上 下
10 / 68

初めての嫉妬と幸せな目覚め

しおりを挟む
「悠真のご家族は皆さん、宮古島にいらっしゃるのですか?」

「父が数年前に他界して、今は母と祖母が宮古島でマンゴー農家をやっています。あと、8つ下の大学生の弟がいるのですが、大学に通うために東京に住んでいますよ」

「えっ? 弟さんがいらっしゃるんですか?」

「はい。今、桜城大学の3年生です。あ、伊織さんの後輩ですね」

「それは奇遇ですね」

「弟……真琴まことというんですが、真琴が無事に桜城大学に通えているのは実は社長のおかげなんです」

「倉橋さんの?」

「はい。真琴が桜城大学に行きたいって言い出した時、宮古島を直撃した台風で栽培していたマンゴーが全滅してしまって……。今までの蓄えで借金こそせずに済みましたけど、新しくビニールハウス畑を作り直したりする費用が嵩んで真琴を東京に行かせるのが難しくなったんです。でも、社長がビニールハウス再建の投資を率先してしてくださった上に、うちの実家のマンゴー農園を浅香さんのイリゼホテルの専属農園として契約してくれるよう話を通してくださったんです」

「それはすごいですね」

「はい。おかげでうちの農園の経営も以前よりも順調になりました。それに、東京にある社長の持っているマンションの一室を真琴のために格安で貸してくださることになって……だから私は、社長には足を向けて寝られないんですよ」

「そうだったんですね。でも、倉橋さんがそこまでしてくださるのも、悠真がK.Yリゾートになくてはならない人材だと思っているからこそではないですか?」

「ふふっ。そうだといいんですけど」

「倉橋さんが以前仰ってたんです。私がこうやって東京と沖縄を行ったり来たりして仕事を順調に進められるのも優秀な社員がいてくれるおかげだと。それは悠真のことでしょう?」

「社長がそんなことを?」

「はい。その時は悠真のことを知りませんでしたから、そんな優秀な社員に恵まれて倉橋さんは羨ましいなと思うだけでしたが、今は悠真と倉橋さんの関係に妬いてしまいそうです」

悠真が実家と弟さんの恩返しも兼ねて、倉橋さんと大好きなK.Yリゾートのために必死で働いているのはわかったが、なんとなく悠真と倉橋さんの間に私には入り込む余地のない深い絆のようなものが見えた気がして嫉妬のようなものが湧き上がっていた。

今回の件もそうだ。
悠真が問題を抱えていることにいち早く気づき、さりげなく見守って……。
悠真にそんな気がなくとも倉橋さんの方は悠真に気があったりするのではないだろうか?
距離の近い2人だけに気になって仕方がない。

「ふふっ。社長は私にとって確かに恩人ではありますが、彼に恋愛感情のようなものを抱いたことは一度もないですよ。
もちろん、社長も私にはそんな気なんてさらさらないでしょうし。私が心から惹かれたのは伊織さんだけです」

「悠真……」

悠真の真剣な表情に私は自分が恥ずかしくなった。
自分が嫉妬に駆られた上に、こんな愚かなことを発してしまった自分が本当に恥ずかしい。

「すみません。どう悠真のことになると自分でもわからない感情が込み上げてきて……」

「いえ、嬉しいですよ。伊織さんが嫉妬してくださるなんて……愛されてるって実感しますね。ふふっ」


ああ、もう……どうしてこの人は……。
私の欲しい言葉を言ってくれるのだろう。
彼が好きだ、愛している。
その思いがとどまることなく溢れていく。

「悠真……愛しています」

「私も伊織さんのこと……愛しています」

悠真が潤んだ瞳で私を見上げながら愛の言葉を告げてくれたのが嬉しくて、私はゆっくりと彼の唇に自分のそれを重ね合わせた。

もう軽く重ねるだけのキスでは満足できなくて、何度も何度も唇を喰み角度を変え悠真の唇を味わった。
そっと私の胸に添えられた彼の小さな手が可愛くてたまらず、私はそっと手を重ね合わせた。

私たちは淡い月の光に照らされながら、しばらくの間甘いキスに酔いしれていた。


翌朝、目を覚ました私は隣に眠る美しい人の存在に歓喜した。
ああ、昨日のことはやはり夢ではなかったのだ。

倉橋さんの電話を受けてからたった半日で私の人生は大きく変わってしまった。
これほどまでに朝の目覚めが幸せだった日はない。

私の腕の中ですやすやと寝息を立てる悠真が私の恋人になってくれたなんて。


――私も伊織さんのこと……愛しています

彼のこの言葉が何度も何度も頭の中でリフレインする。
あの時の喜びが込み上げてきて、思わず腕の中にいる彼をぎゅっと抱きしめてしまった。

「う、うーん」

私の胸元に顔を擦り付けながら猫のように身動ぐ彼が可愛くて見入ってしまっていると、彼の目がゆっくりと開き綺麗な瞳が現れた。

彼の美しい瞳に今朝初めて映ったのが自分の顔であることに途轍もない幸せを感じながら

「悠真、おはよう」

と満面の笑みで声をかけると、一瞬ニコッと笑顔を浮かべた後でパチパチと何度か瞬きをして

「――っ!」

と息を詰まらせながら悠真はパッと顔を赤らめた。

そして私の胸元に顔を隠すとややくぐもった声で

「あの……おはよう、ございます……」

と言ってくれた。

「どうしたんですか? 可愛い顔を見せてください」

「――っ、可愛い、だなんてそんな……私、昨日は酔ってて、伊……伊織さんに色々と恥ずかしいことをしてしまって……」

「もしかして……私に愛していると言ってくれたことを後悔してるんですか?」

酔った上での戯れだとそう言われたのだと思って、幸せだった気持ちがガラガラと崩れていくのがわかる。
悲しみに打ちひしがれながら後悔してるのかと尋ねると、

「そ、そんなことっ!! あるはずがありません!! 私はあなたが……」

必死な形相で一生懸命伝えようとしてくれている彼にホッとしつつも、一瞬でも奈落の底へと落とされたのが悔しかった。
だから、

「あなたが……なんですか?」

「その……伊織さんのことを愛してます……」

意地悪だとわかっていながら続きを促すと、彼は涙を潤ませ顔を赤らめながら私への思いを告げ、再び私の胸元へと顔を隠してしまった。

「ああ……悠真。すみません。意地悪をしてしまいました。
私も悠真を愛しています。だから、可愛い顔を隠さないでください」

ぎゅっと抱きしめながら彼の綺麗な髪にキスをすると、悠真はゆっくりと顔を上げて

「……怒って、ませんか?」

と小さな声で尋ねてきた。

「怒るだなんて……悠真が私の腕の中にいてくれるだけで、私はこんなにも幸せだというのに……あなたの気持ちを一瞬でも疑った私こそ悠真に怒られます」

「私……自分があんなに甘える人だなんて初めて知って……急に昨夜のことが甦ってきて恥ずかしくなっただけです。
伊織さんとのこと、後悔なんてしてません……」

「わかっています、悠真。私が臆病になっていただけなんです……。許してくれますか?」

「……許しません」

「えっ?」

「キス、してくれないと……許しません」

真っ赤な顔をしてそう言ってくれる悠真が愛おしくて、私は何度も彼にキスを贈った。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

妹を溺愛したい旦那様は婚約者の私に出ていってほしそうなので、本当に出ていってあげます

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族令嬢であったアリアに幸せにすると声をかけ、婚約関係を結んだグレゴリー第一王子。しかしその後、グレゴリーはアリアの妹との関係を深めていく…。ある日、彼はアリアに出ていってほしいと独り言をつぶやいてしまう。それを耳にしたアリアは、その言葉の通りに家出することを決意するのだった…。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...