南国特有のスコールが初恋を連れてきてくれました

波木真帆

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初めての嫉妬と幸せな目覚め

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「悠真のご家族は皆さん、宮古島にいらっしゃるのですか?」

「父が数年前に他界して、今は母と祖母が宮古島でマンゴー農家をやっています。あと、8つ下の大学生の弟がいるのですが、大学に通うために東京に住んでいますよ」

「えっ? 弟さんがいらっしゃるんですか?」

「はい。今、桜城大学の3年生です。あ、伊織さんの後輩ですね」

「それは奇遇ですね」

「弟……真琴まことというんですが、真琴が無事に桜城大学に通えているのは実は社長のおかげなんです」

「倉橋さんの?」

「はい。真琴が桜城大学に行きたいって言い出した時、宮古島を直撃した台風で栽培していたマンゴーが全滅してしまって……。今までの蓄えで借金こそせずに済みましたけど、新しくビニールハウス畑を作り直したりする費用が嵩んで真琴を東京に行かせるのが難しくなったんです。でも、社長がビニールハウス再建の投資を率先してしてくださった上に、うちの実家のマンゴー農園を浅香さんのイリゼホテルの専属農園として契約してくれるよう話を通してくださったんです」

「それはすごいですね」

「はい。おかげでうちの農園の経営も以前よりも順調になりました。それに、東京にある社長の持っているマンションの一室を真琴のために格安で貸してくださることになって……だから私は、社長には足を向けて寝られないんですよ」

「そうだったんですね。でも、倉橋さんがそこまでしてくださるのも、悠真がK.Yリゾートになくてはならない人材だと思っているからこそではないですか?」

「ふふっ。そうだといいんですけど」

「倉橋さんが以前仰ってたんです。私がこうやって東京と沖縄を行ったり来たりして仕事を順調に進められるのも優秀な社員がいてくれるおかげだと。それは悠真のことでしょう?」

「社長がそんなことを?」

「はい。その時は悠真のことを知りませんでしたから、そんな優秀な社員に恵まれて倉橋さんは羨ましいなと思うだけでしたが、今は悠真と倉橋さんの関係に妬いてしまいそうです」

悠真が実家と弟さんの恩返しも兼ねて、倉橋さんと大好きなK.Yリゾートのために必死で働いているのはわかったが、なんとなく悠真と倉橋さんの間に私には入り込む余地のない深い絆のようなものが見えた気がして嫉妬のようなものが湧き上がっていた。

今回の件もそうだ。
悠真が問題を抱えていることにいち早く気づき、さりげなく見守って……。
悠真にそんな気がなくとも倉橋さんの方は悠真に気があったりするのではないだろうか?
距離の近い2人だけに気になって仕方がない。

「ふふっ。社長は私にとって確かに恩人ではありますが、彼に恋愛感情のようなものを抱いたことは一度もないですよ。
もちろん、社長も私にはそんな気なんてさらさらないでしょうし。私が心から惹かれたのは伊織さんだけです」

「悠真……」

悠真の真剣な表情に私は自分が恥ずかしくなった。
自分が嫉妬に駆られた上に、こんな愚かなことを発してしまった自分が本当に恥ずかしい。

「すみません。どう悠真のことになると自分でもわからない感情が込み上げてきて……」

「いえ、嬉しいですよ。伊織さんが嫉妬してくださるなんて……愛されてるって実感しますね。ふふっ」


ああ、もう……どうしてこの人は……。
私の欲しい言葉を言ってくれるのだろう。
彼が好きだ、愛している。
その思いがとどまることなく溢れていく。

「悠真……愛しています」

「私も伊織さんのこと……愛しています」

悠真が潤んだ瞳で私を見上げながら愛の言葉を告げてくれたのが嬉しくて、私はゆっくりと彼の唇に自分のそれを重ね合わせた。

もう軽く重ねるだけのキスでは満足できなくて、何度も何度も唇を喰み角度を変え悠真の唇を味わった。
そっと私の胸に添えられた彼の小さな手が可愛くてたまらず、私はそっと手を重ね合わせた。

私たちは淡い月の光に照らされながら、しばらくの間甘いキスに酔いしれていた。


翌朝、目を覚ました私は隣に眠る美しい人の存在に歓喜した。
ああ、昨日のことはやはり夢ではなかったのだ。

倉橋さんの電話を受けてからたった半日で私の人生は大きく変わってしまった。
これほどまでに朝の目覚めが幸せだった日はない。

私の腕の中ですやすやと寝息を立てる悠真が私の恋人になってくれたなんて。


――私も伊織さんのこと……愛しています

彼のこの言葉が何度も何度も頭の中でリフレインする。
あの時の喜びが込み上げてきて、思わず腕の中にいる彼をぎゅっと抱きしめてしまった。

「う、うーん」

私の胸元に顔を擦り付けながら猫のように身動ぐ彼が可愛くて見入ってしまっていると、彼の目がゆっくりと開き綺麗な瞳が現れた。

彼の美しい瞳に今朝初めて映ったのが自分の顔であることに途轍もない幸せを感じながら

「悠真、おはよう」

と満面の笑みで声をかけると、一瞬ニコッと笑顔を浮かべた後でパチパチと何度か瞬きをして

「――っ!」

と息を詰まらせながら悠真はパッと顔を赤らめた。

そして私の胸元に顔を隠すとややくぐもった声で

「あの……おはよう、ございます……」

と言ってくれた。

「どうしたんですか? 可愛い顔を見せてください」

「――っ、可愛い、だなんてそんな……私、昨日は酔ってて、伊……伊織さんに色々と恥ずかしいことをしてしまって……」

「もしかして……私に愛していると言ってくれたことを後悔してるんですか?」

酔った上での戯れだとそう言われたのだと思って、幸せだった気持ちがガラガラと崩れていくのがわかる。
悲しみに打ちひしがれながら後悔してるのかと尋ねると、

「そ、そんなことっ!! あるはずがありません!! 私はあなたが……」

必死な形相で一生懸命伝えようとしてくれている彼にホッとしつつも、一瞬でも奈落の底へと落とされたのが悔しかった。
だから、

「あなたが……なんですか?」

「その……伊織さんのことを愛してます……」

意地悪だとわかっていながら続きを促すと、彼は涙を潤ませ顔を赤らめながら私への思いを告げ、再び私の胸元へと顔を隠してしまった。

「ああ……悠真。すみません。意地悪をしてしまいました。
私も悠真を愛しています。だから、可愛い顔を隠さないでください」

ぎゅっと抱きしめながら彼の綺麗な髪にキスをすると、悠真はゆっくりと顔を上げて

「……怒って、ませんか?」

と小さな声で尋ねてきた。

「怒るだなんて……悠真が私の腕の中にいてくれるだけで、私はこんなにも幸せだというのに……あなたの気持ちを一瞬でも疑った私こそ悠真に怒られます」

「私……自分があんなに甘える人だなんて初めて知って……急に昨夜のことが甦ってきて恥ずかしくなっただけです。
伊織さんとのこと、後悔なんてしてません……」

「わかっています、悠真。私が臆病になっていただけなんです……。許してくれますか?」

「……許しません」

「えっ?」

「キス、してくれないと……許しません」

真っ赤な顔をしてそう言ってくれる悠真が愛おしくて、私は何度も彼にキスを贈った。
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