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ランハートさんのお願いごと

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「旦那さま。おや、ヒジリさまはどうなされたのですか?」

「大丈夫だ、何もない。それよりも今日はこれからヴァージルに会いに行くぞ」

「えっ? 突然どうされたのですか?」

「ヒジリを紹介しておきたいのだ。それから少し頼み事もできたのでな」

「旦那さま、まさか……」

ランハートさんはグレイグさんの問いかけには答えず、僕ににこやかな笑顔を向けた。

グレイグさんが少し困った表情をしているのはどうしてなんだろう?
それに、ヴァージルさんって誰?

「あの、僕を紹介って……?」

「ヴァージルは私の従兄弟だ。私の運命の相手が見つかったと話をしたら、今度会わせてくれと言っていたのでな。ヒジリの店も今日は休みだし、ちょうどいいだろう。一緒に会いに行こう」

ランハートさんの従兄弟さん。
ランハートさんがこれだけフランクに話をしているのだから、きっと歳の近い人なんだろうな。
もしかしてヴァージルさんも騎士さんとか?

わざわざ身内の方に紹介してもらえるなんて、なんか本当にランハートさんの……こ、婚約者として認められているみたいですごく嬉しいな。

「畏まりました。すぐに使いの早馬を走らせます。しばらくお待ちくださいませ」

そっか。早馬……。
確かに急に向かうわけにはいかないか。

連絡が来るまでの間、先に食事をしようとランハートさんに言われ僕は抱きかかえられたまま、ダイニングへと連れて行かれた。
テーブルに数名で料理を並べてくれている人の中に見知った顔を見つけた。

「あっ、あの人……」

確か、最初にここの庭でグレイグさんと一緒に会った人だ。

「ヒジリ、どうした?」

「最初に庭でお会いした人だなって。あれから全然お見かけしなくて気になってたんですよ。
確かジョーイさんでしたっけ?」

「ああ、そうだったな。おい、ジョーイ」

「は、はい」

ジョーイさんはランハートさんに呼ばれて少しおどおどした様子で駆け寄ってきた。
急にここの旦那さまに声をかけられたら緊張しちゃうのかもな。

「ヒジリ、執事見習いのジョーイだ。グレイグに付いて勉強をしている」

「ジョーイさん、以前庭でお目にかかりましたヒジリと申します。
あの時は驚かせてしまってごめんなさい」

「い、いえ。そんなこと……」

「それから、グレイグさんにお店にお手伝いに来ていただいているせいで、ジョーイさんのお仕事が増えて大変でしょう。僕が1人でお店を切り盛りできたらいいんですけど、なかなか難しくて……ご迷惑かけてごめんなさい。
一度ちゃんとお詫びが言いたくて……だから今日お会いできて良かったです」

初めて会った時僕は血塗れの服で突然目の前に現れたんだからかなりの不審人物だっただろうに、倒れた僕をグレイグさんと一緒に部屋に運んでくれたんだよね。
それにグレイグさんにはお店も手伝ってもらって、こんな大きなお屋敷グイレグさんがいないと大変だろうに……。
本当に申し訳ないなぁって思ってたんだ。

ありがとうの気持ちを込めて笑顔で挨拶をすると、なぜかジョーイさんは顔を真っ赤にして
『い、いえ。め、滅相も、ございません……』とずっと俯きながらそう答えていた。
顔を見てもらえないなんて……やっぱり嫌われちゃったかな……。

心配でランハートさんを見ると、ランハートさんはなぜか少し怒っているように見えた。

「ランハート、さん……?」

「ヒジリ……。ヒジリはそんなこと気にしないでいい。グレイグは本人の望みでヒジリの店を手伝っているんだ。
ジョーイも同じだ。そろそろ独り立ちしなければいけない時期だったからな。いつまでもグレイグに頼りっきりじゃ困るんだ。そうだろう、ジョーイ」

「は、はい。その通りでございます。旦那さま」

何度も何度も頭を下げ、『失礼致します』と食事の支度に戻っていった。

「ヒジリ、席に着こうか」

ランハートさんは何事もなかったような感じで僕を抱きかかえたまま席に座った。
てっきり別々の席だと思っていたから驚いてしまったけれど、グレイグさんの言葉を思い出して、そうかっ! と思った。

ランハートさんはお世話するのが好きだって言ってたから、食事もお世話してもらった方がいいってことだよね。

よーしっ!

僕は食事の間、『パンが食べたい』『スープ飲みたい』『熱いからフーフーして』『オムレツ食べさせて』とお願いしては口をただ開けるだけでランハートさんはその度に『ぐっ――!』とか『うぅ――!』とか唸り声をあげていたけれど、僕がお願いした通りに食べさせてくれた。
まるで雛鳥みたいだったなと思いながら、僕はあることに気づいた。

そういえば、僕以外みんなランハートさんのことを『旦那さま』って呼んでるよね?

これって本当はそれが正しいんじゃない?

多分公爵さまだと隠しておくために名前を呼ばせただけで、本当はランハートさんのことは『旦那さま』って呼ぶのが正しんじゃないのかな?

うーん、どうなんだろう?

ランハートさんも自分から呼ばせた手前、訂正するように言いづらいとか思ってるのかも。

ちょっと試しに読んでみようか?
ちょうどフルーツが残ってるし、ランハートさんに食べさせる時にこっそり言ってみたらどうかな?
ふふっ。なんかこういうの考えるの楽しい。

「どうした、ヒジリ? もうお腹いっぱいか?」

「『旦那さま』『あ~ん』して」

「――っ!!」

僕は目の前に会ったフルーツを手に取り、にっこりと笑顔でそういうと、ランハートさんの顔が一瞬にして真っ赤になり目を丸くしたまま口をそっと開いた。

その驚き方があまりにも可愛くて、

「ふふっ。『旦那さま』かわいい~!!」

と言いながら口に運ぶと、突然唇を重ねられ貪られた。

何がなんだかわからないけれど、口の中に入ってくる甘いフルーツの味とそれ以外の甘い味におかしくなって、僕はただされるがままにランハートさんとのキスを続けた。

「んんっ……ふぅ……っん」

激しいキスに蕩けきっていると突然唇が離された。

「これ以上やると歯止めが効かなくなりそうだからな。もう少しの我慢だ」

何やらランハートさんがブツブツと1人で話している。
なんと言っているかまではよく聞こえなかったけれど、ランハートさんからの激しいキスに僕もおかしくなりそうだったから離してもらえて良かった。

「ヒジリに旦那さまと呼ばれるのは嬉しいが、私はそれよりも名前で呼んで欲しいのだ。
『さん』と言わずに呼んでくれないか?」

「でも、公爵さまに呼び捨てだなんていいんですか?」

「いいんだ。私の運命の相手であるヒジリは公爵である私よりも身分は高いのだぞ。なっ、頼む」

ランハートさんがそこまでいうならそれはいうことに従ったほうがいいよね。
ここの世界の常識はよくわからないし。

「じゃあ、えっと……ランハート。これでいいですか?」

「ああ、あと敬語もいらないから気楽に話してくれ」

気楽に……って、ふぅ……本当にいいのかな?
なんか緊張するんだけどーっ!

「ランハート、これでいい?」

「ああ、ヒジリ。私は幸せだ」

そういってランハートさんは、いや、ランハートは僕を抱きしめながら耳元で

「閨の時だけ『旦那さま』と呼んでくれていいぞ」

と囁いた。

えっと……『ねや』ってなんだったっけ?
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