ああ、そうだな。昼食にしようか」

「今日はお弁当を持ってきましたから、団長の部屋で食べましょう」

当然のように私の部屋に入り込もうとするマクシミリアンだったが、さっきの恩もある。

「じゃあ、今日は私がお茶を淹れよう」

そういうと、マクシミリアンは嬉しそうに笑った。
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