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真夜中の訪問者
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「誰って、よく知ってるだろ。俺のこと。ねぇ、ヒ、ジ、リ、ちゃん」
「えっ? えっ? あっ、あの……ね、ネイハム、さん……?」
「ははっ。せいかーい!」
「な、なんで、なんでここに……?」
「店に行けないなら直接会いに来るしかないかなって」
「お店に行けない、って……どういう意味ですか?」
「はっ。知っててわざと聞いてんの?」
えっ? 何? どういうこと?
僕が何かしたってこと?
「わざとって……ぼ、僕は何も……」
「ねぇ、ヒジリちゃん。前にここに立ってただろ? あの時、俺が通るのを見て慌てて部屋から飛び出して見に出てきたんだよね? ほら、俺の方見ながら笑顔見せてたじゃん」
「そ、そんな知らない」
赤い月の光を浴びながらニヤリと不敵な笑みを浮かべ、話しかけてくる彼が怖くて否定することしかできない。
前にここにって……確かにバルコニーに出てたけど誰の姿も見なかったはず。
お店をオープンする日の夜、目が冴えて夜中に風に当たろうとバルコニーに出たんだ。
そう、公爵さまにいつか僕のケーキを食べてもらえたら……ってそう思ってただけ。
「嘘つくなよ。だからわざわざ店に会いに行ってやったのにさ。はじめまして~みたいな顔して。まぁあの爺さんの手前、知らない振りしたんだろうけど。仕方ないから食べたくもないやつ毎日買いに行ってやってたってのに」
「食べたくもないやつ……。じゃ、じゃあ、あのケーキどうしたんですか?」
「ああ、アレ? アレは帰る途中のゴミ箱に捨ててたよ。当たり前だろ、あんなの好んで食べるヤツなんかいるのかよ。
俺はさ、お前が欲しかっただけなんだよ。あんな甘ったるそうなのなんかどうでもいい」
どうでもいい……。
酷い……酷すぎる。
僕はお客さんが喜ぶ笑顔が見たくて毎日一生懸命作ってたのに。
あのケーキたちが食べられもせずに捨てられてたなんて……。
僕はなんでこんな人に売ってしまったんだろう……。
「俺はお前さえ手に入ればよかったんだよ。それなのに……爵位剥奪なんて酷すぎるだろ」
えっ? 爵位、剥奪……ってどういうこと?
「あの……それって……」
「お前が思わせぶりな態度とって俺を嵌めるように仕向けたんだろ。そうに決まってるっ!
公爵家は俺の言いなりだったんだ! それなのに、お前のせいで俺は平民にさせられたんだ!
お前さえいなければ俺がこんな目に遭うことはなかったんだ! 全部お前のせいなんだよっ!」
この人がなんでこんなに怒りをぶつけてくるのか、何もわからず僕はただ責め立てられるのをじっと聞いてるだけしかできない。
怖くて怖くて声も出せなかったんだ。
ああ、なんで僕、窓を閉めちゃったんだろう。
開けていれば部屋の中に戻れたかもしれないのに。
僕の数歩後ろにある窓がまるで要塞のように僕が中に戻るのを阻んでいるみたいだ。
「平民に落とされた今、俺には怖いものなんて何もない。これ以上罰を与えられることもないだろうからな。
だからこの家に忍び込んで力ずくで公爵さまより先にお前を奪ってやろうと思って様子を伺ってたんだ。
そしたら今日は珍しく見張りの騎士たちがいない。
おかしいなと思ってたらお前がバルコニーに出てきたんだ。
俺を呼ぶためにわざと人払いしたんだろ? 正直に言えよ。俺が可愛がってやるからさ」
「ちがっ――! 誤解です! ちょっと来ないで! 近づかないで!」
「大体、俺だけ酷い目に遭わされて、嵌めたお前はなんのお咎めもなしとかおかしいからな。
公爵さまとはまだヤッてないんだろ? ははっ。公爵さまが悔しがる顔が楽しみだぜ」
「いやぁーーっ、助けてーーっ! ランハートさんっ!!!」
舌なめずりしながら近づいてくるこの男が怖くて気持ち悪くて後退りしながら思いっきり叫ぶと、突然部屋の中から
『ドォーーーーン!!!』と大きな音がして、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。
と同時に、
「ぐぇっっ!!!!」
という苦しげな声が耳に飛び込んできた。
『えっ? えっ?』
突然のことに何が何だかわからないでいると、急に大きな温かいものにぎゅっと抱き込まれた。
誰だかわからなくて一瞬恐怖が込み上げたけれど、ふわっと香ってきた匂いにこれがランハートさんだと気づいた。
「ヒジリ、なんともないか?」
蕩けるような甘い声にホッとして顔を上げると、目の前のランハートさんは本当に僕を心配してくれていたようで目にはうっすら涙が見えた。
「ランハートさん、ぼく……こわかった」
「助けが遅くて悪かった。怖がらせてしまったな」
「ううん、ランハートさんがきてくれてうれしかった。ありがとうございます」
「ああ、ヒジリ……本当によかった」
本当に心から安心したように言いながら僕を抱きしめてくれるその気持ちが嬉しくて、僕もランハートさんの背中に手を回して思いっきり抱きついた。
「おいっ! お前たち、こいつをすぐに連れて行け!」
「はっ」
バタバタと数人の騎士さんたちがバルコニーに倒れたあの人を縛り上げてあっという間に連れていく。
騒がしかった部屋は一瞬にして静寂を取り戻した。
僕はその間もずっとランハートさんに抱きしめられたままで、安心感に包まれながらも鼓動が速くなるのを感じていた。
「えっ? えっ? あっ、あの……ね、ネイハム、さん……?」
「ははっ。せいかーい!」
「な、なんで、なんでここに……?」
「店に行けないなら直接会いに来るしかないかなって」
「お店に行けない、って……どういう意味ですか?」
「はっ。知っててわざと聞いてんの?」
えっ? 何? どういうこと?
僕が何かしたってこと?
「わざとって……ぼ、僕は何も……」
「ねぇ、ヒジリちゃん。前にここに立ってただろ? あの時、俺が通るのを見て慌てて部屋から飛び出して見に出てきたんだよね? ほら、俺の方見ながら笑顔見せてたじゃん」
「そ、そんな知らない」
赤い月の光を浴びながらニヤリと不敵な笑みを浮かべ、話しかけてくる彼が怖くて否定することしかできない。
前にここにって……確かにバルコニーに出てたけど誰の姿も見なかったはず。
お店をオープンする日の夜、目が冴えて夜中に風に当たろうとバルコニーに出たんだ。
そう、公爵さまにいつか僕のケーキを食べてもらえたら……ってそう思ってただけ。
「嘘つくなよ。だからわざわざ店に会いに行ってやったのにさ。はじめまして~みたいな顔して。まぁあの爺さんの手前、知らない振りしたんだろうけど。仕方ないから食べたくもないやつ毎日買いに行ってやってたってのに」
「食べたくもないやつ……。じゃ、じゃあ、あのケーキどうしたんですか?」
「ああ、アレ? アレは帰る途中のゴミ箱に捨ててたよ。当たり前だろ、あんなの好んで食べるヤツなんかいるのかよ。
俺はさ、お前が欲しかっただけなんだよ。あんな甘ったるそうなのなんかどうでもいい」
どうでもいい……。
酷い……酷すぎる。
僕はお客さんが喜ぶ笑顔が見たくて毎日一生懸命作ってたのに。
あのケーキたちが食べられもせずに捨てられてたなんて……。
僕はなんでこんな人に売ってしまったんだろう……。
「俺はお前さえ手に入ればよかったんだよ。それなのに……爵位剥奪なんて酷すぎるだろ」
えっ? 爵位、剥奪……ってどういうこと?
「あの……それって……」
「お前が思わせぶりな態度とって俺を嵌めるように仕向けたんだろ。そうに決まってるっ!
公爵家は俺の言いなりだったんだ! それなのに、お前のせいで俺は平民にさせられたんだ!
お前さえいなければ俺がこんな目に遭うことはなかったんだ! 全部お前のせいなんだよっ!」
この人がなんでこんなに怒りをぶつけてくるのか、何もわからず僕はただ責め立てられるのをじっと聞いてるだけしかできない。
怖くて怖くて声も出せなかったんだ。
ああ、なんで僕、窓を閉めちゃったんだろう。
開けていれば部屋の中に戻れたかもしれないのに。
僕の数歩後ろにある窓がまるで要塞のように僕が中に戻るのを阻んでいるみたいだ。
「平民に落とされた今、俺には怖いものなんて何もない。これ以上罰を与えられることもないだろうからな。
だからこの家に忍び込んで力ずくで公爵さまより先にお前を奪ってやろうと思って様子を伺ってたんだ。
そしたら今日は珍しく見張りの騎士たちがいない。
おかしいなと思ってたらお前がバルコニーに出てきたんだ。
俺を呼ぶためにわざと人払いしたんだろ? 正直に言えよ。俺が可愛がってやるからさ」
「ちがっ――! 誤解です! ちょっと来ないで! 近づかないで!」
「大体、俺だけ酷い目に遭わされて、嵌めたお前はなんのお咎めもなしとかおかしいからな。
公爵さまとはまだヤッてないんだろ? ははっ。公爵さまが悔しがる顔が楽しみだぜ」
「いやぁーーっ、助けてーーっ! ランハートさんっ!!!」
舌なめずりしながら近づいてくるこの男が怖くて気持ち悪くて後退りしながら思いっきり叫ぶと、突然部屋の中から
『ドォーーーーン!!!』と大きな音がして、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。
と同時に、
「ぐぇっっ!!!!」
という苦しげな声が耳に飛び込んできた。
『えっ? えっ?』
突然のことに何が何だかわからないでいると、急に大きな温かいものにぎゅっと抱き込まれた。
誰だかわからなくて一瞬恐怖が込み上げたけれど、ふわっと香ってきた匂いにこれがランハートさんだと気づいた。
「ヒジリ、なんともないか?」
蕩けるような甘い声にホッとして顔を上げると、目の前のランハートさんは本当に僕を心配してくれていたようで目にはうっすら涙が見えた。
「ランハートさん、ぼく……こわかった」
「助けが遅くて悪かった。怖がらせてしまったな」
「ううん、ランハートさんがきてくれてうれしかった。ありがとうございます」
「ああ、ヒジリ……本当によかった」
本当に心から安心したように言いながら僕を抱きしめてくれるその気持ちが嬉しくて、僕もランハートさんの背中に手を回して思いっきり抱きついた。
「おいっ! お前たち、こいつをすぐに連れて行け!」
「はっ」
バタバタと数人の騎士さんたちがバルコニーに倒れたあの人を縛り上げてあっという間に連れていく。
騒がしかった部屋は一瞬にして静寂を取り戻した。
僕はその間もずっとランハートさんに抱きしめられたままで、安心感に包まれながらも鼓動が速くなるのを感じていた。
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