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案内しよう
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「あの、じゃあ僕のことも名前で呼んでください」
「えっ?」
近いうちに名前呼びにさせてもらおうと思っていたけれど、まさか田淵くんの方から言ってくれるとは思ってもなかった。
「名前、呼んでいいの?」
「はい。僕だけ苗字で呼ばれるのも、なんだか変な感じがするので……あ、慎一さんが嫌なら苗字でも……」
「嫌なわけないよ。嬉しいよ、伊月くん」
「――っ!! は、はい」
ああ、もう本当に可愛いな。絶対に俺のこと、意識してくれていると思うけど流石にまだ早いよな。俺の気持ちを伝えるのは。もう少し距離を詰めてからの方がいいか。
「それで、伊月くんのこれからのことだけど……」
そう切り出すと、伊月くんは真剣な表情で俺を見た。
「リハビリの担当だった山野辺先生とも話をしたんだけど、あとひと月ほどは無理をしないほうがいいということだったから、その間は大学には行かないでここでオンライン授業を受けることになっているからね」
「あと、ひと月……」
「ここで無理して、悪化させたら困るだろう? ちゃんと治せるうちに治しておいたほうが後々のためだよ」
「そう、ですよね」
申し訳なさそうな表情をしているのが、まだ距離を感じてしまう。伊月くんはここにいてくれるだけでいいってことに早く気づいてくれたらいいんだけど。
「家の中くらいなら好きに動いてもらって構わないからね」
「わかりました。あの、じゃあ家事はしっかりしますから」
「それも無理しなくていいよ。今はまだそこまで忙しい時期じゃないから」
そうは言っても、一人でなんでもこなして頑張ってきた伊月くんのことだ。何もしないのはかえって気になるだろうな。
ジュースも飲み干して、クッキーも数枚食べてくれたのを確認して、俺は部屋の案内に誘った。
「じゃあ、一つずつ説明するから一緒に来て」
「はい」
この家にいくつか空き部屋はあったけれど、リビングから近い場所がいいだろうと思ってすぐ近くの部屋を伊月くんの部屋に整えておいた。
「ここが伊月くんの部屋だよ」
「えっ、わっ! すごいっ!」
ここは十畳ほどだからそこまで広くはないが、伊月くんが一人暮らししていた部屋と同じくらいの広さだから使い勝手はいいだろう。その部屋の中にデスクと本棚、二人掛け用のソファーを準備しておいた。もちろんパソコン設備は完璧だ。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ。ここでオンライン授業も受けてもらったらいいから」
「は、はい」
ここが自分の部屋だなんて信じられないと何度も言いながらキラキラとした目で部屋の中を見回して、本棚に駆け寄ると
「あっ、これ読みたかった本です! わぁー、ここで見られるなんて!」
と嬉しそうに取り出した。
「ああ。それね。伊月くんのアパートを片付けた時に、部屋に置かれていた教科書類を見て、必要だなと思うものを揃えておいたんだ」
「えっ……元々慎一さんが持っていたわけではなくて、わざわざ揃えてくれたんですか?」
「そんな大したことじゃないよ。伊月くんには不自由なく勉強してほしいからね」
「でも、この本……図書館でも奪い合いになるくらい希少なもので、揃えようと思って揃えられるものはないですよ」
「そこは、まぁ、伝手があるから。大抵のものは用意できるよ」
決して自慢ではないが、それなりの人脈もあるし知識もある。それらを駆使して、伊月くんの笑顔が見られるなら安いものだ。
「慎一さんって、すごいんですね」
「いや、伊月くんより長く生きてるから知り合いが多いだけだよ。さぁ、その本はいつでも読んでいいから、他の部屋を案内するよ」
「は、はい」
伊月くんは丁寧に本棚に戻すと、一緒についてきた。
キッチンとすぐ隣にある食品庫、広いバスルームに、トイレ、ランドリールーム、書斎など、案内するたびにすごい、すごいと声をあげる伊月くんが可愛くて仕方がない。
「そんなにすごい?」
「はい! 凄すぎです! あの食品庫にある食材の量を見ただけで、びっくりしました」
「ははっ。ストックしておくと安心だからねつい保管してしまうんだ」
「それに洗濯物を干す場所が広くって……」
「ここは外に洗濯物が干せないから、どうしても広くなるんだよ。ただ乾燥機もあるから時間がない時はあまり干したりしないかな。クリーニングに出すことも多いしね」
「あの、これからは僕が洗濯物干しますから安心してください」
「それは助かるな」
伊月くんが俺の下着も干してくれるのか……それは楽しみだな。
「最後に寝室を案内するよ」
「えっ? ああ、慎一さんのお部屋ですね。僕が見せてもらってもいいんですか?」
「もちろんだよ。二人の寝室になるんだからね」
「えっ?」
驚いたままの伊月くんの手を取って、俺は最後の部屋に伊月くんを案内した。
「えっ?」
近いうちに名前呼びにさせてもらおうと思っていたけれど、まさか田淵くんの方から言ってくれるとは思ってもなかった。
「名前、呼んでいいの?」
「はい。僕だけ苗字で呼ばれるのも、なんだか変な感じがするので……あ、慎一さんが嫌なら苗字でも……」
「嫌なわけないよ。嬉しいよ、伊月くん」
「――っ!! は、はい」
ああ、もう本当に可愛いな。絶対に俺のこと、意識してくれていると思うけど流石にまだ早いよな。俺の気持ちを伝えるのは。もう少し距離を詰めてからの方がいいか。
「それで、伊月くんのこれからのことだけど……」
そう切り出すと、伊月くんは真剣な表情で俺を見た。
「リハビリの担当だった山野辺先生とも話をしたんだけど、あとひと月ほどは無理をしないほうがいいということだったから、その間は大学には行かないでここでオンライン授業を受けることになっているからね」
「あと、ひと月……」
「ここで無理して、悪化させたら困るだろう? ちゃんと治せるうちに治しておいたほうが後々のためだよ」
「そう、ですよね」
申し訳なさそうな表情をしているのが、まだ距離を感じてしまう。伊月くんはここにいてくれるだけでいいってことに早く気づいてくれたらいいんだけど。
「家の中くらいなら好きに動いてもらって構わないからね」
「わかりました。あの、じゃあ家事はしっかりしますから」
「それも無理しなくていいよ。今はまだそこまで忙しい時期じゃないから」
そうは言っても、一人でなんでもこなして頑張ってきた伊月くんのことだ。何もしないのはかえって気になるだろうな。
ジュースも飲み干して、クッキーも数枚食べてくれたのを確認して、俺は部屋の案内に誘った。
「じゃあ、一つずつ説明するから一緒に来て」
「はい」
この家にいくつか空き部屋はあったけれど、リビングから近い場所がいいだろうと思ってすぐ近くの部屋を伊月くんの部屋に整えておいた。
「ここが伊月くんの部屋だよ」
「えっ、わっ! すごいっ!」
ここは十畳ほどだからそこまで広くはないが、伊月くんが一人暮らししていた部屋と同じくらいの広さだから使い勝手はいいだろう。その部屋の中にデスクと本棚、二人掛け用のソファーを準備しておいた。もちろんパソコン設備は完璧だ。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ。ここでオンライン授業も受けてもらったらいいから」
「は、はい」
ここが自分の部屋だなんて信じられないと何度も言いながらキラキラとした目で部屋の中を見回して、本棚に駆け寄ると
「あっ、これ読みたかった本です! わぁー、ここで見られるなんて!」
と嬉しそうに取り出した。
「ああ。それね。伊月くんのアパートを片付けた時に、部屋に置かれていた教科書類を見て、必要だなと思うものを揃えておいたんだ」
「えっ……元々慎一さんが持っていたわけではなくて、わざわざ揃えてくれたんですか?」
「そんな大したことじゃないよ。伊月くんには不自由なく勉強してほしいからね」
「でも、この本……図書館でも奪い合いになるくらい希少なもので、揃えようと思って揃えられるものはないですよ」
「そこは、まぁ、伝手があるから。大抵のものは用意できるよ」
決して自慢ではないが、それなりの人脈もあるし知識もある。それらを駆使して、伊月くんの笑顔が見られるなら安いものだ。
「慎一さんって、すごいんですね」
「いや、伊月くんより長く生きてるから知り合いが多いだけだよ。さぁ、その本はいつでも読んでいいから、他の部屋を案内するよ」
「は、はい」
伊月くんは丁寧に本棚に戻すと、一緒についてきた。
キッチンとすぐ隣にある食品庫、広いバスルームに、トイレ、ランドリールーム、書斎など、案内するたびにすごい、すごいと声をあげる伊月くんが可愛くて仕方がない。
「そんなにすごい?」
「はい! 凄すぎです! あの食品庫にある食材の量を見ただけで、びっくりしました」
「ははっ。ストックしておくと安心だからねつい保管してしまうんだ」
「それに洗濯物を干す場所が広くって……」
「ここは外に洗濯物が干せないから、どうしても広くなるんだよ。ただ乾燥機もあるから時間がない時はあまり干したりしないかな。クリーニングに出すことも多いしね」
「あの、これからは僕が洗濯物干しますから安心してください」
「それは助かるな」
伊月くんが俺の下着も干してくれるのか……それは楽しみだな。
「最後に寝室を案内するよ」
「えっ? ああ、慎一さんのお部屋ですね。僕が見せてもらってもいいんですか?」
「もちろんだよ。二人の寝室になるんだからね」
「えっ?」
驚いたままの伊月くんの手を取って、俺は最後の部屋に伊月くんを案内した。
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