上 下
16 / 80

甘やかな声 〜ランハートside

しおりを挟む
ヒジリと手を繋ぎ、焼き菓子の店へと向かう。
外まで漂ってくる甘い香りにヒジリは嬉しそうに笑っている。
やはり菓子の店を開きたいというだけあって、菓子が好きなのだな。
無邪気な顔で微笑む姿のなんと美しいことか。

店に入ると、やはりというか当然とでもいうのか、女性たちの姿しか見えないがヒジリはそんなことは気にならないようだ。
我々の姿を見て急に騒々しくなった店内の奥から店主が駆け寄ってきて、私とヒジリを奥の席へと案内してくれた。

ここならヒジリもゆっくりと菓子を堪能できることだろう。

私はヒジリのためにこの店に置いてある全ての焼き菓子を注文したが、食が細いヒジリには全部食べ切ることは難しいだろう。
私自身甘いものは苦手ではないが、そこまでたくさんの焼き菓子を一度に食することはまずない。
しかし、ヒジリが齧ったものならばどれだけでも食べられる自信がある。
だから安心して残してくれて良いのだぞ。

すぐに焼き菓子が運ばれ、目を輝かせたヒジリは少しずつ味わうようにモグモグと食べ始めた。
ふふっ。なんと愛らしいことだろう。

途中ヒジリの食が止まったのが気になり、声をかけると『美味しくて驚いただけ』と話し、その上で私に味の感想を聞かせてくれないかと言い出した。

なるほど、自分の感想と私の感想とが一致するのかを知りたいのだろうか?

じゃあ、どれを頂こうか。
できることならヒジリの食べかけがいいのだがな……と悩んでいると、突然ヒジリが目の前にあった焼き菓子の一つをとり、小さく切って私に『あーん』と差し出してきたではないか。

まるで恋人のようなその仕草に思わずドキッとしてしまう。
なぜなら、自分の使っていたカトラリーで食事を食べさせるのはもうその2人の間に交わりがあったという証なのだ。

店内にいる客たちにも私たちのそんな光景が見えてしまったのか、先ほどよりも店内が騒ついている。
ヒジリが視線を向けると静かになったようだが、もうそんなことはどうでもいい。

私は他の客たちからヒジリが見えないようにそっと身体を動かし、ヒジリの手ずから焼き菓子を食べさせてもらった。
ああ、この菓子はこんな美味なものであったか?
いや、きっとヒジリが美味しくさせているのだ。

「美味しい?」

『く――っ! ヒジリが食べたいっ』
下から覗き込むようにそう尋ねられ私は思わずそう答えそうになったのを必死に押さえつけ、声を上擦らせなから『美味しい』と答えた。

食べさせてもらったのだから私もヒジリに食べさせてもいいだろう?

グレイグが見たら怒りそうな気もするが、まぁ知られることはないだろう。

カトラリーに焼き菓子を小さく切って乗せ、ヒジリに向けるとヒジリは目を瞑ったまま
『あーん』と小さな唇を開いてみせた。

その隙間から赤く小さな舌が見えている。

ああ、唇を重ねその赤く小さな舌に吸い付いて、絡み合わせてそして首筋にも口付けを――

そんな妄想が頭をよぎる。

「んんっ、早くぅ……」

口を開けているのが辛かったのだろうが、その甘やかな声にグッと中心が熱くなった。
こんな声が外で聴けるとは思いもしなかったな。

私は慌ててヒジリの口に菓子を入れてやり、そして何食わぬ顔でそのカトラリーで目の前にある小さな菓子を取り自分の口に入れた。

やはりヒジリが口に含んだカトラリーで食せば、なんでも美味しく感じるのだな。

『んんっ、早くぅ……』
さっきのヒジリの甘やかな声は耳にしっかりと記憶したから、詰所に戻ってから何度も繰り返し思い出すとしよう。
ああ……今日はゆっくり眠れそうだ。
いや、気が昂って逆に眠れないかもしれないな。
まぁそれはそれで幸せなことだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...