最強の黒豹騎士団長は新人熊騎士にロックオンされちゃいました

波木真帆

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母の紅茶と甘いはちみつ

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「団長! 団長!」

いつものようにのんびりと朝の時間を過ごしていると、集合時間よりもずいぶん早く部屋の扉が叩かれる。
何事か大変なことでも起こったのかと慌てて扉を開ければ、笑顔のマクシミリアンがトレイを手に立っていた。

「なんだ? どうした?」

驚く私をよそにマクシミリアンはにっこりと笑顔を見せながら、

「おはようございます、団長。昨日の特別訓練のお礼に特別な朝食をお持ちしました」

とトレイに載った美味しそうなパンケーキを私の目の前に掲げてみせた。

「特別訓練って……昨日、訓練が終わった後に質問にいくつか答えただけだろう? それだけでこんなことまでして貰う謂れはない」

「召し上がって、いただけないのですか……?」

私が突き放すとさっきまでの笑顔が一転、悲しみに暮れた表情を見せる。
小さな耳が悲しげにぴくぴく動いているのがどうにも可哀想になってきて、

「わかった、わかった。ならば、今日だけだぞ。今日だけもらうことにしよう。その代わり、明日からはもう受け取らないからな。いいか?」

念を押していったのだが、マクシミリアンは

「団長に召し上がっていただけるなんて光栄です」

とさっきの悲しみの顔が嘘のように満面の笑みを見せた。

そのままトレイを受け取ろうとすると、

「このパンケーキに合う紅茶を持ってきたので、部屋で淹れさせていただきますね」

と部屋の中にズカズカと入り込んでくる。

「あっ、ちょ――っ!」

私が止めようとするのも聞かずに中に入り、トレイをテーブルに置いて、そのままキッチンで紅茶を淹れ始める。
その俊敏で無駄のない動きに驚きしかない。

部屋中に紅茶の香りが漂ってきて、さらに驚く。

「これは……私の一番好きな香り……」

母が好きだったこの紅茶。
まだ幼かった私はそれを飲むことはできなかったけれど、この香りを纏った母に抱っこされるのが好きだった。
母が亡くなってから寂しかった私は、いつもその紅茶の香りを嗅いで母との思い出を懐かしんでいたけれど、あるとき、継母がそのことを知り、家にあった母の紅茶を全て捨ててしまった。

高価なこのお茶はそこらへんで手に入れられるものではなく、父が紅茶好きな母のために特別に隣国から仕入れていたものだった。
だから、家に残っていたものが全てで私はもう二度と母の紅茶の香りを嗅ぐことができなくなってしまった。

「もう一生この香りに出会えないと諦めていたのに……」

「団長に喜んでいただけて光栄です。お好きなら毎日お淹れしますよ」

そう言って、私の目の前に紅茶をそっと置いてくれた。
懐かしい香りに涙が出そうになる。

流石に新人騎士の前で泣くわけにはいかない。
堪えた涙と一緒に紅茶を飲み込むと、母との記憶が一瞬で甦る。

ああ、なんて懐かしいんだろう。
マクシミリアンのおかげで母との大切な思い出が甦ったな。

とはいえ、いつも香りしか嗅いだことがなかったからこの紅茶を飲んだのは初めてだ。

「ああ……この紅茶は、こんなに美味しいものだったんだな……」

感情を込めて伝えると、マクシミリアンは嬉しそうに笑いながら、

「どうぞこちらもぜひ召し上がってください」

とパンケーキを勧めてくれた。

「これをかけると最高に美味しいんですよ」

そういうと、マクシミリアンはソースポットを手に取り、パンケーキにたっぷりとかけた。

「これは……まさか……」

「ご存じですか? これは我がベーレンドルフ家独自の製法で作っているはちみつです。このパンケーキとの相性が抜群なんですよ」

王家に献上されるもの以外はベーレンドルフ家だけで食すため、一般には流通しない希少価値の高いはちみつをこんなに惜しげもなくたっぷりと……。

目の前の出来事が信じられなさすぎて頭が痛くなりそうだ。

「さぁ、団長。召し上がってください」

マクシミリアンに勧められ、パクリと口に入れるとふわっふわなパンケーキにバニラの香りがする濃厚なはちみつが絡んで、とてつもなく美味しいっ!

「ああ……こんなに美味しいパンケーキを食べたら、他のものは食べられなくなりそうだな」

「それなら、毎日団長のために作りますよ」

「えっ、いや。冗談だろう?」

「いいえ。冗談なんかじゃないですよ。これから毎日朝食を作るので楽しみにしていてください」

「いや、ちょっと……!」

味の感想を伝えただけなのに、どうしてそうなるんだ?

「本当に明日からは大丈夫だから!」

そう念を押しても、楽しみにしていてくださいと笑顔で返される。
しかも困ったことは朝食だけではなかった。

訓練の合間の休憩になれば、すぐに駆け寄ってきて、

「団長! これ、どうぞ」

と飲み物とタオルを甲斐甲斐しく渡される。

「マクシミリアン、そんなことまでしなくていいから」

と注意しても、

「迷惑ですか?」

と小さな耳をぴくぴく動かしながら悲しげな表情で言われるとそれ以上強くもいえない。

ずっと部屋で一人で過ごすことが多かったというのに、今は一人になっている時間の方が少ないくらいだ。
気づけば朝早くから、夜寝るまでほとんどマクシミリアンがそばにいる。

困るのは、一人が快適だったはずなのに、なぜか今はマクシミリアンがそばでいろいろと世話をしてくれているのが快適になってしまっているところだ。

私は一体どうしてしまったのだろう……。
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