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特別な存在
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「氷室さん、どうなさったんですか?」
そう尋ねても氷室さんの笑いは止まらない。
「氷室っ! いい加減にしろよ」
「だ、だって、お前が、あんな、ことっ! そりゃあ、驚くだろう!!」
あんなこと?
ってなんだろう?
「ふふっ。あのね、成瀬さんは人に食べさせてあげたり、ましてや人の食べかけを口にしたりするような人じゃないんだよ。10年以上の付き合いのある誠一さんと食事に行っても料理もシェアもしないんだよ」
「えっ……でも……」
初めて会った時、あの喫茶店で僕にカニクリームコロッケ分けてくれたし……それこそ、僕のスプーンでオムライスだって……。
びっくりして優一さんを見ると、少し照れた様子で
「真琴だけ、なんだよ。そんなことができるのは」
と教えてくれた。
それって……出会ったその日から、僕を特別だと考えてくれていたって思ってもいいのかな?
そんな図々しいこと考えるのは烏滸がましいけど、でもそう思っちゃってもいいよね?
「ふふっ。優一さん、ありがとうございます。僕……嬉しいです」
「真琴……」
「ああーっ、はいはい。それ以上は二人っきりになってからで頼む。成瀬、邪魔して悪いがこれ以上親友のラブシーンは見ていられない」
氷室さんの声に身体がビクッとしてしまう。
あ、そういえばここ事務所だった。
なんだか優一さんと話しているとつい自宅だと思ってしまう。
「真琴、大丈夫か?」
僕が身体をびくつかせたから心配そうに背中を摩ってくれる。
優一さんってほんと優しいな。
「今まで散々目の前でいちゃついてたんだから少しくらい多めにみろよ」
優一さんがそういうと翼さんがほんのりと顔を赤らめた。
ふふっ、どうやら優一さんの前でいちゃついてたって自覚があるみたい。
「あー、はいはい。わかったよ。翼、俺たちは俺たちでイチャイチャしてようぜ」
「もうっ、誠一さんったら!」
恥ずかしそうな翼さんが氷室さんをポカポカと叩いているけど、氷室さんはすごく楽しそう。
それを見ている僕たちも楽しい。
ああ、ここの居心地最高だな。
あっという間に初日は終了。
与えられた仕事以外にも、合間に資料室の整理などをしてできるだけ使いやすくしている間にあっという間に就業時間になっていた。
こんなにも充実した気持ちで仕事を終えたのって初めてかも。
「真琴、お疲れさま。慣れなくて疲れたんじゃないか?」
自宅に戻ってきて、すぐに労いの言葉をかけてくれる優一さんの優しさに心が温かくなる。
「先にお風呂にしようか?」
「はい。僕、お湯張ってきますね」
そう言って、お風呂場へ行こうとした瞬間、ポケットに入れていたスマホがピリリリと鳴り出した。
誰だろう?
画面表示を見ると兄さんだ。
あれ?
東京に来るのは今週末だったよね?
「お兄さんから?」
「はい。多分上京してくる時の話だと思うんですけど……」
「じゃあ、私が湯を張ってくるから電話してて」
「すみません、ありがとうございます」
にこやかにお風呂場へと向かう優一さんを見送りながら、僕はスマホをタップした。
ーもしもし、兄さん?
ーああ、真琴。今大丈夫?
ーうん、ちょうど仕事も終わって家に入ったところだよ。
ーならよかった。
ーそれでどうしたの? 東京来るのはまだ少し先だったよね?
ーああ、うん。そうなんだけど……その前に少し話しておきたいことがあって……。
珍しく歯切れの悪い兄さんを不思議に思いながらも、声がいつもより明るいから悪い話ではないんじゃないかとは思った。
兄さんの良い話?
一体なんだろう?
ーどうしたの? あっ、もしかしたらこれから東京で暮らすとか?
ーえっ? いや、そんなわけないよ。仕事場は西表だし。
ーふふっ、確かにそうだね。でも、じゃあ話って?
ーう、ん……えっと、ね。ちょっと話しづらいんだけど……あの、実は……兄さんにも恋人ができて……。
ーえ――っ?? こ、恋人???
ーちょ――っ、そんな大きな声出しちゃだめっ!
ーあっ、ごめんなさい……。
兄さんからの思いもかけない言葉に思わず大声が出てしまった。
優一さんにまで聞こえたかな?
そう思ってお風呂場の方の様子を窺ったけれど、優一さんがいそうな雰囲気はなかった。
少しホッとしながら兄さんとの話を続ける。
ーそ、それで……相手の方はどう言う人なの?
ーう、ん。あのね、驚かせるかもしれないんだけど……実は、その……兄さんの恋人も、男性で……。
ーえ――っ!!!
ーだから、真琴っ! 声が大きいって!!!
ーいや、だってそれはびっくりしちゃうよ。
ーわかってる。兄さんも自分で驚いているけど、でも……今まで女性と付き合おうと思ったこともなかったし、もしかしたら元々そうだったのかも……とか考えたけど、でも他の男の人となんてことも考えたことなかったから、多分、彼だけしか好きになれないのかも。真琴だってそうでしょう? 男の人なら誰でもいいわけじゃないよね?
確かにそうだ。
優一さんだから好きになったんだもん。
氷室さんはかっこいいけど、優一さんに感じるようなドキドキは感じたことないし……。
――真琴だけ、なんだよ。そんなことができるのは……。
そう言ってくれた優一さんを思い出す。
うん、やっぱり僕にとっても優一さんは特別な存在だ。
そう尋ねても氷室さんの笑いは止まらない。
「氷室っ! いい加減にしろよ」
「だ、だって、お前が、あんな、ことっ! そりゃあ、驚くだろう!!」
あんなこと?
ってなんだろう?
「ふふっ。あのね、成瀬さんは人に食べさせてあげたり、ましてや人の食べかけを口にしたりするような人じゃないんだよ。10年以上の付き合いのある誠一さんと食事に行っても料理もシェアもしないんだよ」
「えっ……でも……」
初めて会った時、あの喫茶店で僕にカニクリームコロッケ分けてくれたし……それこそ、僕のスプーンでオムライスだって……。
びっくりして優一さんを見ると、少し照れた様子で
「真琴だけ、なんだよ。そんなことができるのは」
と教えてくれた。
それって……出会ったその日から、僕を特別だと考えてくれていたって思ってもいいのかな?
そんな図々しいこと考えるのは烏滸がましいけど、でもそう思っちゃってもいいよね?
「ふふっ。優一さん、ありがとうございます。僕……嬉しいです」
「真琴……」
「ああーっ、はいはい。それ以上は二人っきりになってからで頼む。成瀬、邪魔して悪いがこれ以上親友のラブシーンは見ていられない」
氷室さんの声に身体がビクッとしてしまう。
あ、そういえばここ事務所だった。
なんだか優一さんと話しているとつい自宅だと思ってしまう。
「真琴、大丈夫か?」
僕が身体をびくつかせたから心配そうに背中を摩ってくれる。
優一さんってほんと優しいな。
「今まで散々目の前でいちゃついてたんだから少しくらい多めにみろよ」
優一さんがそういうと翼さんがほんのりと顔を赤らめた。
ふふっ、どうやら優一さんの前でいちゃついてたって自覚があるみたい。
「あー、はいはい。わかったよ。翼、俺たちは俺たちでイチャイチャしてようぜ」
「もうっ、誠一さんったら!」
恥ずかしそうな翼さんが氷室さんをポカポカと叩いているけど、氷室さんはすごく楽しそう。
それを見ている僕たちも楽しい。
ああ、ここの居心地最高だな。
あっという間に初日は終了。
与えられた仕事以外にも、合間に資料室の整理などをしてできるだけ使いやすくしている間にあっという間に就業時間になっていた。
こんなにも充実した気持ちで仕事を終えたのって初めてかも。
「真琴、お疲れさま。慣れなくて疲れたんじゃないか?」
自宅に戻ってきて、すぐに労いの言葉をかけてくれる優一さんの優しさに心が温かくなる。
「先にお風呂にしようか?」
「はい。僕、お湯張ってきますね」
そう言って、お風呂場へ行こうとした瞬間、ポケットに入れていたスマホがピリリリと鳴り出した。
誰だろう?
画面表示を見ると兄さんだ。
あれ?
東京に来るのは今週末だったよね?
「お兄さんから?」
「はい。多分上京してくる時の話だと思うんですけど……」
「じゃあ、私が湯を張ってくるから電話してて」
「すみません、ありがとうございます」
にこやかにお風呂場へと向かう優一さんを見送りながら、僕はスマホをタップした。
ーもしもし、兄さん?
ーああ、真琴。今大丈夫?
ーうん、ちょうど仕事も終わって家に入ったところだよ。
ーならよかった。
ーそれでどうしたの? 東京来るのはまだ少し先だったよね?
ーああ、うん。そうなんだけど……その前に少し話しておきたいことがあって……。
珍しく歯切れの悪い兄さんを不思議に思いながらも、声がいつもより明るいから悪い話ではないんじゃないかとは思った。
兄さんの良い話?
一体なんだろう?
ーどうしたの? あっ、もしかしたらこれから東京で暮らすとか?
ーえっ? いや、そんなわけないよ。仕事場は西表だし。
ーふふっ、確かにそうだね。でも、じゃあ話って?
ーう、ん……えっと、ね。ちょっと話しづらいんだけど……あの、実は……兄さんにも恋人ができて……。
ーえ――っ?? こ、恋人???
ーちょ――っ、そんな大きな声出しちゃだめっ!
ーあっ、ごめんなさい……。
兄さんからの思いもかけない言葉に思わず大声が出てしまった。
優一さんにまで聞こえたかな?
そう思ってお風呂場の方の様子を窺ったけれど、優一さんがいそうな雰囲気はなかった。
少しホッとしながら兄さんとの話を続ける。
ーそ、それで……相手の方はどう言う人なの?
ーう、ん。あのね、驚かせるかもしれないんだけど……実は、その……兄さんの恋人も、男性で……。
ーえ――っ!!!
ーだから、真琴っ! 声が大きいって!!!
ーいや、だってそれはびっくりしちゃうよ。
ーわかってる。兄さんも自分で驚いているけど、でも……今まで女性と付き合おうと思ったこともなかったし、もしかしたら元々そうだったのかも……とか考えたけど、でも他の男の人となんてことも考えたことなかったから、多分、彼だけしか好きになれないのかも。真琴だってそうでしょう? 男の人なら誰でもいいわけじゃないよね?
確かにそうだ。
優一さんだから好きになったんだもん。
氷室さんはかっこいいけど、優一さんに感じるようなドキドキは感じたことないし……。
――真琴だけ、なんだよ。そんなことができるのは……。
そう言ってくれた優一さんを思い出す。
うん、やっぱり僕にとっても優一さんは特別な存在だ。
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