8 / 34
俺たちの家
しおりを挟む
「あ、あの……ここが、河北さんのお家、ですか?」
「ああ。でも、今日からは田淵くんにも住んでもらうから俺たちの家、かな」
「――っ!! で、でも……こんな、すごいところ……っ」
田淵くんが住んでいたのは、二階建てで十部屋ほどの小さなアパートの二階の角部屋。かなりの築年数で老朽化が激しいアパートだったが、田淵くん以外にも三人ほど大学生が住んでいた。アパートのオーナーは意外にも若く話を聞いてみたが祖父からこのアパートを受け継いだものの、あまりの古さに驚いて一年以内を目処に建て直す計画をしていたところだったという。だから、このタイミングで田淵くんがアパートを引っ越してくれて正直助かったとお礼を言われてしまった。引越し費用を半分でも負担しましょうかと声をかけられたが、まだ建て替えが決まったわけでもない。
誠実な対応をしてくれようとしたオーナーにはお礼を言って、ささっと田淵くんの荷物を運び終えた。
あのアパートに住んでいたならあまりの違いに怯えてしまうのも仕方がないが、ここで逃げられては困る。
「あれ? 気に入らなかった? もしかして一軒家が良かったとか? じゃあ、一軒家にしようか」
「えっ、いえ! そんなっ、気に入らないなんて!!」
「それなら良かった。じゃあ、行こうか」
「え、あ、はい」
この二ヶ月で田淵くんの対応を熟知した俺には、田淵くんを納得させるのは造作も無い。まだ少し茫然としたままの田淵くんの手を繋いだまま、エントランスを抜けると俺の姿を見たコンシェルジュが立ち上がり頭を下げたが近づいてくることはしなかった。
本来なら、これからここに田淵くんが過ごしやすい環境を整えるために指紋認証の登録をしたり、コンシェルジュを紹介したりするのだが、今は話しかけられて余計なことを漏らされたら困る。そのために今日は声をかけないように伝えていたのだ。
黒服のスーツの男に頭を下げられて緊張感を増した田淵くんを連れて、俺専用のエレベーターホールに向かった。
「あの、河北さん……どこに――わぁっ!!」
素直について来ていた田淵くんの可愛い驚きの声に思わず頬が緩む。
二つのエレベーターホールを抜けて行き止まりの壁に手をつくとそこは指紋認証パネルが埋め込まれていて、壁がまるで自動ドアのように開くのだから驚くのも無理はないか。
この中に俺専用のエレベーターホールがある。この壁は登録しているものしか開かないため、セキュリティは万全だ。ちなみに宅配業者は裏口にある業者専用のエントランスから入り宅配ボックスに入れてもらう仕組みになっている。それを自宅で操作すると、宅配ボックスの中の荷物がエレベーターのように上がってきて、部屋の中の荷物ボックスに送られるシステムだ。部屋に居ながらにして顔を合わさずに荷物を受け取ることができるから居住者からもかなり評判がいい。
話は逸れたが、自動ドアのように開いた壁の中にまだ驚いたままの田淵くんを連れて入り、エレベーターに乗り込んだ。セキュリティ上、外が見えるガラス張り仕様にはしていない。このマンションはタワマンとはいえ、俺の住む最上階は二十五階だからそこまで高くはないが、二階建てに住んでいた田淵くんならリビングの窓から見える眺望に驚いてくれるだろうか。
そんな想像をしている間に、エレベーターは俺の部屋の前に到着した。
ポーンと音が鳴り、田淵くんの手を引いて下ろしすぐ目の前にある玄関を開けて中に入れると、広々とした玄関をキョロキョロと見回し始めた。
「どうかした?」
「えっ、あの……ここって、玄関ですよね?」
「ああ、そうだね。そっちがシューズクローゼット。田淵くんの靴もいくつか用意しているから」
「僕の、靴? でも、僕……替えの靴はないんですけど……」
「用意したって言ったろう? 田淵くんの足の形を測っておいたから、田淵くんに合う靴を作っておいたんだよ」
「作って? えっ? あの、それって……」
「まぁ、その辺のことは後でおいおい話すから、とりあえずずっと玄関で立ち話しているわけにはいかないから中に入ろうか。転ぶと危ないからスリッパ履かなくていいよ」
一応俺はいつものスリッパを履き、田淵くんを連れリビングの扉を開いた。
「ここがリビングだよ」
「――っ、うっわぁ……っ。広いっ、それに明るいっ!!」
ああ、確かに田淵くんのアパートは日当たりが悪かったな。昼間に荷物を運び出しに行ったのに、電気をつけないと暗くて危なかった。このリビングは眺望を楽しめるように高い天井まで大きな窓ガラスを入れている。もちろん、カーテンはなくても外からは見えない仕様だ。明るさだけは通して、紫外線はカットされるから日焼けの心配もいらないのがうれしい技術だ。
手を離してやると、ゆっくり窓際に行き、外の景色を楽しんでいる姿が実に可愛い。
「飲み物を入れてくるから、好きに過ごしていて」
窓の外をキラキラとした目で見つめる田淵くんに声をかけて、俺はキッチンに向かった。
「ああ。でも、今日からは田淵くんにも住んでもらうから俺たちの家、かな」
「――っ!! で、でも……こんな、すごいところ……っ」
田淵くんが住んでいたのは、二階建てで十部屋ほどの小さなアパートの二階の角部屋。かなりの築年数で老朽化が激しいアパートだったが、田淵くん以外にも三人ほど大学生が住んでいた。アパートのオーナーは意外にも若く話を聞いてみたが祖父からこのアパートを受け継いだものの、あまりの古さに驚いて一年以内を目処に建て直す計画をしていたところだったという。だから、このタイミングで田淵くんがアパートを引っ越してくれて正直助かったとお礼を言われてしまった。引越し費用を半分でも負担しましょうかと声をかけられたが、まだ建て替えが決まったわけでもない。
誠実な対応をしてくれようとしたオーナーにはお礼を言って、ささっと田淵くんの荷物を運び終えた。
あのアパートに住んでいたならあまりの違いに怯えてしまうのも仕方がないが、ここで逃げられては困る。
「あれ? 気に入らなかった? もしかして一軒家が良かったとか? じゃあ、一軒家にしようか」
「えっ、いえ! そんなっ、気に入らないなんて!!」
「それなら良かった。じゃあ、行こうか」
「え、あ、はい」
この二ヶ月で田淵くんの対応を熟知した俺には、田淵くんを納得させるのは造作も無い。まだ少し茫然としたままの田淵くんの手を繋いだまま、エントランスを抜けると俺の姿を見たコンシェルジュが立ち上がり頭を下げたが近づいてくることはしなかった。
本来なら、これからここに田淵くんが過ごしやすい環境を整えるために指紋認証の登録をしたり、コンシェルジュを紹介したりするのだが、今は話しかけられて余計なことを漏らされたら困る。そのために今日は声をかけないように伝えていたのだ。
黒服のスーツの男に頭を下げられて緊張感を増した田淵くんを連れて、俺専用のエレベーターホールに向かった。
「あの、河北さん……どこに――わぁっ!!」
素直について来ていた田淵くんの可愛い驚きの声に思わず頬が緩む。
二つのエレベーターホールを抜けて行き止まりの壁に手をつくとそこは指紋認証パネルが埋め込まれていて、壁がまるで自動ドアのように開くのだから驚くのも無理はないか。
この中に俺専用のエレベーターホールがある。この壁は登録しているものしか開かないため、セキュリティは万全だ。ちなみに宅配業者は裏口にある業者専用のエントランスから入り宅配ボックスに入れてもらう仕組みになっている。それを自宅で操作すると、宅配ボックスの中の荷物がエレベーターのように上がってきて、部屋の中の荷物ボックスに送られるシステムだ。部屋に居ながらにして顔を合わさずに荷物を受け取ることができるから居住者からもかなり評判がいい。
話は逸れたが、自動ドアのように開いた壁の中にまだ驚いたままの田淵くんを連れて入り、エレベーターに乗り込んだ。セキュリティ上、外が見えるガラス張り仕様にはしていない。このマンションはタワマンとはいえ、俺の住む最上階は二十五階だからそこまで高くはないが、二階建てに住んでいた田淵くんならリビングの窓から見える眺望に驚いてくれるだろうか。
そんな想像をしている間に、エレベーターは俺の部屋の前に到着した。
ポーンと音が鳴り、田淵くんの手を引いて下ろしすぐ目の前にある玄関を開けて中に入れると、広々とした玄関をキョロキョロと見回し始めた。
「どうかした?」
「えっ、あの……ここって、玄関ですよね?」
「ああ、そうだね。そっちがシューズクローゼット。田淵くんの靴もいくつか用意しているから」
「僕の、靴? でも、僕……替えの靴はないんですけど……」
「用意したって言ったろう? 田淵くんの足の形を測っておいたから、田淵くんに合う靴を作っておいたんだよ」
「作って? えっ? あの、それって……」
「まぁ、その辺のことは後でおいおい話すから、とりあえずずっと玄関で立ち話しているわけにはいかないから中に入ろうか。転ぶと危ないからスリッパ履かなくていいよ」
一応俺はいつものスリッパを履き、田淵くんを連れリビングの扉を開いた。
「ここがリビングだよ」
「――っ、うっわぁ……っ。広いっ、それに明るいっ!!」
ああ、確かに田淵くんのアパートは日当たりが悪かったな。昼間に荷物を運び出しに行ったのに、電気をつけないと暗くて危なかった。このリビングは眺望を楽しめるように高い天井まで大きな窓ガラスを入れている。もちろん、カーテンはなくても外からは見えない仕様だ。明るさだけは通して、紫外線はカットされるから日焼けの心配もいらないのがうれしい技術だ。
手を離してやると、ゆっくり窓際に行き、外の景色を楽しんでいる姿が実に可愛い。
「飲み物を入れてくるから、好きに過ごしていて」
窓の外をキラキラとした目で見つめる田淵くんに声をかけて、俺はキッチンに向かった。
624
お気に入りに追加
677
あなたにおすすめの小説
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
貴方の事を心から愛していました。ありがとう。
天海みつき
BL
穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。
――混じり込んだ××と共に。
オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。
追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
【完結】異世界転生して美形になれたんだから全力で好きな事するけど
福の島
BL
もうバンドマンは嫌だ…顔だけで選ぶのやめよう…友達に諭されて戻れるうちに戻った寺内陸はその日のうちに車にひかれて死んだ。
生まれ変わったのは多分どこかの悪役令息
悪役になったのはちょっとガッカリだけど、金も権力もあって、その上、顔…髪…身長…せっかく美形に産まれたなら俺は全力で好きな事をしたい!!!!
とりあえず目指すはクソ婚約者との婚約破棄!!そしてとっとと学園卒業して冒険者になる!!!
平民だけど色々強いクーデレ✖️メンタル強のこの世で1番の美人
強い主人公が友達とかと頑張るお話です
短編なのでパッパと進みます
勢いで書いてるので誤字脱字等ありましたら申し訳ないです…
傾国の美青年
春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる