8 / 41
俺たちの家
しおりを挟む
「あ、あの……ここが、河北さんのお家、ですか?」
「ああ。でも、今日からは田淵くんにも住んでもらうから俺たちの家、かな」
「――っ!! で、でも……こんな、すごいところ……っ」
田淵くんが住んでいたのは、二階建てで十部屋ほどの小さなアパートの二階の角部屋。かなりの築年数で老朽化が激しいアパートだったが、田淵くん以外にも三人ほど大学生が住んでいた。アパートのオーナーは意外にも若く話を聞いてみたが祖父からこのアパートを受け継いだものの、あまりの古さに驚いて一年以内を目処に建て直す計画をしていたところだったという。だから、このタイミングで田淵くんがアパートを引っ越してくれて正直助かったとお礼を言われてしまった。引越し費用を半分でも負担しましょうかと声をかけられたが、まだ建て替えが決まったわけでもない。
誠実な対応をしてくれようとしたオーナーにはお礼を言って、ささっと田淵くんの荷物を運び終えた。
あのアパートに住んでいたならあまりの違いに怯えてしまうのも仕方がないが、ここで逃げられては困る。
「あれ? 気に入らなかった? もしかして一軒家が良かったとか? じゃあ、一軒家にしようか」
「えっ、いえ! そんなっ、気に入らないなんて!!」
「それなら良かった。じゃあ、行こうか」
「え、あ、はい」
この二ヶ月で田淵くんの対応を熟知した俺には、田淵くんを納得させるのは造作も無い。まだ少し茫然としたままの田淵くんの手を繋いだまま、エントランスを抜けると俺の姿を見たコンシェルジュが立ち上がり頭を下げたが近づいてくることはしなかった。
本来なら、これからここに田淵くんが過ごしやすい環境を整えるために指紋認証の登録をしたり、コンシェルジュを紹介したりするのだが、今は話しかけられて余計なことを漏らされたら困る。そのために今日は声をかけないように伝えていたのだ。
黒服のスーツの男に頭を下げられて緊張感を増した田淵くんを連れて、俺専用のエレベーターホールに向かった。
「あの、河北さん……どこに――わぁっ!!」
素直について来ていた田淵くんの可愛い驚きの声に思わず頬が緩む。
二つのエレベーターホールを抜けて行き止まりの壁に手をつくとそこは指紋認証パネルが埋め込まれていて、壁がまるで自動ドアのように開くのだから驚くのも無理はないか。
この中に俺専用のエレベーターホールがある。この壁は登録しているものしか開かないため、セキュリティは万全だ。ちなみに宅配業者は裏口にある業者専用のエントランスから入り宅配ボックスに入れてもらう仕組みになっている。それを自宅で操作すると、宅配ボックスの中の荷物がエレベーターのように上がってきて、部屋の中の荷物ボックスに送られるシステムだ。部屋に居ながらにして顔を合わさずに荷物を受け取ることができるから居住者からもかなり評判がいい。
話は逸れたが、自動ドアのように開いた壁の中にまだ驚いたままの田淵くんを連れて入り、エレベーターに乗り込んだ。セキュリティ上、外が見えるガラス張り仕様にはしていない。このマンションはタワマンとはいえ、俺の住む最上階は二十五階だからそこまで高くはないが、二階建てに住んでいた田淵くんならリビングの窓から見える眺望に驚いてくれるだろうか。
そんな想像をしている間に、エレベーターは俺の部屋の前に到着した。
ポーンと音が鳴り、田淵くんの手を引いて下ろしすぐ目の前にある玄関を開けて中に入れると、広々とした玄関をキョロキョロと見回し始めた。
「どうかした?」
「えっ、あの……ここって、玄関ですよね?」
「ああ、そうだね。そっちがシューズクローゼット。田淵くんの靴もいくつか用意しているから」
「僕の、靴? でも、僕……替えの靴はないんですけど……」
「用意したって言ったろう? 田淵くんの足の形を測っておいたから、田淵くんに合う靴を作っておいたんだよ」
「作って? えっ? あの、それって……」
「まぁ、その辺のことは後でおいおい話すから、とりあえずずっと玄関で立ち話しているわけにはいかないから中に入ろうか。転ぶと危ないからスリッパ履かなくていいよ」
一応俺はいつものスリッパを履き、田淵くんを連れリビングの扉を開いた。
「ここがリビングだよ」
「――っ、うっわぁ……っ。広いっ、それに明るいっ!!」
ああ、確かに田淵くんのアパートは日当たりが悪かったな。昼間に荷物を運び出しに行ったのに、電気をつけないと暗くて危なかった。このリビングは眺望を楽しめるように高い天井まで大きな窓ガラスを入れている。もちろん、カーテンはなくても外からは見えない仕様だ。明るさだけは通して、紫外線はカットされるから日焼けの心配もいらないのがうれしい技術だ。
手を離してやると、ゆっくり窓際に行き、外の景色を楽しんでいる姿が実に可愛い。
「飲み物を入れてくるから、好きに過ごしていて」
窓の外をキラキラとした目で見つめる田淵くんに声をかけて、俺はキッチンに向かった。
「ああ。でも、今日からは田淵くんにも住んでもらうから俺たちの家、かな」
「――っ!! で、でも……こんな、すごいところ……っ」
田淵くんが住んでいたのは、二階建てで十部屋ほどの小さなアパートの二階の角部屋。かなりの築年数で老朽化が激しいアパートだったが、田淵くん以外にも三人ほど大学生が住んでいた。アパートのオーナーは意外にも若く話を聞いてみたが祖父からこのアパートを受け継いだものの、あまりの古さに驚いて一年以内を目処に建て直す計画をしていたところだったという。だから、このタイミングで田淵くんがアパートを引っ越してくれて正直助かったとお礼を言われてしまった。引越し費用を半分でも負担しましょうかと声をかけられたが、まだ建て替えが決まったわけでもない。
誠実な対応をしてくれようとしたオーナーにはお礼を言って、ささっと田淵くんの荷物を運び終えた。
あのアパートに住んでいたならあまりの違いに怯えてしまうのも仕方がないが、ここで逃げられては困る。
「あれ? 気に入らなかった? もしかして一軒家が良かったとか? じゃあ、一軒家にしようか」
「えっ、いえ! そんなっ、気に入らないなんて!!」
「それなら良かった。じゃあ、行こうか」
「え、あ、はい」
この二ヶ月で田淵くんの対応を熟知した俺には、田淵くんを納得させるのは造作も無い。まだ少し茫然としたままの田淵くんの手を繋いだまま、エントランスを抜けると俺の姿を見たコンシェルジュが立ち上がり頭を下げたが近づいてくることはしなかった。
本来なら、これからここに田淵くんが過ごしやすい環境を整えるために指紋認証の登録をしたり、コンシェルジュを紹介したりするのだが、今は話しかけられて余計なことを漏らされたら困る。そのために今日は声をかけないように伝えていたのだ。
黒服のスーツの男に頭を下げられて緊張感を増した田淵くんを連れて、俺専用のエレベーターホールに向かった。
「あの、河北さん……どこに――わぁっ!!」
素直について来ていた田淵くんの可愛い驚きの声に思わず頬が緩む。
二つのエレベーターホールを抜けて行き止まりの壁に手をつくとそこは指紋認証パネルが埋め込まれていて、壁がまるで自動ドアのように開くのだから驚くのも無理はないか。
この中に俺専用のエレベーターホールがある。この壁は登録しているものしか開かないため、セキュリティは万全だ。ちなみに宅配業者は裏口にある業者専用のエントランスから入り宅配ボックスに入れてもらう仕組みになっている。それを自宅で操作すると、宅配ボックスの中の荷物がエレベーターのように上がってきて、部屋の中の荷物ボックスに送られるシステムだ。部屋に居ながらにして顔を合わさずに荷物を受け取ることができるから居住者からもかなり評判がいい。
話は逸れたが、自動ドアのように開いた壁の中にまだ驚いたままの田淵くんを連れて入り、エレベーターに乗り込んだ。セキュリティ上、外が見えるガラス張り仕様にはしていない。このマンションはタワマンとはいえ、俺の住む最上階は二十五階だからそこまで高くはないが、二階建てに住んでいた田淵くんならリビングの窓から見える眺望に驚いてくれるだろうか。
そんな想像をしている間に、エレベーターは俺の部屋の前に到着した。
ポーンと音が鳴り、田淵くんの手を引いて下ろしすぐ目の前にある玄関を開けて中に入れると、広々とした玄関をキョロキョロと見回し始めた。
「どうかした?」
「えっ、あの……ここって、玄関ですよね?」
「ああ、そうだね。そっちがシューズクローゼット。田淵くんの靴もいくつか用意しているから」
「僕の、靴? でも、僕……替えの靴はないんですけど……」
「用意したって言ったろう? 田淵くんの足の形を測っておいたから、田淵くんに合う靴を作っておいたんだよ」
「作って? えっ? あの、それって……」
「まぁ、その辺のことは後でおいおい話すから、とりあえずずっと玄関で立ち話しているわけにはいかないから中に入ろうか。転ぶと危ないからスリッパ履かなくていいよ」
一応俺はいつものスリッパを履き、田淵くんを連れリビングの扉を開いた。
「ここがリビングだよ」
「――っ、うっわぁ……っ。広いっ、それに明るいっ!!」
ああ、確かに田淵くんのアパートは日当たりが悪かったな。昼間に荷物を運び出しに行ったのに、電気をつけないと暗くて危なかった。このリビングは眺望を楽しめるように高い天井まで大きな窓ガラスを入れている。もちろん、カーテンはなくても外からは見えない仕様だ。明るさだけは通して、紫外線はカットされるから日焼けの心配もいらないのがうれしい技術だ。
手を離してやると、ゆっくり窓際に行き、外の景色を楽しんでいる姿が実に可愛い。
「飲み物を入れてくるから、好きに過ごしていて」
窓の外をキラキラとした目で見つめる田淵くんに声をかけて、俺はキッチンに向かった。
719
お気に入りに追加
801
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕


こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる