有能な調査員は健気で不憫なかわい子ちゃんを甘やかしたい!

波木真帆

文字の大きさ
上 下
10 / 40

案内しよう

しおりを挟む
「あの、じゃあ僕のことも名前で呼んでください」

「えっ?」

近いうちに名前呼びにさせてもらおうと思っていたけれど、まさか田淵くんの方から言ってくれるとは思ってもなかった。

「名前、呼んでいいの?」

「はい。僕だけ苗字で呼ばれるのも、なんだか変な感じがするので……あ、慎一さんが嫌なら苗字でも……」

「嫌なわけないよ。嬉しいよ、伊月くん」

「――っ!! は、はい」

ああ、もう本当に可愛いな。絶対に俺のこと、意識してくれていると思うけど流石にまだ早いよな。俺の気持ちを伝えるのは。もう少し距離を詰めてからの方がいいか。

「それで、伊月くんのこれからのことだけど……」

そう切り出すと、伊月くんは真剣な表情で俺を見た。

「リハビリの担当だった山野辺先生とも話をしたんだけど、あとひと月ほどは無理をしないほうがいいということだったから、その間は大学には行かないでここでオンライン授業を受けることになっているからね」

「あと、ひと月……」

「ここで無理して、悪化させたら困るだろう? ちゃんと治せるうちに治しておいたほうが後々のためだよ」

「そう、ですよね」

申し訳なさそうな表情をしているのが、まだ距離を感じてしまう。伊月くんはここにいてくれるだけでいいってことに早く気づいてくれたらいいんだけど。

「家の中くらいなら好きに動いてもらって構わないからね」

「わかりました。あの、じゃあ家事はしっかりしますから」

「それも無理しなくていいよ。今はまだそこまで忙しい時期じゃないから」

そうは言っても、一人でなんでもこなして頑張ってきた伊月くんのことだ。何もしないのはかえって気になるだろうな。

ジュースも飲み干して、クッキーも数枚食べてくれたのを確認して、俺は部屋の案内に誘った。

「じゃあ、一つずつ説明するから一緒に来て」

「はい」

この家にいくつか空き部屋はあったけれど、リビングから近い場所がいいだろうと思ってすぐ近くの部屋を伊月くんの部屋に整えておいた。

「ここが伊月くんの部屋だよ」

「えっ、わっ! すごいっ!」

ここは十畳ほどだからそこまで広くはないが、伊月くんが一人暮らししていた部屋と同じくらいの広さだから使い勝手はいいだろう。その部屋の中にデスクと本棚、二人掛け用のソファーを準備しておいた。もちろんパソコン設備は完璧だ。

「気に入ってくれたなら嬉しいよ。ここでオンライン授業も受けてもらったらいいから」

「は、はい」

ここが自分の部屋だなんて信じられないと何度も言いながらキラキラとした目で部屋の中を見回して、本棚に駆け寄ると

「あっ、これ読みたかった本です! わぁー、ここで見られるなんて!」

と嬉しそうに取り出した。

「ああ。それね。伊月くんのアパートを片付けた時に、部屋に置かれていた教科書類を見て、必要だなと思うものを揃えておいたんだ」

「えっ……元々慎一さんが持っていたわけではなくて、わざわざ揃えてくれたんですか?」

「そんな大したことじゃないよ。伊月くんには不自由なく勉強してほしいからね」

「でも、この本……図書館でも奪い合いになるくらい希少なもので、揃えようと思って揃えられるものはないですよ」

「そこは、まぁ、伝手があるから。大抵のものは用意できるよ」

決して自慢ではないが、それなりの人脈もあるし知識もある。それらを駆使して、伊月くんの笑顔が見られるなら安いものだ。

「慎一さんって、すごいんですね」

「いや、伊月くんより長く生きてるから知り合いが多いだけだよ。さぁ、その本はいつでも読んでいいから、他の部屋を案内するよ」

「は、はい」

伊月くんは丁寧に本棚に戻すと、一緒についてきた。

キッチンとすぐ隣にある食品庫パントリー、広いバスルームに、トイレ、ランドリールーム、書斎など、案内するたびにすごい、すごいと声をあげる伊月くんが可愛くて仕方がない。

「そんなにすごい?」

「はい! 凄すぎです! あの食品庫にある食材の量を見ただけで、びっくりしました」

「ははっ。ストックしておくと安心だからねつい保管してしまうんだ」

「それに洗濯物を干す場所が広くって……」

「ここは外に洗濯物が干せないから、どうしても広くなるんだよ。ただ乾燥機もあるから時間がない時はあまり干したりしないかな。クリーニングに出すことも多いしね」

「あの、これからは僕が洗濯物干しますから安心してください」

「それは助かるな」

伊月くんが俺の下着も干してくれるのか……それは楽しみだな。

「最後に寝室を案内するよ」

「えっ? ああ、慎一さんのお部屋ですね。僕が見せてもらってもいいんですか?」

「もちろんだよ。二人の寝室になるんだからね」

「えっ?」

驚いたままの伊月くんの手を取って、俺は最後の部屋に伊月くんを案内した。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

処理中です...