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俺たちの家

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「あ、あの……ここが、河北さんのお家、ですか?」

「ああ。でも、今日からは田淵くんにも住んでもらうから俺たちの家、かな」

「――っ!! で、でも……こんな、すごいところ……っ」

田淵くんが住んでいたのは、二階建てで十部屋ほどの小さなアパートの二階の角部屋。かなりの築年数で老朽化が激しいアパートだったが、田淵くん以外にも三人ほど大学生が住んでいた。アパートのオーナーは意外にも若く話を聞いてみたが祖父からこのアパートを受け継いだものの、あまりの古さに驚いて一年以内を目処に建て直す計画をしていたところだったという。だから、このタイミングで田淵くんがアパートを引っ越してくれて正直助かったとお礼を言われてしまった。引越し費用を半分でも負担しましょうかと声をかけられたが、まだ建て替えが決まったわけでもない。
誠実な対応をしてくれようとしたオーナーにはお礼を言って、ささっと田淵くんの荷物を運び終えた。

あのアパートに住んでいたならあまりの違いに怯えてしまうのも仕方がないが、ここで逃げられては困る。

「あれ? 気に入らなかった? もしかして一軒家が良かったとか? じゃあ、一軒家にしようか」

「えっ、いえ! そんなっ、気に入らないなんて!!」

「それなら良かった。じゃあ、行こうか」

「え、あ、はい」

この二ヶ月で田淵くんの対応を熟知した俺には、田淵くんを納得させるのは造作も無い。まだ少し茫然としたままの田淵くんの手を繋いだまま、エントランスを抜けると俺の姿を見たコンシェルジュが立ち上がり頭を下げたが近づいてくることはしなかった。

本来なら、これからここに田淵くんが過ごしやすい環境を整えるために指紋認証の登録をしたり、コンシェルジュを紹介したりするのだが、今は話しかけられて余計なことを漏らされたら困る。そのために今日は声をかけないように伝えていたのだ。

黒服のスーツの男に頭を下げられて緊張感を増した田淵くんを連れて、俺専用のエレベーターホールに向かった。

「あの、河北さん……どこに――わぁっ!!」

素直について来ていた田淵くんの可愛い驚きの声に思わず頬が緩む。

二つのエレベーターホールを抜けて行き止まりの壁に手をつくとそこは指紋認証パネルが埋め込まれていて、壁がまるで自動ドアのように開くのだから驚くのも無理はないか。

この中に俺専用のエレベーターホールがある。この壁は登録しているものしか開かないため、セキュリティは万全だ。ちなみに宅配業者は裏口にある業者専用のエントランスから入り宅配ボックスに入れてもらう仕組みになっている。それを自宅で操作すると、宅配ボックスの中の荷物がエレベーターのように上がってきて、部屋の中の荷物ボックスに送られるシステムだ。部屋に居ながらにして顔を合わさずに荷物を受け取ることができるから居住者からもかなり評判がいい。

話は逸れたが、自動ドアのように開いた壁の中にまだ驚いたままの田淵くんを連れて入り、エレベーターに乗り込んだ。セキュリティ上、外が見えるガラス張り仕様にはしていない。このマンションはタワマンとはいえ、俺の住む最上階は二十五階だからそこまで高くはないが、二階建てに住んでいた田淵くんならリビングの窓から見える眺望に驚いてくれるだろうか。

そんな想像をしている間に、エレベーターは俺の部屋の前に到着した。

ポーンと音が鳴り、田淵くんの手を引いて下ろしすぐ目の前にある玄関を開けて中に入れると、広々とした玄関をキョロキョロと見回し始めた。

「どうかした?」

「えっ、あの……ここって、玄関ですよね?」

「ああ、そうだね。そっちがシューズクローゼット。田淵くんの靴もいくつか用意しているから」

「僕の、靴? でも、僕……替えの靴はないんですけど……」

「用意したって言ったろう? 田淵くんの足の形を測っておいたから、田淵くんに合う靴を作っておいたんだよ」

「作って? えっ? あの、それって……」

「まぁ、その辺のことは後でおいおい話すから、とりあえずずっと玄関で立ち話しているわけにはいかないから中に入ろうか。転ぶと危ないからスリッパ履かなくていいよ」

一応俺はいつものスリッパを履き、田淵くんを連れリビングの扉を開いた。

「ここがリビングだよ」

「――っ、うっわぁ……っ。広いっ、それに明るいっ!!」

ああ、確かに田淵くんのアパートは日当たりが悪かったな。昼間に荷物を運び出しに行ったのに、電気をつけないと暗くて危なかった。このリビングは眺望を楽しめるように高い天井まで大きな窓ガラスを入れている。もちろん、カーテンはなくても外からは見えない仕様だ。明るさだけは通して、紫外線はカットされるから日焼けの心配もいらないのがうれしい技術だ。

手を離してやると、ゆっくり窓際に行き、外の景色を楽しんでいる姿が実に可愛い。

「飲み物を入れてくるから、好きに過ごしていて」

窓の外をキラキラとした目で見つめる田淵くんに声をかけて、俺はキッチンに向かった。
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