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彼との出逢い

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ーはい。実は私の会社の社員が、今石垣島で取引先と打ち合わせをして西表島に帰る予定だったのですが、車を走らせていたところ急に車が故障してしまったようなんです。それを直している最中に土砂降りになってしまったとかで、市内に戻るのにもかなり離れていますし、今いる場所から浅香の宿が目と鼻の先だそうで、宿に連絡をしたんですが、今日はあいにく満室らしくて……。

ああ、なるほど。そういうことか。
本当ならこの部屋に泊まらせようと思っていたんだな。
まぁ部屋はあるから私は問題はないが……相部屋を頼むということはその社員は男性だろう。
私の性癖を知った上で倉橋さんは頼んでいるんだろうが、相手は私と同じ部屋でいいのだろうか?

ーあの、そういうことでしたら私は相部屋でも全然構いませんが、その……よろしいのですか?

ーえっ? 何がですか?

ー私はゲイだと申し上げましたが、そんな者と相部屋などその方が嫌がるのではないですか?

ーああ。そのことですか。ふふっ。大丈夫ですよ。相部屋をお願いする社員は恋愛にはあまり興味がないようですし、安慶名さんが無理やり迫るようなことはなさらないとわかっていますから。それに……

ーなんですか?

ーもし、安慶名さんが彼とそういうことになるのなら、それもまた運命ですから……。

意味深な倉橋さんの言葉に私は少し戸惑った。
しかし、それもまた運命……確かにそうだ。

それでも、普段の私なら何か間違いがあってはと断っていただろう。
けれど、この日常からかけ離れた空間が私に何か不思議な力を与えたようだ。

ーわかりました。一緒に宿泊していただいて構いませんよ。

私の言葉に倉橋さんは安堵の息を吐き、

ーありがとうございます。助かります。

と何度もお礼を言って電話を切った。

それからしばらく経って、離れの玄関にあるチャイムが押された。
本当にここだけ自分の家のようだな。

そんなことを思いながら、ガラガラと引き戸を開けるとそこにはタオルを手に持ち、まだ髪からポタポタと雫を垂らしているびしょ濡れの美青年が立っていた。

一緒にいたこの宿の支配人が何やら私に説明をしようとしていたが、こんなに濡れたままの彼を放っておいて話を聞くわけにはいかない。

「君、話は後でゆっくり聞こう。風邪を引くといけないからとりあえずお風呂に入りなさい」

と声をかけると、一瞬戸惑った様子をしていたが、こんなに濡れていてはゆっくり話もできないと気づいたのだろう。
彼は

「申し訳ありません。お言葉に甘えてお風呂いただきます」

と礼儀正しく頭を下げ、急いでバスルームへと駆けて行った。
パタパタと駆けていく彼を見送りながら、

「安慶名さま、お騒がせいたしまして申し訳ございません」

と支配人が深々と頭を下げる。

「いいえ、倉橋さんからは先にご連絡いただきましたし、こちらも了承の上で彼にここに来ていただいたのです。支配人も彼も私に詫びる必要などありませんよ。こちらのことはお気になさらず。食事だけ2人分お願いしますね」

そういうと支配人はホッとした表情を見せ、

「畏まりました」

と頭を下げ、出ていった。

玄関に1人残され、さてどうするかと思ったが、そういえばさっきの倉橋さんの口ぶりでは彼は日帰り出張で石垣に来たようだった。

とすると、風呂に入らせたはいいが着替えなどは持ってきてはいないだろう。

そういえば、いくつか新品の下着を持ってきていたはずだ。
華奢な彼には大きいかもしれないが、ないよりはマシだろう。
着替えの服は……私の服では大きいだろうが、確か着れる服を持ってきていたはずだ。

急いで探そうと思ったが、そうこうしている間に彼が風呂から出てきてしまっては元も子もない。
服は後で貸すとして、とりあえず急いで自分の荷物から下着を取り出し、部屋に置いてあったバスローブと共にバスルームへと持っていった。

さっき入ったばかりだからまだ出てきてはいないだろうと思いながらも、一応ノックをしてみると中からまだ水音が聞こえる。

よかった、大丈夫そうだ。

ホッと胸を撫で下ろしながら扉をカチャリと開け、持ってきた着替えをわかりやすい場所に置いていると、ガラガラと風呂場の扉が開いた。

えっ? と振り返った私の目に飛び込んできたのは、風呂で温まり頬をほんのりと赤らめた裸の彼……。

その彼の色白の肌に可愛らしい赤い実と薄い下生えから少しだけ見える可愛らしいモノ。
なんと美しいのだろう……。


私と目が合い、一瞬にしてさらに顔を赤らめた彼に

「失礼した。着替えはここに置いていますので」

と努めて冷静に話し、急いでバスルームを出た。

ソファーに腰を下ろし、『ふぅ』と一息ついたものの、目を閉じれば脳裏に先ほどの美しい肢体が甦ってくる。
そして何よりあの恥ずかしそうに私を見つめる目……あの瞳がすごく綺麗だった。

私などに身体を見られて彼は傷ついているかもしれない。
彼のためにもすぐにでも私の記憶から消し去ってあげた方がいいだろうに、私の脳が忘れたくないと拒否している。

こんなこと初めてだ。

ついさっき出会ったばかりの彼がこんなにも私の心を掴んで離さないなんて……。

これが一目惚れというものなのだろうか?

――伊織、私は皐月と出会った瞬間に、この人は絶対に手放してはいけない、一生のパートナーだと感じたんだ。
今思えば、それは一目惚れだったのだろうな。
私が皐月に一目惚れしたようにきっと伊織にもいつかそのような人が現れるはずだ。

あれはどういうきっかけだったか。
宗一郎さんが料理をしている皐月さんを見ながら、そう話してくれたことがあったのを思い出した。

あの時は一目惚れの存在などあまりにも不確かでまるで御伽噺のように聞いていたが、宗一郎さんの言っていたことは本当だったな。

彼は私にとって絶対に手放してはいけない。
あの一瞬でそう感じたんだ。

だが、彼はゲイではない。
初めての一目惚れは、このまま失恋となるのだろうな。

宗一郎さんのように一目惚れの相手と一生を添い遂げられるなんて、奇跡以外の何ものでもないのだろう。
今更ながら、宗一郎さんと皐月さんが羨ましく思える。


「あ、あの……」

綺麗な声が聞こえてそちらを振り向くと、まだ頬をほんのりと赤く染めた彼がバスローブを着てこちらを向いて立っていた。

「どうぞこちらにお掛けください」

「すみません、失礼いたします」

そう声をかけると、彼はおずおずとこちらに近づいてきた。
ああ、歩く姿ですら目を惹くのだな。

「先ほどは勝手に入ってしまい、失礼いたしました」

不可抗力だったとはいえ、勝手に裸を見てしまった謝罪はすべきだろう。
私は彼に頭を下げた。

「い、いいえ。私の方こそ突然お邪魔した上に、あんな姿をお見せしてしまって申し訳ありません」

顔を真っ赤にして謝罪の言葉を口にする彼を見て、おそらく他人に裸を見られたのは初めてなのだろうと思った。
それならこれ以上あのことに触れない方がいいだろう。

「私のことは倉橋さんからお聞きになっていらっしゃいますか?」

「はい。倉橋が弊社の顧問弁護士にと依頼したと聞いております。
わざわざ東京からこんなに遠くまでお越しいただきありがとうございます」

「いいえ、御社への訪問は私の方から倉橋さんにお願いしたのですよ。
西表の素晴らしい自然の中にあるなんて素晴らしい会社じゃないですか」

「はい。それはもう。私は宮古島出身なのですが、西表島の美しさは別格ですよ」

先ほどまでの凛とした姿とはまた違う可愛らしい笑みを見せながら話してくれる彼を見て、本当に西表が……そして西表島での仕事が好きなのだなと思った。

「そうなんですね。西表島は初めてなので楽しみですよ。そういえば自己紹介もせず失礼いたしました。私、安慶名伊織と申します」

そう言って念のためにと内ポケットに入れていた名刺入れから一枚名刺を抜き取って彼に渡すと、

「ああ、私もすっかり忘れておりまして申し訳ございません……わっ!」

と慌てて服から名刺を渡そうとして自分がバスローブ姿だったことを思い出したようだ。

「今、手持ちがなくて……名刺は後程でもよろしいでしょうか?」

「ふふっ。いいんですよ、お気になさらず。お名前だけお伺いしてもよろしいですか?」

「はい。砂川すながわ悠真ゆうまと申します。あの、安慶名さんは沖縄の方ですか?」

「はい。やっぱりわかりますね。那覇出身です」

「私も宮古島では多い名前なのですぐに当てられるんですよ」

ふふっと可愛らしい笑顔を見せる彼に私はどんどん惹かれていくのがわかった。

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