溺愛弁護士の裏の顔 〜僕はあなたを信じます

波木真帆

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僕は何も知らない!

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「あんたがうちの人をたらし込んでるっていうのはわかってるんだからね! 大体、男のくせにうちの旦那に手を出すなんて何考えてるの? 恥を知りなさいよ! ちょっと聞いてんの? この泥棒猫がっ!!」

バイト先のコンビニで仕事をしていると、頭から湯気を出しそうなほど真っ赤な顔をした女性が勢いよく入ってきた。



「いらっしゃいま――」

レジカウンターの中でいらっしゃいませと声をかけようとした僕を見て、自分の母親よりも年上そうな少しぽっちゃり目の女性が突然怒り狂った様子でレジ前へと詰め寄ってきて、さっきの言葉を浴びせかけてきた。

もちろん僕にはなんの覚えもない。
どう対処すればいいのかと悩んでいる間にも、周りから冷ややかな視線が投げつけられる。

『ねぇ、何これ修羅場ってやつ?』
『やばくない? あの人の旦那とあの子がデキてるってこと?』
『えー、まじで? 俺、ゲイって初めて見たわ』
『ってかさ、奥さんも可哀想じゃない? 若い女じゃなくて男に取られるとかさ。女のプライドズタズタじゃん』
『それなっ。まだ女との方がマシだよねぇ』
『でもさ、あの子ならワンチャンありかも』
『お前もゲイかよ』
『違うって。でも、あのこめっちゃ可愛いじゃん』
『ああ、確かにー』
『ああいう純粋そうな見た目の子の方が意外とエロい声出すんだよな』
『そうそう、わかるーっ!』

ゲラゲラと下品な笑い声が店内に響く中、僕が何も発さずにいると、

「ちょっとっ、あんた聞いてんの?」

と怒鳴られた。
こんなわけのわからない話に巻き込まれたくないと思いつつ、

「あの、どなたかとお間違えでは?」

と冷静を装って必死で答えた。

「はぁっ? ふざけてんの? しらばっくれるのもいい加減にしなさいよ! このっ!」

「わっ!!」
「きゃあっ!」

その女性は怒りに任せて持っていたカバンから僕のいるレジ台に向かってまだ中身の入ったペットボトルを投げつけてきて、僕は咄嗟に身構えたけれど、ペットボトルは後ろにあった電子レンジに当たりゴンっ! と大きな音を立てて落ちていった。
一緒にレジに入っていたレジの女の子があまりの恐怖に慌てて店長を呼びにバックヤードへ走っていった。
すぐさまバックヤードから駆け寄ってきた店長は事情も聞かないままに

「お客さま、こちらの店員が何かご迷惑をお掛けしたとか? 申し訳ございません」

と深々と謝罪を始めた。

そんなっ、店長が謝ったりしたら僕がこの女性の旦那さんを誑かしたとかいう冤罪を認めることになってしまうじゃないか!

「ちょ――っ、店長! ちゃんと話を聞いてください! このかたの勘違いなんです! 僕は何もやってません」

「うるさいっ! お前は黙ってろっ! 本当に至らない店員で申し訳ございません。どんなことでもお詫びさせていただきますのでどうか穏便にお願いいたします」

「あら、さすが店長だけあってあなたは物分かりいいじゃないの。いい? この店員はうちの旦那を誑かしてうちの貯金を貢がせてるのよ。そんな店員を雇ってていいと思ってるの? さっさとこんな泥棒猫辞めさせなさいよ!! 辞めさせないなら本社にクレーム入れるわよ!!」

「承知いたしました。すぐにこの者はクビにいたしますので本社に連絡だけは何卒お許しください!」

はぁっ? クビ?
そんなのひどすぎる!!

「店長!!! それはあんまりです!! 僕、ずっと真面目にやってきたじゃないですか!!」

「うるさいっ! こんな騒ぎ起こしたんだ、クビになるのは当たり前だろうが!」

「はっ。いい気味だわ! 言っとくけど、これで終わらせるつもりはないから、ちゃんと弁護士に相談してあんたを不貞行為で訴えるからね!」

ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる女性にいい加減腹が立って僕は大声を上げた。

「あのっ! 証拠はあるんですか? 僕があなたの旦那さんと不貞を犯したっていう証拠が!」

ふん! あるわけないんだ!
だって、僕にそんな覚えなんてさらさらないんだから!

「何? 開き直って! 私の友達がしっかりと見てるのよ! あんたとうちの旦那が昨日、ラブホテルの前でイチャイチャと話をしてたって。そんなの言い逃れしようがないでしょ?」

はっ? ラブホ? イチャイチャって?
いやいや、そんなところ行った覚えも誰かと話した覚えも何もないけど……。

「ほら、急に黙り出した。図星刺されて焦ってるんでしょう!」

「知りません! そんなところ行ったことはおろか、歩いた覚えもありません!」

「しらばっくれないでよ! この手前のはあんたでしょ? 写真だってあるんだから言い逃れはできないわよ!」

目の前に突きつけられたスマホの画像は確かにラブホっぽいホテルの前で話をしている二人が写ってるけど、手前にいる人って、後ろ姿しか写ってない。
これじゃ僕かどうかなんてわからないし、なんの証拠にはならない。

「顔、全然写ってないじゃないですか! こんなんで証拠だなんてよく言えますね」

「――っ、何よ、馬鹿にしてっ!」

カアッと顔を真っ赤にした女性が腕を振りかぶったのが見えて殴られると思った僕は、目を瞑り腕で顔をガードしたけれど、なんの衝撃もない。

「くっ――! ちょっと離しなさいよ!」

苦しげな女性の声に恐る恐る腕を下ろして目を開けると、スーツ姿の長身の男性が僕を殴ろうとしていた女性の腕を掴み、

「暴力は犯罪ですよ」

と穏やかに、かつ冷静に声をかけていた。
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