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目から鱗が落ちる
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「あ、あの……ここです」
「ああ、懐かしいな。この喫茶店か」
「えっ? ご存知なんですか?」
「もちろん、桜城大学の学生なら知らないものはいないだろうな」
「えっ、じゃああなたも?」
「ああ、ってことは君もか? じゃあ後輩だな」
穏やかな笑顔を浮かべる彼との共通点ができたことがなんとなく嬉しかった。
カランカランと昔ながらのドアベルの音を聞きながら、中に入ると
「おっ、成瀬くんじゃないか! 久しぶりだな。今日はまた随分と可愛い子を連れて……って、真琴くんか。なんだ、君たち知り合いだったのか」
とよほど彼が来たのが嬉しかったのか、寡黙だと思っていたオーナーさんが矢継ぎ早に話しかけてきた。
ニコニコと嬉しそうなオーナーさんに、
「可愛い後輩なんで、照さん。これからもよろしくお願いしますね」
と微笑み返し、
「奥の席使いますね」
と声をかけ僕を案内してくれた。
「いやぁ、驚かせて悪かったね。照さん、いい人なんだけど話が長くてね」
「いえ、オーナーさんと仲が良いんですね」
「ああ、大学時代足繁く通ってはこの席で勉強させてもらっていたんだ。落ち着くし、勉強するにはもってこいの環境だろう?」
「そうですね。ここはゆったりと時が流れている感じが僕も好きです」
「よくわかってるね。そうなんだ、だから私も気に入って通っていたんだよ。司法試験に合格できたのはこの店のおかげかもしれないな」
そう言ってにっこりと笑う彼の笑い皺が優しい彼を表しているような気がして安心する。
「コーヒーもいいけど何か食べないか? お昼は食べた?」
「あっ、そういえば忙しくて昼食もまだで……『ぐぅぅ……』わっ――!」
急に鳴り出したお腹を押さえていると、
「ふふっ。仕事頑張ってたみたいだな。実は私もまだなんだ。一緒に付き合ってくれると助かるよ」
と笑顔を向けてくれた。
ああ、この人。
本当に優しくていい人だ。
さっとメニューを開いて、
「どれにする?」
と言ってくれたけれど、僕がここで食べるメニューはこのお店で一番安いこれに決めている。
「あの……僕、オムライスを」
「ああ、ここのオムライスは絶品だからな。じゃあ、私はミックスフライにしよう」
そう言って彼は手をあげ、店員さんを呼びその二つを注文してくれた。
ミックスフライか……。
僕がいつか食べてみたいと思ってたやつ。
弁護士ってさすがだな。
いや、社会人なら余裕なのか。
やっぱり貧乏学生とは違うよね。
なんて思っていると、彼は流れるような仕草で胸ポケットから名刺入れを取り出した。
長くて綺麗な指でそこからスッと一枚引き抜くと、
「さっきの件、本当に引き受けるつもりだからいつでも連絡してくれ」
と名刺をくれた。
「あ、でも僕……弁護士さんを雇うようなお金なんて……」
東京の大学に進学して、兄さんや母さんに迷惑かけてるのにこの上、弁護士費用なんて払えない。
バイトも辞めちゃったばかりだしな。
「そんなの気にしないでいい。後輩だってこともわかったし、出世払いで構わないから。それに……なんとなくあのまま終わる気がしないんだ。だから、君の助けになりたい」
「成瀬、さん……」
「優一でいいよ。君の名前を教えてくれないか?」
そうだ!
僕、まだ名前も言ってなかった。
「自己紹介が遅くなってすみません。僕、砂川真琴と言います。さっきは本当にお世話になりました」
「砂川? もしかして君……沖縄?」
「えっ? は、はい。宮古島です、けど……あの、どうして……?」
いきなり沖縄だと言い当てられて正直びっくりした。
「ああ、ごめん、ごめん。驚かせちゃったね。いや、大学時代からの親友で沖縄出身の奴がいるんだけど、そいつ、『安慶名』っていう名字でね、珍しい苗字だなって話しかけたのがきっかけで仲良くなったんだ。その時に、いろいろ教えてもらったんだよ。沖縄本島に多い苗字とか、離島に多い苗字とか……たしかその中に、砂川もあったから覚えてたんだ」
「それだけで覚えてたんですか? さすが弁護士さんですね」
「ふふっ。そんな大したことないよ。それよりも、沖縄出身ということはこっちで一人暮らししてるの?」
「はい。8つ上の兄が勤める会社の社長さんが持っているマンションが大学から5駅くらいの場所にあるんですけど、そこを格安で貸してもらっていて、普段は一人で住んでます。時々、兄が東京出張に来た時は泊まりに来てくれるんです」
「そうなのか。すごい待遇だな。余程、君のお兄さんは会社にはなくてはならない人物なんだろうな」
「そう、だと思います。僕からみても兄はすごく頭が良い人ですから」
「じゃあ、君のお兄さんも桜城大学に?」
「あっ、いいえ。ちょうど兄が受験生の頃に父が亡くなって……兄が家を出て行ったらうちには母と祖母と僕だけになるので、それを心配して沖縄の大学に進学したんです。そこなら何かあった時にすぐに宮古島に帰れるからって……。でも本当は兄も桜城大学に進学したかったんですよ。だから僕が行きたいって言った時、一番に応援してくれて……。だから僕、兄のためにもしっかりと勉強しないといけないんです」
僕の決めたことをいつでも応援してくれる兄さんのために、しっかり勉強して兄さんに安心してもらえるような仕事に就くのが僕にできる一番の兄さん孝行なんだ。
だけど、優一さんは僕の目をじっと見つめて冷静に問いかけてきた。
「そうか……。だが、君がお兄さんのためだとプレッシャーに思う必要はないんじゃないかな?」
「えっ?」
「確かにお兄さんは当時、一番行きたかった大学を諦めたのかもしれない。だが、それはお兄さんが考え抜いた結果、自身で決めたことであって、今もそのことを悔いているわけではないだろう? お兄さんは自分が選んだ大学で最大限に努力して、今はその社長さんにも特別待遇を受けるほど重要な人材だと認識してもらっているんだ。お兄さんも自分自身を誇りに思っているんじゃないかな? 君は自分だけが行きたい大学に行かせてもらって申し訳ないと思っているかもしれないが、お兄さんは君がそんな罪悪感を持っていることを望んでいないと思うよ」
優一さんの言葉にハッとさせられる。
確かにそうだ……。
兄さんはあの仕事が天職だと言ってた。
もし桜城大学に進んでいたらあの会社との出会いもなかったかもしれないとも言っていた。
それなのに僕は……そんな兄さんのことをちゃんと理解できていなかったのかもしれない。
「ああ、懐かしいな。この喫茶店か」
「えっ? ご存知なんですか?」
「もちろん、桜城大学の学生なら知らないものはいないだろうな」
「えっ、じゃああなたも?」
「ああ、ってことは君もか? じゃあ後輩だな」
穏やかな笑顔を浮かべる彼との共通点ができたことがなんとなく嬉しかった。
カランカランと昔ながらのドアベルの音を聞きながら、中に入ると
「おっ、成瀬くんじゃないか! 久しぶりだな。今日はまた随分と可愛い子を連れて……って、真琴くんか。なんだ、君たち知り合いだったのか」
とよほど彼が来たのが嬉しかったのか、寡黙だと思っていたオーナーさんが矢継ぎ早に話しかけてきた。
ニコニコと嬉しそうなオーナーさんに、
「可愛い後輩なんで、照さん。これからもよろしくお願いしますね」
と微笑み返し、
「奥の席使いますね」
と声をかけ僕を案内してくれた。
「いやぁ、驚かせて悪かったね。照さん、いい人なんだけど話が長くてね」
「いえ、オーナーさんと仲が良いんですね」
「ああ、大学時代足繁く通ってはこの席で勉強させてもらっていたんだ。落ち着くし、勉強するにはもってこいの環境だろう?」
「そうですね。ここはゆったりと時が流れている感じが僕も好きです」
「よくわかってるね。そうなんだ、だから私も気に入って通っていたんだよ。司法試験に合格できたのはこの店のおかげかもしれないな」
そう言ってにっこりと笑う彼の笑い皺が優しい彼を表しているような気がして安心する。
「コーヒーもいいけど何か食べないか? お昼は食べた?」
「あっ、そういえば忙しくて昼食もまだで……『ぐぅぅ……』わっ――!」
急に鳴り出したお腹を押さえていると、
「ふふっ。仕事頑張ってたみたいだな。実は私もまだなんだ。一緒に付き合ってくれると助かるよ」
と笑顔を向けてくれた。
ああ、この人。
本当に優しくていい人だ。
さっとメニューを開いて、
「どれにする?」
と言ってくれたけれど、僕がここで食べるメニューはこのお店で一番安いこれに決めている。
「あの……僕、オムライスを」
「ああ、ここのオムライスは絶品だからな。じゃあ、私はミックスフライにしよう」
そう言って彼は手をあげ、店員さんを呼びその二つを注文してくれた。
ミックスフライか……。
僕がいつか食べてみたいと思ってたやつ。
弁護士ってさすがだな。
いや、社会人なら余裕なのか。
やっぱり貧乏学生とは違うよね。
なんて思っていると、彼は流れるような仕草で胸ポケットから名刺入れを取り出した。
長くて綺麗な指でそこからスッと一枚引き抜くと、
「さっきの件、本当に引き受けるつもりだからいつでも連絡してくれ」
と名刺をくれた。
「あ、でも僕……弁護士さんを雇うようなお金なんて……」
東京の大学に進学して、兄さんや母さんに迷惑かけてるのにこの上、弁護士費用なんて払えない。
バイトも辞めちゃったばかりだしな。
「そんなの気にしないでいい。後輩だってこともわかったし、出世払いで構わないから。それに……なんとなくあのまま終わる気がしないんだ。だから、君の助けになりたい」
「成瀬、さん……」
「優一でいいよ。君の名前を教えてくれないか?」
そうだ!
僕、まだ名前も言ってなかった。
「自己紹介が遅くなってすみません。僕、砂川真琴と言います。さっきは本当にお世話になりました」
「砂川? もしかして君……沖縄?」
「えっ? は、はい。宮古島です、けど……あの、どうして……?」
いきなり沖縄だと言い当てられて正直びっくりした。
「ああ、ごめん、ごめん。驚かせちゃったね。いや、大学時代からの親友で沖縄出身の奴がいるんだけど、そいつ、『安慶名』っていう名字でね、珍しい苗字だなって話しかけたのがきっかけで仲良くなったんだ。その時に、いろいろ教えてもらったんだよ。沖縄本島に多い苗字とか、離島に多い苗字とか……たしかその中に、砂川もあったから覚えてたんだ」
「それだけで覚えてたんですか? さすが弁護士さんですね」
「ふふっ。そんな大したことないよ。それよりも、沖縄出身ということはこっちで一人暮らししてるの?」
「はい。8つ上の兄が勤める会社の社長さんが持っているマンションが大学から5駅くらいの場所にあるんですけど、そこを格安で貸してもらっていて、普段は一人で住んでます。時々、兄が東京出張に来た時は泊まりに来てくれるんです」
「そうなのか。すごい待遇だな。余程、君のお兄さんは会社にはなくてはならない人物なんだろうな」
「そう、だと思います。僕からみても兄はすごく頭が良い人ですから」
「じゃあ、君のお兄さんも桜城大学に?」
「あっ、いいえ。ちょうど兄が受験生の頃に父が亡くなって……兄が家を出て行ったらうちには母と祖母と僕だけになるので、それを心配して沖縄の大学に進学したんです。そこなら何かあった時にすぐに宮古島に帰れるからって……。でも本当は兄も桜城大学に進学したかったんですよ。だから僕が行きたいって言った時、一番に応援してくれて……。だから僕、兄のためにもしっかりと勉強しないといけないんです」
僕の決めたことをいつでも応援してくれる兄さんのために、しっかり勉強して兄さんに安心してもらえるような仕事に就くのが僕にできる一番の兄さん孝行なんだ。
だけど、優一さんは僕の目をじっと見つめて冷静に問いかけてきた。
「そうか……。だが、君がお兄さんのためだとプレッシャーに思う必要はないんじゃないかな?」
「えっ?」
「確かにお兄さんは当時、一番行きたかった大学を諦めたのかもしれない。だが、それはお兄さんが考え抜いた結果、自身で決めたことであって、今もそのことを悔いているわけではないだろう? お兄さんは自分が選んだ大学で最大限に努力して、今はその社長さんにも特別待遇を受けるほど重要な人材だと認識してもらっているんだ。お兄さんも自分自身を誇りに思っているんじゃないかな? 君は自分だけが行きたい大学に行かせてもらって申し訳ないと思っているかもしれないが、お兄さんは君がそんな罪悪感を持っていることを望んでいないと思うよ」
優一さんの言葉にハッとさせられる。
確かにそうだ……。
兄さんはあの仕事が天職だと言ってた。
もし桜城大学に進んでいたらあの会社との出会いもなかったかもしれないとも言っていた。
それなのに僕は……そんな兄さんのことをちゃんと理解できていなかったのかもしれない。
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