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運命を変える電話

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それから1週間後、予定通り夏季休暇をとった私は、石垣島行きの航空券を手に東京を飛び立った。
那覇より先には行ったことがなかったからな。
なんとも不思議な気分だ。

飛行機の中で、倉橋さんの会社<K.Yリゾート>の資料を読んでいると、素晴らしい大自然の神秘に思わず『おおっ』と声が漏れた。

同じ沖縄とはいえ、やはり日本最後の秘境の島と呼ばれるだけあって、那覇とは比べ物にならないな。
特に倉橋さんの所有する島にあるという虹色の湖……写真でさえこれほど美しいのだから、実物は相当のものだろう。
イリゼリゾートに宿泊した人のみの特別ツアーか。
ふふっ。なるほど、こういうところが倉橋さんらしいな。

石垣島に到着し、空港を出ると途端に刺すような日差しが襲ってきた。
やはり真夏だけあって太陽の光がすごいな。
ジリジリと肌を焦がすような日差しに幼少時代を思い出した。

――沖縄の日差しは強いけれど、日陰に入ると風があるから涼しいんだよ。

祖父にそう言われていたことを思い出す。

それを思い出し日陰に入ると、サァーッと涼しい風が流れていく。
ああ、この涼しさ。
あの頃と変わらないな。

本島も離島もこのあたりは似ているのかもしれない。

そんな懐かしさを覚えながら、石垣島を観光することにした。

レンタカーを借り、倉橋さんに教えてもらったそば屋で食事をして海岸線を走っているとキラキラと輝く青い海に癒される。
本島の海も透き通るような青さで美しかったけれど、こっちの海はまた格別だ。
なんせ海の色が違う。

途中で車を止め、倉橋さんのおすすめだという古ぼけたビーチに足を踏み入れてみた。
観光マップにも載っていないビーチだけあって、本当に観光客は1人もいない。

もう疾うの昔に寂れてしまったようなこんな場所をなぜ勧めてくれたんだろうと思いながらも、先に進んでみると

「おおっ!」

そこはまさしく絶景。

驚くほど白い砂浜にエメラルドグリーンの美しい海。
岩場の窪みには熱帯魚が泳いでいる。

こんなに美しい場所、多分地元の人の中でも知っている人は少ないだろう。
そんな場所をちゃんと把握しているのか……さすがだな、倉橋さんは。

交友関係の広い倉橋さんだからこそ、知り得た情報なのだろう。
改めて倉橋さんの凄さをわかったところで、しばらくの間その美しい景色を眺めて過ごした。

遠くの方で少し黒い雲が出始めたのを見つけて、もしかしたら南国特有のスコールカタブイが降るかもしれないと急いで車に戻った。

そろそろ浅香さんの宿も近い。
落ち着いてゆっくり過ごせる宿だと聞いていたし、久しぶりの休暇をのんびりとそこで過ごすのもいいだろう。
突然行ってもいつでも泊まれるから大丈夫だと言われてはいたが、一応昨夜宿泊する旨は電話で伝えておいた。

私は案内に従って浅香さんの宿に車を進めたが、現れたのはどこが入り口なのかもわからない要塞のような壁に囲まれた建物。

その大きさに驚きながらも前もって倉橋さんに教えてもらっていたところに車をすすめると、一部の壁が大きな音を立てて開いた。
その先に宿へと続く道が見える。
ああ、浅香さんの宿は想像以上にすごいな。

その道なりに沿って車を走らせると宿の玄関に到着し、すぐにドアマンが駆け寄ってきた。

扉をあけ外に出ると、

「いらっしゃいませ。安慶名さま。お待ちしておりました」

と声をかけられた。

ある程度の時間を伝えていたとはいえ、名前まで呼んで出迎えてくれるのか。
これだけでここにきた客はこの宿をいいところだと思うだろうな。

「ありがとう。今日から2泊お世話になるよ」

「どうぞごゆっくりお過ごしください。お荷物は私共でお部屋に運んでおきます。どうぞ中へお入りください」

中に入るとすぐにフロントへと案内してもらい、宿泊者名簿に名前を書いた。

「急な連絡で申し訳ありません。お手間をとらせてしまったのではないですか?」

「いいえ。あちらのお部屋はいついかなる時でもすぐにお泊まりいただけるようにと毎日準備しておりますので、いつでもお泊まりいただけます。どうぞごゆっくりお過ごしください。何かございましたら何なりとお申し付けくださいませ」

「ありがとう。その時は頼むよ」

よほど倉橋さんがスタッフに丁寧に伝えておいてくれたのだろう。
ものすごく至れり尽くせりの待遇に驚くばかりだ。

スタッフに案内された部屋は中庭に佇む大きな離れ。
ここが宿泊部屋か。
本当に特別室という感じだな。

中庭が望める広いリビングに露天風呂付きの部屋と他にも広い部屋がある。
しかも普通のお風呂にキッチンまで……これは本当に1人だと勿体無いくらいだな。

倉橋さんは女性を連れ込んでも……などと言っていたが、逆にこんな広い部屋で1人でゆったりくつろぐのは最高の贅沢だろう。

せっかくの機会だからゆっくり楽しませてもらうか。

運んでもらったキャリーケースの中から、ずっと読みたいと思っていたままになっていた本をいくつか取り出し、広縁に置いてある座り心地がよさそうな椅子に腰を下ろして本を開いた。

ああ、こんな穏やかな時間、いつぶりだろう。

心地良い時が流れる中、ゆったりと本を読んでいると突然雷鳴と共に大粒の雨が降ってきた。

ああ、やっぱり降り出したか。
すぐに止むとは思うがさっさと宿にきておいてよかった。
降り出した雨はあっという間に、まさにバケツをひっくり返したような土砂降りになり中庭はさっきまでの美しい装いから激しい雨景色を見せた。

だが、雨の降る庭もなかなかだな。

木々に雨が当たる音も心地良い音色に聞こえるのは自分の心に余裕があるからかもしれない。
そっと広縁の端にある電灯に触れ、再び本に目を通していると、ピリリリリと機械音が響いた。
リビングのテーブルにおいていたスマホだ。

誰だろう? と思いながら画面を見てみるとそこには倉橋さんの名前が出ていた。

ーもしもし。安慶名ですが。

ーああ、安慶名さん。今日から沖縄でしたよね?

ーええ。先ほど浅香さんの宿に着いてゆっくりさせていただいていたところです。
本当に素敵なお部屋ですね。

ー無事についたようで何よりです。それで、あの……安慶名さんにはいつものお礼も兼ねてその部屋でゆっくりとお過ごしいただこうと思っていたのですが、すみません。もし、お邪魔でなければ相部屋をお願いできませんか?

ー相部屋、ですか?


思っても見ない倉橋さんからのお願いに、驚いて思わず聞き返してしまった。
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