61 / 76
番外編
シェーベリー公爵家の注意事項 <専属侍女マリアside>
しおりを挟む
リクエストを基に思いつきで書いた小話です。
楽しんでいただけると嬉しいです♡
「マリア、ヒジリのことを頼みますね」
「は、はい。王妃さま。どうぞお任せくださいませ」
「ヒジリは裏表のない子だから、気持ちを素直に受け取ってちょうだいね」
王家の娘としてヒジリさまが公爵家の当主であられるシェーベリー公爵さまと正式に婚姻され、王城で王妃さまの侍女を務めていた私がヒジリさまの専属侍女として公爵家にお仕えすることになった。
侍女の中でもまだ未熟者の私が専属侍女に選ばれたのは、どうやらヒジリさまと年齢が近いからだそうだ。
裏表がない、素直に受け取って……そう言われても身分が高い人というのはやはり大なり小なり使用人の前では偉そうになるものだ。
私も侍女として教育を受けた以上それは十分心得ている。
とはいえ、まだお会いしたことはないがこれからは美しいとお噂のヒジリさまのお世話ができるのは楽しみであるのだ。
緊張半分、期待半分に胸を膨らませて公爵家に足を踏み入れた私は、着いて早々に家令のグレイグさまよりとんでもない量の注意事項を頭に叩きこまれることになってしまった。
通常、専属侍女としての仕事といえば、奥方さまのお目覚めの確認をし、服装を選び、お召し替えのお手伝い、お化粧や髪結、お出かけの同行、そしてお風呂での洗髪や洗体のお手伝いなどなど、常に奥方さまをサポートすること――
なのだけど、ヒジリさまに関してはそれがどれも適用されないらしい。
まず、ヒジリさまは毎晩旦那さまと同じ寝室で過ごされる。
まぁそれはご夫夫なのだし、なんの問題もないのだけれど、問題はここからだ。
注意事項その1
ご夫夫の寝室には絶対に入ってはいけない。
旦那さま以外に寝室に入ることができるのは家令のグレイグさまだけ。
しかも、旦那さまとヒジリさまが湯殿を使っている時だけお許しが出るのだ。
勝手に入ったものは懲罰の対象となる。
注意事項その2
ヒジリさまのお召し物には触れてはいけない。
ヒジリさまの毎日のお召し物を選ぶのはもちろん、お召し替えの手伝いも旦那さまの大事な役目でありそれを邪魔するものは懲罰の対象となる。
注意事項その3
ヒジリさまの顔や髪に触れてはいけない。
ヒジリさまのお顔や御髪に触れてもいいのは旦那さまだけ。
勝手に触れれば懲罰の対象となる。
注意事項その4
ヒジリさまと無闇に外出してはならない。
ヒジリさまとの外出は旦那さま、もしくはグレイグさまを同行させ、なおかつ護衛騎士を5人以上つけたときだけ許可される。
ヒジリさまを危険に晒したものは懲罰の対象となる。
注意事項その5
ヒジリさまの入浴に関しては一切手出しをしてはいけない。
ヒジリさまの入浴には旦那さまが必ずご一緒されるので、決してお二人の邪魔をしてはいけない。
ヒジリさまの裸体を少しでも目に入れたものは、目玉をくり抜かれ公爵家から追放となる。
そのほか、食事はお二人でお互いに食べさせあってお召し上がりになるので、ダイニングルームには決して入ってはならないなどなど……。
いや、そもそもこれだと私の仕事が全くないのですが……。
「あの、でしたら私は何を……?」
「マリアさんにはヒジリさまをお支えになる大事なお仕事がございますよ」
「大事な仕事……ですか?」
グレイグさまにそう言われて連れて行かれたのは、公爵家から少し離れた小さな家。
この家は一体なんだろう?
扉を開けるとカランカランと音がなって中から甘い匂いが漂ってくる。
「美味しそうな匂いですね」
「ふふっ。そうでしょう」
そんな話をしていると、奥から可愛い服に身を包んだ人が現れた。
頭に小さな帽子を被り、頬に白い粉をつけパタパタと走ってきたこの人……だれ?
「あ、グレイグさん。もうすぐオープンなのでバタバタしていてお待たせしてごめんなさい」
「いえいえ、ヒジリさま。お忙しい時間に失礼いたしました。今日からヒジリさまのお店のお手伝いをしてくれる者をご紹介します」
「えっ? お手伝い、ですか?」
「はい。ノエル王妃さまからヒジリさまにお仕えするようにと召し出されたマリアと申します。
今日からヒジリさまのお店のお手伝いをしてもらいます」
ええーっ、そんなの聞いてないんですけど!
というか、私は侍女であって、女店員になるのはおかしいと思うんですが……。
王妃さまだってそんなことのために私を召し出したわけではないですよ!
そう思っていたけれど、
「わぁっ!! そうなんだ! お母さまから……嬉しいなぁ。えっと、マリアさん、よろしくね」
ふわりと可愛らしい笑顔を向けられ、私は思わず
「はい。よろしくお願いします!」
と答えてしまった。
そのまま私は厨房でエプロンを借り、ヒジリさまとグレイグさんに一通り必要なことを教えてもらい、すぐにお店が開いた。
頼まれたケーキを箱に入れ、お金の計算をして、お店で食べる方には注文をとり、ケーキを運んで……。
1時間も経つとだいぶこなれてきて、すごく楽しくなってきた。
元々、人と接するのは好きだし。
毎日3時間ほどしか開いていないお店はあっという間に店じまいとなった。
もったいないなぁ。
まだいっぱいお客さん来てたのに……。
そう思いながら片付けをしていると、
「マリアさん、残ったケーキでお茶しませんか?」
とヒジリさまに声をかけられた。
「はい。いただきます」
私のその声に嬉しそうな笑顔で、ケーキをいそいそと奥の部屋へ運んで下さった。
私は慌てて運ぶ手伝いをしていると、グレイグさまが紅茶を淹れて下さっている。
私が一番身分が低いのに、私が一番何もしていないことに焦っていると、
「ほら、マリアさん。座って」
「マリアさん、ヒジリさまがそう仰って下さっていますから、さぁどうぞ」
とヒジリさまとグレイグさまから席に座るように言われてしまった。
恐縮しながら席に着くと、
「マリアさん、今日はありがとう。接客がすごく上手でびっくりしちゃった!
明日からもよろしくね」
と笑顔を見せて下さった。
ああ、王妃さまが裏表がないと仰っていたのはこういうところだろうか。
素直な気持ちを伝えられ、心が温かくなっていくのがわかる。
ヒジリさまの身の回りのお世話ができないのは少し残念な気もするが、今日ここでヒジリさまのお手伝いができてお城にいた時よりもものすごく充実したのは確かだ。
私は美味しいケーキに舌鼓を打ちながら、これからもこの店でヒジリさまと頑張っていこうと思った。
私はマリア。
王城侍女からヒジリさまの専属侍女……もとい、専属販売員となりました。
楽しんでいただけると嬉しいです♡
「マリア、ヒジリのことを頼みますね」
「は、はい。王妃さま。どうぞお任せくださいませ」
「ヒジリは裏表のない子だから、気持ちを素直に受け取ってちょうだいね」
王家の娘としてヒジリさまが公爵家の当主であられるシェーベリー公爵さまと正式に婚姻され、王城で王妃さまの侍女を務めていた私がヒジリさまの専属侍女として公爵家にお仕えすることになった。
侍女の中でもまだ未熟者の私が専属侍女に選ばれたのは、どうやらヒジリさまと年齢が近いからだそうだ。
裏表がない、素直に受け取って……そう言われても身分が高い人というのはやはり大なり小なり使用人の前では偉そうになるものだ。
私も侍女として教育を受けた以上それは十分心得ている。
とはいえ、まだお会いしたことはないがこれからは美しいとお噂のヒジリさまのお世話ができるのは楽しみであるのだ。
緊張半分、期待半分に胸を膨らませて公爵家に足を踏み入れた私は、着いて早々に家令のグレイグさまよりとんでもない量の注意事項を頭に叩きこまれることになってしまった。
通常、専属侍女としての仕事といえば、奥方さまのお目覚めの確認をし、服装を選び、お召し替えのお手伝い、お化粧や髪結、お出かけの同行、そしてお風呂での洗髪や洗体のお手伝いなどなど、常に奥方さまをサポートすること――
なのだけど、ヒジリさまに関してはそれがどれも適用されないらしい。
まず、ヒジリさまは毎晩旦那さまと同じ寝室で過ごされる。
まぁそれはご夫夫なのだし、なんの問題もないのだけれど、問題はここからだ。
注意事項その1
ご夫夫の寝室には絶対に入ってはいけない。
旦那さま以外に寝室に入ることができるのは家令のグレイグさまだけ。
しかも、旦那さまとヒジリさまが湯殿を使っている時だけお許しが出るのだ。
勝手に入ったものは懲罰の対象となる。
注意事項その2
ヒジリさまのお召し物には触れてはいけない。
ヒジリさまの毎日のお召し物を選ぶのはもちろん、お召し替えの手伝いも旦那さまの大事な役目でありそれを邪魔するものは懲罰の対象となる。
注意事項その3
ヒジリさまの顔や髪に触れてはいけない。
ヒジリさまのお顔や御髪に触れてもいいのは旦那さまだけ。
勝手に触れれば懲罰の対象となる。
注意事項その4
ヒジリさまと無闇に外出してはならない。
ヒジリさまとの外出は旦那さま、もしくはグレイグさまを同行させ、なおかつ護衛騎士を5人以上つけたときだけ許可される。
ヒジリさまを危険に晒したものは懲罰の対象となる。
注意事項その5
ヒジリさまの入浴に関しては一切手出しをしてはいけない。
ヒジリさまの入浴には旦那さまが必ずご一緒されるので、決してお二人の邪魔をしてはいけない。
ヒジリさまの裸体を少しでも目に入れたものは、目玉をくり抜かれ公爵家から追放となる。
そのほか、食事はお二人でお互いに食べさせあってお召し上がりになるので、ダイニングルームには決して入ってはならないなどなど……。
いや、そもそもこれだと私の仕事が全くないのですが……。
「あの、でしたら私は何を……?」
「マリアさんにはヒジリさまをお支えになる大事なお仕事がございますよ」
「大事な仕事……ですか?」
グレイグさまにそう言われて連れて行かれたのは、公爵家から少し離れた小さな家。
この家は一体なんだろう?
扉を開けるとカランカランと音がなって中から甘い匂いが漂ってくる。
「美味しそうな匂いですね」
「ふふっ。そうでしょう」
そんな話をしていると、奥から可愛い服に身を包んだ人が現れた。
頭に小さな帽子を被り、頬に白い粉をつけパタパタと走ってきたこの人……だれ?
「あ、グレイグさん。もうすぐオープンなのでバタバタしていてお待たせしてごめんなさい」
「いえいえ、ヒジリさま。お忙しい時間に失礼いたしました。今日からヒジリさまのお店のお手伝いをしてくれる者をご紹介します」
「えっ? お手伝い、ですか?」
「はい。ノエル王妃さまからヒジリさまにお仕えするようにと召し出されたマリアと申します。
今日からヒジリさまのお店のお手伝いをしてもらいます」
ええーっ、そんなの聞いてないんですけど!
というか、私は侍女であって、女店員になるのはおかしいと思うんですが……。
王妃さまだってそんなことのために私を召し出したわけではないですよ!
そう思っていたけれど、
「わぁっ!! そうなんだ! お母さまから……嬉しいなぁ。えっと、マリアさん、よろしくね」
ふわりと可愛らしい笑顔を向けられ、私は思わず
「はい。よろしくお願いします!」
と答えてしまった。
そのまま私は厨房でエプロンを借り、ヒジリさまとグレイグさんに一通り必要なことを教えてもらい、すぐにお店が開いた。
頼まれたケーキを箱に入れ、お金の計算をして、お店で食べる方には注文をとり、ケーキを運んで……。
1時間も経つとだいぶこなれてきて、すごく楽しくなってきた。
元々、人と接するのは好きだし。
毎日3時間ほどしか開いていないお店はあっという間に店じまいとなった。
もったいないなぁ。
まだいっぱいお客さん来てたのに……。
そう思いながら片付けをしていると、
「マリアさん、残ったケーキでお茶しませんか?」
とヒジリさまに声をかけられた。
「はい。いただきます」
私のその声に嬉しそうな笑顔で、ケーキをいそいそと奥の部屋へ運んで下さった。
私は慌てて運ぶ手伝いをしていると、グレイグさまが紅茶を淹れて下さっている。
私が一番身分が低いのに、私が一番何もしていないことに焦っていると、
「ほら、マリアさん。座って」
「マリアさん、ヒジリさまがそう仰って下さっていますから、さぁどうぞ」
とヒジリさまとグレイグさまから席に座るように言われてしまった。
恐縮しながら席に着くと、
「マリアさん、今日はありがとう。接客がすごく上手でびっくりしちゃった!
明日からもよろしくね」
と笑顔を見せて下さった。
ああ、王妃さまが裏表がないと仰っていたのはこういうところだろうか。
素直な気持ちを伝えられ、心が温かくなっていくのがわかる。
ヒジリさまの身の回りのお世話ができないのは少し残念な気もするが、今日ここでヒジリさまのお手伝いができてお城にいた時よりもものすごく充実したのは確かだ。
私は美味しいケーキに舌鼓を打ちながら、これからもこの店でヒジリさまと頑張っていこうと思った。
私はマリア。
王城侍女からヒジリさまの専属侍女……もとい、専属販売員となりました。
応援ありがとうございます!
46
お気に入りに追加
4,025
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる