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理性を保ってさえいれば……

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買い物を終え、部屋へと戻ると彼は倉橋さんに連絡をするというので、その間に私もやるべきことを済ませることにした。

お互いに部屋に入り、私はすぐに警察へと電話をかけ先ほどの女についての情報を得た。

あの女が何かを細工したかもしれないアイスの鑑定結果は流石にまだ出ていなかったが、周辺への聞き込みの結果、どうやら彼女は以前から彼にストーカー行為のようなものをしていたらしい。

石垣島にあるK.Yリゾートの取引先を調べあげ、そこの従業員を仲間に引き入れ彼が石垣島を訪れる日程を聞き出し、周辺をうろついていたようだ。

彼は付き纏われていることに気づき、最近ではあまりあのパーラーには近づかないようにして自衛していたようだが、今日はイレギュラーな宿泊だったからあの女がいないと思っていたのだろう。

結局のところ、イレギュラーな宿泊の原因を作ったのがそもそもあの女だったのだからどうしようもないが。

これでアイスから何か出れば、あの女が彼に何かをしようと思っていたことは明白で車に細工したことと合わせれば立件は間違いない。

それにしても倉橋さんは彼が付き纏われていたことに気づいていたのだろうか?
もしかしたらそれも含めて私を一緒に泊らせたのでは? という思いが込み上げる。
倉橋さんにとっては大事な社員である彼のことを守らないわけがないからな。

とにかく、被害は未然に防ぐことができたんだ。
今日はゆっくりと彼を休ませてあげないと。

「あっ……!」

私が部屋を出ると、ちょうど彼も部屋から出てくるところで、彼はさっき私が贈った服を着てくれていた。
少し赤らめた頬が実に可愛らしい。

「着てくれたんですね。やはりすごく良くお似合いです」

「ありがとうございます。誰かに服を選んでいただくなんてこと初めてなので、すごく嬉しいです」

そうか……初めてなのか。
それだけで嬉しくなってしまう。

「あの、先ほどお借りした服はクリーニングをしてお返しいたしますから」

「そんなほんの少しの時間しか着ていらっしゃらないのですからどうぞお気になさらずに。
それよりもそろそろ食事をお願いしましょうか」

「あ、私が連絡してきます」

そういうと彼はさっと部屋を出て従業員に頼みに行ってくれたようだ。
すぐに帰ってきた彼の後を追うように我々の食事が運ばれてきた。

和室にあるテーブルに並べられた食事はなんとも豪華な料理ばかりで見ているだけでお腹が空いてくる。

鉄板に乗せられた分厚いステーキ肉は涼平さんのところから仕入れているらしい。
共同経営の芸能事務所以外は個々で関与せずだと思っていたが、倉橋さんの限定ツアーがこのイリゼホテルの宿泊者限定だったり、涼平さんのところの食材がここで食べられたりと、意外と繋がりを大切にしているのだなと思った。

特に、倉橋さんと涼平さんが特に浅香さんを大切にしているような雰囲気があるが、そこには恋愛感情というものは一切感じられなかった。
彼らの間にはそういうものよりももっと深いものを感じるのだ。

もしかしたら、宗一郎さんのゼミ生である倉橋さんと涼平さんは、皐月さんが一番目をかけていた浅香さんを大切に守るようにと教えられていたのかもしれないな。
まぁそれはあくまでも私の推測だが、あながち間違いでもなさそうだ。
そんな気がする。


「安慶名さん、いただきましょうか」

その呼びかけに私が席に着くと、

「あの、お酒は呑めますか?」

と尋ねられた。

もちろん、私は沖縄の男。
実際に人と飲み比べをしたことはないが、結構な量を呑んでも酔ったことはないし強い方だろう。
そういえば、彼も沖縄出身。
しかも酒豪が多くて有名な宮古島の出身だ。

ここは美味しい料理を食べながら一緒に酒を酌み交わすのもいい。

「もちろんです。いただきます」

「本当は泡盛はストレートでいただきたいんですけど、食事と一緒なので水割りにしておきましょうね。こちらの古酒クースは後でストレートでいただきましょう」

彼の提案に『そうですね、楽しみです』と返し、彼が作ってくれた水割りの入った琉球ガラスのグラスを受け取ると、彼は自分の分も手際よく水割りを作った。

「乾杯しましょうか」

「何に乾杯しますか?」

「それは、もちろん……私たちがこうやって同じ時間を過ごせることに……」

笑顔でグラスを掲げながらそう言うと、彼は『はい』とほんのりと頬を赤く染めてグラスを合わせてくれた。

「「乾杯」」

ゴクと喉を通ると、口当たりのまろやかな泡盛の芳醇な香りがふわりと広がった。

「ああ、久しぶりの泡盛ですね。美味しいです」

「ふふ。よかったです。実はこれ、私が好きな銘柄でさっき用意してもらうようにお願いしたんです。東京でも泡盛は買えますが、これはここでしか置いてないものなので」

ああ、なるほど。
それでわざわざ頼みに行ってくれたのか。

「そうなんですね、ありがとうございます」

それから泡盛を楽しみながら、あっという間に食事を平らげ片付けてもらった。

そろそろ風呂にでも入ろうか、そう考えて

「砂川さん、露天風呂をお使いください。私はあちらのお風呂をお借りしますので」

と彼に露天風呂を勧めた。
彼は仕事をした上にいろんなことがあって疲れているはずだ。
温泉にでも浸かって身体を癒してもらおうと考えたのだ。

ところが、彼からは驚くべき言葉が返ってきた。

「そんな、せっかくここに泊まるのに温泉にも入らずでは勿体無いですよ。
広い温泉ですし、あの……よければ一緒に入りませんか?」

「えっ……」

今、一緒にと言わなかったか?
まさか……。

「私と一緒に入るのは嫌ですか?」

身長の低い彼から上目遣いにそう尋ねられて、思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
嫌なわけがない。
だが、こんな欲に駆られた私が彼と一緒に入っていいものか……。

私が何も答えないからだろう。
少し涙を潤ませる彼に、私は断ることなどできなかった。
私さえ理性を保っていれば問題ないんだ。

「いえ、一緒に入りましょう」

そう答えると彼はにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、用意してきますね」

彼はパタパタと自分の部屋へと戻っていった。

彼の姿が見えなくなると私は『ふぅ』と深呼吸をついた。

なんとか理性を保つようにと何度も自分に言い聞かせながら、彼が戻ってくるのを待った。

「お待たせしました」

戻ってきた彼の手には先ほど買った下着しかない。
そういえば、寝巻きを買うのを忘れていたな。

「すみません、さっきのお店で寝巻きも一緒に買えばよかったですね。
気づかずにすみません。私の服を寝巻きがわりにお貸ししましょうか?」

「ふふっ。お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。
露天風呂には寝巻きがわりの浴衣が用意してあるので、私はそちらをお借りしますから」

「そうですか。ならよかった」

「じゃあ行きましょう」

そういうと彼は私の腕をとって温泉へと向かうと私の部屋の前で立ち止まった。

そうか、温泉は部屋の奥にあるのだから、部屋に入らなければ温泉へは入れない。
勝手に扉を開けるわけにもいかないから待ってくれているのか。

だが、私は彼に見られて困るようなものは何も持っていない。

「さぁ、どうぞ」

と中に招き入れ、

「私はお風呂の支度をしていきますので先に入っていてください」

と声をかけると、『はーい』と楽しげな声が聞こえた。

もしかしたら彼は少し酔っているのかもしれない。
ならば、あまり長湯はさせない方がいいだろう。

そう考えながら、急いで着替えと寝巻きを取り出し温泉へと向かった。

脱衣所に入ると、ちょうど彼が下着を脱いでいるところにかち合ってしまい後悔した。
もう少し時間を考えて入ればよかったと思いつつも、今更出るわけにもいかない。

私はできるだけ彼を視界に知れないように脱衣所の隅に荷物を置いた。

上着を脱ごうとしている私に

「安慶名さん、先に入っていますね」

と声をかけられ、つい振り向いてしまった私の目には温泉へと向かう彼の桃のように綺麗なお尻が見えていた。

「くっ――!」

それだけで昂ってしまいそうになるのを必死に抑えながら、私は服を脱ぎタオルを手に持った。
彼が腰にタオルを巻いていないというのに、私が巻いて入ればどう思うだろう?
だが巻かずに入るリスクは大きい。

しばし考え、とりあえずタオルを持った手でさりげなく隠しながら、温泉へと足を踏み入れた。
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