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思わぬ事態

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「倉橋さんとはお知り合いになって長いんですか?」

「7年くらいですね。大学4年の時に一人旅で初めて西表島に行った時にツアーをしてくださったのが倉橋だったんですよ。西表を選んだのはたまたまでしたけど、あれが私の人生の分かれ道だったようです。倉橋の所有している無人島をご存知ですか?」

「はい。資料で拝見しました。あの虹色の湖って本当にあんなに美しいのですか?」

「ええ、それはもう。せっかく西表に来たのだからと倉橋があの虹色の湖を見せてくれたのですが、あれを見た時に、この会社で働きたい! って思いました。ふふっ。私も単純ですね」

「いえ、そんなことはありませんよ。きっとあなたの心に響いたのでしょう」

「ふふっ。安慶名さん、お優しいんですね」

にっこりと微笑むその笑顔を、私が独り占めしたいなどと考えているとは思ってもいないのだろうな。

「あ、雨が止んだようですね」

彼の言葉に中庭を見ると、さっきまでの土砂降りが嘘のようにピタリと止んでいる。
やっぱりスコールカタブイだったんだな。

「雨も止んだことですし、着替えをお貸ししますので、せっかくですから少し外を散歩しに行きませんか?」

「はい。それはとても嬉しいのですが……着替えをお借りするなんて御迷惑では?」

「迷惑なら最初から提案なんてしませんよ。少しお待ちください」

私はすぐに自室に戻り、彼の着れそうな服を探した。

どれも彼には大きそうで悩んだものの、とりあえずTシャツと紐で縛ることのできるズボンを選んだ。
これならなんとか彼にも着られるはずだ。
着替えも必要だし、散歩のあとにでも彼に似合う服でも買いに行くことにしよう。

「さぁ、これをどうぞ。部屋はあちらの部屋をお使いください」

「はい。ありがとうございます、お借りします」

彼はそういうと、急いで部屋へと向かった。

彼が私の服を着て出てくる。
そう思うだけで胸が高鳴った。
やはりこんな感情は初めてだ。

あの服を彼がどう思うだろうか、そんな些細なことも気になり落ち着かず、広縁の椅子に置きっぱなしになっていた本を手に取ったが本を読む気にもなれない。

それはそうだろう、私の気持ちはもうとっくに本から彼に移ってしまっているのだから。

あまりの緊張に右往左往したくなる気持ちをグッと抑えながら、私は本を手にその場に立ち尽くしていた。

カタンと音がして振り向くとそこにはほんのりと頬を赤く染め私の服に身を包んだ彼の姿があった。

「――っ!」

思わず、可愛い! と言いたくなるのを必死に抑えたのだが、彼は私の反応を悪いように捉えたのか、

「すみません。安慶名さんの素敵なお洋服なんですが、私には似合わなくて……」

と顔を俯かせた。

「そんなことありませんよ。とてもよくお似合いです」

誤解をさせたくなくて食い気味に言ってしまい、彼は少し驚いていたが、ふふっと笑顔を見せてくれて

「ありがとうございます」

とお礼を言ってくれた。

「サンダルを用意していますから、それを履いて散歩に行きましょう。よかったら案内をお願いできますか?」

「はい。もちろんです」

にこやかな笑顔を見せる彼と共に部屋を出るとすぐに支配人が駆け寄ってきた。

「お車をご用意いたしますか?」

「いえ、この辺を散歩するだけですから大丈夫です」

「畏まりました。どうぞお気をつけてお過ごしください」

支配人に見送られながら、宿の玄関を出るとサラリと心地よい風が吹いてきた。

「ああ、気持ちがいいな」

「ええ。この時間は一番過ごしやすいんですよ」

彼はもう何度もこの宿には泊まっているようで、歩きながらいろんな話をしてくれるのだが、彼が説明してくれる柔らかな声が心地よくてもっと聞いていたい……そんな気にさせられる。

「あの、少しそこで休んでいきませんか? 今日だと大丈夫だと思うので」

「ええ、喜んで」

彼の含みを持った言葉が少し気になったものの、思いがけず彼に誘われて断るわけもない。

連れられて行った先は昔ながらの簡易店舗パーラー
沖縄にはよくあるアイスやタコス、ハンバーガーなどを売っている小さなお店だ。
その先に綺麗なビーチが見える。

「ここの昔ながらのアイスが美味しいんですよ。私はいつもここにくると懐かしくなって買ってしまうんです。最近は少し来られなかったんですが、気さくなおばあちゃんが売ってて話をするのも楽しいんです」

「そうなんですか? ふふっ。砂川さんの可愛らしい一面が見えましたね」

「――っ!」

しまった! 私の不用意な発言に彼が一気に顔を赤らめてしまった。
男なんかに可愛らしいなどと言われて嬉しいわけがないというのに。
きっと馬鹿にされたと思ったに違いない。

「あ、あの――」
「安慶名さんも……ここのアイス食べたら子どもに戻りますよ」

慌てて発言を取り消そうとした私に、彼は無邪気な笑顔でそう返してくれた。

ああ……もうだめだ。
私はこの彼を諦められそうにない。

このまま思いが伝わらなくてもいい。
この彼の笑顔をずっと見守っていたい。

そう思った。



「砂川さんおすすめのアイス、食べましょうか?」

「はい」

彼に案内されパーラーに行くと、

「あっ! 悠真さんっ! やっぱり来てくれた!」

と嬉しそうな女性の声が聞こえた。

あれ? おばあさんだと話していたのに。
今日は違うんだろうか。
家族経営でやっているならまぁそういうこともあるだろうけれど。


彼女の方は砂川さんと会えてよほど嬉しいのだろう。
バタバタとパーラーから出てきて、彼の前に顔を出してきた。

「待ってたんですよ~。もう、遅いじゃないですかぁ」

少し拗ねた顔をみせる少し日焼けした可愛らしい女性の突然の登場に私は少なからずショックを受けていた。

彼女の仲良さげな話し方にもしかしたら砂川さんの彼女だろうか?

と一瞬思ったのだが、彼は彼女を見て、

「あ、確かここのパーラーの娘さんでしたね。お久しぶりです」

とさっきまで私に見せてくれていた笑顔からスッとよそいきの笑顔へと変わったばかりか、一瞬顔を強張らせた。
それだけで彼と彼女が深い関係などではないことがすぐにわかり、安堵した。

それにしても砂川さんの表情が気になる。
彼女との間に何かあるのだろうか?

「もう、悠真さん! そんな他人行儀な話し方なんてやめてくださいよ。
せっかく久しぶりに会えたっていうのに~」

なんだろう、この違和感。
彼女は仲が良さそうな雰囲気を醸し出しているというのに、彼からは仲の良さは微塵も感じられない。

「あの、お婆さまはどうされたのですか? いつもならこの時間はお婆さまがいらっしゃるはずですよね?」

「ああ、今日は悠真さんが来てくれるとわかってたんで、わざわざ店番を変わってもらったんですよ。思ってた通り来てくれて嬉しいです」

ん? どういうことだ?
なぜ彼女は彼が今日ここに来るとわかっていたのだろう?

「そうですか、今日は元々予定になかったのですが偶然ですね」

「そうなんです。やっぱり私たち、縁があるんですよ~!!」

嬉しそうに話す彼女とは対照的に彼はかなり浮かない顔をしている。
それどころか私に申し訳なさそうな表情をしながら

「あの、安慶名さん、今日はもう帰りましょうか?」

と私に声をかけてきた。

すると、突然彼女が

「ええーっ、せっかく来てくれたのにもう帰るんですか? どうせ、まだ車は直ってないんだからそこに泊まるんですよね? だったらまだいいじゃないですか! うちのアイス、悠真さん食べて行ってくださいよ! ねっ? アイス、食べていきますよね??」

と必死な形相で食い下がってくる。

砂川さんがはぁーっと項垂れたのを見て、全てがわかった。

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