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時折、店長がフラッと店からいなくなることがある。それは決まって砂川くんがシフトが終わった後。そう、砂川くんの後をつけているのだ。だが、その辺も抜かりはない。ユウさんが奴と砂川くんの間に入り、こっそりと視界から消しているから途中で砂川くんの姿を見失っているのだ。
何度やってもうまくいかない、奴のそんな苛立ちが目に見えてわかるようになった。そしてとうとう奴は痺れを切らしたのか、砂川くんを休日に無理やり仕事にこさせた。
いつもなら、客の少ない時間帯。砂川くんを裏の仕事に呼び出して、手を出そうと思っていたんだろう。
しかし、奴の目論見はある女性の登場で脆くも崩れ去った。コンビニに押しかけてきた初の女性はあろうことか、自分の旦那と砂川くんが不倫関係にあると騒ぎ出したのだ。
その日は急遽砂川くんが奴に呼び出されていたため、あいにく俺とは時間がかぶっておらず、その場には居合わせることはできなかった。いや、多分それも計算して奴は砂川くんを呼び出していたんだろう。奴にとって本社からバイトに来ている俺は邪魔でしかないからな。
だが、店内に盗聴器とカメラを仕掛けていたため、その映像と音声はリアルタイムで俺のところに流れてきていた。すぐにユウさんに連絡をすると、ユウさんは急いでコンビニに向かい大騒ぎをしている店内に侵入した。
女は昨日もラブホテルに砂川くんが旦那といたのを目撃して証拠写真まであると騒ぎ立てていたが、それが嘘だということは俺にもユウさんにもわかっていた。しかし、奴の方は砂川くんが不倫していると信じ込んで少し興味が冷めてしまったのかもしれない。なんせ奴の狙いは何の手垢もなさそうな純粋な子。男の匂いのつく子はいらないというわけだ。
勘違いしたまま、奴は女の要求通りに砂川くんをクビにすると言い切った。その言質をとったところでユウさんが砂川くんを助けに入り、すぐに不倫などしていないと誤解を解き、砂川くんの名誉を守った。
奴は慌てて首を撤回しようとしたが、もうすでに後の祭り。ユウさんは砂川くんを連れ、店を後にした。
「くそっ、あいつ。俺のを持って行きやがった。あいつは俺のなのに……」
ぶつぶつと文句を言い続ける奴の声が盗聴器から流れてきていた。
<奴が車で店を離れました。おそらく砂川くんを駅で待ち伏せするつもりです>
<わかった。そのまま追跡を続行してくれ。何かあれば即連絡を>
<了解!>
ユウさんが砂川くんを事務所で足止めをしている間に、懇意にしている警察関係者に連絡し何かあればすぐに対応してもらえるように手配した。そして、砂川くんの最寄駅に向かうと改札が見える位置にあるカフェの隅で奴の姿を発見した。
<奴の車を改札近くの横道で発見>
<了解。今から砂川くんを帰宅させる。砂川くんの自宅マンションのすぐそばに、シンが手配してくれていた警察官をすでに配備させている。お前は砂川くんと奴の車の間にさりげなく入り、奴がマンション前で砂川くんに声をかけるように誘導してくれ>
<了解!>
奴を捕まえるためにわざと砂川くんを一人で帰すのか。後ろからユウさんもついてきているはずだが、一人で帰すのは気が気じゃないだろうな。なんとしてでも今回一発で仕留めないとな。
それにしても履歴書の住所は偽物だったのに、最寄り駅まで見つけ出すとはかかなりの執着だな。今日奴に住所が知られることになるのはかなり危険だが、ユウさんのことだ。そんなことは百も承知だろう。
まさか、ユウさんが自宅に泊まらせるとは思えないが……いや、砂川くんと出会ってからのユウさんを見ていると、自宅に連れ帰るのが決してないともいえない。旧知の親友たちですら入ったことのないあの自宅に砂川くんが入ったら本物だろうな……。
そんなことを思っていると、砂川くんが改札から出てきた。少し後ろにユウさんの姿も見える。
奴も砂川くんを見つけたようだ。適度な感覚を保ったまま、車が走行を始める。よし。ここからが勝負だ。
俺は奴と砂川くんの間にさりげなく入りこみ、自宅マンション近くでその場を離れた。奴は砂川くんのマンションがそこだと狙いを定めたのか、鍵をつけっぱなしで車を降り、砂川くんに駆け寄った。
俺は近くに張り込んでいる警官たちと合流し成り行きを見守ると、奴はマンション前で砂川くんを大声で呼び止め怒号を撒き散らした。
一瞬のタイミングを見極める。奴が砂川くんに犯罪行為をしているという明確な言葉を引き出すまでは見守るしかない。奴が彼の手を無理やり掴み、自分の車に連れ込もうとする。
砂川くんが必死に抵抗する中、奴がようやく証拠となる言葉を叫んだ。
今だ!
警官二人が駆け寄るよりも圧倒的に早く、ユウさんは砂川くんを腕の中に抱きしめていた。なんと言う早技だろう。あれが愛のなせる技なんだろうか。奴はユウさんに色々な証拠を突きつけられようやく観念したのか、膝から崩れ落ちそのまま警官たちに引き摺られるように連れて行かれた。
ユウさんは砂川くんを病院に連れていくだろう。もう砂川くんのことはユウさんに任せておけば安心だ。
俺は田淵くんのところに行って、奴が別件だが逮捕されたことと砂川くんはもう無事だということを教えてやろう。
きっと喜ぶだろうな。ああ、そうだ。何か甘いものでも買っていってやらないと。そういえば、このへんに有名なケーキ屋があったはずだな。
事件も解決し、足取り軽くなりながら田淵くんのためにケーキを買いに走った。
「田淵くん、体調はどう?」
「あっ、河北さん! 来てくれたんですね」
「毎日来るって言ったろう? はい、これお土産」
「わぁー! ケーキ! 僕、ここしばらくケーキは食べてなかったんで嬉しいです」
「そうなのか?」
「はい。プリンもそうですけど、ケーキも高くって……なかなか貧乏学生には高嶺の花ですよ」
今回の調査でついでにこの子のことを調べたけど、三浪して合格が決まってすぐに両親が離婚。成人をすぎていたから両親ともに引き取らず、今は大学近くの古いアパートで一人暮らししてるんだったな。成人しているからという理由で大学の費用も親に出してもらえず、授業料は給付型の奨学金で賄っている。そのため優秀な成績を維持しなければならないのに、生活費のためにアルバイトをしなくてはいけない。それなのに、ケガでアルバイトもできない今、保険にも入っていないというのだから不安で仕方がないだろうな。
嬉しそうにケーキを頬張る田淵くんを見ながら、俺はどうにかしてやりたい気持ちでいっぱいになっていた。田淵くんがケーキを食べ終わるのを待って、俺は話を始めた。
「田淵くん、店長のことだけど……」
「は、はい」
田淵くんの表情が一気に緊張感を増す。
「そんなに心配しないでいいよ。さっき、店長が逮捕された」
「――っ、あ、あのじゃあ、僕の事故の?」
「いや、それとは別件だが、その事故もおいおい明るみになるはずだよ」
「じゃあ、どうして逮捕されたんですか?」
「とりあえずは公務執行妨害だが、砂川くんへの暴行傷害と強要だな」
「えっ、暴行傷害って……まさか、」
「ああ、大丈夫。すんでのところで捕まえたから砂川くんは腕を握られた後が残っているのと、もしかしたら捻挫くらいかな。でも大丈夫、無事だよ」
そう伝えると、田淵くんはほっとしたように大きなため息を漏らした。自分が動けない中、砂川くんのことが心配でたまらなかっただろうな。
「よかった……本当に、よかった……」
「田淵くんのおかげだよ。すぐに店長の意図に気づいてくれたからだ」
「そんな……僕は……」
「いや、君が砂川くんを守ったんだよ」
「ありがとうございます、河北さん……」
静かに涙を流す田淵くんをそっと抱きしめながら、俺は自分の胸に温かいものが広がっていくのを感じた。
ああ、そうか……。なるほどな。自分じゃこんなに鈍いなんて思ってなかったけれど、やはり自分のことに関しては別だったのかもしれない。
俺が顔を見にいくために足繁く通う理由なんて、少し考えたらわかることなのに。俺は、田淵くんに惹かれていたんだな。だから、こんなにも心配でどうにかしてやりたくなるんだ。まさか俺まで年下の男の子にハマるとは思わなかった。
――恋に性別が関係ないように、惹かれるのに年齢も関係ないでしょう。
ユウさんにそう言ったことが、自分に返ってくるとは思ってなかったな。
「田淵くん、これからのことで提案があるんだけど……」
「これからのこと、ですか?」
「ああ。これから店長が素直に君の事故も自分がやったと認めたとしても、この病院の支払いには間に合わないかもしれない」
「えっ……じゃあ、僕が……?」
「そうなるな。だが、学生である田淵くんに高額な診療代の支払いは難しいだろう?」
俺の言葉に田淵くんは青褪めた表情で小さく頷く。
「だから、ここの支払いは私に任せてくれないか?」
「えっ? かわ、きたさんに? でも……そんなことっ」
「心配しなくていい。店長から慰謝料が入ったらそれと相殺させてもらう。先払いしておくだけだよ」
「でも、もしお金が足りなかったら……?」
「そこで提案なんだが、田淵くん……家事得意?」
「えっ? あ、はい。昔から家の手伝いをしていたので……」
だろうなと思った。彼の調査をしているとき、一人暮らしなのにいつも綺麗にアイロンのかかった服を着ているという話が出ていたからな。
「それなら、うちに住み込んで家事をやってくれないかな?」
「えっ? 河北さんの?」
「ああ、忙しくて家事にまで手が回らなくて、代行の人も呼んだりしてたんだけど結構トラブルも多くてね」
「トラブル、ですか? ものを壊されたりとかですか?」
「いや、好意を持たれることが多くてね。盗聴器やカメラを仕掛けられたりすることもあって、他人を家に入れるのはやめたんだ」
「ああ……確かに。河北さん、かっこいいですもんね」
「田淵くんにそう言ってもらえるのは嬉しいが、ほとほと困っててね。田淵くんがうちに来てくれると助かるんだよ。あのコンビニのバイトも無くなったしどうだろう?」
「僕でよかったら喜んでお願いしたいですけど、でも……まだ治るまでに時間が……」
「ああ、その期間くらいなんとか一人でやって見せるよ。繁忙期はまだ先だからさ」
そういうと田淵くんはほっとしたように笑顔を見せてくれた。
「はい。ぜひよろしくお願いします」
「よかった、じゃあ住み込みでお願いするから今のアパートを引き払って、荷物は私の家に運んでおくよ」
「えっ、でも……いいんですか?」
「ああ。このまま入院しているのにアパート代払うのも勿体無いだろう? 田淵くんが退院したらすぐにうちに来られるように準備しておくからね」
「は、はい。お願いします」
畳み掛けるように告げると田淵くんは全てを了承してくれた。
* * *
次のお話から新しいエピソードに入っていきます。
何度やってもうまくいかない、奴のそんな苛立ちが目に見えてわかるようになった。そしてとうとう奴は痺れを切らしたのか、砂川くんを休日に無理やり仕事にこさせた。
いつもなら、客の少ない時間帯。砂川くんを裏の仕事に呼び出して、手を出そうと思っていたんだろう。
しかし、奴の目論見はある女性の登場で脆くも崩れ去った。コンビニに押しかけてきた初の女性はあろうことか、自分の旦那と砂川くんが不倫関係にあると騒ぎ出したのだ。
その日は急遽砂川くんが奴に呼び出されていたため、あいにく俺とは時間がかぶっておらず、その場には居合わせることはできなかった。いや、多分それも計算して奴は砂川くんを呼び出していたんだろう。奴にとって本社からバイトに来ている俺は邪魔でしかないからな。
だが、店内に盗聴器とカメラを仕掛けていたため、その映像と音声はリアルタイムで俺のところに流れてきていた。すぐにユウさんに連絡をすると、ユウさんは急いでコンビニに向かい大騒ぎをしている店内に侵入した。
女は昨日もラブホテルに砂川くんが旦那といたのを目撃して証拠写真まであると騒ぎ立てていたが、それが嘘だということは俺にもユウさんにもわかっていた。しかし、奴の方は砂川くんが不倫していると信じ込んで少し興味が冷めてしまったのかもしれない。なんせ奴の狙いは何の手垢もなさそうな純粋な子。男の匂いのつく子はいらないというわけだ。
勘違いしたまま、奴は女の要求通りに砂川くんをクビにすると言い切った。その言質をとったところでユウさんが砂川くんを助けに入り、すぐに不倫などしていないと誤解を解き、砂川くんの名誉を守った。
奴は慌てて首を撤回しようとしたが、もうすでに後の祭り。ユウさんは砂川くんを連れ、店を後にした。
「くそっ、あいつ。俺のを持って行きやがった。あいつは俺のなのに……」
ぶつぶつと文句を言い続ける奴の声が盗聴器から流れてきていた。
<奴が車で店を離れました。おそらく砂川くんを駅で待ち伏せするつもりです>
<わかった。そのまま追跡を続行してくれ。何かあれば即連絡を>
<了解!>
ユウさんが砂川くんを事務所で足止めをしている間に、懇意にしている警察関係者に連絡し何かあればすぐに対応してもらえるように手配した。そして、砂川くんの最寄駅に向かうと改札が見える位置にあるカフェの隅で奴の姿を発見した。
<奴の車を改札近くの横道で発見>
<了解。今から砂川くんを帰宅させる。砂川くんの自宅マンションのすぐそばに、シンが手配してくれていた警察官をすでに配備させている。お前は砂川くんと奴の車の間にさりげなく入り、奴がマンション前で砂川くんに声をかけるように誘導してくれ>
<了解!>
奴を捕まえるためにわざと砂川くんを一人で帰すのか。後ろからユウさんもついてきているはずだが、一人で帰すのは気が気じゃないだろうな。なんとしてでも今回一発で仕留めないとな。
それにしても履歴書の住所は偽物だったのに、最寄り駅まで見つけ出すとはかかなりの執着だな。今日奴に住所が知られることになるのはかなり危険だが、ユウさんのことだ。そんなことは百も承知だろう。
まさか、ユウさんが自宅に泊まらせるとは思えないが……いや、砂川くんと出会ってからのユウさんを見ていると、自宅に連れ帰るのが決してないともいえない。旧知の親友たちですら入ったことのないあの自宅に砂川くんが入ったら本物だろうな……。
そんなことを思っていると、砂川くんが改札から出てきた。少し後ろにユウさんの姿も見える。
奴も砂川くんを見つけたようだ。適度な感覚を保ったまま、車が走行を始める。よし。ここからが勝負だ。
俺は奴と砂川くんの間にさりげなく入りこみ、自宅マンション近くでその場を離れた。奴は砂川くんのマンションがそこだと狙いを定めたのか、鍵をつけっぱなしで車を降り、砂川くんに駆け寄った。
俺は近くに張り込んでいる警官たちと合流し成り行きを見守ると、奴はマンション前で砂川くんを大声で呼び止め怒号を撒き散らした。
一瞬のタイミングを見極める。奴が砂川くんに犯罪行為をしているという明確な言葉を引き出すまでは見守るしかない。奴が彼の手を無理やり掴み、自分の車に連れ込もうとする。
砂川くんが必死に抵抗する中、奴がようやく証拠となる言葉を叫んだ。
今だ!
警官二人が駆け寄るよりも圧倒的に早く、ユウさんは砂川くんを腕の中に抱きしめていた。なんと言う早技だろう。あれが愛のなせる技なんだろうか。奴はユウさんに色々な証拠を突きつけられようやく観念したのか、膝から崩れ落ちそのまま警官たちに引き摺られるように連れて行かれた。
ユウさんは砂川くんを病院に連れていくだろう。もう砂川くんのことはユウさんに任せておけば安心だ。
俺は田淵くんのところに行って、奴が別件だが逮捕されたことと砂川くんはもう無事だということを教えてやろう。
きっと喜ぶだろうな。ああ、そうだ。何か甘いものでも買っていってやらないと。そういえば、このへんに有名なケーキ屋があったはずだな。
事件も解決し、足取り軽くなりながら田淵くんのためにケーキを買いに走った。
「田淵くん、体調はどう?」
「あっ、河北さん! 来てくれたんですね」
「毎日来るって言ったろう? はい、これお土産」
「わぁー! ケーキ! 僕、ここしばらくケーキは食べてなかったんで嬉しいです」
「そうなのか?」
「はい。プリンもそうですけど、ケーキも高くって……なかなか貧乏学生には高嶺の花ですよ」
今回の調査でついでにこの子のことを調べたけど、三浪して合格が決まってすぐに両親が離婚。成人をすぎていたから両親ともに引き取らず、今は大学近くの古いアパートで一人暮らししてるんだったな。成人しているからという理由で大学の費用も親に出してもらえず、授業料は給付型の奨学金で賄っている。そのため優秀な成績を維持しなければならないのに、生活費のためにアルバイトをしなくてはいけない。それなのに、ケガでアルバイトもできない今、保険にも入っていないというのだから不安で仕方がないだろうな。
嬉しそうにケーキを頬張る田淵くんを見ながら、俺はどうにかしてやりたい気持ちでいっぱいになっていた。田淵くんがケーキを食べ終わるのを待って、俺は話を始めた。
「田淵くん、店長のことだけど……」
「は、はい」
田淵くんの表情が一気に緊張感を増す。
「そんなに心配しないでいいよ。さっき、店長が逮捕された」
「――っ、あ、あのじゃあ、僕の事故の?」
「いや、それとは別件だが、その事故もおいおい明るみになるはずだよ」
「じゃあ、どうして逮捕されたんですか?」
「とりあえずは公務執行妨害だが、砂川くんへの暴行傷害と強要だな」
「えっ、暴行傷害って……まさか、」
「ああ、大丈夫。すんでのところで捕まえたから砂川くんは腕を握られた後が残っているのと、もしかしたら捻挫くらいかな。でも大丈夫、無事だよ」
そう伝えると、田淵くんはほっとしたように大きなため息を漏らした。自分が動けない中、砂川くんのことが心配でたまらなかっただろうな。
「よかった……本当に、よかった……」
「田淵くんのおかげだよ。すぐに店長の意図に気づいてくれたからだ」
「そんな……僕は……」
「いや、君が砂川くんを守ったんだよ」
「ありがとうございます、河北さん……」
静かに涙を流す田淵くんをそっと抱きしめながら、俺は自分の胸に温かいものが広がっていくのを感じた。
ああ、そうか……。なるほどな。自分じゃこんなに鈍いなんて思ってなかったけれど、やはり自分のことに関しては別だったのかもしれない。
俺が顔を見にいくために足繁く通う理由なんて、少し考えたらわかることなのに。俺は、田淵くんに惹かれていたんだな。だから、こんなにも心配でどうにかしてやりたくなるんだ。まさか俺まで年下の男の子にハマるとは思わなかった。
――恋に性別が関係ないように、惹かれるのに年齢も関係ないでしょう。
ユウさんにそう言ったことが、自分に返ってくるとは思ってなかったな。
「田淵くん、これからのことで提案があるんだけど……」
「これからのこと、ですか?」
「ああ。これから店長が素直に君の事故も自分がやったと認めたとしても、この病院の支払いには間に合わないかもしれない」
「えっ……じゃあ、僕が……?」
「そうなるな。だが、学生である田淵くんに高額な診療代の支払いは難しいだろう?」
俺の言葉に田淵くんは青褪めた表情で小さく頷く。
「だから、ここの支払いは私に任せてくれないか?」
「えっ? かわ、きたさんに? でも……そんなことっ」
「心配しなくていい。店長から慰謝料が入ったらそれと相殺させてもらう。先払いしておくだけだよ」
「でも、もしお金が足りなかったら……?」
「そこで提案なんだが、田淵くん……家事得意?」
「えっ? あ、はい。昔から家の手伝いをしていたので……」
だろうなと思った。彼の調査をしているとき、一人暮らしなのにいつも綺麗にアイロンのかかった服を着ているという話が出ていたからな。
「それなら、うちに住み込んで家事をやってくれないかな?」
「えっ? 河北さんの?」
「ああ、忙しくて家事にまで手が回らなくて、代行の人も呼んだりしてたんだけど結構トラブルも多くてね」
「トラブル、ですか? ものを壊されたりとかですか?」
「いや、好意を持たれることが多くてね。盗聴器やカメラを仕掛けられたりすることもあって、他人を家に入れるのはやめたんだ」
「ああ……確かに。河北さん、かっこいいですもんね」
「田淵くんにそう言ってもらえるのは嬉しいが、ほとほと困っててね。田淵くんがうちに来てくれると助かるんだよ。あのコンビニのバイトも無くなったしどうだろう?」
「僕でよかったら喜んでお願いしたいですけど、でも……まだ治るまでに時間が……」
「ああ、その期間くらいなんとか一人でやって見せるよ。繁忙期はまだ先だからさ」
そういうと田淵くんはほっとしたように笑顔を見せてくれた。
「はい。ぜひよろしくお願いします」
「よかった、じゃあ住み込みでお願いするから今のアパートを引き払って、荷物は私の家に運んでおくよ」
「えっ、でも……いいんですか?」
「ああ。このまま入院しているのにアパート代払うのも勿体無いだろう? 田淵くんが退院したらすぐにうちに来られるように準備しておくからね」
「は、はい。お願いします」
畳み掛けるように告げると田淵くんは全てを了承してくれた。
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次のお話から新しいエピソードに入っていきます。
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