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ひとときの同棲生活

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しばらく経って、そろそろ夕食の支度をと考えていると、玄関先に置いたままになっていたキャリーケースの隣に発泡スチロールの箱が置いてあるのに気づいた。
そういえば、倉橋さんがキャリーケース以外に荷物を持っていた気がする。

悠真を抱きかかえて外を歩けるという喜びであまり目に入っていなかったが、確かに持っていた。
それが発泡スチロールだったかは定かでないが、おそらくそれだろうとその箱に近づくと箱に手紙が貼ってあった。

<蓮見からの貰い物ですが、どうぞ2人で召し上がってください>

やはり倉橋さんからの荷物だったなとホッとした。
涼平さんからの頂き物で食材といえば、もしやあれだろうか? と箱を開けてみると、最高級の石垣牛のステーキが数枚入っていた。

これ1枚で1万円はしそうだな……。

こんなにすごいものをポンとくれるだなんて、倉橋さんの気前の良さにただただ驚かされるばかりだ。

私が気づかずにしばらくそのままになっているかもしれないとわかっていたのか、きちんと保冷ケースに入れられていたおかげでステーキ肉はまだ冷凍状態を保っていた。

そんなところでも倉橋さんの気遣いに驚きつつ、

「悠真、倉橋さんからいただきましたよ」

と箱ごと悠真の元へと運ぶと驚きつつも嬉しそうに笑っていた。

「社長にお礼のメッセージを入れておきましょう」

「電話で直接お礼を言った方がいいのでは?」

「いえ、今頃八尋さんのところで呑んでいると思いますから」

そういうと、悠真は慣れた手つきで倉橋さんへとメッセージを送っていた。
倉橋さんが悠真のことを理解しているように悠真もまた倉橋さんのことを理解しているだと思うと、少し嫉妬してしまう。
一緒にいた時間が比べようもないほど違うのだから仕方がないのだけれど、悠真のことは私が一番よくわかると思っていたい。
そして逆も。

悠真がメッセージを送り終えたのを見計らって、

「じゃあ、今日はこのお肉でステーキにしましょうか」

と声をかけキッチンに行こうとすると、グイッと服の裾が引っ張られた。

「えっ? 悠真?」

「離れちゃダメです。私もキッチンに連れて行ってください」

悠真の可愛いわがままに思わず顔が綻びる。
自分のテリトリー内でここまで私に素を晒してくれているのだ。
これはきっと倉橋さんも知らない悠真だ。

そう思うと、さっきまでの仄かな嫉妬心が一気に霧散する。

「わかりました。私から離れないでくださいね」

広いアイランドキッチンで、料理をしている私がよく見える位置に椅子を移動させそこに座らせた。

「ここなら私が見えますか?」

「はい。私の家のキッチンに伊織さんが立っているなんて、なんだか夢みたいですね」

恍惚とした表情で私を見つめる悠真に、一瞬にして滾りそうになったが今から夕食の支度だ!
と自分で自分に言い聞かせて調理に取り掛かった。

コーンの缶詰でコーンスープを手早く作り、付け合わせ用にじゃがいもを茹で始めた。
その間にガーリックライスでも作ろうかと思ったが、可愛い悠真のことだ。
ニンニクの匂いが気になってキスをしてくれなくなったら困ると、今回は白米を炊くだけにしておいた。

とすれば、ステーキソースもニンニクを使わない方がいいだろうと食材を見てみると赤ワインとリンゴジュースを見つけた。
よし、これならいいソースができそうだ。

白米が炊けるのと同じタイミングで付け合わせをさらに盛り付け、ステーキ肉を焼き、肉汁と合わせてソースを作った。

私が調理しているのを嬉しそうに見つめる悠真のおかげでいつもよりも捗った気がする。

あっという間に料理を仕上げて、ダイニングテーブルに並べると悠真は

「すごいっ! 伊織さんのお料理、とっても美味しそうです!」

と目を輝かせて喜んでくれた。

悠真がいただきますと手を合わせ、まずステーキから箸をつけた。

「んんっ、美味しいです! このお肉はもちろんですけど、このソースとっても美味しいです」

「ふふっ。よかった。ニンニクを入れないように作ったのでキスしても気になりませんよ」

パチンとウインクして見せると、悠真は顔を真っ赤にしながらも

「それならよかったです。伊織さんとキスできないなんて嫌ですから……」

と言ってくれた。

ああ、もうどうしてこんなふうにすぐに煽ることを言うのだろう、この子は。
すぐにでも押し倒したくなる気持ちをグッと堪えて、

「私もですよ」

と返すのが精一杯だった。

あっという間に食事を終え、片付けを済ませてから

「伊織さん、お風呂入りませんか?」

と誘われた。

まさか悠真から誘われるなんて!! と驚いたのだが、

「あっ、ちが――っ、誘ったわけではなくて……あの」

と真っ赤な顔で否定してきたが、さっき一度煽られている私はもう抑えられそうにない。

「一緒じゃダメですか?」

悠真の耳元でそう囁くと、悠真は恥ずかしそうに

「いえ、あの、本当は……一緒が、いいです……」

と答えた。

そんなことを聞いたらもう一緒に入らないという選択肢はない。
ああ、だが……ここにはローションも何もないはずだ。

どうする? と自問自答しながらそういえば……今日の昼間の出来事を思い出した。

あれは悠真をソファーに座らせて、倉橋さんと離れに荷物を取りに行っていた時――


「安慶名さん、そういえば、昨日のローションの使い心地はいかがでしたか?」

そう問いかけられて、少し照れてしまったものの使ったことは知られているのだからここで恥じらうほど若くもない。

「ああ、あれは素晴らしいですね。あのおかげで悠真を傷つけずに済みました」

素直に感想を述べた。
実際に、他のローションを使ったことはないが潤いもかなり長い間持続していたし、それに何を原料に使っているかわからないものよりも倉橋さんが開発に携わっているものの方が安心安全だと自信を持って言える。
倉橋さんは私の言葉ににっこりと笑顔を浮かべた。

「ふふっ。それならよかった。あれは私が開発したもので、実は一般流通はしていないんですよ」

「えっ? そうなんですか……残念です」

悠真と繋がるために東京の家でも準備しておこうと思っただけにかなりショックだった。
ところが、倉橋さんの口から驚きの言葉が飛び出した。

「大丈夫ですよ、私が全て用意しますから。東京にも、砂川の家にも、もちろん石垣に住み始めたらそちらにも定期的にお送りしますよ」

「えっ? そんな……ご迷惑では?」

「いえいえ、顧問弁護士も引き受けてくださる上に石垣島イリゼの方もご協力いただくんですから、お中元、お歳暮代わりにしても安すぎるくらいですよ」

にっこりと笑ってそう言われたら、もう断る理由などなかった。

それに一度あれを使ってしまったら他のものを使おうとは思えないのだし。
ここは倉橋さんに甘えるとしよう。

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「はい。お任せください。あ、それからこれを差し上げます」

そう言って、部屋の棚から取り出したローション5本とゴム2箱を紙袋に入れて渡してくれた。

「すぐになくなるとは思いますが、とりあえず安慶名さんがここにいらっしゃる分には足りるはずです。
ああ、もし足りなければすぐにお渡ししますので遠慮なく言ってくださいね」

3日分にしてはかなり多いが、こちらも遠慮なくいただいておくことにした。
それをキャリーケースに詰め、悠真の待つ本宅へと戻った。


そうだ、悠真との幸せな時間ですっかり忘れていたが、いいものを倉橋さんから貰っていたんだった。
私は

「ちょっと待っててください」

とその場を離れ、キャリーケースから例の紙袋を取り出し、

「悠真、一緒にお風呂に入りましょう」

と悠真を抱きかかえて意気揚々と風呂場へと向かった。
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