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口付けの意味 〜グレイグside
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以前旦那さまが運命のお方のためにとお建てになったあの別宅。
建てられた時にはいささか可愛らしすぎるようにも思えたが、今思えば旦那さまにはヒジリさまのお好みを理解されていたのではと思う。
あの別宅に入るや否や、目を輝かせ喜びの表情を浮かべられたヒジリさまを愛おしそうに見つめられていた旦那さま。
ようやく運命の人にこの別宅を使っていただけることの喜びを噛み締めていらっしゃったのでしょう。
ヒジリさまが部屋の探検をされると奥に入っていかれた途端、旦那さまは何かを思い出したかのように私の元に駆け寄ってこられた。
「そういえば、先日騎士団の練習後に2階の寝室で仮眠を取ったのだが、部屋は整っているか?」
ヒジリさまに汚れた部屋をお見せになりたくないと焦っておられるご様子だ。
ふふっ。公爵さまであり、泣く子も黙る騎士団長さまであっても運命のお方の前ではただの殿方のようでございます。
偶然にもヒジリさまと公爵家の中庭でお会いする前に、こちらのお部屋のお掃除は済んでおります。
なんの問題もございません。
何よりシェーベリー公爵家家令の私めがそんな抜かりなどございませんよ。
「旦那さま、ご安心くださいませ。塵一つございません」
「そうか、よかった」
安堵されるお姿に内心私も胸を撫で下ろしておりました。
旦那さまがこんな冷静ではいられないほどに心奪われるお方と巡り合える、そんな日がようやく訪れたことに。
ヒジリさまはこの別宅がお気に召したようで、準備が整い次第、公爵家を出られてこちらで生活をされることが決まり、詳しいことはまた明日話し合いをされるということで旦那さまと共に公爵家へと帰宅された。
私は旦那さまにヒジリさまをお任せし、お風呂の支度のために部屋を出たのは、旦那さまにヒジリさまとの2人の時間を作るようにと指示されたからだ。
しかしながら、ヒジリさまはあまり恋愛ごとには不慣れなご様子。
旦那さまの性急さに怖がられたりはしないかとそれだけが心配であった。
あまり長い時間ふたりっきりにしておくのはあまりにも心配で、お風呂の支度もそこそこにヒジリさまの元へと向かった。
しかし、もうすでに部屋の中に旦那さまの姿はなかった。
そしてヒジリさまのご様子が少しおかしいことにはすぐに気づいた。
何度かお声かけをしてようやく気づかれたヒジリさまのご様子に絶対に何かがあったと確信したが、こちらから聞き出すことは流石に憚られる。
とりあえず今日はゆっくりお風呂にも入っていただいて休んでいただくことにした。
翌朝、起きてこられたヒジリさまはよくお眠りになられたようでお顔はすっきりとされているようだった。
少し何かを考えていらっしゃるようにお見受けしたが食事を目の前にすると嬉しそうな表情をお見せになって安心した。
しかし、なかなか手をつけようとされない。
何か食べられないものでもあったかと心配していると、
『もし、よかったらグレイグさんも一緒にテーブルについて食事ができたらなって……』と仰った。
今までこの公爵家でたくさんのお方に給仕してきたが、私のようなものと一緒にお食事をと望んでくださった方など、1人もいらっしゃらなかった。
驚きと同時に私は喜びでいっぱいだった。
やはり旦那さまの運命のお方であるヒジリさまは本当に素晴らしいお方だ。
とはいえ、旦那さまよりも先に私がヒジリさまと2人で食事をしたとなれば旦那さまのお怒りは想像しただけでも恐ろしい。
かといってヒジリさまからのせっかくのお誘いをお断りすることもできず、食事をされているヒジリさまとコーヒーを一緒に飲ませていただくことにした。
これなら旦那さまもお許しくださることだろう。
ヒジリさまのお話は大変興味深く、楽しい食事時間を過ごしていたのだが突然ヒジリさまが意を決した表情で私に質問があると仰った。
ようやく昨夜からのヒジリさまの憂いが伺えると内心安堵していると、ヒジリさまの口からとんでもない言葉が発せられた。
最初は『額へのきす』と仰って意味がわからなかったものの、詳しく話を聞けば、どうやらヒジリさまは昨夜旦那さまから額へ口付けをされたとのこと。
旦那さまーっ!!
何もお分かりでないヒジリさまに口付けなさるとは……手が早すぎでございます。
このランジュルス王国では口付けは額だろうが手であろうが唇であろうがどこであっても同じ意味を持つ。
『あなたと深いところまで交わりたい』
そう、婚姻が決まっている間柄なら口付けは閨への誘いの合図。
婚約者でなければ、『私を相手に選んでほしい』という表れ。
ようやく現れた運命のお方を前に旦那さまが暴走してしまったのはもはや仕方がないことであるが、それをヒジリさまにどのようにお伝えするべきか……。
私の返答如何によってはヒジリさまの運命がお変わりになってしまう。
とはいえ、ヒジリさまに閨への誘いの合図だとお伝えするわけにもいかず、回りくどい説明になってしまったがなんとか納得してもらえただろうか?
「相手を深く知りたい……? 仲良くなりたい時の挨拶ってことですか?
うーん、じゃあ……例えばグレイグさんとか、これから知り合う人には僕からしたほうがよかったりとかします?」
いえいえ、と、とんでもないっ!!!
私がヒジリさまと口付けを交わしているところが旦那さまに見られでもしたら……血を見ることは明らかだ。
ヒジリさまの御国では口付けがどのような位置付けにあるのかはわからぬがこれはきちんと訂正をしておかなければ。
必死に説明をしてなんとか旦那さまのみだと納得していただけたようだが、
『じゃあ僕も今度ランハートさんに会ったらおでこに口付けしてみますね』
とにこやかに話すヒジリさまにこれ以上ご説明することは難しい。
それもこれも旦那さまが不用意にヒジリさまに口付けをするからでございますよ!
旦那さまにきつくお灸を据えておかなければ。
建てられた時にはいささか可愛らしすぎるようにも思えたが、今思えば旦那さまにはヒジリさまのお好みを理解されていたのではと思う。
あの別宅に入るや否や、目を輝かせ喜びの表情を浮かべられたヒジリさまを愛おしそうに見つめられていた旦那さま。
ようやく運命の人にこの別宅を使っていただけることの喜びを噛み締めていらっしゃったのでしょう。
ヒジリさまが部屋の探検をされると奥に入っていかれた途端、旦那さまは何かを思い出したかのように私の元に駆け寄ってこられた。
「そういえば、先日騎士団の練習後に2階の寝室で仮眠を取ったのだが、部屋は整っているか?」
ヒジリさまに汚れた部屋をお見せになりたくないと焦っておられるご様子だ。
ふふっ。公爵さまであり、泣く子も黙る騎士団長さまであっても運命のお方の前ではただの殿方のようでございます。
偶然にもヒジリさまと公爵家の中庭でお会いする前に、こちらのお部屋のお掃除は済んでおります。
なんの問題もございません。
何よりシェーベリー公爵家家令の私めがそんな抜かりなどございませんよ。
「旦那さま、ご安心くださいませ。塵一つございません」
「そうか、よかった」
安堵されるお姿に内心私も胸を撫で下ろしておりました。
旦那さまがこんな冷静ではいられないほどに心奪われるお方と巡り合える、そんな日がようやく訪れたことに。
ヒジリさまはこの別宅がお気に召したようで、準備が整い次第、公爵家を出られてこちらで生活をされることが決まり、詳しいことはまた明日話し合いをされるということで旦那さまと共に公爵家へと帰宅された。
私は旦那さまにヒジリさまをお任せし、お風呂の支度のために部屋を出たのは、旦那さまにヒジリさまとの2人の時間を作るようにと指示されたからだ。
しかしながら、ヒジリさまはあまり恋愛ごとには不慣れなご様子。
旦那さまの性急さに怖がられたりはしないかとそれだけが心配であった。
あまり長い時間ふたりっきりにしておくのはあまりにも心配で、お風呂の支度もそこそこにヒジリさまの元へと向かった。
しかし、もうすでに部屋の中に旦那さまの姿はなかった。
そしてヒジリさまのご様子が少しおかしいことにはすぐに気づいた。
何度かお声かけをしてようやく気づかれたヒジリさまのご様子に絶対に何かがあったと確信したが、こちらから聞き出すことは流石に憚られる。
とりあえず今日はゆっくりお風呂にも入っていただいて休んでいただくことにした。
翌朝、起きてこられたヒジリさまはよくお眠りになられたようでお顔はすっきりとされているようだった。
少し何かを考えていらっしゃるようにお見受けしたが食事を目の前にすると嬉しそうな表情をお見せになって安心した。
しかし、なかなか手をつけようとされない。
何か食べられないものでもあったかと心配していると、
『もし、よかったらグレイグさんも一緒にテーブルについて食事ができたらなって……』と仰った。
今までこの公爵家でたくさんのお方に給仕してきたが、私のようなものと一緒にお食事をと望んでくださった方など、1人もいらっしゃらなかった。
驚きと同時に私は喜びでいっぱいだった。
やはり旦那さまの運命のお方であるヒジリさまは本当に素晴らしいお方だ。
とはいえ、旦那さまよりも先に私がヒジリさまと2人で食事をしたとなれば旦那さまのお怒りは想像しただけでも恐ろしい。
かといってヒジリさまからのせっかくのお誘いをお断りすることもできず、食事をされているヒジリさまとコーヒーを一緒に飲ませていただくことにした。
これなら旦那さまもお許しくださることだろう。
ヒジリさまのお話は大変興味深く、楽しい食事時間を過ごしていたのだが突然ヒジリさまが意を決した表情で私に質問があると仰った。
ようやく昨夜からのヒジリさまの憂いが伺えると内心安堵していると、ヒジリさまの口からとんでもない言葉が発せられた。
最初は『額へのきす』と仰って意味がわからなかったものの、詳しく話を聞けば、どうやらヒジリさまは昨夜旦那さまから額へ口付けをされたとのこと。
旦那さまーっ!!
何もお分かりでないヒジリさまに口付けなさるとは……手が早すぎでございます。
このランジュルス王国では口付けは額だろうが手であろうが唇であろうがどこであっても同じ意味を持つ。
『あなたと深いところまで交わりたい』
そう、婚姻が決まっている間柄なら口付けは閨への誘いの合図。
婚約者でなければ、『私を相手に選んでほしい』という表れ。
ようやく現れた運命のお方を前に旦那さまが暴走してしまったのはもはや仕方がないことであるが、それをヒジリさまにどのようにお伝えするべきか……。
私の返答如何によってはヒジリさまの運命がお変わりになってしまう。
とはいえ、ヒジリさまに閨への誘いの合図だとお伝えするわけにもいかず、回りくどい説明になってしまったがなんとか納得してもらえただろうか?
「相手を深く知りたい……? 仲良くなりたい時の挨拶ってことですか?
うーん、じゃあ……例えばグレイグさんとか、これから知り合う人には僕からしたほうがよかったりとかします?」
いえいえ、と、とんでもないっ!!!
私がヒジリさまと口付けを交わしているところが旦那さまに見られでもしたら……血を見ることは明らかだ。
ヒジリさまの御国では口付けがどのような位置付けにあるのかはわからぬがこれはきちんと訂正をしておかなければ。
必死に説明をしてなんとか旦那さまのみだと納得していただけたようだが、
『じゃあ僕も今度ランハートさんに会ったらおでこに口付けしてみますね』
とにこやかに話すヒジリさまにこれ以上ご説明することは難しい。
それもこれも旦那さまが不用意にヒジリさまに口付けをするからでございますよ!
旦那さまにきつくお灸を据えておかなければ。
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